O plus E VFX映画時評 2023年11月号

『スラムドッグス』

(ユニバーサル映画/東宝東和配給)




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[11月17日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]

(C)UNIVERSAL STUDIOS


2023年9月26日 大手広告試写室(大阪)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


型破りのR指定の犬映画だが, CG/VFXの使い方は絶妙

 題名からすぐに犬の映画だと分かる。犬同士のラブロマンスを描いた名作『わんわん物語』(55)は別格として,人間と犬の関係を描いた映画の大半は,涙を誘う感動物語である。最近の洋画なら,『僕のワンダフル・ライフ』(17年10月号)やその続編『僕のワンダフル・ジャーニー』(19年Web専用#4)の名前が挙がる。邦画なら『マリと子犬の物語』(07)『犬と私の10の約束』(08)あたりだろうか。邦画の名作『南極物語』(83)『ハチ公物語』(87)をハリウッドがリメイクした『南極物語』(06年4月号)『HACHI 約束の犬』(09年8月号)という和洋の組み合わせもある。お涙ものではないが,壮大な冒険物語の『野性の呼び声』(20年Web専用#1)は筆者のお気に入りの犬映画であり,そのCGの使い方を当欄でも高評価した。
 さて本作だが,あっと驚くワンちゃん映画だった。人間と犬との心の触れ合いはなく,涙とも無縁だ。何と,飼い主に捨てられたペット犬が,復讐として飼い主の局部を噛みちぎるという物語である。『スパイダーマン スパイダーバース』シリーズを生み出したフィル・ロード&クリス・ミラーのコンビが製作を担当している。『ミッチェル家とマシンの反乱』(22年Web専用#2)では,犬か豚か分からないような奇妙な愛犬を登場させ,『コカイン・ベア』(23年9月号)では熊を薬物中毒にしてしまったから,この気鋭のプロデューサーコンビも,遂に動物映画を下ネタ満載でR指定にしてしまったのかと思った。
 実情は少し違う。彼らのアイディアではなく,TV分野の売れっ子脚本家ダン・ペローの発案のようだ。彼は挑発的な物語や観客の期待を裏切ることに喜びを感じる人物で,愛犬家であり,犬映画の大ファンゆえに,従来の犬映画の常識を超える風刺コメディの脚本を書こうとしたという。彼はこの構想を友人の映画製作者エリック・フェイグに話し,それが製作総指揮のジュリア・ハマーに伝わり,ロード&クミラーのコンビが主担当となったという。監督には,『バーブ&スター ヴィスタ・デル・マールへ行く』(21)[日本では限定公開]のジョシュ・グリーンバウムが起用されている。
 さて,本作の概要である。飼い主のダグ(ウィル・フォーテ)から邪険にされ,何度捨てられても舞い戻ってくるペット犬のレジーは,遂に離れた郊外に置き去りにされてしまう(写真1)。いつものゲームだと信じているピュアなレジーは,投げられたボールを拾い,家を目指して彷徨っていると,野良犬界のカスリマ犬のバグに出会い,捨てられて野良犬になったことを知る(写真2)。ようやくダグのクソっぷりに気付いたレジーは,「あいつの大切なチ○コを噛みちぎってやる!」と復讐を誓う。レジーの大胆な計画に賛同したバグは,友達のマギーとハンターを仲間に加え,4匹の復讐チン道中が始まる……。


写真1 クソ飼い主のダグが,レジーを遠くに捨てに行く

写真2 バグ(左)から,捨てられたことを告げられる

 原題は『Strays』で,「野良犬たち」の意であるから,レジーもその仲間入りをした訳だ(写真3)。この4匹の犬種や声の出演は,以下の通りである。

・レジー(牡):ボーダー・テリア(出演犬:ソフィー(牝),声優:ウィル・フェレル)
・バグ(牡):ボストン・テリア(出演犬:ベニー,声優:ジェイミー・フォックス)
・マギー(牝):オーストラリアン・シェパード(出演犬:エルサ,声優:アイラ・フィッシャー)
・ハンター(牡):グレート・デーン(出演犬:ダリン,声優:ランドール・パーク)

 この犬たちは言葉を話すが,それは動物同士の間だけであり,人間には通じない。動物もののコメディには,よくあるパターンだ。パロディもギャグも満載の上に,人間なら禁止用語に抵触しそうな単語も頻出するが,犬の会話となると,さほど卑猥に感じない(下品ではあるが)。


写真3 (左から)マギー,レジー,バグ,ハンター

 言葉を話す以上は,今月の『マーベルズ』に登場する猫のグースと同様,ほんの少しだけが実物で,大半はCGだと思っていた。『野性の呼び声』で読者にはクイズを出したが,同作で登場する犬は100%がCG製であったため,その先入観のためかも知れない。いや,最近のCG/VFX技術をもってすれば,さほど難しいことではない。ところが,物語が進むにつれ,どう見ても実物の犬と思えるシーンが多数出てきた。果たせるかな,本作はかなりの部分で本物の犬を起用し(写真4),それを必要に応じてCG/VFXで加工しているようだ。それはそれで,本作の分量となると,訓練して演技させるのも,相当な苦労があったことだろう。


写真4 上:女性トレーナーが演技指導する,
下:犬たちと一緒にグリーンバウム監督もサングラス姿

 上記の「出演犬」は,主役犬の名前であって,それぞれ同じ犬種,大きさ,毛色の代役犬も準備されていた。背景に映り込むだけの犬も含めて,90匹以上の犬が出演しているようだ。その何割をCGでも描き,実物犬と使い分けたかは定かではない。以下,CG/VFXシーンの見どころを語るが,既に公表されている「MPC - Strays VFX Breakdown」をかなり参考にしている。当欄の主宰者をもってしても,このBreakdown映像なしには,CGと実物の識別は容易ではなかった。
 ■ 動物に人間の言葉を話させるシーンで,口元だけをCGで置き換える手法は,『ベイブ』(95)で子豚をしゃべらせるのに使ったのが最初で,アカデミー賞視覚効果賞を受賞した。「Animal Talk」と呼ばれ,ある時期まで多用されたが,最近は頭部全体や身体全体をCGで描くのが主流となっている。本作が原点帰りをしている(写真5)のは,なるべく動物の演技や表情をそのまま使い,質感や自然さを醸し出そうとしたからだと推測する。演技で引き出し切れず,意図通りに動作させたい場合はフルCGで描いている(写真6)。また,バグのように耳の動きが大事な場合は,鼻口部だけでなく,頭部全体をCGで描いている(写真7)。英語の台詞に合わせて口の形も同期させるLip Synchに配慮しているが,レジーやバグのような短頭種の方が表現しやすく,マギーやハンターのような長頭種は少し不自然に感じてしまった。


写真5 鼻口部をCGモデルに差替えて,話をさせる

写真6 身体の動きを変えたい場合は全身CGモデル化

写真7 耳の動きが重要なバグは,頭部全体をCGに

 ■ 圧巻は,バグがイヌワシに連れ去られ,それにレジーが飛びついて救出するシーンである(写真8)。すべてCGでも十分と思えるのだが,バグはハーネス付きでイヌワシの位置まで吊り下げられ,レジーには走って来てジャンプさせる実写シーン(写真8の上)を撮影している。これは,監督の拘りなのだろうか? そこから2匹が木の上に落下し,さらに地上まで落ちるシーンでは,動物愛護のため,レジー(写真9)もバグ(写真10)もCGで描かれている。なおこのイヌワシのシーンで,デニス・クエイドがカメオ出演し,バードウォッチングをしている。名作『僕のワンダフル・ライフ』の愛する飼い主イーサン役だったからだろう。


写真8 イヌワシに捕まったバグを追うレジー。上:レジーのジャンプは実写,中上&中下:CGモデル,下:完成映像

写真9 木の上から落ちるレジー。上:実写映像,下:完成映像。

写真10 レジーに続いて,バグも落下。上:実写映像,下:完成映像。

 ■ 遊び心のあるシーンにも触れておこう。レジーが路上で放尿するシーンは,レジーを演じる主役犬ソフィー(実は牝犬)にポーズだけをとらせ,おしっこはCGで描き加えている(写真11)写真12は誰もが分かるパローディ・シーンで,ここで笑いが起こる。犬たちが整然とアビイ・ロード風の横断歩道を渡ってはくれないだろうから,上はCGだろう。下は『スタンド・バイ・ミー』(86)のパロディだが,実写であったとしても,線路上まで運んで歩かせたのではなく,スタジオ内撮影映像を合成したと思われる。毒キノコを食べた4匹に幻覚作用が起き,お互いの姿が変に見えるシーンは,さすがCG/VFXと思わせるお遊びだ(写真13)。キノコはCGではなく,鶏肉のパテをキノコ形にして着色し、犬たちに食べやすくしたそうだ。


写真11 レジーはポーズだけで,おしっこは描き加え

写真12 上:Beatlesの「Abbey Road」のパロディ,下:『Stand by Me』(85)へのオマージュ

写真13 このキノコを食べると幻覚症状が出る

 ■ 他の犬の内の何匹がCG化されたかは不明だが,少なくとも5〜6匹は「Animal Talk」で描かれていたように見えた(写真14)。犬に演技させ,かつ会話する姿勢に持ち込むにはかなりの苦労があったと思われるが,実は犬だけの会話のシーンはさほど面白くなく,退屈した。人間と絡まないと,物語は楽しくない。レジーのダグへの復讐が成功するかどうかは,観てのお愉しみとしておこう。本作のCG/VFX全体の統括はCinesite社で,犬のCG描写&加工は動物描写No.1のMPCが担当し,他にはOPSISも参加している。大半のシーンで,実写とCGの犬の識別ができず,MPCの力量に改めて感心したが,映画自体はさほど面白く感じなかった。R指定よりも,やはり感動系の犬映画でこの技術を使って欲しかったところだ。


写真14 上:小型ペット犬も登場(CGか?),下:実物の犬たちの撮影風景
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