O plus E VFX映画時評 2023年7月号

『愛しのクノール!』

(リスキット配給)




オフィシャルサイト[日本語]
[7月7日よりT・ジョイPRINCE品川ほか T・ジョイおよびイオンシネマ系劇場にて全国公開中]

(C)2022 Viking Film, A Private View


2023年6月23日 オンライン試写を視聴


『古の王子と3つの花』

(チャイルド・フィルム配給)




オフィシャルサイト[日本語][仏語]
[7月21日よりYEBISU GARDEN CINEMA,ヒューマントラストシネマ有楽町ほかロードショー公開予定]

(C)2022 Nord-Ouest Films-StudioO - Les Productions du Ch'timi - Musee du Louvre - Artemis


2023年6月24日 オンライン試写を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


夏休みのこの時期に, 伝統的スタイルのアニメ作品2本

 今年の上半期に,(広義の)アニメーション映画は8本紹介した。6ヶ月間でこの数は,例年よりもかなり多い。さらにここで紹介に値する2本を加える訳である。図らずも,この2本の公開日の間に,10年ぶりとなる話題の宮崎アニメが公開された。良い機会なので,当欄のスタンスを改めて整理しておこう。
 それまで不定期で,先端映像技術解説の付録であった「SFX映画時評」を,当時月刊誌であった「O plus E」で毎月書くようになったのは,1999年9月号からである。劇場公開用長編の「フルCGアニメ」は,映画生誕100周年目の1995年に『トイ・ストーリー』が生まれたものの,まだ全くの黎明期であった。このため,『トイ・ストーリー2』(00年3月号)以降,元祖ピクサーとライバルのDreamWorks Animationsの全作品と,後追い参入のメジャー各社のフルCGアニメも積極的に取り上げ,分析した。技術的進歩が目覚ましく,それが実写映画のVFXにも転用され,映画作りを根本的に変えると思われたからである。
 やがて「フルCG」と言うだけで論評する価値はなくなり,2010年頃からは「その他の短評」欄扱いにしたり,全く俎上に上げなかった作品もかなりあった。それがこの数年,再びメイン欄で語ること多くなったのは,作品としての完成度が高くなったからである。脚本が秀逸で,フルCGゆえに「実写映画+VFX」でも実現できない題材を見事にこなしているからである。「フルCGアニメの第2次黄金期」であることは,既に何度か述べた。
「2Dセル調アニメ」は,原則として取り上げないことは,過去も現在も変わらない。特に,日本製アニメは避けて通る。1999年,2000年当時は,CGの有効利用は殆どなく,メイン欄で語るべきものが何もなかったからである。今や世界市場ではブランド化していて,映像産業として独自の地位を築いていることは認めるが,ファン層が広いゆえ,敢えて当欄で論評する必要性を感じない。ある時期から,映像素材として3D-CGの利用,デジタル処理でのVFXの導入が盛んになったようなので,そのレベルを確認するために,著名監督作品も少し「その他の短評」欄で取り上げた。既にその確認も終り,どんな使われ方をしているかも想像できるので,原則として取り上げないスタンスに戻した。スタジオジブリ作品を回避するのは,多数の熱心なファンがいるのに,当欄の否定的な評価を開示する意味はないと考えるからである。
 コマ撮りアニメ(Stop Motion Animation; SMA)は,後述するように,当別な存在ゆえ,積極的に取り上げる。試写を観る機会がある場合は,必ず紹介しているはずである。他の海外製のアニメ作品の場合は,2D,3Dを問わず,映像作品として紹介する価値があるかを判断基準としている。
 以上のように考えると,今年に入ってからの8+2本は,価値のある作品群であったことが分かって頂けるだろう。


ほのぼの感溢れる家族愛のコマ撮りアニメーション

 まずは,コマ撮りの人形アニメーション(SMA)からで,今年はこれが初めてだ。これまでもしばしば取り上げてきたつもりだったが,ざっと数えてみても過去24年間に10数本しかない。すぐに思い出すのは,『ウォレスとグルミット』『ひつじのショーン』両シリーズを誇る英国の老舗アードマン・アニメーションが4本,対する米国のライカ社からは『コララインとボタンの魔女 3D 』(10年2月号)など3本,鬼才ウェス・アンダーソン監督の『ファンタスティックMr.FOX 』(11年3月号)『犬ヶ島』(18年5・6月号)の2本などである。監督名の入った『ティム・バートンのコープス ブライド』(05年11月号) 『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(22年Web専用#7)も,その名に恥じない逸品であった。短編SMAの制作教室やコンテストは世界中で行われているが,劇場公開の長編となると相当な時間と経費とノウハウを要するので,経験豊富な有力スタジオや著名監督でないと生み出せないのだろう。
 本作『愛しのクノール』はオランダ映画というので,注目した。監督のマッシャ・ハルバースタッドの実績はIMDbで調べると,『Munya in Me』(13)等の短編数本が出てくる。これが長編デビュー作で,オランダ政府の支援を得て,劇場用長編映画のクオリティに仕上げたようだ。さらに注目したのは,本作が9歳の少女が主人公のホームドラマ仕立ての家族愛の物語であることだ。アードマン作品を除けば,SMAには圧倒的にダークファンタジーが多い。物語の暗さもさることながら,映像的にも暗い作品が多いのは,その方がミニチュアセットのアラが目立ちにくく,ライティング効果で重厚感を演出しやすいからでもある。動物が主人公のことが多いのも,表情や動きの不自然さが気にならず,むしろそのデフォルメ感が一味違う独特のテイストを与えやすいというコマ撮りの特質が,童話の映画化に適しているからと思われる。
 本作は,ペットである子豚のクノールが別の意味での主人であるが,あくまで少女バブスとその家族の物語である。原作はトスカ・メンテン作の「Die Wraak Van Knor(クノールの復讐)」とのことだが,邦訳はなく,世界レベルで著名な童話ではないようだ。この原作を選んだ理由として,「信頼している大人に裏切られるところがロアルド・ダールの作品を想起させる」と監督は語っている。なるほど,R・ダールは童話作家でもあり,ダール流のブラックユーモアが本作でも随所に登場する。
 少女バブスは仔犬を飼うことが夢であるが,両親の大反対で叶わなかった。そこに行方不明であった祖父スパウトが戻って来て,9歳の誕生日に子豚をプレゼントしてくれる。バブスは「クノール」と名付けて可愛がり,しっかり世話をする内に,家族の理解も得られ,かけがいのない存在となる(写真1)。一方,祖父が出場するソーセージ王コンテストが迫り,クノールが肉にされてしまう危機が迫る。果たして,バブスたちはこれを阻止できるのか……。物語は単純そのもので,他愛もないお子様映画と分かっていながら,大人も結構真剣に観てしまう。演出が巧みで,盛り上げ方に劇映画のエッセンスが凝縮されているからだろう。以下,当欄の視点からの分析と感想である。


写真1 子豚のクノールをペットに。(下)言うまでもなく,『E.T.』(82)のパロディ・シーン。

 ■ 主要人物だけで10数人も登場するので,その人形作りだけで見ものであった。各人形の顔立ちは比較的シンプルで,表情演出も最低限である(写真2)。リアルさは避け,温かみを出そうとしているのだろう。主人公のバブスは黒縁メガネで印象づけてあり,老人たちは髭や皺を加えることで個性的な顔立ちに見せている(写真3)。その一方で,頭髪や衣服の質感は高い。屋外シーンが多く,建物との比較から,さほど大きなパペットではないのに,この質感と精細さは水準以上だ(写真4)。背景描写は『ギレルモ・デル・…』ほどの壮大さはないが,全体的にカラフルで,ミニチュアセットの出来映えは悪くない。母が大切にする家庭菜園は惚れ惚れする出来で(写真5),家庭内の什器,祖父のバンジョー等の小道具も悪くない。


写真2 顔立ちはシンプルで,表情も乏しい

写真3 怪しげなスパウト爺さん(右)と彼を警戒するクリス叔母さん(左)

写真4 このミニチュアセットの中では,人形はかなり小さめ

写真5 家庭菜園は惚れ惚れする出来映え

 ■ パペットの造形には凝っていない反面,動きはSMAと思えぬ出来映えだった。そもそも人間よりも動物の方が多いこともあるが,人間の登場場面も上半身だけのことが大半だ。それに対して本作は,登場人物の歩行シーンがかなりあり,コマ撮りとは思えぬ滑らかさである。メイキング映像を見ると,パペットの移動を制御できる装置を導入しているので,その効果のようだ(写真6)。終盤でクリス叔母さんの赤いクルマの爆走シーン,トラクターのチェイスシーンがあるが,その演出の巧みさもこの装置の効用と思われる。


写真6 この装置で歩行や移動を制御している模様

 ■ 思わず真剣に観てしまったのは,クノールを「犬の躾け教室」に入れ,その最終テストに合格するかであった(写真7)。同様に,結果は分かっているのに,クノールの危機もハラハラして観てしまう。試写は日本語吹替版で観たのだが,ガールズロックバンド「SILENT SIREN」の女性3人(すぅ,ゆかるん,あいにゃん)が声優に初挑戦している。スパウト爺さんの声には,泉谷しげるが起用されている。イメージは合うが,およそ声優らしくなかった。この素人っぽさが,ほのぼの感を高め,童心に戻って真剣に観ることに繋がっていると感じた。ともあれ,オランダからこうした長編SMAが生まれたことは素直に嬉しい。ハルバースタッド監督は,既にSMA制作スタジオ「Holy Motion」を創設し,長編第2作『Fox and Hare Save the Forest』を制作中というので,楽しみにしたい。


写真7 クノールも躾け教室に参加するが,合格証は貰えるか?
(C)2022 Viking Film, A Private View

歴史の重みを感じる, 格調高い精緻な絵画風アニメ

 もう1本は,フランスの老匠ミッシェル・オスロ監督の意欲的な2Dアニメである。現在79歳で,かつて国際アニメーション映画協会の会長を務めたという重鎮だが,彼の作品を当欄で取り上げるのは初めてだ。『キリクと魔女』(98)が代表作で,文字通り「魔女」が登場する冒険ファンタジー映画だが,本作は一見して趣きが違っている。美術展や世界遺産巡りが好きなセレブ層向きと思えるのは,それだけの格調の高さがあり,深い教養に裏打ちされた映画だと感じられるからだ。ワクワク,ドキドキのストーリー展開よりも,映像美を味わいたい観客に適している。その意味では,童心に戻って,素直に物語の行方を追う上記の『愛しのクノール』とは真逆の魅力なのである。
 本作の冒頭では,先ず案内役の女性が登場し,どんな物語が聞きたいか,観客に問いかける(写真8)。様々な国や時代やテーマを希望する声が上がり,それらを満足させるため,複数の物語に分けることになる。即ち,古代エジプト,中世のフランス,近世のトルコが選ばれ,3部構成のオムニバス形式になったという訳だ。それぞれの時代の王子が登場し,愛と正義のために生きる物語が始まる……。おそらく,オスロ監督がこれまでに暖めてきた素材の中から,どれをどこに使おうかと考え,3話に配分したプロセスをなぞっているのだろう。


写真8 案内役の女性が登場し,観客の希望を聞いて,演目を決めてくれる

 マスコミ試写で配られたプレスシートには,監督インタビューと有識者による歴史解説がたっぷりと載っていた。まるで文化教養講座である。映画館で販売される有料のパンフレットにも同内容が掲載されていると思われる。この映画をご覧になる観客は,是非これを購入して,じっくり眺めてもらいたい。観客それぞれが,自らの知識と観賞力をフル回転させて,愉しむべき映画である。映像表現技法としての斬新さはないが,観客の心に訴えるものは瑞々しい。以下では,筆者も自らの個人的体験と関心から,どう愉しんだかを語ることにした。

【第1話:ファラオ】
 何枚かの絵を見ただけで,すっかり魅せられてしまい,心は古代エジプトの世界へと飛んでしまった(写真9)。第1話は今から約3千年前で,現在のスーダン北部にあった小さな「クシュ王国」が舞台である。この国の王子タヌエカマニは美女ナサルサと愛し合うようになるが,摂政の地位にある彼女の母親からは,エジプトを統合したファラオにならない限り,娘との結婚は認めないと難題をふっかけられてしまう。ど迫力の強欲女性である(笑)。誠実な王子は神々に祈り,神の子として人々の信頼を得て,戦わずして上下エジプトを統一し,ファラオとなってナサルサを迎え入れる……(写真10)。黒人初のファラオとなったこと,戦闘をせず,話合いでエジプト全土を統一するなど,見事なハッピーエンドの物語であるが,今日の人種差別問題やどこかの国の軍事侵攻を皮肉っているようにも思えた。


写真9 この絵を見ただけで,心は古代エジプトの王国に飛んでしまう

写真10 しっかりファラオになって,彼女を迎え入れる

 僅か17分半の短編アニメであるが,格調の高さは超一級品であった。それもそのはず,2022年4〜7月にルーヴル美術館で開催された「二つの土地のファラオ:ナパタ王家の叙事詩」展とタイアップした企画であり,オスロ監督に特別に制作依頼された映像なのである。当然,歴史考証は万全であり,王族,兵士,侍女の衣装,種族ごとの王冠の色も史実に基づいているようだ。
 映像的には,言うまでもなく,美術史で目にする「エジプト絵画」(その多くは壁面に描かれたフレスコ画)に基づいている。基本的には横顔であるので,カメラも横移動が中心だが,所々で斜めや正面を向いた顔も描いている。この絵画世界に浸ったところで,ズームイン/アウトやデジタル処理を付加した演出も導入している。強いて欠点を言えば,あらゆる人物や事物に輪郭線を描いていないことだ。これは,歴史上の「エジプト絵画」の伝統に反している。オスロ監督は技術上の理由を挙げているが,この監督は常に輪郭線を描かない画法であるので,自己流を貫いただけと思われる。個人的には好きでないが,慣れればさほど気にならなくなる。  物語も構図もシンプルさを保っている。人物像を極端に小さく描き,壮大な神や偉大な神々を大きく見せているのが印象的だった(写真11)。ここで登場する5体の「クヌム神」「オシリス神」「アメン・ラー神」「イシヌ女神」「セメクト女神」も,当時の信仰や神話を考証しているようだ。ただし,この色使いが正しいものか,監督のイマジネーションの産物なのかは確認できなかった。


写真11 大きくカメラを引き,神殿や神々を大きく見せているのが印象的

【第2話:美しき野生児】
 時代は14〜15世紀の中世で,舞台となるのはフランスの中南部のオーベルニュ地方で,フランス人作家のアンリ・プーラが集めた民話に基づいている。さほど有名な物語ではなく,中世を描くに当たって,自国のこの地方を舞台にしようと思い立ったとのことだ。まだ当時の城や大聖堂が残っていたので,ロケハンしやすかったのだろう。さすが歴史遺産が多数残っているフランスだ。
 領民を搾取する専制的な領主を父にもつ王子が主人公だが,名前はない。王子は地下牢に閉じ込められた囚人に同情し,彼の脱獄を助ける。それが父の逆鱗に触れ,幼い王子は森で処刑されることになる。やれやれ、今度は超パワハラ親父だ(笑)。家臣や領民の助けで生き延びた王子は,やがて森に住む「美しき野生児」として成長し,暴君の父を追い詰め,失脚させる……。第1話のような歴史的な素養は要らない。勧善懲悪の単純明快な童話で,子供でも楽しめる。この第2話でも,王子は元囚人の侯爵の美しい娘と結ばれ,呆れるほどのハッピーエンドである。元来童話とはそういうもので,罷り間違っても,LGBTQは登場しない。
 映像的には,この第2話が最も美しく感じた。人物や前景で描かれる草木等はすべて黒いシルエットで描かれている(写真12)。即ち,全編が影絵劇なのである。この影絵のコントラストの強さが,カラフルな背景をより美しく見せている(写真13)。ステンドグラスも森も頗る美しい。絞首台を燃やす炎やロウソクの光も美しく(写真14),光の使い方が見事だ。セル調2Dアニメでありながら,この監督のスタジオは,こうしたCGベースの描画術もマスターしているようだ。


写真12 第2話は中世で,全編が影絵で描かれる

写真13 人物や前景がシルエットなので,背景が一層美しく見える

写真14 ワンポイントのロウソクの光も美しく,神秘的

 個人的な体験に属するが,筆者にとって海外製の童話と影絵は不可分で,この第2話には全く違和感がなかった。1950〜60年代に一世を風靡した家庭総合誌「暮らしの手帖」には,「お母さんが読んで聞かせるお話」なる名物コーナーがあり,欧州の古典的童話の邦訳に添えられていたのが,影絵の挿し絵であった。花森安治編集長の発案で挿し絵は影絵となったこと,この挿画担当の藤城清治氏は影絵作家,影絵劇の演出家として高名な人物であることは,今回調べて初めて知った。当時の挿し絵は勿論モノクロ印刷であったが,背景をカラーにし,動画にするとかくも美しい映像になることに驚いた。
 影絵や影絵劇は中国が発祥の地で,古代から知られている表現法である。写真1も影絵であるように,本作のオスロ監督も影絵利用に熱心で,他作品でも随所に挿入している。長編映画の全編がこれだと退屈するが,オムニバス形式の1話に使ったのは好い選択だと感じた。

【第3話:バラの王女と揚げ菓子の王子】
 時代は18世紀,モロッコの砂漠のシーンから始まり,舞台はトルコの大都市イスタンブールへと移る。現在でもバザールが有名なように,欧州からオリエント地方へのゲートウェイとなる商業都市,観光都市である。この第3話はオスロ監督のオリジナルストーリーであり,異国情緒たっぷりに市場や町行く人々が描かれている。現在のトルコはNATO加盟国であるが,EUの一員ではなく,欧州から見ればアジアの異国なのである。
 主人公はモロッコの王子で,謀反人に王宮を追われ,バラの王女の国に逃げ込み,揚げ菓子屋に雇われる。大宰相から王宮に揚げ菓子を届けるように命じられ,この味を気に入った王女に毎日届けるようになり,やがて2人は恋に落ちる……。ただし,素直な恋物語でないのは,王女は窮屈な王族同士の結婚よりも,揚げ菓子屋という庶民の自由で気ままな生活に憧れるという,いかにも現代女性風の価値観で描いていることだ。ここでも,国王は自分を裏切った者は,娘であってもすぐ処刑しようとするから,呆れる。
 この第3話の第1印象は「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」の世界であった。同作は,ペルシャ王の妻が千一夜に渡って王に聞かせる物語であり,中心地は(現在のイランの)バグダードだ。7〜8世紀頃のイスラム世界の説話集であるから,18世紀のトルコとはかけ離れてる。ペルシャ帝国,サラセン帝国の領土拡大過程で,トルコの一部が入ったことはあっても,イスタンブール(コンスタンティノーブル)にまでは及んでいない。これは土地勘のない筆者の勘違いであったのかと思ったが,何と,オスロ監督自身が「千夜一夜物語」をイメージして,このラブストーリーを描いたという。南仏生まれ,西アフリカのギニア育ちで,フランスで高等教育を受けた監督ですら,イスラム世界の描き方は,この程度の大雑把さなのである。
 画調としては,第3話に入って遠近法を重視した構図が一気に増える(写真15)。人物像は,引き続き輪郭線なし,シンプルなセル調2Dアニメ画だが,随所に3D-CGやVFXが盛り込まれている。基本は2Dアニメであっても,その種の描画ノウハウはスタジオ内に浸透しているようだ。最も驚くのは,描き込みの精緻さで,現存するトプカプ宮殿を参考に描いたという王宮内部の装飾には息を呑む(写真16)。この精緻さは,王宮の庭園,宝石を鏤めた刺繍の衣装,大宰相の馬車の装飾にも発揮されている。その中で注目すべきは,金表面の光反射による輝き,宝石やガラス細工の光屈折が生み出す煌めきの表現である(写真17)。3D-CGの光線追跡法やフォトンマッピングを利用すれば描けることは当然だが,その結果を2Dアニメの世界に反映させるノウハウをこの監督とスタッフはマスターしている。


写真15 一転して,東洋的で遠近法で描いた世界に

写真16 オスマン・トルコの王宮の内部。よくぞ,こんな精緻な模様を描いたものだ。

写真17 金の輝き,宝石の煌めきの表現も得意技
(C)2022 Nord-Ouest Films-StudioO - Les Productions du Ch'timi - Musee du Louvre - Artemis

 バザールでは,ブルガリアのヨーグルト,アラビアのデーツ,コリントの干しぶどう,食べる宝石ロクムが売られていたし,ズッキーニのフライや美しいバラのゼリーも登場する。食通の映画ファンには,たまらない魅力だろう。ビジュアル的に食欲をそそることも,この第3話でオスロ監督が意図したことのようだ。
 第1話のエジプト絵画,第2話の影絵,そして第3話の精緻な装飾,見事なバランスである。個々には絵画として見慣れたスタイルだが, 3話揃っての作品としての完成度はかなり高い。監督がイメージし,指示した画像を素早く描けるイラストレーターやアニメーターを擁していることにも感心した。


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