英雄チンギス・ハーンを描いた超大作で,構想27年,総製作費30億円,オール・モンゴルロケ4ヶ月だという。『どろろ』(07年2月号)のニュージーランド・ロケ,20億円を上回る規模だ。モンゴルとの合作だというが,『墨功』(同号)のようなアジア映画界の力を結集したわけではなく,ほとんど丸ごと日本人スタッフとキャストによって作られた映画である。次々と大作が作られて邦画界が活気づくのは喜ばしいが,看板倒れにならないことを祈っていた。
おっと,もう1人,監督や主演よりも存在感のある大プロデューサの名前を忘れていた。「モンゴル建国800年記念作品」であり「角川春樹事務所創立10周年記念作品」と銘打たれているが,さらに「復活・角川春樹第2弾!」だそうだ。これは,『男たちの大和/YAMATO』(06年1月号)の成功で勢いづいた角川春樹氏の企画・製作総指揮による作品だった。となれば,かつての大味な角川映画ではないかと危惧するのだが,さて……。
原作は井上靖の「蒼き狼」と森村誠一の「地果て海尽きるまで」の両作品ということだったが,公式には後者のみがクレジットされている。監督は,『Wの悲劇』(84)『時雨の記』(98)の澤井信一郎で,こちらも春樹人脈からの人選だ。主役テムジン(のちのチンギス・ハーン)を演じるのは,『男たちの大和』に続いて反町隆史。その正妻ボルテに菊川怜,母ホエルンに若村麻由美,長男ジュチに松山ケンイチを配し,津川雅彦,松方弘樹といったベテラン勢が脇を固めている。
滑り出しは上々,部族間対立,略奪婚の中からテムジンが生まれ,その少年時代までは快調だった。さしずめ,NHK大河ドラマで評判の良い年の展開を見るかのようで,快適なテンポで物語が進行し,主人公が成長して行く。モンゴルの自然も美しい。後半のチンギス・ハーンとしてのモンゴル帝国建国,大作らしい戦闘シーンへの期待も膨らんだ。
7年の歳月を経て,反町青年テムジンが登場してからもしばらくは,その勢いでの見せ場はいくつもあった。ところが,勢力を増し,族長として数々の戦いに臨む時代以降がどうもいけない。迫力ある戦闘シーンとドラマとの噛み合わせが良くない。悲喜劇の展開・描写が薄っぺらで,大作らしい風格がない。脚本も今イチだが,それ以上にこの主人公に重みがない。人間的魅力に欠けるのだ。とても史上最大の帝国を築いた大人物に見えないことが原因だと思う。これでは,大河ドラマ「利家とまつ」で,織田信長を演じていた時と同じではないか。ただ目をむいて怒鳴っているだけでは,英雄としての威厳も魅力も伝わってこない。
反町隆史×菊川怜などという大根コンビに,まともな演技を期待する方が間違っているという声もある。テレビならともかく,入場料を取る映画にそりゃないだろう。さらに,韓国人シンガーのAraとやらの女兵士が学芸会以下の演技で輪をかける。いかにベテラン監督でも,これはいかんともし難いレベルだ。同じ素材をハリウッドが撮っていたら,壮大でコクのある史劇になっていただろうにと惜しまれる。
そんな中で,原田徹セコンドユニット監督率いるアクション撮影班の映像は上出来で,騎馬合戦シーンは迫力があった。さすが『男たちの大和』の戦闘シーンを成功させただけのことはある。大量の馬やエキストラを現地調達した物量作戦と本物志向も功を奏している。
特撮監督は佛田洋で,彼が率いる特撮研究所や協力関係にある東映アニメーションがCG/VFXを担当するのも『男たちの大和』と同じである。当然,その経験の分だけ技量や画質も向上している。広報上は「CGに頼ることのない本物の映像を,生の映像を観客に見せたい」というが,綺麗事だ。最大の見せ場の即位式は,2万7千人のエキストラを集めて,800年前を実物大で再現したという。写真1はとてもそうは見えない。群衆は確実にその3倍か4倍は居るように見えるから,このシーンはデジタル複写の産物だろう。
写真2のような戦闘シーンも,至るところで水増しされていると思う。そう見せないように仕上がっているが,なぜそれをこんなに隠すのだろう? 群衆シミュレーション・ソフトMassiveも使われたと漏れ聞くが,初めてにしては,見事に使いこなしている。日本のVFX界の技量がここまで向上していたのは,喜ぶべきことではないか(そう思うのは,本欄だけだろうか)。
アクションのスケールは邦画最大級ではあるが,映画全体としては繋がりが悪かった。現場で陣頭指揮する製作総指揮者の写真が公表されているから,きっと演出や編集にも口出ししたのだろう。案の上,後半は大味で感動できない作品となったが,この壮大さを実現した実行力には敬意を表しておこう。少なくとも『どろろ』よりは,長期ロケの迫力を感じさせる映像だ。
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