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O plus E誌 2002年2月号掲載
 
 
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『ヴィドック』
(ストゥディオキャナル他作品/アスミック・エース配給)
 
       
  オフィシャルサイト[日本語][仏語/英語   (2002年1月13日 横浜オスカー1)  
         
     
  作り手が愉しんだ世界初全編ディジタル撮影作品  
   この映画も試写会を見逃して既に公開済なのだが,『ロスト・チルドレン』(95)『エイリアン4』(97)『ジャンヌ・ダルク』(99)等でSFXを担当した仏映画界随一の特撮マン,ピトフの初監督作品だという。加えて,『スター・ウォーズ エピソード2』より先に,全編ディジタル・ハイビジョン・カメラで撮影したと聞くと,本映画時評としては無視して通りすぎるわけに行かない。大半の演技はブルーバックで撮影,ポスプロに1年以上かけたとも伝わってきた。
 という訳で,久々に日曜日に映画館に出かけた。公開の翌日というのに,朝の回はわずか50〜60人の入りだった。横浜・伊勢佐木町という最近低落気味の繁華街とはいえ,この数字は淋しい。郊外のシネコンや『ハリー・ポッター』に客を奪われたとも言えるが,『アメリ』のようにうまくマーケティングすれば満員札止めが続くのだから,最近不調の仏映画もかなり市場があるはずだ。
 日本人には馴染みはないが,主人公のヴィドックは歴史上の人物で,フランス人は誰でも知っている有名人らしい。犯罪者で前科があったのに,警察に雇われて国家安全保障を担当した後,世界最初の私立探偵事務所を開いた英雄だという。時代は1830年,その著名な探偵のヴィドック(ジェラール・ドバルデュー)が事件を追う間に落命したというところから物語は始まる。ヴィドックの相棒ニミエ(ムサ・マースクリ)のところに,ヴィドックから伝記の執筆を依頼されたという青年作家エチエンヌ・ポワッセ(ギヨーム・カネ)が現われ,共に事件を追い,真相を究明しようともちかける。
 主人公が死んでいるのだから,物語の大半はフラッシュ・バック・シーンだ。最近,『スパイ・ゲーム』『バニラ・スカイ』と,この手の作品が続く。むしろ,謎を追うポワッセが探偵役で,この映画の主役と考えていい。一応謎解きはあり,ネタバレになるので結末は書けないが,ストーリーはたわいもない。大半の観客には分かってしまうだろう。大味で,演出にも見るべきものはない。
 美術監督はジャン・バラス。ピトフとはずっとコンビを組んできた俊才だけあって,なるほどこの映画の美術は凄い。最近の映画には珍しく,タイトル・シーンが長めで,いかにもモダンアート風で,これだけでも独立した芸術作品だ。ヴィドックの探偵事務所の小道具やインテリアも磨き抜かれた感があるし,郊外の廃兵院,阿片窟,ガラス工場等の表現にも力が入っている。彼らの「バロック趣味」がよく分かる。鏡の仮面の怪人の実験室にいたっては,恐れ入って目を見張る。これは,間違いなく映画美術の教本となる作品だ。ただし,ただそれだけの映画であるが。
 早くから全編デジタル製作を表明していた『SWエピソード2』よりも先に,ソニー製のディジタル24Pハイビジョン・カメラHDW-F900を使って撮影された。で,このカメラの画質は映画として耐えられるかというと,実はそれがよく分からない。全編ディジタル加工に継ぐ加工で,まるで中世の絵画のような映像に仕上がっているからである。ヨーロッパのどこかの美術館に紛れ込んでしまったかの錯覚すら感じてしまう。
 もちろん,これがピトフ監督の意図で,その加工のしやすさゆえにディジタル・カメラを選び,絵のタッチはギュスターブ・モローを目指したという。「夜の闇に紛れた幻想世界」の表現や石畳や石壁を強調した描写は,なるほどモローのタッチだ(これは,映画館の帰りに本屋の美術書コーナーをハシゴして確認した)。ただし,昼間の屋外のシーンでは,エッジやコントラストを活かせた絵作りはダリを彷彿とさせたし,色彩感覚はドラクロアにも近いものを感じた。
 屋外シーンの背景は,ほぼすべて合成だと考えてもいいだろう(写真)。オフィシャル・サイトでは「タイムマシン」という言葉を使っていたので何かと思ったら,実写の風景からモダンな建物を消し,19世紀前半の景色に描き変えたということらしい。ピトフ自身が『ジャンヌ・ダルク』で多用した最近のVFXの定番だ。
写真 ほとんどのシーンで背景はデジタル合成
 もう1つのセールスポイント,鏡の仮面に映る反射映像は勿論デジタル合成だろうし,落雷,炎,クライマックスでの鏡と光線が織りなす世界にはCGのパワーを感じた。どこをとっても画質的な違和感はない。この点では,いつもけなすMill Film社の下手くそなマット画処理よりも格段に上だ。フランス映画最高の製作費1億4千万フラン(約24億円。それでもハリウッドの5分の1程度だが)と約200人のVFX要員の威力はダテではない。
  その半面,構図やカメラワークにはやや違和感を感じた。画質的には前景と背景は繋がっていても,前景の俳優はバストショットでセリフの多さが目につく。これはブルーバック撮影続きで,俳優も演技に身が入らなかったのか,初監督ゆえの演出の未熟さのせいだろうか。狭い室内で,奥行きを強調したカメラワーク(恐らくレンズの効果だけでなく,デジタル処理による幾何学的変換)や天井から撮影したショットが多く,少し煩かった。
 これは作る側の趣味で作った映画で,観客へのサービスは二の次だ。映画関係者には必見だろうが,これでは一般客の興味は引けまい。ファンにとっては『SWエピソード2』のための露払い,カメラテスト役と思えばよいのだろうが,この夏,ご本家も負けず劣らず大味な映画を出してくるのではないかという危惧もある。
 
   
   
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