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O plus E誌 非掲載
 
 
purasu
東京タワー オカンとボクと,時々,オトン
(松竹配給)
 
      (C)2007「東京タワー〜o.b.t.o.」製作委員会  
  オフィシャルサイト[日本語]  
 
  [4月14日より丸の内ピカデリー2ほか全国松竹系にて公開中]   2007年5月22日 梅田ピカデリー2  
         
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  ベストセラーの愛情溢れる丁寧な映画化  
 

 絵に描いたような邦画のヒット作品である。原作は200万部突破のロングベストセラーで,テレビでは単発ドラマと連続ドラマが製作され,人気を博していた。そして,満を持して,真打ちの映画化作品の登場である。原作そのものが「泣ける本」との評判だから,邦画界にとっては得意中の得意のジャンルだ。最初からヒットが約束されていたような一作である。
 書店で真っ白な表紙の原作本が平積みにされているのも,副題も印象的だった。昨年第3回日本本屋大賞を受賞し,ますます話題になった。実を言うと,最近まで「リリー・フランキー」なる作者のことは知らなかった。武蔵野美大出身のイラストレーターで,エッセイ,コラム,小説・絵本,デザインから,作詞・作曲,演奏,歌までこなすマルチタレントだそうだが,最初は外人の女性かと思っていた。だとすると,主人公の「ボク」との関係が変なはずだが,よく分からず,不思議だった。
 この映画は試写会で見る機会がなく,公開後1ヶ月以上経ってから,映画館で入場料を払って観た。もう1つ実を言うと,何のミスか,いつも来る松竹からこの映画だけは試写案内が届かなかった。気がついたのは,公開の約2週間前のことで,もうO plus E誌4月号には間に合わなかった。一般用のホール試写で観る手もあったが,年度の変わり目は多忙で,その時間が見つけられなかった。公開後に映画館で観ようか,雑誌に載せられなかった以上は,DVDになるまで待てばいいかと思い始めていた。ところが,当欄の熱心な愛読者の1人から,「何で,話題のこの映画を取り上げていないのか? CGはほとんどなくても,話題作は『その他の映画の短評』で取り上げると思っていたのに…」という厳しいお言葉を頂戴した。そこで,ようやく『ファウンテン』と『シュレック3』の試写の間に時間を見つけ,シネコンに駆け込んだ次第である。
 前置きが長くなったが,ずばり,印象に残る「いい映画」だ。月並みな言い方だが,そうとしか表現しようがない。原作は,作者の半生を描いた自伝小説で,筑豊から東京に呼び寄せて一緒に暮らし,東京タワーの見える病室で息を引き取った亡き母への想い出を綴っている。若干マザコンとさえ思える孝行息子だ。原作と映画は本質的に別物であるが,この映画は原作の素材の良さを映画流に料理していると言える。料理の腕はそれほど良くないが,素材が生きる構成と演出を心がけていると思う。製作スタッフが,この物語に愛情を込め,丁寧に作り上げたことが感じられる。
 監督は『バタアシ金魚』(90)『さよなら,クロ』(03)の松岡錠司,脚本は売れっこ子の松尾スズキが担当している。主人公の「ボク」はオダギリジョー,「オカン」が樹木希林,「オトン」は小林薫で,テレビ版とは全員異なっている。この映画のキャスティングの肝は,若き日のオカン役に樹木希林の実の娘,内田也哉子を起用したことだ。顔も声もよく似ている(写真1)。歌手ではあっても,演技経験はなかったというだけに,セリフも動作もかなり未熟だと感じるシーンも多い。それでも彼女でなければならないのは,樹木希林の存在感が圧倒的であり,個性的であるがゆえだ。別の俳優では若き日の姿にかなりの違和感があったに違いない。
 映画の出来栄えとしては,前半の作りが少し粗雑だ。学費を稼ぐ「オカン」の苦労はさほどに感じられないし,「ボク」の学生時代の堕落ぶり,放蕩とサラ金地獄もリアリティが低い。オダギリジョーには貧乏くささが感じられないからだろう。ところが,後半オカンが東京に出て来て以降,物語が俄然盛り上がる。オダギリジョーは,こんなにいい俳優だったのかと初めて感じた。『オペレッタ狸御殿』(05年6月号)『SHINOBI』(同10月号)は主演女優の引き立て役で,ただのイケメン俳優の域を出なかった。それがこの映画では,母をいたわる心,最愛の母を失った悲しみを見事に表現している。コートやマフラー姿がとてもよく似合う。オカンを連れて病院に向かうシーンなどは絶品だ。通夜の席を外し,涙ながらに原稿を書く姿も胸を打つ。この映画は間違いなく,彼の代表作になるだろう。
 原作もこの映画も,誰もが「自分の物語」だと感じる作品だという。母と子,父と子,愛と友情,青春の屈託は,「全ての人に共通する物語」だというが,本当にそうだろうか? 筆者にはそうは思えなかった。物語への感情移入と自分の体験になぞらえて観ることとは違う。万人がこの中に自己体験を見るには, 高度成長期以降の日本人の経験や価値観は多様であり,想い出は世代によって相当に違う。「ボク」の体験に多くの共感を覚えるのは,地方から東京に出て来て,首都圏を点々とした経験者だけだろう(筆者もその1人であるはずなのだが…)。この映画の「ボク」にはなれなくとも,「オカン」の手料理を食べに集まった親しい仲間(写真2)のように感じることはできる。ただし,胸にじんと来るものはあっても,号泣する類いの映画ではない。
 何やら欠点ばかりを上げてしまったが,印象に残るシーンも多かった。オープニングの夜の東京の中心で燦然と輝く東京タワーは,とてつもなく美しかった。オトンとオカンがダンスを踊る回想シーンも素晴らしい。そこで流れる曲が,ザ・ピーナッツが歌う「キサス・キサス・キサス」というのにもしびれた。
 やっぱり,いい映画だ。後世に残る名作ではないが,観た人にとっては,心に残る,忘れない映画の1本になるだろう。

 
     
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写真1 若き日のオカンとボク   写真2 東京の家は,いつも大勢の仲間で賑わった
 
 
(C)2007「東京タワー〜o.b.t.o.」製作委員会
 
   
   
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