O plus E VFX映画時評 2026年10月号掲載
(注:本映画時評の評点は,上から![]()
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■『時給三〇〇円の死神』(10月2日公開)![]()
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先月の後半に続いて,今月も邦画ラッシュだ。まずは、最も刺激的な題名の映画から始める。死神が誰に雇われて何の仕事をするのかの興味もさることながら,時給300円という低賃金に驚いた。ネットで調べてみると,今年の最低賃金は,最高は東京都の1,280円,隣の神奈川県は1,279円,最低の宮崎県でも1,085円である。統計データが残っている最古の全国加重平均額が315円であるから,半世紀以上前の物語なのかと思ったら,原作は2017年発表の藤まる作のライトノベルであった。勿論,死神に現金を支払いようはないので,低額であることだけをアピールしたオカルトファンタジーのようだ。さらに調べると,原作はかなり若者に人気のある青春ノベルのようだ。コミック版も含めると累計36万部で,英語版、 台湾版,韓国版,タイ版,ベトナム版,ロシア版まであるという。結末を知ってしまうと興味は失せるので,ネタバレ記事は読まずに試写に臨んだ。
主人公の大学生・佐倉真司(西畑大吾)は,不祥事を起こした父親の逮捕,両親の離婚,恋人との別れと,不幸続きで人生に絶望していた。ある日,同級生の同級生の花森雪希(福本莉子)から,「《死神》のアルバイトをしないか」と誘われる。雇用期間は6ヶ月,交通費・福利厚生・賞与なしで,時給はたった300円。 仕事内容は,「この世に未練を残した《死者》たちに寄り添い,あの世へ送り出す」ことであった。
本物の《死神》が現金を得るのではなく,人間の青年が「死神役」をする物語だった。それでも《死者》に生きた人間が接するのであるから,オカルトであることには違いない。それじゃ,どんなホラーになるのかと…。
かなりの薄給ではあるが,「最後までやり遂げれば,特別報酬として,どんな願いでも1つだけ叶えられる。ただし,それまでの全記憶は消される」という。未来への夢を持ちたい佐倉は,半信半疑ながらこの死神役を引き受けた。依頼内容は郵便受けに届き,花森とバディを組み,依頼人の死者と向き合う。最初の依頼人は,佐倉の元カノの朝月静香(渋谷凪咲)であった。朝月は「ロスタイム」中に,もう一度,佐倉と話し合う機会を求めていたのだった。心の平穏が得られた静香はあの世へと旅立ち,佐倉は彼女が死者であったことに驚愕する。ここで言う「ロスタイム」とは,人生で失った時間というより,規定の試合時間後の延長時間の意味で使われていた。
次の依頼人は,難産で子供は生まれたが,子供の顔を見ずに死んでしまった母親・広岡加奈(佐津川愛美)だった。その他,母親に虐待にされた小学生・四宮夕(泉谷星奈),いつも川岸に座っている死者の少年(齋藤潤)らが登場する。そして,佐倉は花森が隠していた秘密を知り,2人の関係は大きく揺らぐ……。
ホラーだと思って見始めたが,とんでもない間違いだった。見事なヒューマンドラマで,「死者を救う物語」というより「生きている意味を考える映画」であった,本作の監督は,『ストロベリームーン 余命半年の恋』(25年10月号)の酒井麻衣である。同作のレビューでは,「この種の青春映画はライトノベル系の女性監督に限る」と書いたが,本作はまさにそのものスバリであった。
最後に付記しておくなら,主人公や依頼人の死者たちの他に,怪しげなホームレスの死者・天野役に小澤征悦,出所後に本格登場する真司の父・鷹矢役に山口馬木也を配していた。いずれも原作での記述は少ないのに,映画では重要な役割を与えていた。演技力のある大人の助演俳優が映画のクオリティを高める典型例だと感じた。
■『本当にあった話(の話)』(10月2日公開)![]()
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次は2番目にユニークな題名の映画だ。実話ベースの映画は数多いが,「(の話)」が着いているので,一捻りあることが分かる。原作は鴻池留衣が2021年に書いた雑誌掲載の中編小説だが,この映画に合わせて同名に改題したようだ。予告編を見ただけで,世間を震撼させた「配偶者入れ替え事件」を舞台劇化し,その劇団内部で起こる騒動であることが分かる。食指が動いた。
キービジュアルは狂ったような男の顔のアップで,主演は水上恒司(旧芸名:岡田健史)である。この数年で,W主演が『死刑にいたる病』(22年Web専用#3)『あの花が咲く丘で,君とまた出会えたら。』(23年12月号),純主演で『火喰鳥を,喰う』(25年10月号)『WIND BREAKER/ウィンドブレイカー』(同12月号)『TOKYO BURST -犯罪都市-』(26年5月号)の5本も取り上げたので,「また,彼か」と思われるだろう。かなりのイケメンで,純愛映画の主人公か正義感の強い青年役が多かったのに,狂気を感じさせる主人公とは意外だった。
映画の冒頭は,殺人現場と思しき山中の映像で,長い字幕が登場する。要点は「2022年2月,死刑囚・近田貴子が獄中で病死した。夫であるマサキを殺害し,交際相手を夫にすり替えて生活したが,その相手も殺害し,それを何度も繰り返す。この連続殺人はワイドショーを賑わした」であった。これで事件の概要は理解できた。
一転して,この事件を舞台劇化しようとする劇団シアターテアトロンの稽古風景となる。舞台上では,殺人鬼・貴子役の劇団員・米良(黒木華)が立ち,演出家・加藤(佐々木蔵之介),会場では脚本家・垣内(小池栄子)がそれを眺めていた。新たに殺されるマサキ役を募集することになり,演劇は素人の夛田(水上恒司)が応募して来た。彼はIT企業のプログラマーだったが,不倫を繰り返す妻・アリサ(山下美月)と離婚したばかりで,妻に弄ばれる夫役は自分しかいないとアピールした。
採用された夛田は,加藤の威圧的な演出を受け,稽古に励んでめきめき上達する。やがて,マサキになり切ろうとして,脚本の解釈をめぐり,垣内に反抗する。米良とは2人だけの稽古を続ける内,本気で恋をしたのか,それともマサキが憑依したのか,役柄と現実の境目を見失い,狂気と思える行動を取り始める……。
連続殺人事件は1999年,犯人の獄死は2022年,舞台劇の初演は2025年3月と,いかにもそれらしい年月が提示されていたので,そんな事件が実在していたのかと思わせるが,事件自体は全くのフィクションであった。映画は,第一幕〜第四幕,終幕の5部構成で,「貴子とマサキの恋物語」という演劇名までついていたので,舞台劇の映画化なのかと思ったが,それも違っていた。いきなり,小説から奇妙な題での映画化なのである。
監督・脚本・編集は,これが商業映画デビュー作となる武井佑吏。大学時代は映研に所属し,テレビマンユニオンに所属し,独立系映画2本が入選・入賞を果しているが,舞台劇の経験はないようだ。映画制作には自信があるのだろうが,肩に力が入り,意識過剰気味で,演出がくど過ぎる。夛田が狂気化して行く過程が長過ぎて退屈した。それでも,癖のある演出家を演じる佐々木蔵之介,夛田と激論し,彼を一蹴する小池栄子の貫録の演技力はさすがだと感じた。
原作が中編小説なので,かなり映画独自の解釈を加えたと思われる。途中からは,自分が監督ならどうしたかを考えながら観ていた。私なら,本物の貴子が仮装結婚をしておいて,「配偶者入れ替え事件」を起こす過程,さらにそれを繰り返す連続殺人事件の手口から,事件が発覚し逮捕されるまでを前半として描いたと思う。その方がずっと面白かったと思うのだが…。
(以下,10月公開作品を順次追加します)
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