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O plus E 2022年9・10月号掲載
 
 
LAMB/ラム』
(クロックワークス配給)
      (C) 2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JOHANNSSON
 
  オフィシャルサイト[日本語]    
  [9月23日より新宿ピカデリーほか全国順次公開中]   2022年8月2日 オンライン試写を視聴 
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
   
  ユニークな動物ものホラー, VFXならではの演出  
  アイスランドの山岳地帯を舞台としたユニークなホラー映画だ。ある日,羊飼いの夫妻の羊舎で,母羊から羊でない「何か」が産まれる。愛する娘を失った夫妻は,「それ」を受け容れ,自分たちの子供として育てる。幸せな日々が続いたが,やがて思いがけない災厄が待っていた…。広大な美しい自然をバックに,神秘的な雰囲気が漂う異色のサイコ・スリラーとも言える。
 監督・脚本は,同国出身の映像作家のヴァルディミール・ヨハンソン。美術や特殊効果が専門で,本作が長編デビュー作である。同国の作家・詩人のショーンも参加し,2人で共同脚本を書き上げた。
 羊飼いの妻マリアを演じる主演は,『ミレニアム』シリーズで注目を集め,ハリウッド大作『プロメテウス』(12年9月号)にも主演したノオミ・ラパス。本作では製作総指揮も務めている。夫イングヴァル役にはヒルミル・スナイル・グズナソン,その弟ペートゥル役にはビョルン・フリーヌル・ハラルドソンが配されている。羊の他には,この3人しか登場しない。
 案内チラシや予告編にも,「何か」や「それ」としか明かさずにいて,正体をぼかしている。せいぜい「羊でも人間でもない“禁断(タブー)”」と言及しているだけだ。なかなかその正体を見せないが,それではVFX解説にはならないので,以下では多少のネタバレは許してもらおう。
 夫妻は,この「何か」を死んだ娘の名前アダと呼ぶことにしたが,頭部は羊で,我が子の身代わりとして扱うからには,アダは羊と人間のハーフであることは容易に想像できるだろう。では,「羊頭狗肉」ならぬ「羊頭人肉」,「人面獣身」の逆の「獣面人身」かと言えば,それに近いと言っておこう(厳密にはそうではないが)。動物の顔をして,人間のように立ったり,二足歩行する擬人化したキャラクターは,童話では定番だ。仏教世界には,「牛頭馬頭」のような地獄に住む獄卒もいれば,「馬頭観音」のような観音菩薩の一変種も存在する。いずれも,頭だけ動物で,首から下が人身である。本作に登場するのは,その北欧版であると言える。
 本作は3章構成であるので,その概要を述べる。
【第1章】クリスマスの夜,獰猛な生物らしきもの(人間か野獣かは不明)が羊小屋に近づく,吐く息の音だけで姿は見えない。多数の羊から一頭の牝羊を選んで交尾したらしく,やがてその羊が「何か」を出産する。
【第2章】アダは幼児レベルまで大きくなり,子供服を着て2足歩行している。人間語は話せないが,食事,散歩は人間並みだ。夫の弟ペートゥルがやって来る。当初アダを人間扱いしないが,やがて姪として可愛いがる。
【第3章】ネタバレになるので,本稿では書かない。

 以下は,当欄の視点からの論評である。
 ■ 恐竜や巨大ゴリラは勿論,ライオンでも象でも本物そっくりに描けるようになった現在のCG技術では,羊の描写は全く難しくない。頭部の実写映像とCGを比べる限り,殆ど区別できない(写真1)。ただし,冒頭の雪の中の野生の馬,羊舎内や草原での多数の羊等,普通のシーンは実写だろう。多数の羊の目が光るシーンは,児戯に等しい簡単な加筆だ(写真2)。選ばれた牝羊が不安げにキョロキョロするが,頭部だけ少しVFX加工し,吐く息を描き加えただけで,この程度は表現できる。子供を奪われて,悲しげに泣き叫ぶ母羊の表情も,CGによる置き換えで実現できる(写真3)

 
 
 
 
 
 

写真1 上:CG羊の頭部幾何モデル,下:体毛を描画すれば,殆ど本物と区別がつかない

 
 
 
 
 
写真2 この程度は,目だけ描き加えれば表現できる
 
 
 
 
 
写真3 都合の良い羊がいなければ,顔だけ加工すれば済む
 
 
  ■ 普通の羊の出産シーンは本物だろうが,問題の出産シーンは映像を伏せている。乳児羊への授乳,布にくるんで抱きかかえるシーンは,CGであっても,本物の子羊であっても不思議はない(写真4)。コストを考え,場面によって使い分けていると考えられる。写真5のような頭部だけのシーンなら,本物の羊で撮影できる。顔が動かない場合は,人形でも十分代用可能だ(写真6)
 
 
 
 
 
 
 

写真4 当初CGかと思ったが,実物でも不思議はない

 
 
 
 
 
写真5 花輪の描写を考えると,本物の羊の方が得策
 
 
 
 
写真6 (左)完成映像,(右)この場合は,頭部だけの人形で十分
 
 
  ■ 第2章に入り,子供服を着たアダが立ったり,歩いたりする場面では,人間の少年か少女の身体にCG製の頭部を合成しているようだ(写真7)。この合成が上質でなく,継ぎ目が少し不自然に見える。食卓のシーンでは左右の手が異なっていて,片方は本物の子供の手,もう片方はCGもしくは羊の手をした小道具だろう(写真8)。ダンスのシーン,やや不自然な歩行シーンは,全身がCGのようにも見えるが,本作では頭部しかCG描画していないと思われる。入浴シーンで,ようやく首から下の描写が登場し,単なる「獣面人身」ではなく,左右の手が違うことも理解できる(写真9)。これでは,“禁断”の存在と言わざるを得ない。
 
 
 
 
 
 
 

写真7 頭部だけCGの合成だが,継ぎ目が少し不自然

 
 
 
 
 
 
 

写真8 左:左手は人間の子供の手,右:CGで描くか,羊の爪の手を子役に持たせる

 
 
 
 
 
写真9 ようやく登場する首から下のシーン。左右が違うことが理解できる。
(C) 2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST,
CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JOHANNSSON
 
 
  ■ エンドロールには,CG/VFX担当としてDupp VFX, Haymaker VFXの名前があった。いずれも,スウェーデンのVFXスタジオのようだ。CG製の頭部の場合は,もう少し表情豊かに描いて欲しかった。所詮,ピュアな羊ではないのだから,人間の幼児に見えるような仕草や,感情がほとばしる様子など,高級感や意外感が漂う描写であっても矛盾はない。当欄の評価では,CG的に不合格ではないが,ギリギリ合格の「C評価」だ。物語全体でも,せいぜい「B評価」止まりである。CG製の羊が表現できるゆえに成立した物語であるが,この監督が何を語りたかったのか,理解できなかった。
 
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  (O plus E誌掲載本文に加筆し,画像も追加しています)  
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