O plus E VFX映画時評 2024年3月号掲載

映画サウンドトラック盤ガイド


■「バービー・ザ・アルバム」
(ワーナーミュージック・ジャパン)


国内盤CD
デジタル配信版
Best Weekend Ever Edition

Ken The Album
こんなのもあるみたい
スコア盤

 昨年夏に公開されたヒット作『バービー』(23年8月号)のサントラ盤紹介であるが,「短評Part 1」の2本と同様,この記事も積み残しである。映画の試写を観た時点で,明るく,気さくな米国文化を象徴するような映画だと感じた。登場するファッションもさることながら,音楽が劇伴曲も歌唱曲もバービー文化にフィットしていて,見事に映画を盛り上げていた。そのことを紹介記事中で触れなかったのは,別途,この記事を書くつもりでいたからだ。ところが,8月号はメイン欄も短評欄もボリュームたっぷりで,9月号はさらに盛り沢山になることが分かっていたので,このサントラ盤紹介に割ける時間が全くなかった。ところが,『第96回アカデミー賞の予想』でも述べたように,この『バービー』の主題歌が,GG賞,グラミー賞を受賞して,この主題歌賞部門のオスカー最有力候補となれば,(じゃんけん後出しにならないように)まもなくの受賞作発表の前に,しっかり紹介しておかざるを得ない。
 米国での映画の大ヒットには,巧みな広報宣伝が寄与したように,サントラ盤も様々なフォーマットで発売されているので,まずそれを整理しよう。国内盤CDが発売されているのは嬉しいが,日本語曲や国内用のボーナストラックがある訳ではない。その逆で,どういう訳か下記リストの16曲目までであり,デジタル配信版や国際版(輸入盤)CDの17曲よりも1曲少ない。後日さらに2曲追加された「Best Weekend Ever Edition」なるCDがあるので,1曲も逃したくない場合は,全19曲のこれがいいだろう。輸入盤には,バービー役のマーゴット・ロビー以外の出演者の画像が入ったバージョンも数種類あるようだが,中身が違うのか,ジャケットだけ違うのか,よく分からない。着せ替え人形のように,ジャケットを入れ替えられるのだろうか?
 アナログ盤のLPやカセットテープまでしっかり発売されている。特に,LPの輸入盤では,レコード本体の色が選べる。白,緋色(上記デジタル版の色),薄いピンク等の単色や,青・赤の2色模様のものまである。音楽愛好家よりも,ファッション性を重視した購買者用のように思える。  以上はすべて歌唱曲収録だが,別途,演奏だけの劇伴曲19曲を収録したスコア版もCDとデジタル配信の両方で用意されている。

  1. “Pink”  Lizzo
  2. “Dance The Night”  Dua Lipa
  3. “Barbie World”  Nicki Minaj & Ice Spice feat. Aqua
  4. “Speed Drive”  Charli XCX
  5. “WATATI”  KAROL G feat. Aldo Ranks
  6. “Man I Am”  Sam Smith
  7. “Journey To The Real World”  Tame Impala
  8. “I'm Just Ken”  Ryan Gosling
  9. “Hey Blondie”  Dominic Fike
 10. “Home”  HAIM
 11. “What Was I Made For?”  Billie Eilish
 12. “Forever & Again”  The Kid LAROI
 13. “Silver Platter”  Khalid
 14. “Angel”  PinkPantheress
 15. “butterflies”  GAYLE
 16. “Choose Your Fighter”  Ava Max
 17. “Barbie Dreams”  FIFTY FIFTY feat. Kaliii
 18. “Push”(Bonus Track)  Ryan Gosling
 19. “Closer To Fine”(Bonus Track)  Brandi Carlile & Catherine Carlile

 かなり綿密で巧妙な広報販売戦略が練られていたようで,映画公開の2ヶ月前から間隔を空けて5曲,公開後に1曲,計6曲がシングル曲として配信された。リスト中の2, 14, 3, 4, 11, 16の順である。小出しして,世界各国のヒットチャートを常に賑わすようにとの配慮である。アルバムは映画公開と同時であり,CDは館内で豪華パンフレット付きで発売していた劇場もあったようだ。勿論,世界各国のアルバム売れ行きチャートで好成績を収めた。音楽だけでなく,新しいバービー人形や各種グッズの物販も同時に進行しているから,「The Barbie Project」を設けての戦略的ビジネスである。映画業界,音楽業界,玩具業界からの知恵者を集めてのプロジェクトだったようだ。
 アルバムは,既存曲の使い回しでなく,曲調の違う多彩な楽曲を新たに作曲し,歌手の出身国も多岐にわたっている。米国の他は,英国,デンマーク,コロンビア,パナマ,豪州,韓国というバラエティで,人種も様々だ。韓国が入っていて,日本がないのが淋しいが,音楽分野における国際的な実力を考えれば当然と言える。映画を観ながら,場面への被せ方が見事だなと感心していた。各曲の由来や歌手について語るほど,現代ポップス業界事情に詳しくない。改めて,アルバムに収録されたフルコーラスで全曲を聴くと,旬の売れっ子シンガーたちを集めると,こういう見事なアルバムになるのかとの思いで聴き惚れた。
 個人的な好みで言えば,1.“Pink”は映画のイントロ,アルバムの冒頭曲として素晴らしい。トータルで最も優れていると感じたのは,2.“Dance The Night”だ。最初にシングルカットされたのも当然である。ちなみに,この曲を歌っているDua Lipaは英国を代表する若手シンガーソングライター兼ファッション・モデルで,最近は女優業にも熱心なようだ。映画『バービー』には人魚バービーとして出演していた。短評欄で紹介した『ARGYLLE/アーガイル』で,美貌の女スパイのルグランジェとして,金ぴかスーツでのダンスや派手なカーチェイスを演じていたのは彼女である。
 楽曲に話を戻すと,メロディが美しいのは 7.“Journey To The Real World”, 13.“Silver Platter”, 19. “Closer To Fine”の3曲だった。12.“Forever & Again”は,アコースティックのイントロが絶品で,それに続くラッパーthe Kid LAROIの高音の歌声も魅力的だ。The Barbie Projectとしての一推しは,当然主題歌である11.“What Was I Made For?”である。単独で聴くとかったるいウィスパー曲で,さほど魅力を感じなかったのだが,アルバムを通して聴くと,派手なダンス曲が続く中で,スローテンポのこの曲が清涼剤のように感じる。以上は,筆者の受けた印象であり,シングルカットされた6曲(即ち,製作側が売り出したい曲)との重複は少ない。
 アカデミー賞の前哨戦での結果に移ろう。第81回GG賞の主題歌賞部門では,6曲のノミネート枠の中に2, 8, 11の3曲が選ばれたのには驚いた。半数が同じ映画から選出されたことは過去にあったのだろうか? 2, 11のノミネートは当然として,さほど個性のない8.“I'm Just Ken”が選ばれたのが不思議だった。Ken役のRyan Goslingが歌っているので,助演男優賞部門への後押しでプロモーションしたのかも知れない。今年から1枠増えたのは,このProjectの働きかけかと疑った。結果は大方の予想通り,“What Was I…?”が受賞した。
 音楽賞の最高峰である第66回グラミー賞では,アルバム全体が「Best Compilation Soundtrack for Visual Media(最優秀映画映像作品アルバム賞)」を受賞した。94もあるグラミー賞の部門の1つ過ぎないが,映像作品に関わる賞だから狙い通りの受賞だろう。他の4候補の内,映画としての大作は,『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』』(22年11・12月号)と『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』(23年5月号)の2本で,サントラ・アルバムにかける意気込みや売れ行きから考えれば,最初から大差がついていたといえる。
 各楽曲に対しての「Best Song Written for Visual Media(最優秀映画映像作品楽曲賞)」部門では,5つの候補枠の中に2, 3, 8, 11の4曲が占めるという独占ぶりで,予定通りここでも“What Was I…?”が受賞した。最も驚いたのは,「Song Of The Year(年間最優秀楽曲賞)」の8枠の中に2, 11がノミネートされ,“What Was I…?”が受賞したことだ。音楽全分野の全楽曲が対象であり,今をときめくTaylor SwiftやJon Batisteに競り勝っての受賞であるから,大いに価値があるとも言えるし,そこまで凄い曲とも思えないという気もする。主題歌の歌手として,グラミー賞常連のBillie Eilish を選んだ時点で,この賞を狙っていたと思える。現在のグラミー賞の最高栄誉は「Album Of The Year(年間最優秀アルバム賞)」であるから,Taylor Swift陣営はそちらを狙い,楽曲賞部門までプロモーションしなかったのかも知れない。Jon Batisteは,彼のドキュメンタリー映画『ジョン・バティステ:アメリカン・シンフォニー』(24年2月号)で紹介したばかりで,その記事中で「グラミー賞11部門受賞シーンは圧巻」と書いた。一体どうなっているのだ,と一瞬思ったのだが,映画での授賞式シーンは一昨年のものだった。お恥ずかしい。
 さて,今年のアカデミー賞の主題歌賞部門である。元は映画であるから,陣営としてはグラミー賞より,こちらを獲りたいだろう。ノミネート枠5つの内に2曲入っているが,GG賞の3曲の中から,2.“Dance The Night”が外れ,8.“I'm Just Ken”と11.“What Was I…?”が残った。8が2に勝っているとは思えず,これはどうしたことだ? 裏工作を推測するなら,2曲入るよう運動したのは,“What Was I…?”を勝たせるためにライバルを1曲でも減らすためだろう。“Dance The…”が相棒では,強力過ぎて票が分散する危険性がある。そのため,まかり間違っても受賞しそうにない“I'm Just Ken”を残したのだと想像する。マラソンで言えば,有力ランナーの所属クラブが勝手に潜り込ませた非公式ペースメーカーであり,競馬で言えば,海外遠征する優駿に帯同させる同じ馬主の普通の馬のようなものだ。The Barbie Projectの執行部がそこまでやるのかと言えば,筆者がその責任者であれば,規則に反しない範囲で,それくらいの事前運動はやるだろう(笑)。グラミー賞で勝ったとはいえ,Jon Batisteの曲がこの部門に残っているので,やはり強敵である。  とまあ,最後は音楽そのものよりも,賞獲りレースの楽屋裏推測になってしまったが,音楽的に優れたアルバムであるゆえ,こんな与太話まで考えてしまった次第である。

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