O plus E VFX映画時評 2024年3月号掲載

映画サウンドトラック盤ガイド


■「The Very Best Of Little Richard」
(Specialty Records)


Very Best盤
高中正義とのコラボ盤

 短評欄で紹介した『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』には高評価を与えたが,他誌の映画欄でも評判がいい。これを機にこの「ロックンロールの創始者」の歌を聴いてみたい,あるいは久々に聴き直したいという読者も少ないないかと思う。ドキュメンタリー映画だったのでサントラ盤がないので,代表的アルバムを紹介しておくことにした。
 87歳まで存命であったので,彼の活動期間は長いが,代表的ヒット曲は1950年代に集中している。当時は圧倒的にシングル盤(ドーナツ盤)の全盛時代で,それを集めてLP盤にするのが普通で,未発表曲中心のオリジナルアルバムは殆どなかった。ましてやトータルなコンセプトアルバムは皆無に近い時代だ。彼が生み出したロックンロールのスタンダード曲を辿るには,最初の2枚のアルバムから入るべきだが,収録時間も短いので,入門編としては録音時間の長いベスト盤CDが最適だろう。比較的入手しやすい2008年発売の「The Very Best Of Little Richard」を選んだ。以下の25曲入りで,収録時間は59.5分だが,YouTubeで丸ごと聴くことができる。

  1. “Tutti Frutti” ①◎ #EP
  2. “Long Tall Sally” ①◎ #EP #PM
  3. “Good Golly Miss Molly” ②◎
  4. “Slippin' And Slidin'” ① #JL
  5. “Rip It Up” ①◎ #EP #JL
  6. “Ready Teddy” ①◎ #EP #JL
  7. “Heeby-Jeebies” ②
  8. “She's Got It” ①
  9. “The Girl Can't Help It” ②
 10. “All Around The World” ②
 11. “Lucille” ②◎ #PM
 12. “Send Me Some Lovin'” ②◎ #JL
 13. “Jenny, Jenny” ①◎
 14. “Miss Ann” ①◎
 15. “Keep A Knockin'” ②
 16. “Ooh My Soul” ②
 17. “True Fine Mama” ①
 18. “Baby Face” ②
 19. “Medley: Kansas City/Hey Hey Hey Hey” ③②◎
 20. “By The Light Of The Silvery Moon” ②  21. “Bama Lama Bama Loo”
 22. “Whole Lotta Shakin Going On” ③ #EP
 23. “Baby (Demo)” ①
 24. “Hound Dog (Rehearsal Take)”
 25. “Medley: Ain't That A Shame/I Got A Woman/Tutti Frutti (Live)”

[注]
 ①:1枚目のアルバム「Here's Little Richard」(57)に収録
 ②:2枚目のアルバム「Little Richard」(58)に収録
 ③:3枚目のアルバム「The Fabulous Little Richard」(58)に収録
 ◎:高中正義とのコラボ・アルバム「Little Richard Meets Masayoshi Takanaka」(92)に収録
#EP:Elvis Presleyがカヴァーした曲
#PM:Paul McCartneyがカヴァーした曲
#JL:John Lennonがカヴァーした曲

 23曲目までが彼のオリジナル曲で,3枚目までのアルバムに入っていないのは,21.“Bama Lama Bama Loo” だけである。この曲は,5年間のブランク(牧師をしていたとか)の後,1962年に活動再開してからの最大のヒット曲となった。24.は言うまでもElvis Presleyの代表曲のカヴァーで,25.はFats DominoとRay Charlesのカヴァーに自身の最初のヒット曲を繋いだライヴメドレーだ。この2曲がボーナストラック的な扱いである。
 もう1人のロックの創始者Chuck Berryと比べると,Chuckがほぼ自作曲を歌うシンガーソングライターであったのに対して,Little Richardは当時の人気作曲家の曲も多数歌っている。上記23曲の内,彼が単独で作詞作曲したのは6曲で,共作が6曲ある。もっとも,当時シンガーソングライターは珍しく,プロ歌手はプロの作曲家の曲を歌うのが普通で,ヒット曲を何人もがカヴァーし合うのも当たり前であった。歌唱力はLittle Richardの方が上で,メガヒット曲も彼の方が多く,以下でも語るように,他の人気歌手にカヴァーされる率もChuck Berryよりも高い。
 映画中でも語られていたが,同じ黒人でもFats Domino は善,Little Richardは悪のイメージがあったため,レコード会社は彼のヒット曲を白人のElvis PresleyやPat Booneに歌わせたという。初期のアルバムでElvisは5曲もカヴァーしている。Chuck Berryの曲は2曲に過ぎない。歌唱力はElvisの方がさらに上,人気は圧倒的に上なので,筆者はまずElvisの歌で曲を知り,後でLittle RichardやChuck Berryがオリジナルだと知ったという次第である。
 Beatlesも初期のアルバムではカヴァー曲が多い。おそらくハンブルグ時代に毎夜ステージで歌っていたのは,ロックやポップスのスタンダード曲が中心であったはずだ。それでいて公式スタジオアルバムに収録されているのは,「Beatles For Sale」中の“Kansas City/Hey-Hey-Hey-Hey!”と「Past Masters, Vol. 1」中の“Long Tall Sally”の2曲に過ぎない。「Live At The BBC」「On Air - Live At The BBC, Volume 2」には“Lucille”が収録されている。3曲ともPaulのソロでの歌唱である。最初にシングル盤で“Long Tall Sally”を聴いた時には驚いた。慣れ親しんだElvis版とはかなり違っていて,Little Richardそのものの歌唱スタイルで,アレンジもほぼそのままだった。“Kansas City/Hey-Hey-Hey-Hey!”も同様だった。熱烈なファンで最も影響を受けたとは聞いていたが,ここまでとは思わなかった。
 Beatlesは他人の曲をカヴァーしても,かなり自己流にアレンジして,原曲より遥かに出来がいいのが常だった。“Twist And Shout” “Please Mister Postman”はその典型例である。ところが,この2曲のPaulはLittle Richardになり切っている。初期の曲では,“I Saw Her Standing There”や“Hold Me Tight”でLittle Richardの歌唱法を取り入れていると感じる。最も驚いたのは,上記の“Lucille”だ。本稿を執筆するに当たり聴き直したのだが,Little Richardの声と区別がつかなかった。完全なるコピーで,これなら「歌まね番組」に出ても10週勝ち抜けるレベルだ。生成AIの分析ソフトにかけても,真偽を識別できないと思える。
 一方のJohn Lennonはと言えば,Beatles時代にはなく,ソロなってからの「Rock 'N' Roll」(76)で,“Medley: Rip It Up/Ready Teddy” “Slippin' And Slidin'” “Medley: Bring It On Home To Me/Send Me Some Lovin'”で,Little Richardnの原曲を4曲もカヴァーしている。このアルバム全体はロックンロールを常時歌っていた時代の回顧であり,敬意を表してオリジナルに近いアレンジを踏襲しているが,さすがに歌唱はJohn Lennon流で,Paulほどは真似ていない。ちなみにChuck Berryのカヴァーは,このアルバムで“You Can't Catch Me”と“Sweet Little Sixteen”の2曲である。Beatles時代にはJohnの歌う“Rock & Roll Music”とGeorgeの歌う“Roll Over Beethoven”の2曲で,Paulが歌うLittle Richardの3曲よりも少ない。いずれを見ても,カヴァーされた曲数ではLittle Richard>Chuck Berryだということが確認できた。
 The Rolling Stones,とりわけMick JaggerがLittle Richardの影響を強く受けた1人ということは映画でも分かったが,彼らのカヴァーの実態は把握できなかった。筆者が,ElvisやBeatlesのように全アルバムを保有していないこともあり,調べ切れなかった。ライヴでは,“Good Golly Miss Molly” “Lucille” “Ooh My Soul” “By The Light Of The Silvery Moon”等を歌っていたという情報もあったが,定かではない。
 1950年代の後半,「ロックンロール」と「ロカビリー」はほぼ同義語であり,日本では後者が広く使われていた。1958年に始まる「日劇ウェスタンカーニバル」はロカビリー全盛期であり,日本人歌手は日本語歌詞で歌い,題名も邦題がつくか,カタカナのままだった。鈴木やすしが歌う“Jenny, Jenny”は「ジェニ・ジェニ」で,尾藤イサオや内田裕也が歌う“Rip It Up”は「陽気にいこうぜ」,“Long Tall Sally”は「のっぽサリー」であった。1960年代前半のBeatlesの国内盤レコードは,“I Want To Hold Your Handが「抱きしめたい”,“Ticket To Ride”は「涙の乗車券」と表記されていた時代なので,Paulが熱唱する“Long Tall Sally”も当然「のっぽサリー」であった。2023年6月12日に放映されたNHK『映像の世紀バタフライエフェクト』の題名は「ビートルズの革命 赤の時代 『のっぽのサリー』が起こした奇跡」であった。その中では,JohnとPaulの歴史的な出会いは,2人ともLittle Richardのこの曲に夢中だったことが契機であると語られていた。
 余談だが,現在は俳優で,名バイプレイヤーの「岸部一徳」は,1960年代後半のグループサウンズ全盛期には,人気バンド「ザ・タイガース」のリーダー兼ベーシストで,本名の「岸辺修三」で出演していた。メンバーそれぞれに愛称があり,リードボーカルの沢田研二が「ジュリー」,リードギターの加橋かつみが「トッポ」,ドラムスの瞳みのるが「ピー」で,岸辺は「サリー」だった。「ジュリー」や「サリー」は,元来,女性の名前である。女性っぽいルックスの沢田研二の「ジュリー」は分かるが,およそそうは見えない岸辺がなぜ「サリー」だったかと言えば,グループ随一の長身(181cm)だったからだ(後に加入する弟のシローは187cmだったが)。バンド結成時の名称は「サリーとプレイボーイズ」である。洋楽ファンの間では「のっぽのサリー」の邦題が定着していたという証左である。
 以上で,Little Richardの代表曲,ロックンロールのスタンダード曲は把握して頂けたかと思う。上記のベスト盤をYouTubeでチェックして,1枚だけCDを購入しようというなら,むしろ日本を代表するギタリスト高中正義とのコラボ・アルバム「Little Richard Meets Masayoshi Takanaka」(92)を推しておきたい。10曲入りのサブセットに過ぎないが,大ヒット曲はほぼ網羅している。何よりも,高中の卓抜したギター演奏が聴けるのが嬉しいが,音質も上記のベスト盤よりも段違いに向上している。ベスト盤はほぼすべてがモノラル録音であり,バック演奏も拙く,音質も芳しくない。このコラボ時のLittle Richardは既に60歳近いが,元気一杯で若々しく,声にも艶があり,歌唱力も増している。

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