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O plus E誌 2009年6月号掲載
 
 
 
ザ・スピリット』
(ワーナー・ブラザース映画)
 
  (C) 2008 SPIRIT FILMS, LLC. THE SPIRIT trademark is owned by Will Eisner Studios, Inc. and registered in the U.S. Patent and Trademark Office.
  オフィシャルサイト[日本語][英語]  
 
  [6月6日より渋谷東急ほか全国松竹・東急系にて公開予定]   2009年5月8日 角川試写室(大阪)  
         
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  物語を無視して映像だけを楽しむなら価値はある  
 

 フランク・ミラーという人物の名前を覚えておられるだろうか? 『シン・シティ』(05年10月号)『300<スリーハンドレッド>』(07年6月号)の原作であるグラフィック・ノベルの作者である。「デアデビル:ボーン・アゲイン」「バットマン:ダークナイト・リターンズ」などでアメリカン・コミックのスーパーヒーローを現代的な視点で描く改革の旗手となり,「ウォッチメン」のアラン・ムーアと並び称せられる存在だそうだ。
『シン・シティ』『300』はともに映像の彩度を極端に抑え,劇画調の味付けを施した作品だった。この映画もスチル画像を観ただけで,その系列の映画だと分かる。いや系列どころか,黒と赤が基調のポスターやロゴなど完全に『シン・シティ』の二番煎じである。それもそのはず,原作者のフランク・ミラーは,映画化を熱望するロバート・ロドリゲスに口説かれて,『シン・シティ』の共同監督を務め,脚本・製作も担当していた。それに味をしめてか,今度は単独での初監督作品に臨んだ訳である。今度は1人で思う存分やりたかったのだろう。
 では,自分の作品を好きに料理したのかというと,これが違う。彼は,アメコミ史に輝く巨匠ウィル・アイズナーの代表作「ザ・スピリット」を取り上げ,1人で脚本も書き上げた。W・アイズナーは,アメコミ界で最も権威ある「アイズナー賞」に名が残るほどのビッグネームである。ただし,その絵はかなり稚拙だ。F・ミラーはそれを分かっているゆえに,斬新な映像で自分の美意識をアピールし,存在感を示したかったのだろう。
 さて,「スピリット」とは不死身の主人公の名前で,この役に『グッド・シェパード』(06)のガブリエル・マクトを配した。全編黒装束に黒マスク,赤いネクタイの出で立ちで登場するが,少し地味なキャスティングである。敵役の凶悪犯罪者オクトパスを演じるのは『パルプ・フィクション』(94)『コーチ・カーター』(05)のサミュエル・L・ジャクソン,その部下の美女シルケン・フロス役には最近出演作が目白押しのスカーレット・ヨハンソンを配している。ここらは一流だ。
 さて,映画の中身である。さすがにオープニングは凝っていて,主人公スピリットが愛するセントラル・シティの夜の闇を雀躍するところまではワクワクして観ていた。この躍動感は,わずか10分後に消滅する。よくぞここまでクソ面白くない映画に仕上げたものだ。『300』はとてつもなく面白い映画だったのに,そこからは何も学んでいない。『シン・シティ』を思いっきり改悪しただけである。アメコミ界の最高のライターの1人が自ら脚色した物語が,かくも無残な結果に終わるとは,映画の脚本と演出はいかに工夫されたものなのかが分かる。
 頭を切り替えて,絵作りだけをじっくり眺めることにした。全編パートカラーで,印象は『シン・シティ』と同じだが,なるほどビジュアル的には進化している(写真1)。白・黒・赤の3色が基調で,ネクタイの赤と靴底の白が鮮烈な印象を与える(写真2)。それゆえに,所々に登場する青の使い方も上手いなと感じる(写真3)。自分で多少映像作りをした人なら分かるだろうが,実写映像で単に彩度を落したり,フォトレタッチするだけでこの映像は作れない。個々のカットで綿密に計算されたカラー補正が施されている。漆黒の闇と霞んでとろけるような街の灯りの絶妙のバランス,まるで動く切り絵細工のように登場する人物たち……。一見何気ないシーンも大半がデジタル合成の産物のようだ(写真4)
 360度グリーンバックの壁で囲ったスタジオ内でほぼ全編をデジタル撮影したという。VFX担当でクレジットされているのは,The Orphanage,Riot,Fuel FX,Digital Dimension等の10社だ。中堅以下のスタジオばかりだが,各社とのデジタル・データのやり取りのワークフローはAmerican Cinematographer誌に詳しい解説がある。物語は最後まで低調だったが,クライマックスに向かうに連れ,映像的には冴え渡る。カット割りや構図など,コミックでも映画でもない新感覚だ。このテクニックは,CMやミュージックビデオではかなり威力を発揮することだろう。
 もう1点褒めるとすれば,女性を美しく見せる技に長けている。サンド(エヴァ・メンデス)は男を惑わす娼婦的な魅力,エレン(サラ・ポールソン)は男に仕える健気な美女だ。男なら,2人とも侍らせたい。

 
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写真1 各カット毎に微妙なカラー補正が施されている  
 
   
 
 
 
写真2 スピリットの赤いネクタイが強烈な印象を与える  
 
   
 
写真3 節目節目に登場するは青基調の絵も効果的  
 
   
 
 
 
 
 
写真4 一見何気ないシーン(右下)も上2枚をデジタル合成したもの。道路上のクルマもCGで描かれている(左下)。
(C) 2008 SPIRIT FILMS, LLC. All Rights Reserved. THE SPIRIT trademark is owned by Will Eisner Studios, Inc. and registered in the U.S. Patent and Trademark Office.
 
   
  (画像は,O plus E誌掲載分に追加しています)  
   
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