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O plus E誌 2000年9月号掲載
 
 
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『マルコヴィッチの穴』
(プロパガンダ・フィルムズ作品
/アスミックエース配給)
 
       
      (7/14 松竹試写室)  
         
     
  エスニック料理の味  
 
 前2作品が万人に通用する中華料理,イタリア料理だとしたら,この映画は思いっきりスパイスの利いたエスニック料理だろう。原題は『Being John Malkovich』。不思議な穴が,俳優のジョン・マルコヴィッチの頭の中に通じていて,ここに入ればマルコヴィッチになれるという発想が奇天烈ならば,鬼才スパイク・ジョーンズ監督が描く人を食った演出も相当にエスニックである。
 街頭人形使いクレイグ・シュワルツ(ジョン・キューザック)は,定職に就こうと新聞の求人欄を見て,マンハッタンにある会社の文書整理係に就職する。7.5階にあるオフィスで偶然見つけた穴(写真)は,何と俳優のジョン・マルコヴィッチの頭の中へとつながっていた。この穴に入れば誰でも15分間マルコヴィッチを体験できる。この超常体験をした妻ロッテ(キャメロン・ディアス)は,突然自分の内なる男性に目覚め,性転換願望を抱く。クレイグが一目惚れした同フロアの美人OLマキシン(キャスリーン・キーナー)が,男性としてのロッテに恋してしまうところから,奇妙な三角関係が始まってしまう。

 この摩訶不思議な脚本を書いたのは,チャーリー・カウフマン。監督は,天才クリエータの名が高いスパイク・ジョーンズ。ともに映画脚本・監督が初体験とは思えぬ力強いノリで,前半からぐいぐい引っ張ってくれる。大きな笑いを誘いながらも,中盤以降は永遠の命やセラピーといったテーマがベールを脱いで,次第に深く考えさせる映画に様変わりする。
 ズバリ評論家好みの映画である。2000年のアカデミー賞には,助演女優賞,監督賞,脚本賞の3部門にノミネートされた(受賞はしなかった)。 ニューヨーク,ボストン,シカゴ,ロサンジェルス,フロリダ等の映画批評家協会賞を受賞していることからも,玄人の批評に耐えうる作品だと分かる。
 SFXはいくらでも導入できそうだが,あまり多くは使われていない。低予算のためだろう。頭の中に侵入するトンネルのショット,無数のマルコヴィッチの出現,体験後にニュージャージー州の高速道路脇に落下するシーンでのワイヤー消し等,せいぜい20シーンといったところだ。ドタバタ・コメディにも,SF大作にもできたネタだが,そうしなかったのが,この映画の最大の特徴と言えるだろう。
 
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  見終わってから何倍も楽しめる  
 
予想通り変な映画でしたが,このスパイスの後味は悪くないですね。
主人公が人形使いの役でしたが,映画の中での操り人形はすごかったですね。まるで生きているみたいで,これだけでも見る価値ありです。
人形の操作は,フィリップ・ハーバーという世界的に有名なパペッティアです。日本の文楽人形もそうであるように,生身の演技よりもぞくっとする動きや表情を見せますね。
この演出を見ても,監督はただ者でないとは感じます。この人はドキュメンタリーやミュージック・ビデオで有名なようですが,私は知りませんでした。
31歳とまだ若いけれど,非凡な才能ですね。そもそもスパイク・ジョーンズという芸名からして,パロディ精神が入っています。
何なのですか?
昔あったコミック・ジャズバンドの名前なんですよ。全盛期は1950年代かな? 今は亡きフランキー堺のドラムはそのコピーだというし,クレイジー・キャッツも影響を受けているそうです。
古い話ですね(笑)。ところで,こういう映画を観るたびに思うんですが,絶賛する人たちは作者の意図通りに理解しているんでしょうか。
我々の隣の席にも,「素晴らしい映画ですね」と感激していた女性がいました。あやしいものです(笑)。味のある作品を分かったフリをするのが通だと思っている人も少なくないでしょうね。
いつもの試写会とは,来ていた人種も違っていたようです。
全部を理解できないまでも,天井の低い7.5Fをかかんで歩くさま,言語学者の秘書との珍問答,チンパンジーのトラウマなど,笑い転げてしまいました。
チャーリー・シーンのハゲ頭もですね(笑)。
ドタバタの喜劇ではなく,エスプリの利いたギャグはかなり高級ですね。あれだけ描き切る実力がなければ,ただの難解で陳腐な前衛作品に終わったでしょう。
あちこちの映画賞を受賞してますが,興行的にはヒットしたのですか?
この種の映画は,アメリカでも全国一斉公開じゃないんです。大作が2,500〜3,000館の扱いのところを,300〜400館くらいからスタートするんです。評判がいいと,それが1,000館以上ににハネ上がって来る。この映画は,公開後5〜6週間経ってからベスト10の8〜9位に入っていました。秋以降には,賞ねらいのそういった個性派映画がよく出てきます。『アメリカン・ビューティ』や『マグノリア』もそうでした。
評論家の反応を見てから,徐々にランクを上げるんですね。
あまりヒットしないと思っているから,製作費もかけていません。こういう着想の映画にこそもっとSFXを使って欲しいのに,そうでないのが残念です。
圧巻は,マルコヴィッチ本人が自分の中に入ってしまうところでした。結果はあれでおかしくないんですか?
周りが皆マルコヴィッチになるくだりですね。あれは数学でいう再帰的現象ですから…。
何ですか,それは?
自分が自分を含む繰り返しの構造です。同じ動作を何回もループするのが所謂「反復」(iteration)で,自分に自分自身を代入することを繰り返すのが「再帰」(recursion)です。たとえば,手に鏡を持って目の前の鏡に映してみると,その中に鏡があってその中にもまた……,といった構図ですよ。
現象は分かりますが,何やら哲学的ですね。
そう,再帰形の議論はいつも哲学的です(笑)。マルコヴィッチがマルコヴィッチに入ると,自分の中から自分の視野が見るのだから,光景は変化しなくても不思議はありません。その一方,存在位置を考えてみると,入ろうとする自分の位置が今いる自分なのだから,これではどこにいるのかを定義できなくなってしまいます。ということは,場所が不定だから,すべての位置にマルコヴィッチがいてもおかしくはないんです。
??? さっぱり判りませんね(笑)。
ま,そういう議論を楽しむ映画なんですよ。
登場する俳優もほとんど個性派ですが,マルコヴィッチ体験をして男性変身願望をもつのが,キャメロン・ディアスというのが面白かったです。いつもは可愛い子ちゃん役ですから。
英会話学校のCMでもお馴染みですね(笑)。この脚本は,おそらく穴のアイディアが先で,穴の主を誰ににしようと思案して,性格俳優のジョン・マルコヴィッチにしたのでしょう。
その選択が,まず成功してますね。
という風に議論が尽きないので,この辺で終りにしましょう。
見終わってから,その何倍も議論したくなること請け合いの映画です(笑)。
 
   
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