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O plus E誌 2004年1月号掲載
 
 
『ラスト サムライ』
(ワーナー・ブラザース映画)
 
       
  オフィシャルサイト[日本語][英語]   2003年11月21日 川崎チネチッタ(先々行上映)  
  [12月6日より全国松竹東急系にて公開中]      
         
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  日本を最も日本らしく描いたハリウッド映画  
   既に公開済みで,様々な評価が飛び交っていることだろう。それだけ論じる価値のある大作だ。『ファインディング・ニモ』と争って,今年の正月映画の人気を二分するに違いない(観客層はだいぶ違うが)。
 題名通り,日本を舞台に日本市場をかなり意識した作りだが,『キル・ビル Vol.1』が娯楽一辺倒,ケレン味たっぷりの描写であるのに対して,こちらはあくまでオーソドックス,重厚かつ繊細な作りだ。黒沢明作品『影武者』『乱』の影響も多分に感じられる。
 監督・製作・脚本は,『グローリー』(89)『レジェンド・オブ・フォール』(94)のエドワード・ズウィック。最近は,『恋におちたシェークスピア』(98)『トラフィック』(00)『アイ・アム・サム』(01)等のプロデューサとしての活躍が目立つ。大作らしく,他に何人も製作,製作総指揮,脚本担当がいる。ハリウッド映画の大作は,そうした合議・共同体から製造されるものと思っていい。
 時代は明治維新期の日本。主演のトム・クルーズは,南北戦争の英雄で,近代化を推進する政府軍の指南役として日本に招聘されたオールグレン大尉を演じる。政府軍に過去の遺物と葬り去られようする最後のサムライたち,「勝元」に渡辺謙,「氏尾」に真田広之,勝元の妹「たか」に小雪がキャスティングされ,他にも日本人俳優が大挙出演する。資本的には日本を舞台としたハリウッド映画だが,日本人の大半は日本語のセリフをしゃべり,日本にやって来て日本に好意を抱く外人の目を通して見た日本という感がある。
 明らかに西南戦争がモデルで,勝元は西郷隆盛,政府軍の大村(原田眞人)は大久保利通のはずなのだが,それが微妙に違う。映画だからモデルそのままでないのは当然なのだが,後述するように,その違和感ゆえに,平均的日本人はこの映画のテーマにリアリティを感じないのだと思う。
 大作らしい大作の香りがするのは,日本人アドバイザやエキストラが多数採用され,徹底した時代考証の上に,巨費を投じて100年前の日本の風俗や風景を忠実に描いているからだろう。演じる役者の演技も衣装も,屋外の風景も,屋内の調度も,見事なものだ。さぞかしお金がかかっているだろうなと感じさせる。日本映画ならここまでリアルに明治初期を描けまい,とまで思ってしまうから皮肉だ。加えて,ハンス・ジマーの音楽が壮大なスケールを感じさせてくれる。
 過去にも日本を舞台にした洋画は多々あったが,これほど日本の情景をしっかり描き込んだハリウッド作品はなかった。もちろん,妙なところは多々ある。5月25日に満開の桜が散るのは考えられないし,クライマックスの戦闘シーンで,勝元やオールグレンが甲冑姿なのに兜をかぶっていないのは変だ。主演と助演の顔が隠れてしまっては,映画として成り立たないので困るのだろうが。
 トム・クルーズの着物姿や甲冑姿はとてもよく似合っていた。勝元たちのサムライ魂に感化され,日本に同化されて行く外国人としては,その姿だけで合格点だ。激しい殺陣も見事にこなしている。流鏑馬,狂言,灯籠,地蔵,鳥居…と日本の風物がこれでもかとばかりに登場する。外人の目を通して見た日本と考えれば許せる範囲だ。著名な浮世絵を思わせる構図が随所で見られるのもご愛嬌だ。
     
  VFXクオリティのばらつきが気になる  
   さて,VFXはと言えば,この映画の売りではないが至る所で使われている。Pixel Magic,Cinesite,Flash Film Works等,約10社の分業だが,そのクオリティのばらつきが気になった。例えば,冒頭の1876年の横浜港のシーンなどは,合成素材の光学的整合が不十分で,いかにも未熟な合成という感がする。写真1の町は,ロサンジェルスのスタジオ内に作られた明治初期の東京の様子である。その狭い道路から見える遠景の合成レベルもお粗末で,皇居のデザインも不気味だった。一方,勝元の住む里の情景はとても良くできていて,茅葺きの屋根や田園風景が日本人の郷愁を誘う。ニュージーランドでのロケだというが,よくぞ古き良き日本に似た場所を探し当てたものだ。写真2の雪の庭は姫路での撮影分だろうが,その間の違和感はない。それゆえに,いくつかのシーンでのデジタル合成の拙さが映画全体の持ち味を損なっているのが残念でならない。
 
     
 
写真1 明治10年頃の町の様子
(c)2003 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
 
写真2 いかにも日本的なこの光景も合格点
 
     
    後半の圧巻は『乱』を思わせる戦闘シーンだ。カメラを引いた構図では,デジタルコピーで戦闘員の数を水増しするのが定番だが(写真3),それでもこの映画では600人のエキストラを投入したという。アップのシーンの迫力は,かなりの数の人馬を投入して間近で撮影したゆえの産物だ(写真4)。ここでは,人より馬の演技に感心する。50頭をニュージーランドで購入して調教したという。実際に撃たれてもいないのに,政府軍の銃弾攻撃に倒れる馬,勝元の傍らで倒れてじっとしている馬の演技力にも驚いた。アカデミー賞ものだ。
 この映画では,日本人俳優の演技の素晴らしさが目立った。渡辺謙の勝元の演技はアカデミー賞助演男優賞の呼び声が高い。真田広之も福本清三もいい持ち味を出していた。小雪は『スパイ・ゾルゲ』(2003年6月号)よりも一段と美しく,トム・クルーズとの和風のラブシーンでも輝いていた。中村七之助(勘九郎の次男)の明治天皇などは,よくぞ見つけて来たと言いたくなる名キャスティングだ。
 演技も映像も音楽も上出来なのに,今一つ乗れないのは,既にあちこちで語られているように,サムライたちが刀槍と弓矢だけで政府軍に立ち向かうという設定が原因だろう。時代は明治で,西南戦争が舞台と分かっているだけに,大半の日本人には旧式鉄砲の1つも使わない設定が奇妙に感じる。折角の時代考証の素晴らしさがこの一点で吹っ飛んでしまう。最後の侍たちは原住民のインディアンではないのだから,誰のため何のために戦っているのか理解できず,感情移入できない。
 もう1つの違和感の原因は,数多い日本語のセリフに逐一英語の字幕がつくことだ。英語のセリフと日本語字幕は慣れている我々日本人には,それに加えて英語字幕が出て来ると,耳と目のどちらに注意力を向けていいか戸惑ってしまう。頭と耳が洋画モードになり切っているためだろう。これに慣れるのにしばらく時間がかかってしまった。日本在住の外国人観客には申し訳ないが,この字幕はなしの方が良かったかと思う。
 
     
 
写真3 実際に登場する兵隊はこれだけ
(c)2003 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
 
写真4 迫力ある戦闘シーンの撮影風景
 
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