O plus E VFX映画時評 2025年1月号
(C)2024 Netflix
2025年1月4日 Netflix映像配信を視聴
(注:本映画時評の評点は,上から,
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正月三日が待ち遠しかった。しかも,よくぞ帰って来てくれたと製作陣に感謝したい一作である。といっても,何ヶ月も待った訳ではない。全くと言っていいほど前宣伝がなく,先月のゴールデングローブ賞(GG賞)アニメ映画部門にノミネートされていたことから,初めてその存在を知った。英米,豪州等では,映画館で限定公開されたようだが,日本ではNetflix独占配信映画なので,年が明けてからの配信開始が待ち遠しかった。
コマ撮りアニメ(Stop Motion Animation; SMA)の大スターの名コンビ「ウォレスとグルミット」が,こんな形で帰って来るとは思わなかった。約20年ぶりの再登場とのことだが,予告編を観ただけで,心躍る内容であった。過去の最高峰の短編(29分)の続編を,何と長編映画(81分)にしてくれたのである。内容も極上であった。この半年間のメイン欄に大半はかなりの長文となっているが,本作もそうならざるを得ない。まずは,制作スタジオであるアートマン・アニメーションズの歴史と業績から語ることにしよう。
【アードマンの歴史と業績】
Aardman Animationsは,英国ブリストル市に本社をおくアニメ工房で,SMA分野で最も成功した制作スタジオと言われている。設立は1972年だが,1985年にニック・パークが参加して以降,良作を出し続けた。とりわけ,「ウォレスとグルミット」シリーズは,4つの短編(各30分以下),『ウォレスとグルミット チーズ・ホリデー』(89)『同 ペンギンに気をつけろ!』(93)『同 危機一髪』(95)『ウォレスとグルミットのおすすめ生活』(02)が話題を呼び,第2作と第3作はアカデミー賞短編アニメ賞を受賞している。2000年からドリームワークスとの共同制作が始まり,劇場用長編の『チキンラン』(01年4月号)『ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』(06年4月号)は当欄でも紹介した。ところが,後者の完成直後に倉庫の火災により,人形,小道具,多数のセットの大半が焼失してしまった。
そのためもあってか,同社の主力はスピンオフの「ひつじのショーン」シリーズに移り,長編では『映画 ひつじのショーン~バック・トゥ・ザ・ホーム~』(15年7月号)『同 UFOフィーバー!』(19年11・12月号)を生み出している。一時期,フルCGアニメで『アーサー・クリスマスの大冒険』(11)等の2本を制作する等,少し迷走気味であったが,近年はCMやTV用の短編も含め,ほぼSMA専業に戻っている。最近はNetflixでの配信が主力となり,本作は『チキンラン:ナゲット大作戦』(23)に続く長編映画の2本目である。これまでに短編で3回,長編で1回,オスカーを得ている。
SMAは膨大な制作時間が必要となるため短編が大半である。長編SMAに熱心なのはティム・バートン監督で,原案・製作での『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(93)が成功を収め,監督としては『ティム・バートンのコープス ブライド』(05年11月号)『フランケンウィニー』(12年12月号)の2作品を生み出した。この『…コープス ブライド』のSMA制作を担当したライカ(Laika)社が名を挙げたことから,その後自社ブランドでの製作を始め,これまでに5本の長編SMA映画を発表している。当欄では,『コララインとボタンの魔女 3D』(10年2月号)『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(17年11月号)『ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒』(20年11・12月号)の3本を紹介した。5本の内,最初の4本がアカデミー賞にノミネートされ,5作目『ミッシング…』がGG賞を受賞するという輝かしい業績を生み出している。6作目が2025年の公開を予定しているが,アードマンに匹敵する唯一のライバル・スタジオだと言える。アードマンがシリーズものに重きを置いているのに対して、ライカの長編はすべて単発の独立作品であるという特色がある。日本の「ユーフォーテーブル」「スタジオプラセボ」「ドワーフ」等もSMAを得意としているが,活動範囲は幼児用TV番組やCM等に留まっている。
コマ撮りアニメの手法としては,被写体の素材で「紙/切り絵アニメ」「砂アニメ」「クレイアニメ」「人形(パペット)アニメ」「リプレイスメントアニメ」等に分類されている。同じように人形が被写体でも,パペットは完成形の剛体を関節単位で動かせるものが大半で,表情に応じて多数用意した頭部を差替え可能にしている場合が多い。一方,「リプレイスメント…」は,予め要した複数体をコマ毎に丸ごと置き換える方式である。アードマンが得意とする「クレイアニメ」は粘土細工の人形で,撮影時に変形して表情や姿勢を変えるタイプのコマ撮りである(写真1)。多数の人形パーツを用意せずに,撮影現場で臨機応変に変形し,カメラテストできる利点がある。
アードマンは「クレイアニメ」が中心で,ライカは「人形アニメ」が中心という違いもある。厳密には,アードマンのクレイ人形の素材は純粋な粘土ではなく,プラスティシン(カルシウム塩,ワセリン,脂肪酸からなるパテ)なる素材を使っていて,乾きにくいで何度も再利用できる利点がある。子供の玩具に使われる「粘土」の大半もこの素材である。
【本作の概要と感想】
本作の監督は,シリーズの生みの親の御大ニック・パークに加えて,アードマン社のクリエイティブ・ディレクターのマーリン・クロシンガムが初めて共同監督を務めている(写真2)。後述のメイキング映像を2人で解説する姿を見ていると,良い後継者を見つけたものだと感じる。内容がシリーズ最高傑作でオスカーを得た『ペンギンに気をつけろ!』の続編というから,満を持しての自信作であるに違いないと思っていたが,正にその通りだった。
映画の冒頭は,前作の短編を知らない視聴者のために,宝石泥棒のペンギンのフェザーズ・マッグロウを捕まえたとウォレスが警察に通報し,このペンギンが動物園内の刑務所に収監される様子から始まる(写真3)。続いては,定番のウォレスの起床から朝食までの自動マシン作動のシーンだ。勿論,旧作のテイストを残しつつ,少し複雑にしているのが嬉しい。次に,グルミットの作業を軽減するためにウォレスが開発した最新のノーム型AIロボット「ノーボット」の登場である(写真4)。その庭木の剪定作業の手際良さに,グルミットは目を白黒させ,呆れ返る。それを見ていた近隣住民からの要望で,ウォレスはノーボットを使った「ノームの便利屋業」を始め,借金返済に充てる。
ところが,悪知恵が働く収監中のペンギンは,リモコン操作で刑務所内のPCに侵入して,ノーボットの設計図を盗み出し,充電中のノーボットを「邪悪モード」に設定変更してしまう(写真5)。このため,ノーボットは自らの分身ロボットを数十体製造する(写真6)。彼らが作業訪問先で多数の窃盗を働いたため,ウォレスは警察から犯人と疑われる。ノーボット軍団を支配して脱獄したペンギンは前作の大型ダイヤモンドを取り戻し,他州への逃亡を図るが,ノーボットをリブートし直したグルミットがナローボートでペンギンを追う……。
ちなみに,「ノーム」とは「Gnome」の英語読みで,ドイツに伝わる四大精霊の「大地の妖精」だそうだ。欧米の住居の庭の飾り物として置かれている「庭のノーム」は,赤く長い三角帽子に髭面の小型人形であり,ウォレスはこれをロボット化したのである。映画の冒頭は,ウォレス邸の前庭にこれが置かれているシーンから始まっている。劇中でウォリスは,次作のロボットを「ノーム」とも「ノーボット」とも呼んでいる。
ウォレスはとぼけた天才発明家だが,相棒のビーグル犬のグルミットは文字を読め,編み物もできるしっかり者の忠犬だが,言葉は話さない。立って作業ができるが,歩く時は犬らしく四つ足で歩く。悪役のペンギンも擬人化されていて,かなりの知能犯だが,こちらも言葉は話さない。この2匹のパントマイム的な挙動が,人形劇としての面白さを高めている。他の登場人物では,引退間際のマッキントッシュ警部と新米婦人警官ムカジェーの掛け合いが楽しかった。
ウォレスの声は,長年,英国の声優ピーター・ノース,日本語吹替版では人気コメディアンの萩本欽一が演じていた。N・パーク監督は徹底してP・ノースに拘ったが,2017年に96歳で他界したため,本作からはゲーム版等で代役を務めていたベン・ホワイトヘッドに正式に交代した。同時に,日本語吹替も声優,ナレーターの「チョー」に交代している。旧芸名は「長島雄一」だが,本名が「長島茂」であったため,愛称が「チョーさん」であったそうだ。
先月の『ライオン・キング:ムファサ』(2024年12月号)『ソニック × シャドウ TOKYO MISSION』(同)では,それぞれの前作も含めて,字幕版と吹替版の適性や優劣を論じたが,本シリーズに関しては,吹替版の方が適していると思う。TVの幼児番組での人形劇で日本語台詞に慣れているせいもあると思うが,ぎこちない動きかつハイテンポのアクションの楽しさを味わうのに,字幕を読む煩わしさを避けられる利点がある。
【SMAの制作方法の伝統と進化のバランス】
同じSMAでもライカ社の方が,CGやVFXを積極的に取り入れ,人形や模型用オブジェクト制作にも3Dプリンタを活用している。アードマンもフルCGアニメを2本制作した経験があり,SMAでも『アーリーマン ダグと仲間のキックオフ!』(18年Web専用#3)では,火山の爆発,溶岩石,競技場の大群衆は明らかにCGと分かる演出であった。ところが,本シリーズや『ひつじのショーン』シリーズでは,伝統的なクレイアニメ手法を重視し,手作り感に拘っているように見える。そう見せているだけで,実態はあの手この手も併せ技のようにも思える。幸い,Behind the Scenes映像2本がYouTube等で公開されていたので,以下ではそれを中心に代表的シーンを分析し,多数の画像を使って伝統芸の継承と新技術の導入の様子を紹介する。
■ 写真7は制作中のクレイ人形の構造を説明する画像である。3体は,左からウォレス,ノーボット,グルミットだろう。手足や首には関節で折れ曲がる金属製の支柱が入っている。今も昔と変わらない方式を採用していることが分かる。写真8はノーボットクローンのパーツだが,7〜8体は実物を作ったようだ。写真6では最前列は本物で,後列はその画像の合成かCGだろう。もっと多数が整列行進するシーンでは全部CGだと思われる。
■ ミニチュアセットに配置するクレイ人形は,昔ながらの治具で固定して基本調整しているようだ。写真9はウォレスが朝食時に下から飛び出してくるシーンである。
■ 本作で最も高精細なセットは,ウォレス邸の庭である。コマ撮り専用のレンズを使用しているので, この質感はCGでは到底太刀打ちできない。精魂込めて作られているが,庭全体の最終画像のパーツがすべて本物かどうかは分からない。部分的なシーンや撮影風景を見る限り,大半は精巧なミニチュア植栽を配置しているようだ(写真10)。
■ シリーズの過去作や他のSMA長編と比べて, 登場するオブジェクトは多数,背景セットも多数である。ライカ社とは対照的に,アードマンはシリーズ化が前提であるから,再利用することを考えての設計と制作である。今回目立ったのは乗り物類だ。まずはお馴染みのバンである(写真11)。旧作分は焼けたので再制作したと思われが,勿論,次作以降で容易に再利用可能である。後半にグルミットが乗るサイドカーも旧作で観た覚えがあるが,これも再制作したに違いない(写真12)。
■ 本作の目玉は潜水艦とナローボートだ。潜水艦はノーボットが操縦し,ウォレス邸とペンギンのいる動物園を下水道を通って往復する(写真13)。クライマックスの船でのチェイスシーン用には,立派な2隻のナローボートが作られていた(写真14)。ナローボートは,18世紀にイングランドとウェールズ間の運河の航行用に作られた幅が狭い木製の貨物運搬船である。現在は様々な材質で作られ,観光船や個人のレジャー用に他の運河や狭い川でも使われている。週末にはパーティ会場になることもあるそうだから,日本の屋形船である。こうした由緒あるカラフルな船を登場させるとは,さすが英国映画だ。
■ 街中の運河沿いだけでなく,かなり大掛かりなミニチュアセットも作られている。終盤に登場する運河が通る高架水路の橋梁と谷の下の平地には鉄道が通っているセットである(写真15)。この精度ではペンギン逃げおおせる列車のシーンの撮影には無理だろうと思ったが,別途鉄道部分は別のミニチュアセットが存在していた(写真16)。きっとこれも別の映画で再利用するに違いない。
■ 目立たないが,CGやVFX画像合成したと思しきシーンは随所で見受けられた。既に述べたように,多数のノーボットクローンはCGであり,写真15の高架橋梁の向こう側の岩山や空はCG描写のデジタルマット画だと思われる。ウォレスが新規発明する物体射出機で打ち出されて空を舞うブーツもCG描写だろう。火炎や落下する水もCGで描いてコマ撮り映像に描き加えていると考えられる(写真17)。人形の表情や身体が固定しているならば,実際に水をかけての実時間撮影で済むが,動画の途中で人形の表情を変えているので,CG製の水かぶりを後処理で合成する方が楽である。一方,写真13の潜水艦は変形しない剛体の固形物であるので,水中からの浮上を実時間撮影すれば済む。かく左様に,いかにもコマ撮りだと意識させる演出を使いながら,部分的にCG/VFXを活用していると思われる。
【見どころシーンとそのメイキング】
前項と同様にメイキング映像を基に,見どころシーンの種明かし分析を試みる。
■ まず同じく古典的手法から始めよう。ノーボット軍団を支配下においたペンギンによる閲兵式のシーンがある。整列した隊列の前を進み,列の最後でバグパイプを吹くノーボットをペンギンが突き飛ばす(写真18)。ペンギンの移動は太めの操作棒で制御し,蹴飛ばされたノーボットの画面からの退場は支持棒を引いている。ワイヤー消しは昔からあったが,もっと太い棒も頻繁にデジタル加工で消しているようだ。グルミットが運転するバンの後部収納にノーボットがジャンプするシーンも,同様に制御アームを後処理で消去している(写真19)。簡単な処理だが,メイキングを観ているだけで楽しい。
に火炎放射する場面である(写真16)。勿論,主演俳優が口にしたのはただの水であり,火炎はCG製である。
■ カメラの水平移動にレールを使うのは実写映画でも定番の撮影技法だが。2Dアニメではセル画の時代から素材側を機械式に移動させていた。本作でウォレスがバスタブの中に乗って部屋間を移動するシーンが2度登場する。この撮影には,バスタブのレール上の直線移動と,MCC(Motion Control Camera)のレール上の横移動を併用している(写真20)。単純なカメラの高速移動では済まさず,途中でバスタブの傾きやウォレスの表情や姿勢に変化をつけているのが芸の細かいところだ。MCCを使っているので,好都合なコマの部分でカメラを止め,人形を手作業で変形させてから撮影再開させて動画にしている訳である。人間の俳優やCGアニメならもっと簡単にできることだが,これをSMAで実現するというのがアードマンのプロとしての矜持である
■ 見どころの1つは, ペンギンが動物園内でパイプオルガンの演奏シーンである(写真21)。細い鍵盤の1つずつに触れている訳ではないが,ペンギンがダイナミックなで動きをしてパイプオルガンを弾いているように見える。荘厳な音楽に合わせた身体の移動で, リップシンクならぬアームシンクである。技術的には単に被写体の姿勢を変えたコマ撮りに過ぎないが,ギャグアニメの中でよくぞこんなハイセンスなシーンを思いついたものだと感心する。小さな半円筒形のミニチュアも見事で,ライティングも完璧であった。
■ ビジュアル的に見事だったのは, ウォレス邸の地下でノーボット達が盗品を加工する作業シーンである。建築現場の足場のような骨組みが組まれ, ノーボット達が梯子を上り降りして作業する(写真22)。赤い光の逆光照明でのシルエットが美しかった。グルミットならずとも, こんな物を地下室内に築いたのかという驚きだ。1コマ毎に多数の人形を変形させるのは, かなり面倒で根気のいる撮影なので, その作業量を労いたくなる。
■ 『ペンギンに気をつけろ!』のクライマックスはグルミットによる線路のつぎ足しのシーンで, 大いに笑った。見事な着想だった。本作のクライマックスはナローボートでの追跡で, 市中の運河に始まり,グルミットの危機脱出まで7〜8分の長くスケールの大きいシーケンスである。まず,運河の水の表現に関しては, セットにはそんな水路がないことから, ボートを水に浮かべることはなく,大半はCG製の水の描き加えだと思われる(写真23)。
■ 高架水路では, 警察が水門を閉めたことから, 水が溢れてボートが水路から外れて, 谷に墜ちてしまう。これを上から捕えたシーンの撮影に写真15のセットでは難しいので, 鉄道専用のセットと同様に, 高架水路用のセットが組まれていたと思われる(写真24)。この部分でも水はCG製で,橋梁の下の谷は合成だろう。傾いたボートに取り残されたグルミットの危機は, 『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(23年7月号)のトム・クルーズを彷彿とさせる(写真25)。本当にグルミットを落下させる訳はないから,このシーンでも眼下の谷は合成に違いない。まさに絶品の楽しい映画であった。
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