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今年(1997年)の夏は,故人を偲ぶ催しがいくつもあった。日航ジャンボ機墜落13回忌,E.プレスリー没20周年…。寅さん=渥美清の1周忌にも追悼本の出版や追悼番組がいくつもあるだろうなと予想していたが,その前(6月)に『特別篇』の製作発表があった。旧作をリニューアルして,満男(吉岡秀隆)の回想という形の作品にし,CG合成で寅さんも登場するという。 『虹をつかむ男』の次にどんな追悼作品をと考えているところへ,『スター・ウォーズ《特別篇》』の成功があったためだろう。営業政策としても賢明なやり方だ。これまで特撮も寅さんも論じてきたこのコーナーとしては,何をおいても取り上げざるを得ない。 リニューアルに選ばれた作品は,第25作『寅次郎ハイビスカスの花』(1980年)。リリー(浅丘ルリ子)4部作のうち,沖縄を舞台にした第3作目で,シリーズ屈指の名作とされている。山田洋次監督の記者会見の弁では,「第1作,第2作では古すぎるし,いま沖縄に注目が集まっているから」とのことだった。シリーズ全48作の丁度折返しを過ぎた頃の作品であり,第26〜29作も佳作・力作揃いだ。最も油の乗っていた時期で,山田監督の最も好きな作品の1つだという。私はリリー第2作目『寅次郎相合い傘』(第15作,1975年)の方が好みで,この作品はそんなに好きになれなかったのだが,まあ一般的には妥当な選択だろう。 11月22日公開というから,この号の付録に入れようと計算して試写会を待ち焦がれた。寅さん映画を見たこともないYukoを連れ,過去にリリーの登場した第1作,第2作を解説をしながら松竹本社に出向いたが,ちゃんと映画の冒頭の回想シーンに名場面がダイジェストされていた。新しいファンに,この1作だけを見ても理解できるようにとの配慮である。 問題の寅さんの合成シーンは,営業マンの満男がたたずむ東海道線・国府津駅で登場する。反対側のホームに現れ,列車越しに何やら語りかける叔父さんの寅次郎。高々10数秒である。正直言って物足りなかった。このプロローグのあと,旧作が間にはさまって,エピローグで現在に戻る。ここでもう一度合成シーンがあるのかと期待していたが,何もなかった。もう少しファン・サービスをしてくれてもいいと思うのに…。 技術的には,第48作『寅次郎紅の花』や『虹をつかむ男』の合成シーンよりは工夫してあったようだ。付写真1に見るように,他の作品から切り出した寅さんの新しいシーンへの合成には,影を取り変倍をかけている。『フォレスト・ガンプ』のように,昔の映像に新しい人物を埋め込むのならクロマキー合成が使えるが,この場合はそうは行かない。1コマずつ寅さんを切り抜いてくるしかない。そのためか,輪郭部にやや不自然さが感じられた。 第2カット(付写真2)は,助監督に寅さんの衣装を着て振りをつけ,顔だけ差し替えたらしい。合成技術の未熟さを隠すためか,前に列車を通過させて誤魔化しているのは巧みな逃げ方だ。 ILMレベルとまでは言わないが,もう少し凝った長い合成シーンを見せて欲しい。日本のCGプロダクションの実力はそう低くないのだから,松竹がもう少し金を出せば済むことだと思うのだが…。 リニューアルの費用は,主に音響側に使ったようだ。セリフは別として,音楽も効果音もほとんど取り直してドルビー・ステレオ化してある。オープニング・タイトルと八代亜紀が唄う主題歌の部分で,その違いは歴然だった。作品途中の効果音でも,今までとは違う『男はつらいよ』が強く感じられた。 音だけ撮りに沖縄まで出かけたのだろう。嘉手納基地に発着する軍用機の騒音はことさら凄かった。17年前の寅とリリーの夢物語を借りて,今も続く沖縄の基地の現実を音で強く訴えている。山田洋次の主張である。 満男(吉岡秀隆)の回想であるのに,『寅次郎ハイビスカスの花』で最も残念だったのは,満男役がまだ「中村はやと」だったことである(吉岡秀隆は第27作から登場している)。それも結構出番が多いから,この違いは目立ってしまった。たとえILMに発注しても,ここはリメイクしようがないだろうが…。 これまでにも数回見た映画であるが,じっくり追悼作品としてみると,確かによくできている。セリフも演出も映像も素晴らしい。寅とリリーの沖縄生活は,シリーズ中でも最高の寅さんの至福の時間である。 それでいて,私がもう1つ好きになれない理由が分かった。沖縄の民家の離れでの「リリーの愛の告白シーン」である。寅さんファンとしては,このシーンを見るのが辛いのだ。感情移入し過ぎといわれるだろうが,自分の過去の不様な行動を見ているようで,あまり再現して欲しくないのである。寅さんファンの日本の男は,ある時は寅さんになりきって,またある時は義弟の博の冷静な目で現実世界を眺めている。自分の持つ二面性を,この映画の中の2人のキャラクタに見ているのである。どちらの目で見ても「日本人の心」を丁寧に描いていることが,この長寿シリーズの人気の秘密だったのだろう。 来年以降もまだ『特別篇』が作られるのだろうか?あと1作で50作だから,切りとしてはいいだろう。ファンとして予想(期待?)しておくなら,満男と泉の新婚家庭で行方知れずの叔父さんを偲ぶというスタイルだろう。今度は,吉岡=満男の登場する第27作以降で選ぶとすれば,どの作品だろう?暗に海外へ行ってしまったことにするなら,ウィーンが舞台の第41作『寅次郎心の旅路』あたりだろうか。いずれにせよ,もっと奮発して合成シーンをたくさん入れて欲しいものだ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
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日常生活のリアリティ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
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DVD−画質的には合格点 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
寅さん映画をDVDソフト化して発売するという発表があったので,試写会の後,それも見せてもらいに行った。 まず第1弾としては5作品(第1,9,17,30,38作)が発売され,2年間かけて全48作(+特別篇)をDVD化していく計画だ。松竹と東芝の共同製作というから,DVDの盟主東芝としては,今一つ弾みのつかないDVDプレイヤの普及に,寅さんの力を借りようとしたに違いない。 筆者自身は,DVDをCOMDEXやビジネスショウで横目で見ても「まあこんなもんでしょう」と思っていた。市販品は見ていなかったが,松竹まで足を運んでまで見てみようと思ったのだから,やはり寅さんの威力は絶大だ。 松竹本社4Fのオフィスで,大型ワイドTVの画面で見せてもらった第9作『柴又慕情』は,なかなかのものだった。吉永小百合も倍賞千恵子も,若くてものすごくキレイだ。いやいや,評価しに来たのはDVDの再生画質だ。これも十分キレイだった。VHSビデオより圧倒的にいいのは当然として,LDよりもいいなと思う。 ショウ展示されている時の画質は,チャンピオン・データを持ってきているし,裏で何をやっているか分かったものではない。民生品の実売もので,ここまで来ていればまず合格だ。もっとも,画質は映像ソースに大きく依存するが,今回はこのDVDソフト化のためにテレシネからすべてやり直したという。努力の跡は見られる。 それでも,よく見るとMPEG系のコーデックらしい輪郭のノイズは少し感じるところがあった。余り一般には知られていないが,MPEG2,ひいてはDVDソフトの規格では復号化(再生)の方式だけが定められていて,符号化については全くフリーである。即ち,良いエンコーダがあれば,その分もっと画質は上がるのである。東芝のエンコーディング技術の実力のほどはよく知らないが,今後もっと向上しても不思議はない。 ビデオパッケージと比べて,DVDならではの機能も色々と付いている。主要キャストやスタッフの紹介,予告篇やポスターを呼び出すメニューがついている(付写真3)。この辺りはCD-ROMと同じような感覚で作られている。再生は,2倍速,8倍速の早送りができる。聴覚障害者のため,日本語字幕を出すモードも設定されている。 もっと嬉しいのは,単なるワイド化だけでなく,シネスコ・サイズで再生できることだ。16:9のビスタ・サイズ全盛だが,『男はつらいよ』全作品はシネスコ・サイズで撮られているので,劇場公開時のキャメラ・ワークを再現できるのはファンとしては有難い。 価格は,各タイトルとも5,800円。これで急速にDVDの普及に繋がるかというと,うーん,その判断は難しい。DVD専用プレーヤで7万円台。そんなに高くはないが,ソフトがどれだけ揃ってくるかだろう。ディズニー作品は,来年3月にパイオニアから発売されるという。今でも,洋画,アニメ,アダルトを中心に毎月数十タイトルくらいは出ているようだ。一気に広めるには,セル市場だけでは苦しく,レンタル市場に出廻るかどうかだろう。それはまだ少し先のようだ。 |
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