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O plus E誌 2006年6&7月号掲載
 
 
『ダ・ヴィンチ・コード』
(コロンビア映画
/SPE配給)
 
     
 
       
  オフィシャルサイト[日本語][英語]   2006年5月18日 ナビオYOHOプレックス[完成披露試写会(大阪)]  
  [5月20日より日劇1&日劇3ほか全国東宝洋画系にて公開中]      
         
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  世界が注目した大ベストセラーの映画化は,さて…  
 

 既に世界中で5千万部以上を売ったという超ベストセラーの映画化作品だが,いまや書店の平積みコーナーはこの関連図書で溢れている。映画公開に合わせて邦訳本の文庫版が出て一気に盛り上がり,「…の真実」「…の謎を解く」といった便乗本も少なくとも10数冊は出ているだろうか。
 原作が重厚で評判が良い場合には,熱烈ファンは映画の省略ぶりに幻滅することが多く,テンポがよくビジュアル面に優れた映画を先に観た観客は分厚い原作をかったるく感じてしまいがちだ。原作と映画は別物と割り切ればいいのだが,いずれも気になって両方楽しみたい人のために筆者流の解決法を開陳しておこう。
 原作が長編の場合は,原作を1/3ほど読んで時代背景,登場人物を把握したところで映画を観に行き,あとで小説の残りを読めば良い。片方の先入観で他方を批難したくなる率はぐっと減る。原作未読でこの稿を読んでいる読者には,この方法がオススメだ。あとは,関連本を楽しんで蘊蓄を傾けたり,映画を何度も観に行くくらいハマるのもいいだろう。レオナルド・ダ・ヴィンチの名画,キリスト教内部の宗派対立,暗号解読術まで話題を絡ませた本作品には,それだけの価値がある。
 原作の邦訳単行本は標準的な上下2冊(文庫版は3冊)で,快適なペースに嵌まって一気に読める。パリの街やルーブル美術館に詳しい読者なら,映画を観る前からその光景が思い浮かぶだろう。最初から映画化を念頭において書いたのではないかと思える場面の連続だから,これを2時間30分の映画に仕上げるのは,過不足なく丁度良い長さかと思う。
 原作者のダン・ブラウンは,元英語教師で,父は数学者,母は宗教音楽家,妻は美術史研究者だというから,このキリスト教史や美術史の蘊蓄たっぷりの物語は,身近な女性2人の影響を強く受けているのだろう。監督は,『アポロ13』(95)『ビューティフル・マインド』(01)のロン・ハワード。なるほど,単なるアクション・サスペンスでなく,ドラマ性も強調するなら好い人選だ。
 主演のハーバード大学教授ロバート・ラングトンを演じるには,名優トム・ハンクス。もはや代表作を語る必要もないだろう。ヒロインのフランス警察の暗号解読官ソフィー・ヌヴーには,『アメリ』(02年1月号)でブレイクし,『ロング・エンゲージメント』(05年3月号)でも謎解き役をこなしたオドレイ・トトゥが抜擢された。面白い組み合わせのカップルだ。助演陣は,彼らを追うファーシュ警部に『レオン』(94)『クリムゾン・リバー』(00)のジャン・レノ,英国人の宗教史学者ティービング卿に『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズでガンダルフを演じたイアン・マッケランらの個性派を揃え,キチンと原作の登場人物の国籍に従い,米・英・仏の俳優を配しているのが嬉しい。
 物語はルーブル美術館長のジャック・ソニエールが館内で殺害され,変死体で発見されるところから始まる。彼が残したメッセージの暗号解読のため,孫娘のソフィーとラングトンは宗教界を揺るがす大事件へと巻き込まれて行く……。

     
  賛否両論だが,この映画はこれで正解だ  
 

  ところが,世界同時公開の前にカンヌ映画祭でオープニング上映がなされ,そこでの不評が世界中を駆け巡った。その後は,その不評自体を記事にする報道も相次ぎ,賛否両論,この映画を噂にすること自体が社会現象化した感がある。曰く「映画だけ観た人間には,さっぱり分からない」「原作をなぞるのが精一杯の凡作だ」云々である。筆者も早速何人もの知人から評価のほどを尋ねられた。この映画に関しては,皆さん自分の感じたままを語るより,他人の評価が気になって仕方がないらしい。
 早速に☆☆☆を打ったように,筆者は,この映画はこれで十分正解だと思う。確かに,予備知識なしでは少々分かりにくいのは事実だが,単純で理解しやすい映画にしたのでは,原作の香りがなくなる。原作と映画は別と割り切って骨格から変えてしまっては,さらにブーイングの嵐だっただろう。多数の観客が原作を既に読んでいるか,映画の後に読もうとすることを考慮すると,こうならざるを得ない。
 暗号解読の面白さは小説に勝てないから,映画では端折るしかない。原作上巻のワクワクするような展開が薄まっているが,ここを強調したのでは安手のアクション・サスペンスになってしまう。その部分を必要最低限の描写で駆け抜けて,原作は少し退屈でだれてしまう下巻を映画の方がキレイにまとめ上げていると思う。ズバリ,前半は小説,後半は映画の方が上出来だ。筆者の贔屓,ハンス・ジマーの音楽は,英仏の美術館,公園,教会等の伝統ある光景と見事にマッチしている。
 この映画の見せ場の1つは,夜間撮影が許され,カメラが実際にルーブル美術館の中を映像として捕えていることだ(写真1)。それだけでも興奮する。ラングトンとソフィーの脱出行で,さりげなく「サモトラケのニケ」前の大階段を駆け降りるシーンなどは,憎い演出で嬉しくなる。リー・ティービング邸として描かれているシャトー・ヴィレットはヴェルサイユ近くに実在する建物で,その美しい外観もこの映画の価値を高めている(写真2)。一方教会関係は,ロンドンのテンプル教会やスコットランドのロスリン教会が協力的であったのに対して,パリのサン・シェルピス協会,ロンドンのウェストミンスター寺院(写真3)は建物内部の撮影を許可しなかった。前者内部は後述するようにCGで描かれ,後者内部はロンドン郊外のリンカーン大聖堂で代用したようだ。

 
     
 
 
写真1 本物のルーブル内部が観られるのは大満足
 
 
 
     
 
写真2 パリ郊外に実在するシャトー・ヴィレット   写真3 こちらウェストミンスター寺院は外観だけ
 
     
 

 主演のトム・ハンクス,オドレイ・トトゥは2人とも原作のイメージに合わないという前評判もあったが,そんなことはない。大学教授にして謎解きの主人公となるロバート・ラングトンには,ハリソン・フォードが適役なのにと感じたが,それもそのはず,原作中で彼の容貌を「ハリス・ツィードのハリソン・フォード」と書いている。ところが,彼の最新作『ファイアー・ウォール』(06)を観て,その考えは吹っ飛んだ。もはやH・フォードの年齢では,とてもオドレイ・トトゥと寄り添う役は似合わない(写真4)。ここは,トム・ハンクスで十分だった。さすがに名優,最近のデブ親父然とした風貌を一掃し,しっかり知的なロバート・ラングトン役をこなしていた。
 さて,当欄の主題であるVFXだが,その大半はキリスト教史を振り返る回想シーンに使われている。主担当は最近絶好調のMoving Picture Co.,Double Negativeだから,出来が悪かろうはずがない。テンプル騎士団,コンスタンチヌス帝時代のローマ等,歴史絵巻を少し色褪せた色調で描く。ほとんどのメディアが触れてもいないが,CGならでは威力を発揮した映像だ。
 その他では,名画「最後の晩餐」を分析して「マグダラのマリア」を浮かび上がらせるシーン(写真5),ラングトンがキー・ストーンのパスワードを見つけ出すヒントとなる宇宙のシーンなどは,誰でもデジタル処理,CGと分かる演出だが,嫌みではない。CGと分からせないインビジブル・ショットで秀逸だったのが,サン・シェルピス協会内部の描写だ。Rainmaker Animation & Visual Effects社の担当だが,実物の内壁写真を使用したとはいえ,まずCGとは分からない。後は,目立たないインビジブル・ショットばかりだったが,それも当然だろう。
 さて,これだけの注目度の中,世界中の様々な立場の観客を相手に顧客満足度80%以上を求められた状況で,これだけの映像美を作り上げたロン・ハワードの腕は,さすがオスカー監督と想わせるものだったと評価しておきたい(写真6

 
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写真4 もはやハリソン・フォードじゃ老人過ぎて,このカップル役は務まらない
 
     
 
 
写真5 名画「最後の晩餐」のデジタル分析
 
 
写真6 撮影中のロン・ハワード監督とスタッフ
 
     
 

 [注]試写会と原稿締め切り日の関係で,予め冒頭部を書いておき,観賞後に評点を与え,後半は次号に掲載しました。このページでは両者を統合し,多数の画像データを載せています。

 
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