O plus E VFX映画時評 2024年7月号掲載

その他の作品の論評 Part 2

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(7月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)

■『あのコはだぁれ?』(7月19日公開)
 Jホラーの旗手・清水崇監督の最新作である。ビデオ作品『呪怨』(99)で一躍ホラー界に名を轟かせ,続編や自らメガホンをとったハリウッドリメイク作『JUON/呪怨』(05年3月号)でも,ホラー通も感心する「怖さ」を演出してみせた。デビュー当時20代半ばだった監督が既に51歳と聞くと,今昔の感がある。昨年夏,久々にこの監督の『ミンナのウタ』(23年8月号)を取り上げたが,今年も同じ松竹配給作品である。ところが,いつもの大阪ミナミの松竹試写室ではなく,同じ難波でも地下鉄駅から遠い「なんばパークスシネマ」での試写上映であった。駅から小走りで駆けつけて何とか間に合い,「何でこんな場所にするんだよ!」と悪態をつきたくなったが,後で主演女優の経歴を知って納得した。
 主人公は,臨時講師として中学校の夏休み補習授業を担当することになった君島ほのか(渋谷凪咲)で,その学校と教室を中心に清水流ホラーが炸裂する。時代は現代,2024年7月2日から物語は始まる。主人公と恋人の七尾悠馬(染谷将太)との待ち合わせで,彼が道路を渡ろうとした瞬間,クルマに跳ねられ,意識不明の重体となる。この時,傍にあった自販機の下に彼が引きずり込まれそうになり,その闇に見えたものは…。開始後たった数分で恐怖感を掻き立ててくれる。次に,彼女が受け持つ補習授業の最中,目の前である女子高生が屋上から飛び降り,不可解な死を遂げる。受講生は5人のはずが,教室にはもう1人いる。数十年前にも同じ場所で同じような事件があったことが判明し,ほのかと生徒達は「いないはずの生徒=あのコ」の謎に向かい合うことになる。真実を突き止めようとする中,校長,男性教師,用務員にも影響が及び,さらには恋人の悠馬までも…。
 清水ホラーは,展開を述べると興が殺がれるので,これ以上詳しくは書けない。前作はダンス&ボーカルグループ「GENERATIONS from EXILE TRIBE」が全員実名で登場していたので,それに気配りした脚本であった。今回,著名俳優は染谷将太だけであり,忖度はなく,名実ともに夏休み仕様になっていた。本作だけでも理解できるが,前作のキーとなる人物が再登場するので,予め見ておいた方がより楽しめる。ノートに描かれた階段の絵から,『呪怨』の最恐シーンを思い出すファンも少なくないはずだ。これは自己オマージュとも言うべき演出である。最高傑作ではないが,相変わらず,じわじわ清水ワールドに引き込み,怖がらせる手口が見事だ。清水ホラーの怪奇現象の元は過去の「怨念」が大半だが,単独のことも,複数のことも,連鎖することもあるが,その対処法が明かされることはなく,落とし所も読めない。強いて欠点を挙げれば,本作は物語の構造が複雑過ぎる。もう少しシンプルな方が,より怖く感じたと思う。
 ホラーに美女は付きものだが,本作の渋谷凪咲は,序盤の演技がぎこちなく,素人っぽさが目立った(臨時教員なる役のせい?)。後半はホラーの高まりに連れて座りが好くなり,すっかり魅せられた。元はアイドルグループ「NMB48」のリーダー格であったが,昨年末で卒業し,これが映画初主演だという。いい女優になる素質が感じられた。NMBは「難波」の略であるから,大阪ミナミをあげて彼女の再出発を応援するため,大きなシネコンでの完成披露試写会が催されたのであった。

■『怪談晩餐』(7月19日公開)
 次は韓国製のホラー映画だ。Jホラーの巨人に対して束になって挑むのは,Kホラーの5人の気鋭監督で,計6話のオムニバス形式となっている。韓国のモバイル向けウェッブコミックの配信&投稿サイト「カカオページ」に連載されて絶大な人気を得た「Tastes of Horror」の映画化作品である。対象世代は,Z世代とα世代だという。IT革命を起こしたX世代,思春期にそれを体験したY世代(ミレルニアル世代),生まれた時からインターネットが普及していたZ世代にまでは知っていたが,「α世代」とはアルファベット文字が尽きたので,Aに戻らず,ギリシャ文字に移っただけのようだ。ほぼY世代の子供の世代に当たり,次は当然β世代になる訳である。いずれにせよSNSが常識の若い世代相手なので,日常的な話題が多く,所謂古典的なゴシックホラーの雰囲気はなかった。
 ①「ディンドンチャレンジ」:アイドルになる夢をもつダンスユニットの女子高生達を襲う恐怖,②「四足獣」:成績アップを迫られた受験生が次々と起こした殺人,③「ジャックポット」:ギャンブルで大儲けした男がモーテルの曰く付きの部屋で起こす騒動,④「入居者専用ジム」:高級マンション併設のスポーツジムを時間外利用して起こる惨劇,⑤「リハビリ」:勤務中に負傷をした消防士が臨床試験で課されたリハビリの残酷な真実,⑥「モッパン」:大食い系ライブ配信者がライバルを蹴落とすために仕掛けた罠の顛末,といった内容である。
 ①のアン・サンフン,④のキム・ヨンギュン,⑤のイム・デウンは実績あるベテラン監督,新進気鋭の②のユン・ウンギョンと③&⑥チェ・ヨジュンは新進気鋭の監督だそうだ。⑤と⑥が他よりも尺が長い。全体として感じたのは,それぞれに願望や欲望があり,それを叶えるため,他力本願の甘い誘惑に乗ったために起こる惨劇が中心だ。何やら,韓国の若い世代が受けている社会的圧力が感じられた(日本もそうか?)。説明はなかったが,目玉をくり貫かれたり,死者が大きく目を剥いていたりで,各話で目玉の存在が強調されていた。スマホ,タブレット,PCは頻繁に登場し,ネット利用は当り前だ。
 ホラー映画の見過ぎで「恐怖不感症」の筆者にとって,怖いと感じる作品はなかった。勿論,上記の清水崇監督のJホラーの方が圧倒的に怖い。映画界全体では,韓国の実力が日本に勝っているが,ホラーに関しては日本が断然上だ。⑥は一体どこがホラーなのか,殆どコメディだった。6話の中ではこれが一番気に入った。

■『HOW TO HAVE SEX』(7月19日公開)
 ピンク映画ではないし,性教育読本でもない。それを堂々とこの題名で映画を作り,その英題のまま本邦でも公開するというのに少し驚いた。そうするからには,中身は真面目な映画であり,内容に自信があるゆえ,配給会社もそれで押し通したのだと想像した。まさに,その通りであった。ただし,「真面目」と言っても,性犯罪予防や不妊症治療の視点から論じている訳ではない。卒業旅行でリゾート地に出かけた少女3人の友情,恋愛,SEXが絡み合う青春体験を,女性の視点からリアルに描いた映画である。敢えて堅苦しく言うなら,若者文化を社会学的に分析するのに適しているし,特に未体験で処女だった少女が仲間や社会から受ける「同調圧力」や,これまで余り論じられなかった「性的同意」に関しての理解を拡げることに役立つ。各国の映画祭で高い評価を受け,批評家の賞賛の弁には,そうした言葉が並んでいる。
 英国人のタラ(ミア・マッケンナ=ブルース),スカイ(ララ・ピーク),エム(エンヴァ・ルイス)の3人は卒業旅行の締め括りに,ギリシャ・クレタ島を選び,リゾート地マリアに降り立った。若い男女が交流するパーティが盛んな場所で,プールを見下ろすバルコニー付きのホテルでは,早速バルコニー越しに,隣室の男性グループとの会話が弾む。そんな中で,まだバージンだったタラは,この地で初体験というミッションを果たさねばと焦っていた。夏の夜のパーティ会場では,クラブミュージックが流れ続ける中,誰もが飲んで,騒いで,踊って,その多くはSEXの場へと向かう(といっても,具体的なシーンはなく,裸体も殆ど登場しない)。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を,酒に酔って独り彷徨うタラは,果たして目的を達成できたのか……。
 友人の行動や男性からの言葉で揺れ動くタラの繊細な心を見事に描いていると感じられた。派手で行動力のあるスカイが引き起こす混乱と,タラの些細な変化を見逃さず,寄り添ってくれるエムの描き分けが秀逸だった。隣室の男性では,魅力的だが無頓着なパディと,タラを気遣うバジャーが親友同士という関係も面白い。
 監督・脚本は,現在30歳で,ロンドンを中心に活躍するモリー・マニング・ウォーカー。今月のPart 1で紹介した『 SCRAPPER/スクラッパー』では撮影監督を担当していたが,本作が長編監督デビュー作である。映画界の新しい声であり,洞察力がある脚本と説得力のある描写だとの高評価を得ている。筆者はと言えば,この欧州の若者たちの行動と感受性は,果たして日本でも同じなのだろうかと感じながら,世代が大きく異なる老人の視点で観ていた。その一方で,いつの時代,どこでもあり得る話を,同世代の女性たちの心を捉える物語にした手腕や,新しい才能を褒めたがる高齢の批評家たち傾向や性癖をしっかり見抜いている眼力にも感心した。ただし,題名は(少なくとも邦題は)もう少し爽やかで繊細な青春を感じさせるものの方が好かったと思う。

■『ロイヤルホテル』(7月26日公開)
 久々のオーストラリア映画だ。題名からすると,かなり格式のある立派なホテルで,そこで大勢の人々が織りなす人生模様,所謂「グランドホテル形式」の映画を想像してしまうが,全く違う。カナダ人の女性バックパッカー2人が豪州への旅に出かけ,そこで起こる騒動を描いている。女性2人旅となると,まず思い出すのは『テルマ&ルイーズ 4K』(24年2月号)だ。2人の掛け合い,脇の甘い女性への男の誘惑等,参考にしたと思しきシーンはあったが,時代設定と結末が大きく違う。本作の女性監督が直接着想を得たのは,田舎の炭鉱町のパブに住み込みで働くフィンランド人の女性2人が,そこで受けた数々のハラスメントの実態を記録したドキュメンタリー映画『Hotel Coolgardie』(16)だという。本作は,まさに実在するその「ロイヤルホテル」を舞台に,徹底的に女性視点での劇映画に仕立てたという代物である。
 カナダ人の若い女性ハンナ(ジュリア・ガーナー)とリブ(ジェシカ・ヘンウィック)は憧れの豪州に休暇旅行にやって来た。まずシドニー湾のクルーズ船上でのパーティを楽しんだまでは良かったが,リブのクレジットカードが使用停止になり,ハンナの手持ち現金も僅かであったことから,金欠の窮地に陥る。緊急対策でワーキングホリデー事務所から斡旋されたのは,列車とバスを乗り継いでようやく辿り着く,片田舎の殺伐とした炭鉱町にポツンと立つパブホテルの住み込み女給&雑用係だった。宿泊部屋は汚く,シャワーの水も満足に出ず,勿論Wi-Fiなど存在しない劣悪環境で意気消沈する。パブに出入りする男性客のマティの誘惑やドリーの執拗な嫌がらせに辟易としたハンナは逃げ出したがるが,リブは「文化の違いも冒険」だと取り合わない。パブのオーナーのビリーは客や売上げの減少ばかり気にする半面,彼女らの報酬は満足に払おうとしない。加えて,船で知り合ったノルウェー人の男性トリステンが追いかけて来て,マティとの間でハンナ争奪戦が起こる。そして最後の夜,リブの誕生日を祝う祝宴は酔客たちで大荒れとなり,我慢の限界を超えた2人は,驚くべき行動に出る……。
 炭鉱町の粗野な労働者が集う酒場での酔客の生態がよく描けていた。そんな中で若い垢抜けた女性に接客させれば,何が起こりそうかは容易に想像できる。監督・脚本は,メルボルン出身のキティ・グリーン。デビュー作の前作『アシスタント』(19)で職場のハラスメントを描いた彼女にとって,酒の上での出来事は恰好の題材だっただろう。リブは開放的で楽観的,ハンナは生真面目でガードが堅く,2人の描き分けは,さすが女性監督ゆえの観察眼だ。その一方で,女性側も隙を見せたり,挑発したりしておきながら,男ばかりが悪者かよ,と男性観客なら感じるはずだ。よくぞこの程度の痴話騒動で済んだなと思う。ラストは衝撃的だったが,やり過ぎだとの声もあるようだ。女性観客の溜飲を下げるには,これくらいは必要との監督判断なのだろう。パブの名称は実在の「ロイヤルホテル」を使わせてもらったが,さすがにこのラストシーンの外観は実物ではない(笑)。
 オーナーのビリー役は,『マトリックス』シリーズでエージェント・スミス,『ロード・オブ・ザ・リング』『ホビット』の両シリーズではエルフ族を統括する長老役を演じたヒューゴ・ウィービングだった。この豪州映画界を代表する大俳優が演じるのなら,若い女性達を庇い,男共を宥める人格者役かと思って観ていたのだが,ただの田舎者の飲んだくれの強欲老人だった。彼にこんな役をやらせるとは,恐い物知らずの女性監督だ。きっと男性映画を吹っ飛ばす,大物監督になるに違いない。

■『このろくでもない世界で』(7月26日公開)
 韓国映画で,まさに題名通りの底辺社会で生きる若者を描いたシリアスドラマである。「群を抜くノワール映画」という評があったが,そうは感じなかった。語源は,フランスの「黒」で,闇社会での差別,暴力が中心の悪漢映画を指すのが一般的だ。フランス製ノワールだと筋の通った悪漢のクールな感じを受ける。一方,邦画だと,お馴染の俳優が悪漢を演じても,むしろ滑稽で,悪のリアリティが低い。それが韓国映画となると,クールさは感じず,徹底した貧困,無慈悲,絶望,泥沼を感じることが多い。こういうことを言うと,人種的偏見と言われるかも知れないが,それだけ韓国映画には,絶望と闇のリアリティを高く評価している訳である。
 主人公は,暴力と腐敗がはびこる地方の町で生まれ育った18歳の高校生キム・ヨンギュ(ホン・サビン)で,貧困の上,母の再婚相手の継父の悪態と暴力で,希望のない日々を送っていた。ある日,義妹(継父の連れ子)のハヤン(キム・ヒョンソ)を守るため,不良グループを痛めつけたところ,停学処分を受け,高額の示談金を要求される。真っ当に生きる術のないヨンギュは,地元犯罪集団のリーダーのチング(ソン・ジュンギ)を頼り,見習いメンバーとして,仕事としての犯罪に手を染める。暗い過去をもつチングは,ヨンギュを弟分扱いして目をかけてくれたが,上部組織から与えられた役目を果たせなかったヨンギュは窮地に陥る。庇い切れなくなったチング,義兄ヨンギュとの間で愛情に近い親近感を覚え始めたハヤンも絡んで,思いがけない結末へと向かう…。
 監督・脚本は,これが長編デビュー作となるキム・チャンフンで,自らの底辺生活を基に練り上げた脚本らしい。それを読んだイケメン人気男優のソン・ジュンギは,自らチング役を志願した。一方,ヨンギュ役のホン・サビンはさほどの美男ではない平凡な顔立ちで,それで一層彼を哀れに感じてしまう。韓国の犯罪組織の描き方が生々しく,とりわけビニール袋に釘を詰めて,それで殴る拷問シーンが凄まじかった。継父のダメ男振りも,群を抜いていた。甘っちょろい予定調和では韓国製ノワールとして胸を張れないのだろうが,もう少し観客の心が和む結末にできなかったのか,それが少し残念だった。筆者が監督であれば,継父を徹底的に痛めつけた上で殺害し,上部組織の資金を根こそぎ略奪した上で,主人公にオランダへの国外逃亡の道を選ばせたのだが…。

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