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O plus E 2022年5・6月号掲載
 
 
FLEE フリー』
(リール・ピクチャーズ/
トランスフォーマー配給)
      (C)Final Cut for Real ApS, Sun Creature Studio, Vivement Lundi!, Mostfilm, Mer Film ARTE France, Copenhagen Film Fund, Ryot Films, Vice Studios, VPRO 2021
 
  オフィシャルサイト [日本語][英語]    
  [6月10日より新宿バルト9ほか全国ロードショー公開予定]   2022年3月28日 オンライン試写を視聴 
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
   
  シンプルなアニメ画に込められた感動の難民物語  
  本年のアカデミー賞で,国際長編映画賞,長編ドキュメンタリー賞,長編アニメーション賞の3部門にノミネートされた話題作だ。惜しくもオスカーは逃したが,この3部門で同時に候補となることが異色であった。4月12日現在,世界各国で82受賞,136ノミネートを果たしたというから,文字通り,世界的に高評価を得た大感動作である。映画の国籍としては「デンマーク,スウェーデン,ノルウェー,フランス合作」扱いだが,監督と主人公はデンマーク在住で,「後援:デンマーク大使館」とあるので,実質的にデンマーク映画と考えてよい。
 公開日に合わせて本号での紹介となったが,早めにオンライン視聴のリンクを得て,2度じっくり観て,アカデミー賞予想記事に間に合わせた。個人的には,何か1つはオスカーを得ると信じていた。一部実写映像があり,アニメ画としてシンプル過ぎるので,長編アニメ賞受賞はなく,長編ドキュメンタリー賞の本命だと予想した。後述するように,まるで主人公の過酷な半生を描いたドラマ仕立ての伝記映画のように思えるので,ドキュメンタリーらしくなかったのかも知れない。
 要約して「アフガン人でデンマークに亡命したゲイの男性アミンが告白した人生の記録」とされているが,こんな短い言葉で表わせるほど簡単な物語ではなく,デンマークに入国し,定住して成功するまでに,パートナーにも明かさなかった過酷な体験があった。ちなみに,題名の「フリー」は自由の「Free」ではなく,「逃亡,逃走,緊急避難」を意味する「Flee」である。
 VFX多用作でなく,フルCGアニメでもないのに当欄で取り上げたのは,全くユニークな理由でアニメ化されていたからだ。主人公の「アミン」という名前自体が仮名であり,姿形や個人を特定できる事物が分からないよう,シンプルな2D調のアニメ画として描かれている。それ以外の背景はそこそこリアリティ高く描かれていたり,映画風のコマ割り,カメラワークも見られる(写真1)。そして,時代背景の理解のため,随所に実写のニュース映像が挿入されている。この構成だけでもユニークだ。
 
 
 
 
 
 
 

写真1 実写がベースで,映画風の構図とカメラワークが入る

 
 
   監督はデンマーク国籍をもつヨナス・ポヘール・ラスムセンだが,祖父母の代に迫害を避けるため,ロシアからバルト海を渡ってデンマークに辿り着いたユダヤ系移民の子孫である。彼が15歳の時に近くに少年アミンがやって来たことから親しくなったが,20年経って研究者として身分も,生活も安定し,アミンは親友である監督に自らの過去を告白するようになった(写真2)
 
 
 
 
 
 
 

写真2 親友の監督に壮絶な過去を語るインタビューは長期に及んだ

 
   独白のインタビューで,順を追って過去を語るので,まるでこれは命を賭した逃亡ドラマだ。トラウマとなった過去を思い出すのに,ベッドに横たわり,目を閉じて瞑想するかのように記憶を辿る姿が印象的だった。以下簡単にその逃亡,密入国の歴史を辿ってみよう。
 ■ アフガニスタンで幸せな家庭生活を送っていたが,父親がタリバンに連行され,そのまま帰って来なかった(写真3)。残された家族は,分散してアフガニスタン脱出を図る。アミン少年は単身飛行機でモスクワに向かい,母親や兄姉と合流する。共産主義崩壊の翌年のことだ。
 
 
 
 
 
写真3 幸せな生活だったが,父親は帰って来なかった
 
 
   ■ 観光ビザを発給してくれたというから,当時のロシアは親切な国だったのかと思いきや,他国人への迫害は凄まじく,腐敗し切った国だった。そこから家族は再度分散してスウェーデンへの入国を計画するが,高額の密入国費用を要求しながら,その途中の凄惨な体験で姉2人は精神を病んでしまう。母とアミン達の密入国は失敗に終わり,モスクワに戻されてしまう(写真4)
 
 
 
 
 
写真4 同じような境遇の青年と心を通わせる 
 
 
   ■ 非人道的な体験の描写が続く中,同じ境遇の青年と心を通わせるシーンは一服の清涼剤だ(写真5)。そして何度目かの試みで密出国には成功するが,到着したのはスウェーデンではなく,デンマークだった…。その物語の間にアミンがゲイであること,それゆえ受ける迫害に関しても語られる(写真6))。ただし,所謂LGBTQ映画としての側面は強くアピールされていない(写真7)
 
 
 
 
 
写真5 密出国中,恐怖に脅える母を兄弟で支える
 
 
 
 
 
 
 

写真6 初めて訪れたゲイクラブに少し戸惑う

 
 
 
 
 
写真7 パートナーと愛し合うシーンは,せいぜいこの程度の描写
(C)Final Cut for Real ApS, Sun Creature Studio, Vivement Lundi!, Mostfilm, Mer Film ARTE France,
Copenhagen Film Fund, Ryot Films, Vice Studios, VPRO 2021 All rights reserved
 
 
  ■ 極めて簡素なアニメ画での物語であったのに,真に迫る恐怖を感じ,主人公の葛藤と魂の救済を感じて,感動を覚えた。絵が簡略されている分,観客は想像力を総動員する必要があり,実話だと信じるほど感動度が増すのだと思われる。この亡命,逃亡に比べれば,現在のウクライナ→ポーランドへの入国の方が危険は少ないと感じる。その半面,ウクライナに残された市民たちへのロシアの暴挙に対して,後年どれだけの数の映画が作られるのか,おそらく数え切れないほどだろう。
 
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  (画像は,O plus E誌掲載分に追加しています)  
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