O plus E VFX映画時評 2025年2月号
(注:本映画時評の評点は,上から,
,
,
の順で,その中間に
をつけています)
少し複雑な意味で,待ち遠しかった映画である。それでいて,どう紹介するかに困った映画である。過去10数年間,当映画評のメイン記事の中心であったMCU (Marvel Cinematic Universe)の35作目であり,フェーズ5の5作目に当たる。過去34作はすべてこのメイン欄で紹介したが,そのMCUの勢いに陰りがあることはご存知の通りである。ほぼ年3作のペースであった劇場公開映画が,昨年は『デッドプール&ウルヴァリン』[以下,『デッドプール3』と略す](24年7月号)の1本だけであった。この映画は結構面白く,日本国内でもそこそこヒットした。それは主人公のデッドプールが元はMCUの部外者であり,破天荒なキャラクターであったゆえ,禁じ手とも言える楽屋ネタで盛り上げたからだとも言える。今回の本作は,アベンジャーズの金看板の1枚である「キャプテン・アメリカ」[以下,CAと略す]の名前が入った単独主演作である。ただし,主人公はかつてクリス・エヴァンスが演じた超人兵士スティーブ・ロジャースではない。ファルコンであったサム・ウィルソンが新CAなのである。このことが意外と知られていなかったことに驚いた。よって,その内輪話から始める。
例によって予告編以外の事前情報がなかったが,ようやく完成披露試写会が公開の前々日(7月12日)の夜と決まった。そのことをマスコミ試写で出会った常連の2人と話題にしたところ,2人とも主役交替に気がついていなかったのである。おいおい2人とも,あのMCU第22作『アベンジャーズ/エンドゲーム』(19年Web専用#2)でアイアンマンは死亡し,CAは引退したことを覚えていないのかい? ラストシーンでスティーブからサムにCAの象徴である盾が渡され,後継者を託されたではないか! 2人の内,1人はスティーブの引退を言われるまで気がつかなかった。もう1人は,引退は覚えていたものの,それを撤回し,俳優も平気で再演するのだと思っていた。なるほど芸能界での引退撤回は日常茶飯事であり,MCUは『デッドプール3』で墓を掘り起こしてまでウルヴァリンを再登場させた前科があるから,そう思われても不思議はない。お得意のマルチバースで,別の時系列世界から同じ能力のCAを連れてきても物語は成り立つ訳である。
この2人はれっきとした映画評担当の記者とラジオパーソナリティである。ただし,当映画評のようにCG/VFX多用作重視ではないから,MCUへの思い入れはさほど大きくなかったのだろう。普通の映画評担当者の意識はこんなものかと理解した。ところが,公開前でもネット上には既に過去の関連作の要約記事やその解説動画が出回っていた。ほぼマニアックなファンの個人投稿である。本稿は公開日翌日の夜に書き始めているが,既にその種の記事は急増していた。よくぞまあ,ここまでMCUの隅々まで点検し,脇役の登場人物の関係まで整理しているなと畏れ入る。MCUに関する記憶も知識も全く敵わない。マニアのマニアたる所以であり,マーベルファンは日本も多数いることを再認識した。
当欄がCAの交替を既に知っていたのには理由がある。MCUの過去34作品は劇場公開映画だけの数であり,この他に直接Disney+配信作品が18作(大半は複数話のドラマシリーズ)もある。コロナ禍で劇場公開作品が枯渇している時期に,まず全9話の『ワンダヴィジョン』(21年3・4月号)の配信が始まった。キラーコンテンツとして十分に値するドラマであったので,これは当欄で紹介した。その勢いで,第2段全6話の『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』(21)も観たのだが,紹介記事は書かなかった。完成度がやや低くかったので,Disney+の他作品とNetflix配信映画の方を優先したためである。その後もMCUネット配信ドラマは続々と登場したが,この粗製乱造に付き合う時間はなかった。
さてその『ファルコン&…』はと言えば,スティーブから盾を譲られたサムは,その重責に耐えられず,一旦盾を米国政府に返上する。それでも次々と登場する敵と戦う内に,空軍の友人やウィンター・ソルジャーことバッキーに励まされ,新CAとして働くこと決意するというドラマシリーズであった。本作はそれを前提としたMCU劇場公開作であるので,時間のある読者にはこの配信ドラマを観ることをお勧めする。
そこで迷ったのは,この紹介記事をマーベルファン寄りにするか,一般読者寄りにするかである。本作自体はかなりマニア寄りであり,上記の配信ドラマ以外にもかなり過去作に依存しているゆえ,余計に迷ったのである。日頃から,一般の映画ファンレベルを対象とし,映画館で入場料を払って観る価値があるかを評価すると公言している以上,本作に関してもそれを堅持することにした。
【本作の概要】
上述のように,主人公の新CAが元ファルコンのサム・ウィルソン(アンソニー・マッキー)であることは承知していた(写真1)。予告編から,ハリソン・フォードが米国大統領を演じ,ハルクに変身することがセールスポイントであることも分かっていた。本作の監督・共同脚本はジュリアス・オナである。ナイジェリア出身でこれが長編4作目だが,MCU作品での起用は初めてだ。当欄では,黒人青年が主人公のヒューマンドラマ『ルース・エドガー』(20年Web専用#3)を紹介している。
映画の冒頭はアボミネーションが起こした事件に関する話題から始まる。その事件を収めたのが,元陸軍の将軍で現国務長官のサディアス・ロスであったことにも触れられていた。この時点で,ハルク関連の作品と深く関係していることが暗示されていた。
その5ヶ月後,国務長官のロス(ハリソン・フォード)は選挙に勝利して大統領になり,新CAのサム・ウィルソンと新ファルコンのホアキン・トレス(ダニー・ラミレス)は大統領命令でメキシコに派遣される。インド洋に出現した島で大量に見つかった希少金属アダマンチウムの精製を日本が成功したが,それを盗んで闇市場で取引している一味の存在が明らかになったので,彼らと戦ってアダマンチウムを取り返すというミッションであった。早速,新CAと新ファルコンが敵と戦う激しいバトルシーンが展開するが,新ファルコンのホアキンが重傷を負う。アダマンチウムは取り戻したものの,それがどんな金属なのか,インド洋に出現した島についても十分な説明はなかった。
その後,サムとホアキンはホワイトハウスに招かれ,大統領と面会する(写真2)。同時に日本の尾崎総理(平岳大)にも会い,アダマンチウムの国際的な平和利用を目指すことになる。そのためにはアベンジャーズの再結成が必要だと,大統領からサムに要請された。さらに,各国首脳を招いたサミット会議にも招かれたので,サムはかつて超人兵士であったイザイア・ブラッドリー(カール・ランブリー)も同伴するが,会議場内で突然ブラッドリーが大統領を襲撃し,会場は大混乱となる(写真3)。すぐに彼は取り押さえられ,収監された。サムはブラッドリーが何者にマインドコントロールされていたことを知り,彼の無実を訴えるが,ロス大統領は聞き入れず,2人の間は決裂してしまう。
サムはブラッドリーの冤罪をはらすため,事件の黒幕は細胞生物学者のサミュエル・スターンズ(ティム・ブレイク・ネルソン)であることを突き止める。彼はかつてロス将軍と友好関係にあったが,ある出来事からロスに幽閉され,その復讐として暗殺計画を立てたのであった。スターンズは,かねてより心臓病の薬と偽ってロスに大量のガンマ線を投与していた。暗殺計画が失敗に終わったと知ったスターンズは,音声信号を発してロス大統領を激怒させ,彼の体内にあるガンマ線を起動させる。大統領はホワイトハウスでの演説中に巨大なレッドハルクへと変身し,暴れまくって人々を恐怖に陥れる……(写真4)。
新CAとしてのサム・ウィルソンは,一旦返上した盾も縦横に使いこなせるようになり,従来からのウィングパックも一段と高性能になり,彼の活躍は心地良かった。ファルコンのお古のスーツを譲ったホアキン・トレスとの間柄は『ファルコン&…』以来だが,すっかりバディ関係の絆を構築していた(写真5)。この2人の活躍は今後も期待できる。またホアキンの病床を,「ウィンター・ソルジャー」ことバッキー・バーンズ(セバスチャン・スタン)がカメオ出演で見舞いに訪れる。彼は本作では下院議員になっていた。
ここまでは,筆者が既に『ファルコン&…』を観ていたことが前提知識として役立った。それでも,上記で記した人物や出来事は,殆ど説明もなく,次々と登場する。これまでの34作をしっかり観ている筆者ですらこのレベルであるから,MCUに関する事前知識が少ない観客にはかなり不親切な映画であったと思う。後で調べると,その大半はMCU第2作『インクレディブル・ハルク』(08年8月号)の登場人物であった。途中32作もあり,その上ネット配信ドラマ18作もあったのでは,一々細部まで覚えていられないと言いたくなる。さらに,台詞の節々に来年公開予定の『Avengers Doomsday(仮題)』への伏線と思しき言葉が登場する。本作は,いかにも過去作と来年の大作を繋ぐ準備映画である。せめての救いは,マルチバースが登場しないので,観客を混乱に陥れないことだった。ただし,ポストクレジットの付加シーンを観ると,次作以降はまた怪しいなと感じてしまう。
【MCU過去作との関連】
以下,試写観賞後に調べた範囲での過去作との関連を述べる。とてもマーベルマニア達には太刀打ちできないので,これ以上はネット上の彼らの記事を参照されたい。
■ サム・ウィルソンは元空軍の落下傘部隊員で,退役後,長い眠りから覚めたスティーブ・ロジャースの友人となり,彼の窮地を救うため,フライトスーツを着用して「ファルコン」となる。MCU第9作『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー(14年5月号)以来,常にスティーブに帯同する形でMCU 6作品に出演した。MCU第13作『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(16)では勿論キャプテン派に属し,第19作『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(18年Web専用#2)の指パッチンで一旦消滅する。超人兵士血清は投与されていないので超人的身体能力はない。
■ 新ファルコンのホアキン・トレスはサムの友人の空軍中尉で,『ファルコン&…』でサムが敵と対峙する時に何度もサポートしたことから,スーツを託され,2代目ファルコンとなった(写真6)。今後,サムと彼は,初代のCAとファルコンと同様の関係を継続して行くものと思われる。一方,ホアキンの病床を見舞ったウィンター・ソルジャー/バッキーは,第2次世界大戦前からのスティーブの親友だったが,大戦中に行方不明になって超人暗殺者に改造される。MCUには『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(11年10月号)以降の7作品に参加し,暗殺者時代はスティーブの敵であったが,次第に過去の記憶を取り戻し,アベンジャーズの一員となる。彼も指パッチンで一旦消滅するが,『…/エンドゲーム』のラストのスティーブからサムへの盾の委譲に立ち合っていた。ネット配信の『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』では題名通り,主人公の1人であり,サムを励まし,新CAへの就任を祝っていた。
■ サディアス・ロスは,元々コミック版でハルクの宿敵として生まれたキャラクターのようだ。MCU開始以前のエリック・バナ主演の『ハルク』(03年8月号)にも登場していたが,MCUではエドワード・ノートン主演の『インクレディブル・ハルク』以降の5作品に登場している。緑色のハルクに変身するブルース・バナーと娘のベティが結婚したため,ブルースの義父となった。米国陸軍の将軍から国務大臣となってMCUとして登場し,ハルクの力を軍事利用しようとしたが,実験に失敗したことからハルクを目の敵にして追い回し,超人の厳格管理を求めてアベンジャーズとも対立する。コミック版ではブルースの実験中にガンマ線照射を受けたために,彼にもレッドハルクに変身する能力が備わる(写真7)。MCU5作中では国務長官止まりであり,しかもレッドハルクに変身することはなかった。加えて,MCU5作でこの役を演じたウィリアム・ハートが逝去していて,本作ではハリソン・フォードが最初から大統領として登場したため,同一人物として繋がらない観客が多いかと思う(筆者もそうだった)。考えようによっては,MCUリニューアルの本作で,この形で彼を再登場させたのは,アイデア賞ものだと思う。なお,短いシーンだが,娘のベティ(リヴ・タイラー)も本作に登場する。
■ 本作でマインドコントロールされて大統領暗殺未遂事件を起こすイザイア・ブラッドリーは,『ファルコン&…』と本作にだけ登場する人物である。朝鮮戦争中に超人兵士血清を投与されて唯一成功した黒人兵士で,ウィンター・ソルジャーとも戦ったという。30年間拘束され,実験台とされたことで米国政府を恨んでいたが,自らの功績を認めたくれたサムにだけは心を許し,新CA就任にも賛辞を送った。サムがサミット会議に招待したのも,彼の冤罪を晴らそうと奔走するのも,辛い過去をもつ彼に対する配慮が含まれていた。
■ その他のすぐには分からなかった人物は,いずれも第2作『インクレディブル・ハルク』の登場人物であった。名前だけ登場する「アボミネーション」は海兵隊員のエミル・ブロンスキーであり,超人血清を過剰投与されてハルク並みの怪物に変異した後の別名である(写真8)。一方,本作のヴィランであるサミュエル・スターンズは,元は少しマッドな生物学者で,ブルース・バナーの協力者であったが,アボミネーションの暴走で負傷し,ブルースの血液を浴びたことから額が肥大化して醜い形相となった。アボミネーションとハルクの戦いの責任を取らされ,軍の極秘研究施設に幽閉されていたことが本作で判明するが,大統領になったら釈放するという約束をロスが破ったことから,その復讐を企てたのである。
■ 希少鉱物「アダマンチウム」は,マーベルコミックの中で様々な形で使われているそうだが,最も有名なのはX-Menのウルヴァリンの骨格と長い爪を構成する物質とされている。一方のCAの盾の素材である「ヴィブラニウム」は,ブラックパンサーの故郷のワガンダ国で算出される金属で,彼のスーツにも使われているようだ。いずれもマーベルコミックが命名した架空の金属名である。アダマンチウムとヴィブラニウムは限りなく近い金属とのことだが,その違いはよく分からなかった。これまでアダマンチウムがMCU内で言及されることはなかったが,インド洋で大量に出現したというのは,第26作『エターナルズ』(21年Web専用#5)が関連しているようだ。改めて同作のビデオを確認したが,地球上に存在したセレスティアルの1つである「テイアマット」の海からの出現を,宇宙から来たエターナルズ達が阻止したため,その頭部と左手だけがインド洋上に巨岩として残った。これが「セレスティアル島」と呼ばれ,その島が金属資源アダマンチウムの宝庫であることが判明したというのが本作の前提となっている。悪漢たちが狙う資金源としては,かなり強引な意義づけである。もう少し詳しく,画像か説明図つきで解説してくれよと言いたくなる。上演時間を短縮するために,当初あったシーンを削除したのかも知れないが,観客にとっては,多くのことがさっぱり分からないまま進行する映画であった。
【主要登場人物のキャスティング】
新CAのサム・ウィルソン役は,これまでと同様,アンソニー・マッキーである。ルイジアナ州ニューオーリンズ出身で,ジュリアード音楽院を卒業し,オフ・ブロードウェイの俳優として活躍したというのは理解出来るが,MCUでスーパーヒーローを演じるのは意外な気もする。本シリーズ以外にも当欄で紹介した多数の映画に出演しているが,準主演級はアカデミー賞作品賞受賞作の『ハート・ロッカー』(10年3月号)だけだった。その意味では,本作の主演は彼にとっての大きな記念碑となったことだろう。
新ファルコン役のダニー・ラミレスはシカゴ出身で,まだ俳優歴6年の若手俳優である。『トップガン マーヴェリック』(22年5・6月号)で新人兵器オペレータ役を演じた以外に大作への出演経験はない。彼にとっても本作は大きく飛躍する転機となるだろう。
ロス大統領/レッドハルク役のハリソン・フォードに関しては,今更経歴を述べる必要はないだろう。大統領役は『エアフォース・ワン』(97)で経験済である。年齢を重ねた知的かつ風格のあるルックスは,少なくなくとも現役米国大統領よりも遥かに大国の大統領らしい威厳を感じさせる適役だと思った(写真9)。ところが意外と辛辣で激情派の策士であり,レッドハルクに変身するに到ってはトランプ並みの迷惑男である。こんな変身をするとは,この名優にとっても珍しい経験だったことだろう。
少ししか登場しない娘ベティ役のリヴ・タイラーは,16年前の『インクレディブル・ハルク』では同じ役で,もっと出番が多かった。女優歴の中では20歳で出演した『アルマゲドン』(98)のヒロイン役が瑞々しく,『ロード・オブ・ザ・リングス』3部作 (01〜03)でのエルフのアルウェン役も美しかった。もう1人,上記では名前を挙げなかった女性を覚えておきたい。大統領側近の「ルース・バット=セラフ」は戦闘能力が高い女性高官だったが,それもそのはず元ブラックウィドウである(写真10)。この役を演じたのは,イスラエル人女優のシラ・ハースで,小柄だが存在感のある女性だった。この後もMCUには継続出演するものと思われる。
日本の尾崎総理役には,日本人俳優の平岳大が配されていた。GG賞やエミー賞を多部門で受賞した大ヒットドラマ『SHOGUN 将軍』(24)では,石堂和成[モデルは石田三成]を演じ,エミー賞等で助演男優賞にノミネートされた(受賞は浅野忠信がした)。日本の映画やTVドラマにも多数出演しているが,時代劇が多く,『関ヶ原』(17年9月号)での島左近役が印象に残っている。ハワイ在住だけあっても英語も堪能で,ハリソン・フォードと渡り合っても堂々たる演技であった。父・平幹二朗,母・佐久間良子という血筋が気品と風格を感じさせるのかも知れない。
この尾崎総理の描き方には驚いた。ハリウッド映画で,こんなに日本の首相が立派に描かれたのは初めてである。若くて,イケメンで,見識があり,米国大統領よりも背が高い。平岳大183cm,ハリソン・フォード185cmと書かれているが,どのシーンでも尾崎総理の方が長身であったから,H・フォードが高齢になって縮んだのだろう(写真11)。何よりも,条約交渉において米国の言いなりのならない態度に感心する。何とか日本と対等の条件での条約が締結できて,米国大統領が一安心するというのが痛快だった。日本の現職総理も,単なる目立ちたがり屋の米国大統領の虚仮威しにひるまず,堂々たる交渉力を発揮してもらいたいものだ。
【CG/VFXの見どころ】
以下,恒例のCG/VFXの見どころを列挙するが,これまでのMCU映画に比べると量的も少なく,さほど斬新なシーンはなかった。
■ 何と言っても目立ったのは,新CAのサムの飛翔シーンである(写真12)。古いファルコン時代のスーツはホアキンに譲ったが,新しいフライトスーツでしっかり空を飛ぶ。初代CAはそれができなかったので,余計に空での活躍が目立つ。新しいウィングも機能強化され,着地シーンもカッコいい(写真13)。驚いたのはその硬度で,何と敵のジェット戦闘機の主翼を切断してしまう(写真14)。ただし,少しぎこちなかったのは,盾をもったまま飛ぶ姿だった。ウィング自体が盾の役目を果たせるのに,無理にCAの「正義の象徴」の盾を持たせ,それも併用して弾よけにしている感があった(写真15)。
■ 一方,この盾を投げる姿は,かなり様になっていた(写真16)。これは旧CA時代も同じらしいが,持ったままで光沢感,重量感を出す場合には金属製の盾を使用し,実際に投げて相手が受け止める場合はフリスビータイプの軽い素材が使われる。そして,もっと派手な軌道を描いて盾を飛ばしたい場合は,CGで描いているようだ(写真17)。空投げするポーズでそれらしく見せるのだから,俳優も大変である。
■ もう1つのセールスポイントは,大統領が変身したレッドハルクの暴れまくりである。ホワイトハウスを壊した挙句,市街地にも害を及ぼす(写真18)。このレッドハルクは,かつての緑色のハルクと比べても筋骨隆々ぶりは遜色なく,むしろ赤い方が不気味に見える(写真19)。勿論,このレッドハルクはCG製である。MoCap専門の俳優の動きをデジタル化していて,H・フォードが直接演じて入る訳ではないが,顔は彼に似せているのが少し嬉しかった(写真20)。余談だが,昔のTVドラマの『超人ハルク』の時代から,身体は巨大化しているのになぜパンツは破れないのかという疑問で賑わっていた。2003年版ではまだその疑問が残ったままであったが,2008年版ではしっかりズボンが破れたように描かれていた(写真21)。本作でもほぼこれを踏襲し,少し裂け目を作って膝上までの長さにしている(写真22)。サムに説得されて,普通の大きさに戻った時に,膝下の長さになっていたのには笑えた。芸が細かい。
■ このレッドハルクと新CAのサムが対決するのは,ホワイトハウスに近いポトマック河畔の桜並木の下である(写真23)。1912年(明治45年)に日米親善の証しとして日本が2,000本の桜の苗木を送り,それが見事に開花して,現在も毎年桜開花祭りが行われているという。こういう場所が選ばれているのも嬉しいことだ。寄贈したのは当時東京市長だった尾崎行雄であるから,本作の尾崎総理の名前もここから来ているのかと思う。もっとも,桜満開の時期のこの撮影をしたと思えないから,映画中ではCG製の桜だったに違いない(写真24)。
■ その他のCG/VFXシーンでは,戦闘機による空母への攻撃シーンがあったが,特筆するほどのものではない(写真25)。見かけは天文台で,実は刑務所だという施設も登場するが,ここの電波望遠鏡もCG製だろう(写真26)。最後の登場するラフト刑務所は見覚えがあった(写真27)。これは『シビル・ウォー/…』に登場した刑務所で,後半でサム,ワンダ,ホークアイのクリント,アントマンのスコットらが収監されていた。大西洋の海中にある潜水艇であり,入出所や面会人がある時だけ浮上するというから,当然これもCG描写である。本作のCG/VFXの主担当はDigital Domainで,副担当はWeta FX,その他UPP,Luma Pictures, OPSIS, ILM, Barnstorm, Outpost VFX, Cantina Creative等が参加している。プレビズだけで,Digital Domain, The Third Floor, Day for Niteの3社が担当しているから,筆者が気付いたよりもかなり多くのVFXシーンがあったのかも知れない。そうだとしても,さほど魅力的なVFXシーンではなかった。
【総合評価:MCUの立て直しに思うこと】
上記のように,新CAや新ファルコンの活躍には好感がもてた。映画のクオリティとしてはMCUの標準レベルであるが,やはりマーベルマニア以外にはかなり不親切な映画であったと思う。繋ぎ映画の印象が強過ぎる。もっと単純な新スーパーヒーローの痛快譚にしておいた方が成功したのにと感じた。
劇中でサムにアベンジャーズの再結成が命じられていたから,来年の『Avengers Doomsday』に向けて一直線にその路線を進むに違いない。そのリーダーシップをとるのが新CAのサムであることが公言された形だが,彼では少し荷が重い気がする。長年,旧CAのスティーブの引き立て役であった感が強いからである。何やら,創業者社長の2人の内1人が他界し,もう1人が完全引退した後を,番頭役だった平取がいきなりサラリーマン社長になった感じなのである。演じる俳優にとっては大チャンスかもしれないが,その反面,この役のイメージが固定してしまうのは,俳優としてマイナスかも知れない。
一般観客相手に新機軸の面白い映画を創ろうとする気概よりも,固定ファン向きの既存路線,オールスター映画のアベンジャーズ頼みなのが気になる。フェーズ4以降,かなり飽きられていることにマーベル社が気付いていない,いや認めたくないのだろう。ディズニー本体も立て直し中だが,マーベルの場合は,御大のケヴィン・ファイギ独裁なのが裏目になっている感がある。1ファンとしては,ジェームズ・ガンCEOに託されたDCU(DC Universe)への期待の方が大きい。今年7月公開の『スーパーマン』と来年公開の『Avengers Doomsday』の出来映えの差,興行的成功がこの後5〜10年に影響するかも知れない。DCUが大躍進するか,MCUが返り討ちにするか,相乗効果で映画館離れが防げる可能性もあるが,共倒れも有り得る。野次馬としては格好の話題である。自動車産業の合併のご破算は残念で日本経済にも影響するが,MCU vs. DCUの競争は所詮エンタメ界の話題である。個人的には,相乗効果の大爆発で,少しでも邦高洋低の比率を改善してもらいたいと思っている。
()