O plus E VFX映画時評 2025年1月号掲載

その他の作品の論評 Part 1

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


■『セキュリティ・チェック』(12月13日配信開始)
 年初早々の当欄が少し淋しい。1月3日リリースの2本をメイン欄で扱うことは分かっていたので,昨年観終えていたNetflix作品2本をキープしておいて,年末のPart 2から当欄にシフトしようと考えた。その心は,欧米ではクリスマス休暇に楽しむことを前提としたのであろうが,日本なら今年は少し長めの正月休みの視聴に最適であるからだ。読者も上映終了時期を気にしなくて済むし,来客,食事,トイレ等で中断しても,再開すれば済むネット配信映画楽しめる。
 監督は,リーアム・ニーソン主演の『アンノウン』(11年5月号)『フライト・ゲーム』(14年9月号)『トレイン・ミッション』(18年3・4月号)を卒なく仕上げ,最近2作はドウェイン・ジョンソン主演の『ジャングル・クルーズ』(21年Web専用#4)『ブラックアダム』(22年11・12月号)を手がけたジャウム・コレット=セラだった。主演は『キングスマン』シリーズのタロン・エガートン。どう考えてもエンタメ一辺倒だ。そう思って観始めたら,トイレに行くのも惜しんで一気に最後まで観てしまうノンストップアクション映画であった。
 主人公のイーサン・コーペックは何度も警官試験に失敗し,今はLA国際空港の運輸保安局員として働く無気力な30歳男である。恋人のノラ(ソフィア・カーソン)が妊娠したことから,この職での出世を図ろうと上司に搭乗客の手荷物検査担当を志願する。厄介な事件はクリスマスイヴの日に起きた。謎の旅行者から彼のイヤホンに連絡が入り,「指定する手荷物を何も言わずに通過させて飛行機に乗せろ。さもなくば,ノラを殺害する」と脅迫してきた。イーサンの一挙一動は監視されていて,行動しようとしても常に先回りして阻止されてしまう。ようやくコンタクトした同僚のライオネルも殺されてしまった。それでも,イーサンからの911番への緊急通報を受けとった市警の女性刑事エレナ・コール(ダニエル・デッドワイラー)がキーワードの「ノビチョク」が致死性の高い神経ガス爆弾であることを突き止め,空港全体を一斉捜査する。一進一退の攻防の後,イーサンはワシントンDC行きの航空機に乗り込み,ついに姿を現わしたテロリスト旅行者と対峙するが……。
 この種の映画は,間一髪での危機回避,犯人の逮捕か殺害を経て,恋人も無事救出と相場が決まっている。本作は,まさに絵に描いたような展開とエンディングであった。後でよく考えれば,終盤の展開は矛盾だらけなのだが,そんなことは気にさせず,一気に駆け抜けてしまう。ラストのお遊びも思わず頬が緩む。
 当欄が掲載待ちをしている間に,ネットでの再生回数はウナギ上りで,Netflixの年間トップを伺う勢いであった。やはり,目標が映画祭受賞でなく,高い観客満足度を得ることであれば,分かりやすく,スカッとする映画であるに限る。観て損はない。

■『6888郵便大隊』(12月20日配信開始)
 2本目は実話に基づく異色の戦争映画である。「6888」は「Six Triple Eight」と読む。「007」を「Double Oh Seven」と読むのと同じ流儀だ。第二次世界大戦下で,米国では婦人陸軍部隊が組織され,有色人種女性だけからなる隊が軍務を完遂する模様を描いた物語である。この部隊は内地で厳しい戦闘訓練を受けていたが,戦場に行く指令は出なかった。有色人種は能力が低く,役立たずと見做されていたからだ。そんな人種構成の部隊があったことだけでなく,その扱いにも驚いた。現代なら黒人選手が運動能力に優れていることは常識だが,この時代なら強い差別意識からそう決めつけていたのだろう。
 1942年5月,突如として欧州戦線への参戦指令が出る。チャリティー・アダムズ大尉(ケリー・ワシントン)率いる855人の部隊がスコットランドのグラスゴーに到着すると,与えられた軍務は戦闘ではなく,郵便物を仕分けして届けるという兵站任務だった。兵士からの手紙を米国内の個々の家庭に,家族からの手紙を欧州戦線各地で戦っている各兵士に届ける作業である。郵便用の輸送車は戦闘用に転用され,郵便物が溜まる一方であった。戦地からの手紙が届かないという家族の苦情が大統領夫人の耳に届き,国民の志気に関わると判断したルーズベルト大統領が直々の命令を下したのであった。
 半年で滞貨を一掃するよう命じられたが,厄介者にやらせておけと受け取った大尉は「半分の3ヶ月で十分」と豪語するが,放置されていた郵便物は複数の倉庫に満杯の1700万通もあった。単純計算で,1人当たり約2万通を処理した上に,毎日新たな郵便が増え続ける。数もさることながら,読み難い文字の宛名の判読,所属部隊の確認,広大な欧州内で頻繁に居場所が移動する中での配達先の特定は,至難の技であった。その合理的な解決策を一歩ずつ見つけて実行に移す過程の描写は,ビジネスストーリーとしても一級品であった。
 映画は黒人女性レナ(エボニー・オブシディアン)とユダヤ人男性アブラムの恋愛から始まり,従軍した彼はすぐに戦死する。その彼が送った手紙の発見も物語の重要な一部であったが,やがて指揮官アダムズ少佐(途中で昇格)の奮闘が主テーマだと分かる。規律を重視し,だらしのない新兵を叱り飛ばす様はまるで鬼軍曹のごとき振舞いだったが,責任感の強い彼女は劣悪な作業環境と差別的処遇の中で,部下を守るために上官や司令本部とも戦っていることが理解できるようになる。すっかり彼女と言動と行動に惚れ込んでしまった。期限通りの半年間で,通常の郵便配達網を復活させた時に大隊内の全員から尊敬の眼差しと大きな拍手で迎え入れられた。
 監督は,黒人監督で脚本家,俳優でもあるタイラー・ペリー。監督作品を紹介するのは初めてだが,俳優としては『スター・トレック』(09年6月号)『ゴーン・ガール 』(14年12月号)『バイス』(19年3・4月号)等に出演していたようだ。監督・脚本作品の殆どは黒人文化・黒人社会を扱うブラックムービーで,自ら女装して主人公を演じるシリーズは黒人女性層に絶大なる人気があるという。本作のテーマは少し硬派だが,この6888大隊の描き方やアピールは見事だった。アダムズ少佐が差別意識丸出しの白人男性上官をこき降ろすシーンに,女性ファンは大いに溜飲を下げたに違いない。

■『2040 地球再生のビジョン』(1月11日公開)
 一転して社会派映画で,2040年の地球環境のあり方を考えさせるドキュメンタリーである。平和・難民・貧困・気候危機などの課題,SDGsを主テーマとして活動を続ける「ユナイテッド・ピープル」ならではの配給作品だが,なぜ今2019年製作の豪州映画を取り上げたのかが気になった。この数年,ロシアのウクライナ侵攻やガザ地区での人道問題が続いたので,そちらを優先したためで,ようやく本来のSDGsに戻ってきた。その間にも,ますます地球環境問題が注目されている。本作は問題提起だけでなく,解決法まで示している点で意義がある。との説明が試写の前にあったので納得した。
 監督・脚本・製作は,4歳の娘をもつオーストラリアの映画監督デイモン・ガモーで, 「ベルベット,君に暮らしてほしい未来を描くよ」が彼のメッセージである。世界11カ国を巡り,10数名の有識者・専門家から得た未来像の実現可能性を考える映画となっている。
 まず監督自身のトークから始まり,CO2問題への対処の基礎知識を解説してくれる。知っていたつもりだったが,改めて聴くと分かりやすい。続いて,100人の子供たちに彼らが自ら描いた未来像を語らせる。子供とはいえ,なかなか鋭く,興味深い発言が多数ある。解決実践策に移り,バングラデシュでの自家用太陽光発電システムを連結し,電気の取引&シェアするマイクログリッドを学ぶ。栄養価の高い海藻で海洋環境を改善させる海洋パーマカルチャーに希望を見出す。経済学者ケイト・ラワース提案の持続可能な経済モデル「ドーナツ経済学」に注目し,言語学者のヘレナ・ノーバーグ=ホッジの「マスコミの報道でなく現実に目を向ければ,至るところに希望の光が見えるはず」なる言葉に勇気づけられる。
 中盤以降,最も時間を割いていたのは,豪州で始まった「再生型農業」である。土壌を改良し,動物を殺さず,たんぱく源を得るという着想に基づいている。話としては分かったが,民主主義社会では賛否が分かれ,利害が対立することが生じ,国の大半に普及させることは難しいのではと感じた。こういった場合,独裁者の方が強制執行は容易いが,他国にまで影響を及ぼすのは多難だろう。実現方式に関するインタビューを終え,監督は娘の世代ためにこれを2040年までに確実に始めたいと語る。最後は,再度子供たちが語る未来への希望で終る。
 この稿をWebにアップロードしようとして,「養殖魚,牛肉超え豚に迫る」なる新聞一面記事を目にした。温暖化ガスの排出は牛肉が最悪で,養殖魚は豚肉・鶏肉よりも少ないという。これも脱炭素への貢献策になるのなら,午後一のマスコミ試写の前に食べる昼食のハンバーガーや牛丼を,海鮮丼やネギトロ巻きに替えようと思う。

■『室町無頼』(1月17日公開)
 今月は金曜日が5回あるため,17日公開分までをPart 1に含める。ここから邦画の良作が3本続く。まずは,文句なしの力作からだ。東映お得意の時代劇としては,『十一人の賊軍』(24年11月号)も見応えがあったが,力作度においては,本作の方が上だ。試写会場は熱気に溢れていた。東京本社でのマスコミ試写18回の1回に過ぎないのだが,いつもの7階の試写室でなく,この日の会場が丸の内TOEIだったことも一因のようだ。大きなスクリーンで観るべき映画だということを,参加したメディア関係者の大半が分かっていたに違いない。加えて,もうすぐこの映画館が閉鎖されると聞いて,視聴への真剣度が一気に増した。西銀座の一等地にある本作ビル内の映画館がなくなるだけで,東映の時代劇製作が終わる訳ではないのに,何やらそれに近い感覚で観てしまった。
 題名通り,室町時代に無頼者が起こした一揆を描いていて,応仁の乱前夜の出来事だという。原作は2014年発行の垣根涼介作の同名小説だが,この時代を対象とした小説も映画も初めてで,この作家の名前も初めて知った。原作者がこの時代を選んだ理由は,既に「銭がすべての時代」であった室町中期と,バブル景気崩壊から20年以上経った2010年代の日本が似ているからとのことらしい。デフレ脱却できず,国際的地位も下がりっ放しの閉塞感は,希望が感じられない室町中期に通じるものがある。監督・脚本は,当欄の常連の入江悠である。
 物語の時代は1461年,大飢饉と疫病が蔓延し,京の都の賀茂川べりには,2ヶ月間で8万を超える死体が積まれていた。人身売買や奴隷労働が横行する中,時の権力者の無策により,貧富の格差が拡がっていた。主人公は,牢人で剣の達人の無頼漢・蓮田兵衛(大泉洋)で,己の腕と才覚だけで世を泳ぐ自由人であった。彼は個性豊なアウトローたちを束ね,巨大権力に対して都市暴動を仕掛ける。武士階級が起こした史上初の世直し一揆であり,その経緯と顛末を描いた映画である。
 一方,兵衛の行く手を阻むのは洛中警護役の骨河導賢(堤真一)だ。かつて2人は志を同じくした悪友同士だったというのが,物語に味わいを与えている。この兵衛と導賢は歴史書に名前を残す実在の人物である。ただし,その記述は僅かであり,物語の大半はフィクションと考えてよい。そこに純然たる架空の人物として,凄まじい武術の才能を有する若者・才蔵(長尾謙杜)が加わる。この3人が主要キャストである。
 主な助演陣の筆頭は,ヒロインの高級遊女・芳王子で,『はたらく細胞』(24年12月号)で「マクロファージ」を演じた松本若菜が抜擢された。かつては導賢の愛人で,今は兵衛と恋仲という女無頼である。兵衛に見出された才蔵を預かり,武術修行させる「唐崎の老人」役は,個性派のべテラン男優・柄本明だった。琵琶湖畔の今津浜に住む棒術の達人という設定だが,彼にしごき抜かれる才蔵の1年間の修行シーンが前半の見ものである。その他では,八代将軍・足利義政役に中村蒼,有力大名・名和好臣役に北村一輝が配されている。
 主演の大泉洋の時代劇出演は,『清須会議』(13)の羽柴秀吉役,NHK大河ドラマ『真田丸』の真田信之役,『鎌倉殿の13人』の源頼朝役で経験済だが,将軍や大名級ばかりだった。今回の牢人役で本格的な殺陣を経験したそうだ。その殺陣は本格的で荒々しく,兵衛率いる強者達と導賢の幕府軍の激突も凄まじい迫力だった。ロケもセット撮影も本格的で,衣装や武具類も気合いが入った出来映えだ。美術的には,東映京都撮影所の美術部門が精魂込めて作っただけあって完璧だった。完璧過ぎて汚過ぎる。目を背けたるなる醜悪さの連続だ。これが室町中期の特徴とはいえ,もっと様式美や目の保養が欲しい。女性陣も原作ほど魅力的ではない。力作ではあるが,演出的にはもう少し遊びを入れて欲しかった。

■『敵』(1月17日公開)
 「敵」と言っても戦闘相手ではないし,戦国ものでもない。筒井康隆原作の同名現代小説を,吉田大八監督がモノクロ映像で映画化している。長塚京三の主演は12年ぶりだそうだ。主人公は77歳の元大学教授だが,原作では75歳だ。絶筆宣言解除後の原作者が63歳で書いた老人小説である。
 渡辺儀助は大学教授を退職して10年,専門はフランス近代演劇史だったが,講演や原稿依頼も徐々に減りつつある。妻・信子(黒沢あすか)には20年前に先立たれ,都内山の手の広い古民家に独りで住み,毎日自炊している。焼鳥,韓国風冷麺,フランス料理,鍋物等を調理する手つきは器用で,どれも美味しそうに見える。自宅に顔を出す訪問者の大半はかつての教え子で,雑誌や書籍の編集者,舞台装置の製作者たちだ。起床時間,食材の買い出し,使う食器にも拘りがあり,書棚の書籍や机上の文房具類は,いかにも文系の学者である(筆者は理系だったが,これが文系の典型教授だと断言できる)。DeskTop型のiMac で執筆しながら,原稿は FAXで入稿し,手書きの遺言書に押印している。
 長身痩躯でインテリの長岡京三はこの役にぴったりだ。淡々とした日常生活の中でウィットに富んだ前半だったが,これは後半一波乱,二波乱あるなと予想できた。案の定だった。教え子で女性編集者・鷹司靖子(瀧内公美)とバーで知り合うバイトの女子学生・菅井歩美(河合優実)の描き方が見事だった。瀧内公美は『彼女の人生は間違いじゃない』(17年7月号)『由宇子の天秤』(21)とは全く印象が違う妖艶さで,こんなに魅力的な女優だったのかと再認識する。現役時代,殊更親密に指導したらしき言動からは,当時から隙あらばとの下心があったことが想像できる。ただし,セクハラ行為で処分を受ける大学教授は大抵50代であり,既に後期高齢者の彼は,もはや夢や妄想の中で彼女を犯しそうになるだけだ。
 最近超売れっ子の河合優実は,また出て来たのかと思うが,どんな役をやらせても上手い。見事な爺殺しの女子学生で,フランス文学の話題で儀助の歓心を惹き,巧みな会話と小細工で,滞納した授業料300万円を大切な老後資金から出させてしまう。学者ぶっておきながら,若い美女に弱い大学教授の本性をよく見抜いている。さすが「文学部唯野教授」を書いた原作者であり,『桐島,部活やめるってよ』(12年8月号)『騙し絵の牙』(21年3・4月号)の吉田大八監督ならではの脚本である。
 ある日,PC画面に「敵がやって来る」なる不穏なメッセージが登場し,次第に頻度が増す。その先は観てのお愉しみだ。モノクロ映像の場合,単なる監督の趣味に過ぎず,カラーの方が適していると言いたくなる映画はしばしばある。本作の場合,モノクロ映像がこの主人公には相応しい。夢や妄想だけ色を変えるのは安易過ぎるので,現実との区別のつかない全編モノクロ映像が,この元教授の終末期を描くのには最適の選択だった。

■『サンセット・サンライズ』(1月17日公開)
 誰もが名作ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」の劇中歌“Sunrise Sunset”のもじりだと分かる題名だ。それを承知で書かれた小説の映画化作品で,テーマは「地方創生」である。時代はコロナ禍の初期,東日本大震災から9〜10年後を描いている。原作:楡周平,脚本:宮藤官九郎,監督:岸善幸のトリオは全員東北出身者だ。舞台となるのは,大震災の被災地である宮城県・宇田濱町。プレス資料に町内地図まで載っていたので,実在の町だと思ったが,架空の町であり,撮影は気仙沼らしい。
 町役場総務企画課勤務の間野百香(井上真央)は,担当の「空き家対策」として,まず自分の別宅を賃貸対象にして情報サイトに投稿する。4LDK・家具家電完備の一戸建という破格の条件に魅せられてやって来たのは東京の大企業に勤務する西尾晋作(菅田将輝)だった。大の釣りバカの彼は,在宅勤務しながら釣り天国を満喫するつもりで住み着いてしまう。ただし,コロナ禍の真っ只中のため,2週間の自主隔離と毎日食事を届ける彼女や父の彰男(中村雅俊)と接する時は2mの距離を保つことを約束させられる。連日変装しながらこっそり釣りに出かける西尾の挙動や,彼を「よそ者」扱いする地元民の対応を描いた前半は,抱腹絶倒のコメディだった。
 やがて,百香は大震災で夫と子供2人を亡くした寡婦で,漁師の義父と暮らしていることが判明する。次第にヒューマンドラマの様相を帯び始め,さらには西尾と百香のラブストーリーへと発展する。大震災ものはシリアスになりがちだが,震災後遺症よりも田舎の閉鎖性が強調されていた。観光映画,グルメ映画でもあり,登場する料理はどれも頗る美味しそうだ。地方の空き家の再利用を全国展開の新規ビジネスにというアイデアも盛り込まれている。そのバランス配分が絶妙で,さすがクドカンの脚本である。少し残念だったのは,主演の男女が恋愛映画のカップルに見えないことだ。劇中では女性が2歳年上だが,実年齢は井上真央が7歳年長である。
 その分,助演陣が充実していた。義父役の中村雅俊は別格で,好い味を出していた。隣家の老婆・茂子,料理人・ケンさん,役場の先輩等の味付けが絶品だった。原作にない茂子役が,後で白川和子だと知って驚いた。往年の日活ロマンポルノの女王が,こんな役をやるとは! いずれも好演だったが,劇中のケンさん(竹原ピストル)のセリフには同意できなかった。彼は「東北人は東京を見ながら暮らしてきた。東京で作ったTVを見て,音楽を聴いて…。東京は東北を見ようとしない。大震災の時だけでなく,たまに見に来てくれれば…」と語る。
 それは平均的東北人の僻みであり,勝手に感じている劣等感からの発言だと思う。実は東京人の大半は地方出身者かその家族である。自分のことで精一杯で,東北だけでなく,地方はどこも見ていない。関西は違う。対抗心はあるが,東京から来て欲しい,関心を持って欲しいとは思わない。独自の文化があり,ある部分では勝っていると思っている。観客動員No.1の阪神タイガースファンやノーベル賞受賞者輩出の京都大学関係者らがその典型だ。筆者はそう思うのだが,如何だろうか。

■『アンデッド/愛しき者の不在』(1月17日公開)
 一転して北欧製のホラーである。「Undead」とは「生ける屍」の意で,それだけで恐怖心を感じさせる。『ぼくのエリ 200歳の少女』(08) 『ボーダー 二つの世界』(19年9・10月号)の原作者であるスウェーデンの作家ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが2005年に発表した同名小説の映画化作品である。ただし,本作はノルウェー映画で,舞台となるのは首都のオスロだ。監督はこれが長編デビュー作となるテア・ビスタンダルで,『テルマ』(18年Web専用#5)『わたしは最悪』(22年Web専用#4)のヨアキム・トリアーに続く同国の新星監督だそうだ。何やら当欄で取り上げたサイコホラーや異色作の題名ばかりが出て来て,本作も同系列の映画だと想像できる。脚本は,女性監督と男性原作者の共同脚本である。
 時代設定は現在で,3組の家族が登場する。【家族A】は,母アナ,息子エリアス,祖父マーラーの3人家族だったが,エリアスが死亡して墓地に埋葬される。墓参した祖父が墓の中からの異音を聞き,生きていた孫を堀り出し,自宅に連れ帰る。【家族B】は,同性愛者の老婦人トーラがパートナーのエリーザベトの死を悲しんでいる。ある日,死んだはずのエリーザベト(やはり老婦人)が自宅の部屋に戻って来ていた。【家族C】は,反抗期の娘と素直な弟がいる平凡な夫妻の4人家族だったが,妻エヴァが交通事故に遭遇する。病院に運び込まれたが,心臓は停止し,医師から蘇生の見込みはないと宣告された。ところが,死体のはずが目を開け,心臓も動き出す。98分の映画で,ここまでが36分だった。
 3編独立したオムニバス形式ではなく,同時進行する各家族の状況が順次登場する。いずれも還って来た者はまさに「生ける屍」状態で,瞬きはするが,ほぼ無表情だ。言葉は発しないし,食事もしない。ただし,彼らはG・A・ロメロ流の「ゾンビ」ではないので,増殖はしない。各家族では,帰還者をめぐっての悲喜劇が展開する。【家族A】娘と孫を守り通そうとする祖父,【家族B】反応しない帰還者に苛立つ老婦人,【家族C】蘇った母に当惑しつつも,父と姉弟の間に生まれる家族愛,等々である。【家族A】アナ役は『わたしは最悪。』のレナーテ・レインスヴェ,【家族B】トーラ役は欧州最高齢の現役女優ベンテ・ボシュン,【家族C】夫ダヴィッド役は『ベルイマン島にて』(22年3・4月号)のアンデルシュ・ダニエルセン・リーと名優揃いだが,各話で無表情の「生ける屍」を演じる俳優の演技の方が気になった。
 テーマは異色だが,ゆったりとした展開で,落ち着いた色調の映像,神秘的な音楽が流れる。全体としては,家族とは何か,愛の所在を問いかける映画となっていた。

■『満ち足りた家族』(1月17日公開)
 ここからは韓国映画が2本だ。まずは平凡な題名で,どんな映画か想像できなかった本作だが,強烈な印象が残る映画であった。題名は忘れても,内容と結末をずっと覚えている映画の典型例だと言える。監督,主演の名前だけをざっと見て,それ以上の予備知識なしに素直に視聴したのだが,この紹介記事を書くに当たって映画の由来を調べたところ,少し印象が変わってしまった。以下では,それをそのまま吐露する。ネタバレは書かないので,未見の読者は最後まで読んでから本作を観るか,あるいは筆者と同様,予備知識なしに観てから本稿を読まれるかは,読者の判断にお任せする。
 兄弟とその妻子の2組の家族の物語で,2組の夫婦4人は定期的に食事会を開いて交流していた。兄ジェワン(ソル・ギョング)は弁護士で,道徳よりも物質的な利益を優先し,殺人犯の弁護も厭わない。若い美人妻と再婚し,10代の娘らと豪華マンションに住んでいる。一方,弟ジェギュ(チャン・ドンゴン)は小児科医で,どんな患者にも良心的に接する。年長の地味な妻,息子,痴呆気味の母と同居し,介護している。意図的に対照的な兄弟を描いているが,どちらが「満ち足りている」のかを意識して観ていた。物質的には兄だが,医師であり,信念に基づいて生きる弟も満ち足りていたに違いない。
 2台の車の危険運転トラブルで,バットで高級車を傷つけられた側が激高する男を意図的に撥ね飛ばして殺してしまう。その娘も車の下敷きになり重傷を負う。兄は撥ねた男を弁護して無罪にし,弟は病院に運び込まれた少女を献身的に治療とする。兄弟は皮肉な関係となり,食事会でも口論が絶えない。子供たちの受験問題を含め,韓国社会の実情を皮肉たっぷりに描いていた。
 物語はこの関係のまま進むのかと思いきや,弟の息子たちが起こした事件で,兄弟の立場が逆転する。途中何度も登場するシーンから,結末は予想できたが,やはり衝撃のラストだった。やっぱりそうなるのか…の思いで,ずっと記憶に残りそうな映画なのである。これで弟が「満ち足りた」ことになるのかは疑問だった。
 監督は,ベテラン監督のホ・ジノ。当欄では『四月の雪』(05年10月号)『危険な関係』(14年1月号)を取り上げたが,いずれも低評価しかしていない。長編デビュー作の『八月のクリスマス』(98)は,山崎まさよし主演の邦画リメイク作『8月のクリスマス』(05年9月号)を紹介している。兄ジェワン役のソル・ギョングは過去に6本も主演作を紹介しているが,最も印象に残ったのは『茲山魚譜 チャサンオボ』(21年11・12月号)の天才学者を演じた,ほのぼのとした演技である。弟ジェギュ役のチャン・ドンゴンは,典型的な韓流のイケメン男優で,こちらは過去4本を紹介している。真田広之やオダギリジョーとの共演作もあったが,出世作の1つ『ブラザーフッド』(04年6月号)でのウォンビンの兄の兵士役が最も印象に残っている。
 名匠,名優による作品だが,オリジナル脚本ではなく,原作はオランダ人作家のヘルマン・コッホが2009年に出版した「The Dinner」で,既にオランダ版,イタリア版,ハリウッド版と3回も映画化されていた。見比べる時間はなかったが,ハリウッド版『The Dinner』(17)はリチャード・ギア主演で,邦題は『冷たい晩餐』である。役柄も兄は辣腕の上院議員,弟は高校の元歴史教師で,兄弟格差が大きい。3作とも題名も内容も原作に忠実で,マイナーチェンジだけだったのを,韓国版リメイクでは英題を『A Normal Family』として,兄弟の関係も結末も変えている。リメイクは韓国映画の得意技だ。
 それをさらに邦題を『満ち足りた家族』にしたのは,誰が一番満足したのかを考えさせるという意図からなのだろう。Rotten TomatoesのTomatometerが,ハリウッド版が46%であるのに対して,韓国版は100%であった。最も満足したのは,米国の批評家たちであったということになる。両作をじっくり見比べていれば,韓国版のリメイク手腕をもっと高評価したかも知れないが,当欄の評価は予備知識なしの第一印象のままに留めた。

■『勇敢な市民』(1月17日公開)
 韓国映画が続く。こちらも余り魅力のない題名だが,英題が『Brave Citizen』であるから,上記のように拡大せず,直訳している。原作は,韓国製の人気WEB漫画である。公式サイトやプレス資料にはパンチの効いたコピー文句が並んでいるが,一言で言えば「元ボクシング王者の非正規教師 VS 極悪セレブ生徒!」の爽快映画だ。そしてメガホンは,「ロマンスからスリラーまで幅広い演出力のパク・ジンピョ監督!」とのことである。
 主人公のソ・シミン(シン・ヘソン)はムヨン高校に非正規教員として着任したが,大過なく務め,正規教員になるこを目指していた。ところが,この学園は恐るべき凶暴な男子生徒ハン・スガン(イ・ジュニョン)に支配されていた。有力者の親をもつセレブ生徒のため,教員も他の生徒も全く刃向かうことが出来ない。他教員からの忠告で,シミンも「不義理は見ないフリ,怒らないフリ,力は弱いフリ」で,静かに過ごして堪えていた。実は彼女は五輪候補の女子ボクシングチャンピオンだったが,ある事情から引退し,普通の小市民として生きることを選んだのだった。ちなみに,役名の「ソ・シミン」は「小市民」のことで,正に漫画的な命名である。
 小心でひ弱な生徒ジニョン(パク・ジョンウ)は常にスガンのいじめのターゲットだったが,その害が彼の祖母にまで及んでいると知ったシミンは,遂に正義の味方として立ち上がることを決意する。猫のマスクで顔を隠し,夜の公演でたむろするスガンを完膚なきまでに叩きのめす。何だ,それじゃバットマンの相棒「キャットウーマン」そのままじゃないか。と思ったのだが,少し違った。彼女は長身で男性の着衣で格闘したので,男だと思われていた。神出鬼没の猫男がスガン一味を懲らしめる様は,スーパーヒーロー映画そのものだ。法で裁けない悪に立ち向かう姿は「必殺仕事人」シリーズを彷彿とさせる。そして,スガンの挑戦状により,教頭も公認の学園祭のリングで雌雄を決することになる……。
 主役のシン・ヘソンは,韓国映画のヒロインとしてはさほど美人ではない。その方が戦う女性としてのリアリティがあり,時間経過とともに好感度が増してくる。スガン役のイ・ジュニオンは本来イケメン男優だが,目力があり,本作では最後の最後まで極悪の形相で通している。前半はコメディタッチで,後半が手に汗握る激戦になるのはお決まりパターンだ。筆者の願望としては,クライマックスは互角の戦いよりも,もっと圧倒的な力の差でねじ伏せる方が痛快で,楽しかったと思う。
 この猫男(猫女?)は是非シリーズ化して再登場させて欲しい。あるいは,『犯罪都市』シリーズにゲスト出演して,マ刑事とコンビを組むと最強(最凶?)だろう。『コンフィデンシャル/共助』シリーズで,ユ・ヘジン演じる醜男刑事とのタッグもアリかなと思う。

(1月後半の公開作品は,Part 2に掲載しています)

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