O plus E VFX映画時評 2024年1月号

『雪山の絆』

(Netflix)




オフィシャルサイト[日本語]
[1月4日よりNetflixにて独占配信中]

(C)2023 Netflix


2024年1月4日 Netflix映像配信を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


3度目の劇映画化だが, 人物描写とVFX利用が秀逸

 スペイン映画で,原題は『La sociedad de la nieve』,英題はその直訳の『Society of the Snow』だが,邦題は少し捻って『雪山の絆』となっている。この題だと,命綱で繋がった登山隊の映画かと思ったのだが,飛行機事故で雪山に墜落し,奇跡的に生き延びた乗客たちの物語だというので,すぐに分かった。1972年に起きた「ウルグアイ空軍機571便遭難事故」として知られる航空事故である。16名がアンデス山中で72日間も生存して救出されたという稀にみる遭難事故であった。同時に,飢えを凌ぐため,死者の人肉を食べたことで物議を醸し出したことでも有名である。
 生存者が多かったことから,多くの著書があり,TV番組も各国語で多数作られたが,長編映画としては,以下が知られている。
①『アンデスの聖餐』(75):ブラジル製のドキュメンタリー映画
②『アンデスの聖餐』(76):メキシコ&米国の合作の劇映画。日本では劇場未公開。評価は高くない。
③『Alive: 20 Years Later』(93):生存者たちの20年間を振り返った米国製のドキュメンタリー。日米とも劇場未公開。
④『生きてこそ』(93):上記と同時に製作されたハリウッド映画。イーサン・ホーク主演で,生存者数名も制作に関与した。
⑤『アライブ 生還者』(07):フランス製のドキュメンタリー映画。生存者全員と救出担当者のインタビューと生存者たちが墜落現場に戻る様子などを収録。

 ④は日本でもヒットしたが,当時映画館で観て,感動したことをはっきり覚えている。その半面,セリフがすべて英語であり,少し脚色・誇張されているなとも感じた。劇映画としては,本作が3度目,30年振りであるが,邦題からも分かるように,サバイバル生活中の人間関係の描写に重きを置いている。とはいえ,事故の模様,生存のための工夫や極限状況の機内生活の描写が疎かになっている訳ではない。

【遭難事故の概要】
 ウルグアイのラグビーチーム「オールド・クリスティアンス・クルブ」が,チリのサンティアゴでの国際試合に向かうため,空軍機をチャーターした飛行であった。実際には天候不良でアルゼンチンのメンドーサで一泊しているが,映画ではそれは省略され,ウルグアイのカラスコ国際空港から直接チリに向かっている。乗客は選手団とその家族の40人で,乗員5名との計45名であった。
 事故は,1972年10月13日に起きた。上空が悪天候のためアンデス山脈を切れ間からチリに入るつもりが,山に接触して両翼や尾翼付近が破壊され,胴体だけで雪斜面を滑落し,氷河地帯の平地で停止する。45名中,即死,当日中の死亡,行方不明の合計が17名で,28名が生き残った。72日間にも及ぶ極寒の機中での過酷な生活で,負傷者が徐々に死亡した。そのまま待っても救出の見込みがなかったので,2人が何日もかけて険しい山を越え,チリ側に降りて救助を求めた。最終的な救出生存者は16名となっていた。

【サバイバル生活の描写】
 ④はドキュメンタリー小説「生存者-アンデス山中の70日」を原作としていたので,実在の人物以外に創作された人物も登場していた。本作は,すべて実在人物の実名で俳優が演じている。最後の死亡者となったヌマ・トゥルカッティ(エンゾ・ボグリンシク)が物語を牽引する主役兼ナレーターであり,チリ側に降りて救助を求めたナンド・パラード(アグスティン・パルデッラ)とロベルト・カネッサ(マティアス・レカルト)が準主役である。大半はウルグアイ人俳優だが,スペイン人も起用しているようだ。ウルグアイの公用語はスペイン語であるので,言語的には何の問題もない。
 監督は,『インポッシブル』(13年6月号)『怪物はささやく』(17年6月号)のJ・A・バヨナ。14年ぶりに母国語での映画だそうだ。両作ともVFXを使っていたが,『ジュラシック・ワールド/炎の王国』(18年7・8月号)の監督にも起用されたので,後述するようにCG/VFXの利用価値も熟知している。  この遭難事故のサバイバル生活では,機内に残された様々な資材を利用して,雪眼炎を防ぐサングラス,柱用の断熱材を使った寝袋,雪崩による大量の雪を排除する雪掻き棒等々を制作する様子を丁寧に描いている。そのために,生存者たちには延べ100時間以上もインタビューしたそうだ。また,④では救出された生存者が普通人の体型であったことが不自然だと言われたので,本作では徐々に痩せて行くように見せたり,救出後は極端な痩せた身体や脚を見せている(トリック撮影か?)。
 ロケ撮影は,主にスペインのシェラネバダ山脈の山中で冬から春にかけて,ウルグアイの首都モンテビデオで冬に行われた。また,墜落地点付近の山の景観撮影をアルゼンチンとチリで,山越え後に助けを求めるシーンはチリで撮影したという。編集,VFX処理はスペインのマドリードで行った。高度3000mでの撮影,人工雪の利用等,かなり大掛かりな撮影で,約300名もの作業者を投入している。

【SFX/VFXとその見どころ】  大所帯での撮影に負けず,VFX処理にもかなり力を入れている。Netflixから「Behind the VFX」の映像が公開されているが,筆者の予想を上回る手の込んだテクニックを駆使していた。以下は,そのメイキング映像と監督のインタビュー記事を参考にした解説である。
 ■ まず,乱気流で機体が大きく揺れ,山に接触して破壊され,翼のない胴体が山中の雪原に着地するまでの一連のシーンが圧巻だった(写真1)。1993年版の④では,墜落機と同型のフェアチャイルドFH-227機を使用していたが,30年後の今回は勿論CG製である。実際の事故はまず右翼が山に接触して垂直尾翼とともに脱落し,その後別の場所での2度目の接触により左翼が失われたが,映画では一瞬で破壊されている。胴体だけの滑落は斜面の傾斜も考慮に入れた描写で,実際にはこうだったのだろうなと思わせる。


写真1 (上)飛行するウルグアイ空軍機571便はCG製
(中)右翼が山に触れて大破する, (下)両翼と尾翼を失った機体が雪原を滑降する

 ■ 揺れる機体内での乗客の混乱や機体破壊後のシーンも素晴らしい。そのために,実物大の胴体に座席と乗客を配置し,コンピュータ制御の揺動装置で激しく揺らして撮影している(写真2)。破壊されて機体後部に開口部ができた事実に合わせ,乗客を座らせたまま座席を外に飛び出させている撮影には驚いた。シートベルトはしているのだろうが,かなり危険な撮影である。一方,椅子ごと機内を滑るシーンは,手押しで移動させているメイキング映像に思わず笑ってしまった(写真3)。編集後の完成映像では殆ど一瞬で識別できないが,これだけの装置を導入して描いたリアリティに敬意を表したい。


写真2 (上)スタジオ内に設置した胴体の揺動装置, (中上)揺動パターンのシミュレーション
(中下)揺らせた状態で前方から撮影, (下)後方の開口部から座席をワイヤーで引っ張り出す

写真3 機内の惨事の模様は, 何と手押しで表現

 ■ スペインの雪山での撮影したシーンで,背景はアンデス山脈の映像に差し替えている((写真4)。我々はどんな山でも良さそうに思うが,ウルグアイやアルゼンチンの観客が見た時,アンデス山脈でないことがすぐ分かるのだろう。このために,実際の墜落地点や周囲の山々の映像を空撮している(写真5)。それだけでは済まず,現地の地形幾何データを使って3Dモデル化したCG空間を作り,視点移動に応じた背景映像を描いている(写真6)。一旦,現地テクスチャ画像つきのCG空間があれば何度でも,どの角度からでも対応できる。終盤のヘリでの救出シーンの背景にも使われている(写真7)。これくらい大規模な撮影なら,ヘリくらいは実機を飛ばさなかったのかと思うが,実際に飛ばしたところ,強風で思うようなシーンがとれなかったので,CG描写に切り替えたとのことだ。生存者がヘリに乗り込むシーンは,当然実機での撮影である。


写真4 機外に集まった生存者たちのシーン
(上)ロケ地に実物大の機体を配置, (下)背景はアンデスの実風景をVFX合成

写真5 実際の遭難現場の氷河を50年後に空撮

(a)雪のある山中のロケ地での実写映像
(b)遭難場所の地形データから崖下と対面の山を3Dモデル化
(c)(a)の手前側だけを残して(b)の映像を位置合わせ合成
(d) 左の岩を消し,空を入れた完成映像
写真6 地形データと現地映像を使った複雑な背景合成

写真7 (上)救出シーンの実写映像, (下)CG製のヘリだけでなく,背景はアンデス山脈に差し替え

 ■ 72日間にも及ぶ生存となると,天候も日照も変わるので,それをディジタル処理で変更できるツールも開発されている(写真8)。雪崩のシーンも勿論CG描写である。これほど手の込んだCG/VFXを要求したのは,ハリウッド仕込みのバヨナ監督の経験と見識ゆえであり,Netflixの資金力のサポートあってのことだ。となると,米国か英国の大手VFXスタジオを起用したのかと思ったら,すべてスペイン内で処理したようだ。エンドロールには,El Ranchito, Twin Pines, Lamppost VFX, Glassworks, Miopia FXの名前があった。便利なツールさえあれば,どの国でもCGアーティスト,VFXエンジニアが育っていることに感慨を覚えた。視覚処理だけでなく音響処理にも凝っている。機体の破壊や滑落に始まり,雪を踏みしめる音,雪崩が壊れた機体に侵入する音も,現地の雪質を考慮して再現しているというので,畏れ入った。


写真8 時刻と天候に応じて,山の姿も描き分けられるようにした

 ■ ディジタル処理に頼らない撮影にも,様々な工夫がなされている。破壊された胴体の実物大レプリカは3種類作り,山中や格納庫等で使い分けたという。1台は,生存者が機体外にいるシーン用で,高度3000mの雪山での撮影は空気も少し希薄で,寒かったことだろう(写真9)。格納庫内の1台は,上記の揺動装置等での利用で,高さ30mのスクリーンにアンデス山脈の映像を投影して撮影している。最後の1台は,雪崩で埋まった機体の撮影用で,穴を掘って機体を入れている(写真10)。自然の大雪や雪崩は期待できないし,人工雪で埋めるのにも,機体を予め地中に収めておく方が得策との判断だ。単に埋めるだけでなく,油圧装置で上下移動可能にしているという凝りようだ。過去の②や④に比べて,人間ドラマも視覚的リアリティでも圧倒的に優れていることは言うまでもない。


写真10 (上)穴を掘り,機体を上下移動できるように, (中)高さを微妙に調節しての撮影現場
(下)雪崩で埋まったシーンの撮影風景。人工雪とはいえ,これだけ配置するのは大仕事。
(C)2023 Netflix

()


Page Top