O plus E VFX映画時評 2025年4月号

『新幹線大爆破』

(Netflix)




オフィシャルサイト[日本語]
[4月23日よりNetflixにて独占配信中]

(C)Netflix 世界独占配信


2025年4月25日 Netflix映像配信を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


50年ぶりの再映画化は, 鉄道映画として見応え十分

 今月のメイン欄は予告とは大きく異なり,例外だらけだ。一旦論評欄に書いた記事を加筆し,格上げしただけでなく,当初予定のVFX多用作と入れ替えて紹介することにした
。  本作のこの題名を見ただけで,50年前の同名映画(75)の再映画化だとすぐ分かった。高倉健主演で,宇津井健,千葉真一,山本圭等の錚々たる競演陣を揃えたオールスター映画で,国内外で高い評価を得た(写真1)。当時映画館で観たのは勿論,その後のTV放映やDVDレンタル等で,何度も観ている。今なら,健さんが犯人役というのを意外に思われるだろうが,東映専属で仁侠映画に出続けている頃の作品である。国鉄職員役でなく,自ら希望して射殺される犯人役を演じ,新境地を開拓した。この翌年に独立して,『八甲田山』(77)『幸福の黄色いハンカチ』(同)『野生の証明』(78)『駅 STATION』(81)等の名作で,新しい魅力を見せてくれた。


写真1 1975年公開の前作のポスター。豪華キャストだ。

 本作はNetflix独占配信映画であるので,配信開始日を待っていたら,それより先にネット上で絶賛する記事や動画が出回っていた。どうやく特別上映イベントがあったらしい。ヨイショ記事であることを割り引いても,列車走行シーンは迫力がありそうだ。予告編には新幹線同士の衝突,脱線,爆発と思しきシーンもある。これは早速観なければと思ったのだが,唯一マイナス面があった。監督が『ローレライ』(05年3月号) 『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』(15年8月号)『シン・ゴジラ』(16)の樋口真嗣であったからだ。かつて特技監督としての腕は良かったが,監督としてヒューマンドラマの演出力は,全くお粗末であったからだ。まだしも評価できた『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』(08年6月号)並み出来映えであることを期待して,取りあえず観ることにした。
 新幹線車両に仕掛けられた爆弾が一定速度以下になると爆発するというアイディアだけが同じで,その他はすべて全く新しい脚本なので,これは「リメイク」でなく「リブート」だと報じられていた。実際には,その他も前作を踏襲しているシーンもいくつか散見された。その一方,後述の理由により,「リブート」でなく「続編」と呼ぶべき側面も併せ持っている。同じNetflixの月額契約で前作も観られるので,是非2本とも観ることを勧めたい。語るに足る再映画化であるので,以下では両作の違いを明示しながら,本作の見どころを紹介する。

【本作の概要】
 映画は,JR東日本の青森新幹線運転所を修学旅行の高校生たちが見学し,車掌の高市和也(草彅剛)がE5系新幹線車両や車内を紹介するシーンから始まる。先頭車両の先端部を開けて分割併合装置を見せる場面は,鉄ちゃんなら大喜びするはずだ。予告編の冒頭はこの圧縮版である。続いて,新青森駅15:17発東京行きの「はやぶさ60号」に高市が本務車掌として勤務に就く(写真2)。先ほどの修学旅行生たちも乗車し,他の乗客たちが席に着くまで計5分以上もあった。その間,これが最新型ですよと言わんばかりに,E5系車両をなめ回すような映像が続く。その後も発車までの間に,新幹線総合指令所や乗務員の安全確認の様子が続く。まるでJR東日本のPR映画である。本作の制作に全面協力とはいえ,余りに宣伝臭が強過ぎる。この分では,肝心なサスペンス部分が骨抜きになるのではと,先が思いやられた。


写真2 新青森駅で主役の高市車掌が勤務に就き, 物語が始まる

 この列車の便乗車掌は若い藤井慶次(細田佳央太),運転士は松本千花(のん)で,一般乗客としては,ママ活不倫疑惑で週刊誌ネタとなっている加賀美裕子代議士(尾野真千子)とその秘書・林広大(黒田大輔),起業家YouTuberの等々力満(要潤),墜落事故を起こしたヘリサービスの元社長・後藤正義(松尾諭)らが乗り合わせていた。修学旅行一向の中では,引率教員・市川さくら(大後寿々花)と女性生徒・小野寺柚月(豊嶋花)が目立つ存在であったので,以上の彼らが爆破事件の展開に深く関わるのだろうと想像がついた。
 出発後しばらくして,JR東日本本社に入った電話は,人工合成音で「はやぶさ60号に爆弾を仕掛けた。時速100km以下で爆発する」「イタズラでない証拠に同型爆弾を青い森鉄道線の貨物2074に同型爆弾を仕掛けた。時速5km以下で起爆する」と言い放った。まもなく青森東駅操車場で貨物列車が爆発する(写真3)。新幹線総合指令部は50年前の109号事案を真似た犯行だと判断し,東北・北海道新幹線は他の全列車の運行を中止した。はやぶさ60号(5060B)は260km/hから120km/hに減速して走行し,八戸駅は停車せずに通過するよう通達した。


写真3 犯人の宣言通り, 貨物列車が爆発する
(意図的かミスか, 実際の駅名はJR貨物・東青森駅)

 犯人からの要求は1000億円で,JRが支払うのではなく,全日本国民から1000円ずつ集金することを求めた。その後,爆弾の存在を知った乗客はパニックとなって乗務員に詰め寄る。一方,5060Bの走行は,前を行く上り列車の失速によって衝突の危険性が生じたため,反対の下り車線をを逆線運転したり,併走する補給列車から必要な工具を受け取ったり,後ろから追いついた救援列車に乗客340人を移動させる等々の極上の鉄道運行ドラマが展開する。最終的に9人が爆弾を抱えたままの5060Bの前方8両に取り残される(写真4)。彼らは無事救出されるのか……。


写真4 最終的にこの面々が取り残される

 前作との相違点や見どころは詳しく後述するが,結末や爆弾設置犯について語ることはできない。1人ずつ命を落とし,主人公を含むごく僅かだけが生き延びるというのがパニック/サスペンス映画の常道である。しかし,ここまで深くJR東日本が関わるからには,「1人の犠牲者も出さずに安全安心を守るのが私たち鉄道マンの職務です」となるのではと予感してしまったのだが……。

【原作との関連と相違点】
 前作の監督は「ミスター超大作」の異名をもつ佐藤純彌監督。膨大な製作費と豪華キャストのブロックバスター映画の達人ゆえ,この愛称で知られるが,その手腕を発揮した最初の映画がこの前作だと言われている。1975年というのは,ハリウッド製パニック映画ブームが頂点に達した年であった。このブームの歴史的意義と代表作は『ツイスターズ』(24年8月号)の中で述べたが,ブームの集大成とも言える大作『タワーリング・インフェルノ』(74)が,この年に国内公開されている。何年も仁侠映画路線を続けてきた東映が,イメージチェンジと新路線開拓を目指して選んだのがパニック映画であり,その題材に新幹線を選んだのは,この1975年は山陽新幹線が博多まで延伸された記念すべき年であったからとされている。
 ところが,完成が公開日直前までかかり,不慣れな分野での宣伝下手もあって,国内興行では高額の製作費を回収できなかった。その一方,海外,特に欧州では,娯楽大作として高い評価を受け,大ヒットしたという。その高評価を逆輸入する形で,国内でも名作扱いされるようになり,何度もTV放映やリバイバル上映されている。時速80km以下で爆発するというアイディアが秀逸で,キアヌ・リーブス主演の『スピード』(94)が『新幹線大爆破』を真似たことを公言している。
 国内での興行的不振のもう1つの理由は,安全性を最大のセールスポイントとする国鉄(当時)が,この題名を嫌い,全く撮影協力しなかった。その上,公開後も上映中止を求める妨害行為にまで及んだためと言われている。内容的には,爆弾は解除され,乗客は全員無事で,国鉄職員を賞賛する映画であったというのに……。
 パニック映画好きの筆者は,『タワーリング…』を公開週に日比谷で観て,その翌週に2度目を観た足で西銀座の丸の内東映に向かい,『新幹線大爆破』をハシゴしたことを今でも覚えている。邦画がこんなパニック大作を作れるのか,それもヤクザ映画の東映が…と感激した。S・マックィーン&P・ニューマンに対して,高倉健&宇津井健は全くひけを取らないと感じた。本作の樋口真嗣監督も当時同じように感激し,長年温めて来た再映画化をようやく実現したということだ。
 さて,本作が「リブート」かどうかだが,既に述べたように,劇中でJRも警察も,早々と1975年の「ひかり109号」の爆破予告事件の模倣犯であることを認めている。さらに,中盤では,前作の一部のシーンがTVニュースと形で流れる。即ち,ニュースを見た高齢者は50年前の大事件を思い出すという脚本なのである。(少しネタバレになるが)さらに,前作の3人組の犯人の1人の血縁者が本作に登場し,重要な役割を果たす。こうなると,本作は前作をリセットした「リブート」ではなく,前作を前提とした「続編」と言わざるを得ない。
 ところが,その一方で,速度が落ちると爆発するアイディア以外に,犯人がイタズラでない証拠として貨物列車を爆破すること,衝突回避のため当該列車が対向線路上を逆線運転すること,同速度で併走運転する列車から作業工具を受け取ること等はしっかり前作を踏襲している。こうなるとリブート的色彩も強いと言わざるを得ない。もっとも,本作の犯人も前作の犯人の手口を真似て貨車を爆破したと言えるし,JR側もかつての109号案件での対処法にならって逆線運転や併走車両の導入を実行に移したとも考えられる。即ち,続編と考えて矛盾はないが,『新幹線大爆破2』では安っぽく感じるので,現代に合うように作り直した印象を与える「リブート」を強調したのだろう。
 以下では,前作と本作での明確な相違点を列挙するので,若干のネタバレを含まざるを得ないことを承知されたい。
 ■ 爆破対象列車は,前作では東京駅発の東海道新幹線下り「ひかり109号」の0系電車であったが,本作では(既に述べたように)新青森発の東北新幹線上り「はやぶさ60号」のE5系電車である。前作での拒絶反応から東海道新幹線のJR東海を避け,新幹線は後発でも,在来線は東京を管轄するJR東日本の方が協力を得やすいと考えたのかも知れない。色彩的にもJR東海のN700系の「オイスターホワイト+ディープブルー」よりも,JR東日本のE5系の「常磐グリーン+はやてピンク+飛雲ホワイト」の方が鮮やかで,映画向きである。上り/下りに関しては,終着駅が東京の方が爆破の被害への恐怖心が高まる利点がある。
 ■ 次なる大きな相違点は,JR東日本を選択し,車両内外の撮影や,様々な情報提供を受けられるようになったことだ。臨時電車扱いのダイヤで上野-青森間で9往復して撮影したという。運転席から見た前方の映像が何度も出て来るが,これはその賜物だ。東北新幹線だから可能だった特別扱いで,過密ダイヤの東海道新幹線では有り得ない厚遇である。前作は一切の協力を断られたため,模型の列車に頼らざるを得なかった。まだCGはない時代である。ただし,模型と言っても,プラモレベルではなく,1両が約1m,12両編成で全長12mの精巧な模型を美術班が制作し,撮影所内でレールを敷いて坂道で走行させたという。蒸気機関車は古い車両を購入し,貨物列車は国鉄でない路線の協力を得ている。駅構内は盗み撮りをし,司令室は一般人や外国人を装って見学に行って情報収集したという涙ぐましい逸話が残っている。
 ■ ストーリーでの最大の違いは爆弾犯の扱いである。前作はかなり早い時点で3人組の犯人が明らかになり,高倉健,織田あきら,山本圭が演じていた。それぞれ零細工場の経営に失敗した社長,集団就職で東京に来た孤独な青年,過激派くずれである。警察による射殺,追跡されて交通事故死,ダイナマイトを抱えての飛び降り自殺で,全員落命した。彼らの経歴や置かれた環境が世相を反映していて,濃密な人間ドラマが描かれていた。今回改めて見直したが,この犯人にまつわるドラマの比重が大きく,新幹線の走行シーンは本作の方が圧倒的に多い。
 ■ 一方,本作の犯人は中盤まで明らかにならない。単独犯か複数犯かも分からない。意外な人物であったが,犯人探しのミステリー要素はなかった。前作とは全く違う人物設定にしたかったのは分かるが,この人物造形が甘く,犯行動機にリアリティを感じない。前作とは逆で,死亡願望のこの犯人が自殺すれば事件は一挙解決なのにと感じてしまう。観客にそう感じさせては,サスペンス映画にならない。要するに,肝心なところで脚本が拙劣なのである。この主のパニック映画は,事件/事故に巻き込まれた登場人物たちの人間ドラマが事件解決方法と同じくらい重要である。『ポセイドン・アドベンチャー』(72)も『エアポート』シリーズも人間ドラマが優れていたし,上記『タワーリング…』に至っては,「グランドホテル形式」の多彩な人間模様が描かれていた。前作は,この方程式通りの描き方であったが,本作は多数の乗客,JR職員,警察関係者を登場させておきながら,人間ドラマが希薄であった。
 ■ 人間ドラマの比重を減らしたのは,樋口監督の演出下手を想定し,終盤の列車アクションのクライマックスに熱中させる脚本にした可能性が高い。もう何作も監督経験があるのに,この監督の演出下手は予想通りだった。爆破予告後,新幹線関係者,警察関係者,政府代表の登場させ方,乗客のパニックの描き方がお粗末だった。前者は大半の人物はセリフの棒読み,後者はがなり立てる人物のオンパレードで,当欄が酷評した『シン・ゴジラ』とそっくりだった。『シン・ゴジラ』ファンなら本作も平気だろうが,山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』(23年11月号)の支持者は,この映画に物足りなさを感じると思われる。
 ■ キャスティングに関しても触れておこう。主演の草彅剛が演じる車掌は,前作ではほぼ出番がなかった役柄だ。心優しく冷静な鉄道マンの主人公は,協力を厭わなかったJR東日本を安心させただろう。本作が彼の代表作となることは間違いない。前作の熱血漢運転士役の千葉真一と本作の「のん」では全くイメージが異なるが,50年も経ったのだから,女性に新幹線運転士の道が拓けていて不思議はない。凛として責任感が強い半面,本務車掌の高市とのやり取りが微笑ましい。このコンビネーションが奏功している(写真5)。シリアスドラマでの好演が光る尾野真千子にママ活の代議士役は可哀想と思ったが,混乱の車内でダメ男たちを叱り飛ばす女丈夫ぶりは痛快で,こういう役も似合うなと感じた。概要で触れなかった重要な役は,新幹線総合指令所総括指令長・笠置雄一で,斎藤工が演じていた。前作で準主役の宇津井健が演じた倉持司令長ほどの風格はなかったが,若々しく,清潔感もあり,いつもの小汚い風貌との落差から,しばし誰だか分からなかった。調べてみると,出演時の2人の年齢は全く同じであり,昔の俳優が老けて見えることを実感した。この4人の演技は見事で,監督の演出力がプアでも,俳優自身の実力で対処できることを証明している。一方,YouTuberの等々力と総理補佐官・佐々木(田村健太郎)は,全く軽薄で嫌な奴だった。これも役柄だから仕方ないと言えるが,「監督さん,もう少しまともな人間に描けませんか」と言いたくなってしまった。


写真5 高市車掌と松本運転士。この2人やりとりが微笑ましい。

【鉄道映画としての見どころとそのメイキング】
 ■ 列車内で起きるドラマは,本物と同じ座席さえ確保できていれば,スタジオ内撮影でも可能だが,かなりのシーンを実際の走行車両中で撮ったようだ。列車の揺れによる感覚,車窓から見える光景等で,演技にも迫真感が出るのだろう。ブラッド・ピット主演の『ブレット・トレイン』(22年Web専用#5)は,伊坂幸太郎の原作は東北新幹線,映画は東海道新幹線だが,その車両内の座席や壁の色はいずれでもない摩訶不思議なデザインだった。本作にはそんな抜かりはない。駅は勿論本物で,前作のように盗み撮りをする必要はなかった(写真6)。一方,新幹線総合司令所(幹総)で本番撮影する訳には行かないので,それらしく見えるセットをスタジオ内に組んでいる。その中心となるCIC(情報制御監視システム)の表示板は,前作では左右を逆転させて登場させていた。現在の幹総では,全線を表示する大きな表示板は使っていないというので,イメージを継承するため,かつてあったものをセット内に再現したという(写真7)。緊急の走行計画の説明に,プラレール車両を使っているのには笑ってしまった(写真8)。本当に司令所でこの種のオモチャを使っているのだろうか? 劇中で,一般には「ポイント」と呼ぶ「分岐器」を,幹総内では鉄道用語の「転轍器」と言っているのが少し嬉しかった。


写真6 実際の駅でのリハーサル&撮影風景(上でマスクをしているのが樋口監督)

写真7 かつて使われていた大型CIC表示板を再現

写真8 プラレール車両を使っての衝突回避計画の説明

 ■ 爆弾設置された新幹線の走行シーンに触れておこう。前作の場合,国鉄の協力が得られなかったため模型に頼ったことは既に書いたが,どう見ても本物の走行にしか見えないシーンもいくつかあった(写真9)。鉄橋を渡るシーンは,題名を偽って許可を得て撮影したという。公道から撮影した光景には肖像権はないので,本当は自由に撮影すれば良かったのである。本作の場合はそんな遠慮は不要で。E5系新幹線の走行シーンのリアリティが高かった(写真10)。必ずしも,9往復の臨時ダイヤ走行そのものを線路脇や高台から撮影する必要はなく,同系の列車であれば,いつでも撮影できる。以下に述べる特殊な走行シーン以外は,当然,そういう撮影の産物だと思ったのだが,何度も観る内に自信がなくなった。かなりの割合でCG描画であり,ごく一部はミニチュア撮影かも知れない。以下,映画の順を追って,見どころを詳しく紹介する。


写真9 前作の0系新幹線走行シーン。公道からの撮影は自由なはずだが。

写真10 初見では本物の走行に見えたが, CG合成かも知れない

 ■ まず,前半最大の見どころからだ。120km/hに減速した「はやぶさ60号」(5060B)の進路を確保したはずが,不慮の出来事(バードストライク?)で3032Bが盛岡駅の先の上り本線上に停止していた。このままでは衝突するが,減速して停止すると爆弾が作動するので,対向する下り線に入れて逆線走行をしようとした。ところが,下り線路上には3027B列車が迫っていた(写真11)。そこで,3027Bを盛岡駅停車させずに加速させ,5060Bは105km/hまで減速させ,1秒を争う神業的ポイント切り替えで,5060Bを下り線に入れようとするが,5060Bの先端が3027Bの最後尾に接触し,1号車の左前部が破損してしまった(写真12)。キービジュアルとして使われているこの衝突シーンは,実写であるはずはなく,勿論CGによる描写である。ここで注意したいのは,列車の色だ。3027Bは「はやぶさ・こまち27号」であり,前7両は盛岡駅から分離して秋田に向かうE6系「こまち27号」,後10両は新青森行きのE5系「はやぶさ27号」の連結運転車である(写真13)。このE6系こまち号は鮮やかな「茜色」である。心憎いことに,絵になる車両を登場させている。また,全17両という長さだったため,最後尾車両にぶつかってしまったとも言える。なかなか上手い状況設定である。


写真11 対向する下りの本線上には, こまち27号が迫っていた

写真12 神業的なポイント切り替えも, はやぶさ27号最後尾と接触してしまった

写真13 東京駅発のはやぶさ・こまち連結車両とその連結部
(先月,連結部が外れる事件があったが, 既に連結運転は再開している)

 ■ この接触事故の後,停車中の3032Bの横を通り過ぎた5060Bは上り線に戻るが,その後もずっと1号車前部を破損したままで走り続けることになる。映像としては,しっかりこの破損が描かれていた(写真14)。先頭車両の前部を一時的に差し替えることは,物理的には不可能ではない。言わば,車両のフェイスの特殊メイクである。ただし,いかに特別協力の臨時ダイヤとはいえ,そんな車両を営業時間中に本線上を走らせることをJR東日本が許可したとは思えない。となると,VFX処理で破損を描き加えたか,5060B全体をCGで描画したかが考えられる。写真14のような先頭から数台の場合は,ミニチュア模型撮影+背景との合成もあり得る。最初は盛岡駅をノンストップで通過する写真15は,実際に走行しているように見えたのだが,何も停車していない下りのホームにCG製の5060Bを描き加えたのかも知れない。白石蔵王駅通過も同様である。これがフェイク映像であるなら,他の走行シーンもほぼCG車両かミニチュア車両ということになる。


写真14 1号車前部を破損したまま走る5060B

写真15 盛岡駅を通過する5060B。本物の走行に見えたが, CG合成かも知れない。

 ■ 次なる大きな見どころは,映画中盤に多数の乗客の救出する一連のシーケンスである。5060B後部の9&10号車を切り離し,そこに前部のない救援車両を密着させ,1人ずつ安全な車両に移動させるという計画である。120kmで走行中に速度を落とさず切り離しを行うには,特殊な工具が必要であったため,下り線に併走車9012Bを走らせ,ガイド付きのガイドロープを使って5060B後部の乗務員室のドアからドアに搬入する。前作で併走車からガスボンベを送り込んだと同じ手口である。この併走車の灰色のボディを見て驚いた。何と,近未来の高速走行を目指して開発されたE956型新幹線高速試験電車(通称:ALFA-X)であった(写真16)。この車体が登場するだけで,鉄ちゃんが泣いて喜ぶ選択である。残念ながら,下り線にこの併走車両を実際に逆線走行させる訳には行かないから,ミニチュアもしくはCG/VFXによる描画である。


写真16 併走車として次世代車両ALFA-Xが使われた。
(上)(中)はCGだろうが, (下)は別撮りした実物車両の合成か?

 ■ 9&10号車の切り離し作業は,難作業として描かれていた。新幹線は連結が解除されると自動的に非常ブレーキが作動する仕組みであり,走行中にそれを無効にする回路切断作業が必要だったためである。無事作業を終えて9&10号車は切り離されるが,10号車に爆弾が設置されていたため,本線上で爆発する(写真17)。そして救出号9014Bが車両基地を発車し(写真18),上り線に進入して130km/hで5060Bを追送する。追いついた後は,渡し板,手すりロープを使っての乗客移動となるが,鉄道映画としては見応えのあるシーンであった(写真19)。当然,スタジオ内撮影であるが,恰も走行中と感じさせる演出である。樋口監督は,この種の特撮演出は上手い。そして,340名の救出号への移動後,救出号の非常ブレーキが作動したため,連結を切り離すと,9014Bは5060Bに追突した(写真20)。この破損と構造上の制約から,2度目の救出移動は不可能になり,乗員3名,乗客6名が,5060Bの8両に取り残された。


写真17 切り離された9&10号車が減速し, 10号車の爆弾が爆発する

写真18 救助号が車両基地から出発する。本線に入るまでは本物に見えたが,ミニチュアかも。

写真19 渡し板で連結する。勿論, スタジオ内撮影。

写真20 救出号が5060Bに追突

 ■ 5060Bは1, 4, 6号車に爆弾を抱えていたので,このまま東京駅まで走行すると,東京駅周辺が大被害を受けることになる。その回避策として,驚くべきアイディアが提示される。東北新幹線の線路と5mしか離れていない東海道新幹線の線路間に連絡線を設け,東海道・山陽・九州新幹線へ直行させると,鹿児島中央駅まで時間を稼げるという算段だ。元々繋がっていなかったのかと思ったが,鉄道ファンならずともワクワクするアイディアである。早速,その工事が始まったが(写真21),結局は政治的判断で認可が下りず,工事は中止となる。肩透かしを喰らった感じで,それなら脚本に入れるなよと言いたくなった。鉄道オタクの樋口監督としては,せめてアイディアだけでも残したかったのだろう。


写真21 東北新幹線と東海道新幹線を繋ぐ工事が始まる

 ■ かくして,残る課題は残る9名の救出と爆発炎上の被害をいかに最小に食い止めるかだ。前作での新幹線爆発は犯人の想像シーンだけで,本物の爆発は回避された。本作は予告編で爆発炎上シーンを見せている以上,今回は「あれは想像上の産物でした」とは言わないだろう。まさにこれが終盤の見どころ,クライマックスであるので詳しい解説は避けておく。笠置総括指令長から模型を使った計画の説明があるので(写真22),それを頼りに写真23に至る過程は観てのお愉しみとしておこう。勿論,CG/VFXの産物である。本作には,Spade&Co., 白組,ModelingCafe, Virtual Effects Studio, CGS Lab, JustCause Producion, alpalize, Solo VFX, Sultamedia FX, Omnibus Japan等の多数社が参加している。いずれも少人数であり,合計数でもハリウッド大作に比べると1桁少ない陣容だ。いかにもCGだと分かるシーンも随所にあり,出来不出来の差は小さくなかったが,全体としては十分合格点である。


写真22 模型を使った最終対策の説明。写真8よりは本格的な模型(Nゲージ)。

写真23 (上)ポイント切り替えで本線から離れ, 保守基地への分岐線に
(中)先頭6両は分岐線内で爆発, (下)7号車は本線上で大破。8号車は?

 ■ 筆者は鉄ちゃんではないが,あらゆる面で鉄道ファンの目を意識した正確な描写だと感じられた。新青森15:17発の「はやぶさ60号」というのは仮名ではなく,現行ダイヤでの実名である(ただし,日曜・祝日の運行のようだ)。これは映画では珍しいが,前作の「ひかり109号」も実在の列車名であったから,それを踏襲している。おそらく列車番号5060Bも実名なのだろう。この5060Bが260km/hから120km/hに減速して走行した場合の盛岡駅到着の時刻は,「はさぶさ・こまち27号」の盛岡駅着の時刻にほぼ符合している。となると,5060Bの仙台,白石蔵王通過時刻もほぼ正しく設定されていると考えられる。実走行中の車両で撮影したシーンでの車窓からの外部景観には少し嘘があると樋口監督は語っているが,CGで描く5060Bの駅通過時刻は,途中での出来事や減速も考慮した上で,きちんと守られているようだ。こうした配慮は鉄道ファンへのサービスとも言える。人間ドラマはお粗末でも,鉄道映画としては楽しく,鉄道ファン必見の一作であると評価しておきたい。


【付記:特撮メイキング映像の公開】
 その後,特撮シーンのメイキング映像が公開された。本文中で予想していたように,やはりCGだけでなく,ミニチュア模型が使われていた。樋口監督のお得意分野である。その一部を紹介しておこう。「はやぶさ60号」の線路上走行シーンには1/6模型を利用し,脱線大破するシーンにはもっと小型の模型を利用している(写真24)。8号車を停車させる緩衝材のシーンもミニチュア利用であった(写真25)


写真24 (上)1/6模型を用いた撮影シーン, (中)線路を点検する樋口監督
(下)脱線し, 傾く車両は,スタジオ内でもっと小さな模型を撮影

写真25 (上)人力で作業員が線路上にクッションドラムを設置するシーン
(中)ミニチュア撮影の準備, (下)これに突入して, 無事停車する
(c)Netflix 世界独占配信

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