O plus E VFX映画時評 2025年4月号

『終わりの鳥』

(A24/ハッピネットファントムスタジオ配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[4月4日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中]

(C)2024 Disney Enterprises, Inc.


2025年3月9日&4月3日 オンライン試写を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(当初,論評Part 1に掲載したが,CG製の鳥を見せたいため,加筆して画像入りのメイン欄に格上げした)


登場する鳥は1種類だが, この映画はこの鳥に尽きる

 ずばり言って,奇妙な映画,かなりの異色作である。シーンによっては鳥がかなり不気味だが,ホラー映画ではない。原題は『Tuesday』だが,火曜日に何かが起こる訳ではない。主人公の少女の名前である。生まれたのが火曜日だったのかも知れないし,何かの神話に因んだ名前なのかと思われる。邦題の「終わりの鳥」は,死期が近い人の前に姿を見せ,その旨を宣告し,絶命するのを見届ける鳥である。その名も「デス(Death)」だから,まさに「死神」だ。物語は余命宣告を受けた少女と,娘の死を受け容れられないシングルマザーの苦悩を描いている。死生観に関する哲学的,宗教的な考察がある一方,母子の心の触れ合いを描いたヒューマンドラマとも言える内容だ。死神は登場するが,オカルト色は強くない。
 監督・脚本は,クロアチア出身のダイナ・O・プスィッチ。クロアチア出身で,現在はロンドンを拠点とする女性脚本家である。何本か意欲的な短編を製作して,受賞経験もあるが,長編映画はこれがデビュー作である。過去には,100歳の母と75歳の娘の家庭にコウモリが棲みつく短編を撮っているので,本作はその延長線上にあるようだ。

【本作の概要とキャスティング】
 映画の冒頭で,死に行く人々の終末期の様子が次々と登場する。後で,死神の鳥がこの死を見届けていたのだと分かる。画面は一転して,15歳の少女チューズデー(ローラ・ペティクルー)と母ゾラ(ジュリア・ルイス=ドレイファス)の家庭のシーンに移る。母子で戯れて平和に見えたが,末期ガンのチューズデーは既に車椅子生活であり,自らの死期が近いことを悟っていた。看護師のビリー(リア・ハーヴィ)がやって来ると,母ゾラはさっさと外出し,日がな公園で本を読んでいる。「娘のいない世界を,どう生きれば良いかわからない」という彼女は,次第に衰えて行く娘の姿を正視することができず,意図的に避けていたのだ。チューズデーには,自分の死を認めようとしない母の将来が不安であり,母子の関係も険悪になりつつあった。
 まもなくチューズデーの前にデス(声:アリンゼ・ケニ)が現われ,命の終わりを告げる(写真1)。言葉を話せる鳥であった。チューズデーは,咄嗟に「母が不在なので,死ぬ前に一目会っておきたい」と言い訳し,命の猶予時間を得る。その間に小汚いデスを入浴させると,それまで卑しい存在としか扱われなかったデスは感激し,チューズデーと心を通わせるようになる。チューズデーはジョークで笑わせたり,一緒に歌って踊って,更に死期を遅らせることに成功する。死神なのにデスは剽軽で,コメディタッチの映画でもあった。身体も自在に拡大縮小でき,耳の中に入って語りかけることもできた。


写真1 最初舞い降りてきた時はこの大きさ

 やがて家に戻って来た母ゾラがデスの姿を見て驚愕する(写真2)。チューズデーにしか見えないのかと思ったら,母にも見えるのであった。死神であることを知ったゾラは,デスを排除して娘をいつまでも生き続けられるようにしようとするが,うまく行かず,デスが小さくなった隙に火をつけて焦がし,飲み込んでしまう。デスの姿が見えなくなったことで,今度はチューズデーが情緒不安定になるが,母が飲み込んだことを知り,激しく彼女を責める。


写真2 帰宅した母がデスの姿を見て驚く

 中盤以降は,母親ゾラ中心の展開となる。デスの不在により,安らかな死を迎えることができなくなった人々のため,ゾラはデスの代理を務めるべく,チューズデーを伴って旅に出かける。ようやく,娘の死を覚悟した彼女が取った行動は……。
 冒頭の死に行く人々,ゾラが旅の途中で出会う人以外は,看護師ビリーの登場場面もごく僅かであった。よって,主たる会話は,チューズデー,ゾラ,デスだけである。舞台劇であれば,鳥の着ぐるみを来た俳優を入れての3人芝居で済むようなドラマである。
 最初にクレジットされていたのは母親ゾラ役のJ・L・ドレイファスで,NYマンハッタン生まれのベテラン女優である。当欄で取り上げた映画の脇役,CGアニメの出演も多数あるが,TV畑での活躍が主である。米国の国民的コメディ番組『となりのサインフェルド』や『Veep ヴィープ』シリーズで人気を博し,エミー賞最多受賞の記録を保持している。コメディアンの印象が強いので,このゾラ役は珍しいようだ。
 チューズデー役のL・ペティクルーは,『恋人アンバー』(20)で主人公のアンバーを演じた英国の若手女優である。北アイルランド・ベルファスト生まれで,王立音楽演劇学院を卒業し,舞台劇でも活躍しただけあって,演技力は確かなようだ。既に29歳で,出演時には27歳前後と思われるが,ショートカットで眼鏡をかけて登場し,十分少女に見える。末期ガン患者であるので,キャップ姿でもおかしくなかったが,それだと生々し過ぎて避けたのだろう。
 デスの声を演じたA・ケニは,ナイジェリア生まれ,ロンドンで育った英国の中堅男優である。彼も舞台劇やミュージカル出演の経験が長く,豊富な受賞歴がある。彼の映画出演歴に当欄で紹介した作品はなく,今回が初めてだ。

【死神デスの鳥としての種別と描き方】
 本作に登場する鳥はオウム(parrot)かと思ったが,「コウゴウインコ(金剛鸚哥, macaw)」とのことだった。オウム,ヨウム,インコは,生物学的にはほぼ同じ科目に属しているが,色や大きさで様々な種類があるようだ。ネットで調べると,オウム科ヨウム目のコウゴウインコだけでも20種類以上もある。オウムには白,ヨウムには灰色が多いが,コウゴウインコは「青・黄・白」「赤・黄・青」「緑・赤・青」のような原色の組合せのカラフルな鳥ばかりだ(写真3)。名前も「ルリコンゴウインコ」「ウミアオコンゴウインコ」「アカズキコンゴウインコ」等々,色にちなんだ命名が多い。


アオキコンゴウインコ
アカコンゴウインコ
写真3 カラフルなコンゴウインコ
ベニコンゴウインコ

 ところが,本作のデスは,ポスターでは赤一色の頭部が描かれているが,本編では身体全体が地味な茶褐色である。羽の内側は少し赤く,強い逆光の中で全体がうっすら赤味がかって見える程度である(写真4)。孔雀や鴨のようにオスは美しく,メスがこの色なのかと思ったが,デスの声は少し嗄れた中年男声であった。カラフルな鳥では死神らしくないので,意図的に地味で面白みのない色にしたのかも知れない。


写真4 逆光の中では少し赤味がかって見える

 勿論,本物の鳥に演技はさせられないので,最初はパペット操作中心で,一部だけCGかと思ったのだが,どう見てもほぼすべてCG描写としか思えなくなった。質感豊かに描いていたが,最近のCG製の動物としては,平均的なクオリティだった(写真5)。それで,デス1種類ではメイン欄で取り上げるほどではないと判断し,論評欄扱いにしたのだが,変幻自在の拡大縮小,入浴シーンや音楽に合わせて踊るシーンは,CGの長所を生かした演出であった。オウム科の鳥が言葉を話すのは何の不思議もないが,こんな登場のさせ方の映画は初めてである。是非ともその姿を掲載したくなったので,少し遅れてでもメイン欄に格上げすることにしたのである。


写真5 体毛や嘴の質感もしっかり描かれている

【CG製の鳥の描き方と見どころ】
 ■ 監督もまずはパペット操作を考えたようだが,しばし検討して,CG導入を決断し,最終的に映画に登場するデスはすべてCG描画である。それでも,俳優にデスの存在を意識した演技を求めるため,体長数十cmの場合は,人形を置き,その背後でA・ケニがセリフを語っている(写真6)。人間大の場合は,ケニ自身が鳥になったつもりで動作し,演技をしている(写真7)。縮小して,姿が画面内で殆ど見えないシーンでは,ケニは別室でモニターを見ながらセリフを発し,相手をする俳優側に中継し,俳優はCGを表示した小型モニターに向かって演技したという。


写真6 人形の後にいるのが, デス役のアリンゼ・ケニ

写真7 バスルームでは, 自らデスのつもりで演技した

 ■ 小さくなって,手で掴める大きさや目の傍に停まるシーンは,まさにCGならでは描写である(写真8)。一方,人間並みの大きさ(写真9)や,さらに大きくなった場合(写真10)は,かなり不気味に感じる。俳優はダミー物体に向かって演技するだけが,観客にはリアル過ぎて,映像だけで恐ろしく感じてしまう。おそらく,数十cm以下の場合は,実在するオウムやインコだと見做せる。ところが,室内のように比較物体があって,人間並み以上と分かる場合に,本当にこの大きさの鳥が自分に迫って来た時のことを想像して,恐怖感を覚えるのだと考えられる。その証拠に,写真11のような飛翔シーンでは全く恐怖感はない。それが徐々にアップになると,やはり気味悪く感じる(写真12)。これは,そこまで見える至近距離に近づいた場合を想像してしまうか,この鳥のルックス自体が醜悪なためか,おそらくその両方なのだろう。個人差はあるだろうが,視覚心理学の格好の研究対象だと思われる。


写真8 どんどん小さくなって, この大きさに

写真9 この大きさになると, 観ている側は少し不気味の感じる

写真10 人間よりも大きな鳥に迫られると, 普通は恐ろしく感じる

写真11 この構図だと大きさが実感できないので, 怖くない

写真12 どんどんアップになると少し不気味。(下)目にはデスが見ている地球が描かれている。

 ■ ところが,デスの存在に慣れた頃に,ラップミュージックに合わせてダンスするシーンを見せられると,全く別の印象を受ける(写真13)。スチル画像ではそこまでは感じないが,動画で観ると,これが剽軽で,愛らしく感じてしまうのである。デスが電子タバコと思しき液体を吸って,煙を吐くシーンには笑ってしまった(写真14)。CGで描くと決めたゆえに思いついた演出なのだろうが,チューズデーにとって恐ろしい死神でなく,心が通じる楽しい仲間になったこと観客に分からせている。この映画の中で,最も楽しいシーンであった。


写真13 一緒に歌って踊る姿は剽軽で, 愛らしくなる

写真14 愛煙家らしく, 電子タバコを吸って煙を吐く

 ■ デスを飲み込んでしまったことから,母ゾラの身体も拡大縮小できるようになる(写真15)。詳しい説明はなかったが,体内のデスが操作していたのかも知れない。巨大化したゾラは滑稽に描かれていたが,笑いを誘うか,恐ろしく感じるかは,紙一重だろう。チューズデーを背負ってゾラが森を歩くシーンは,初見では不思議で,意味が分からなかった(写真16)。まるでチューズデーが縮小してしまったように見えたのである。勿論,VFX合成シーンであり,母ゾラが拡大したままだったのだが,森では比較対象が樹木や遠景の山しかなく,分かりにくい。この辺りは見せ方にもう一工夫欲しかったところだ。


写真15 巨大化した母ゾラ。看護師もびっくり。

写真16 背中のチューズーが縮小したように見えてしまう。VFX合成もやや不自然。
(C)DEATH ON A TUESDAYLLC/THE BRITISH FILM INSTITUTE/BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2024

 ■ 最近のCGとしては極く平均的な出来映えと書いたが,これが20年前であれば画期的な利用法であった。低予算のインディーズ映画,しかも監督デビュー作でこれだけのCGが導入できるということは,それだけCG/VFXの費用効果比が向上し,映画で容易に使える道具が増えたということである。それを記録しておく意味も込めて,メイン欄で紹介した次第である。


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