O plus E VFX映画時評 2025年3月号

『ウィキッド ふたりの魔女』

(ユニバーサル映画/東宝東和配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[3月7日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]

(C)Universal Studios


2025年1月21日 TOHOシネマズ梅田[完成披露試写会(大阪)]
2025年2月12日 東宝試写室(大阪)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


名作ミュージカルを, 映画らしい壮大なビジュアルで

 素晴らしいミュージカル映画だ。個人的には,今年のアカデミー賞の本命にしたかったのだが,きっと映画賞狙いの小難しい,気取った映画にさらわれるのではと想像していた。前哨戦のGG賞では4部門にノミネートされたが,「興行成績賞」だけに終わってしまった。アカデミー賞では2番目に多い10部門ノミネートであったので,作品賞は無理でも,主演女優賞,助演女優賞受賞を期待したのだが,結果は「美術賞」「衣装デザイン賞」の2部門でオスカーを獲得した。
 大阪・梅田では,この映画よりも劇団四季公演の「ウィキッド」のポスターの方が目立つ。まさにその舞台ミュージカルの映画化作品であるので,相乗効果で違いを探しながら両方観るファンも少なくないと思われる。元は2003年初演の同名ブロードウェイミュージカルで,20年以上のロングラン,世界16ヶ国で上演され,最も成功した舞台ミュージカルの1つとされている。その第1幕と第2幕に対応する形で,映画も2部作として同時製作され,本作はその前編である。劇中で歌われる歌曲はすべて舞台版と同じである。ただし,舞台での前半1時間半が,映画では2時間41分の長尺となっている。
 さらに元を辿れば,1900年に出版された名作児童文学「オズの魔法使い」が原典であり,その前日譚として1995年にグレゴリー・マグワイアが刊行した外伝小説「ウィキッド 誰も知らない,もう一つのオズの物語」を舞台劇化したものである。原作小説は派生作品が多く,何度も映画・TVドラマ化されているが,ジュディ・ガーランド主演の『オズの魔法使』(39)が特に有名だ。前日譚の映画としては,当欄ではディズニー映画『オズ はじまりの戦い』(13年3月号)を紹介した。その中で「原作」『魔法使』と表記してその派生作品にも言及したので,ここでは繰り返さない。本稿の以下では,「原作」『魔法使』「舞台版」『はじまり』と記して,細部の違いに言及する。『はじまり』もCG/VFX多用作であったが,本稿ではオスカーを得た「美術賞」「衣装デザイン賞」の観点から,多数の画像を使って,ビジュアル面の充実ぶりを解説することにした。

【原作,過去作との関係】
「原作」(The Wonderful Wizard of Oz)では,カンザスに住む少女ドロシーが愛犬トトと竜巻に書き込まれ,オズ王国の「マンチキン国」まで飛ばされる。元の家に戻るため王国の都「エメラルドシティ」(以下,ECと略す)に住む魔法使い(Wizard)の力を借りに行くという物語である。その道中には,カカシ,ブリキ男,臆病なライオンが同行する。魔女(Witch)は北と南の「善い魔女」,東と西の「悪い魔女」が登場するが,個々の名前はない。「東の悪い魔女」は空から落ちてきたドロシーの家に潰されて圧死し,「西の悪い魔女」はドロシーにバケツの水をかけられて死ぬ。魔法使いマーヴェルは同じカンザスから熱気球でオズに来た男で,実は魔法が全く使えない詐欺師だった。ドロシーたちの帰宅方法は「南の善い魔女」のグリンダに教わる。「銀の靴」のかかとを3回合わせて呪文を唱えると,空中に浮かび,カンザスの家に帰り着いた。
『魔法使』(The Wizard of Oz)は,基本骨格は原作と同じだが,ドロシーにEC行きを勧めるのも,靴を使う助言をするのも「北の善い魔女」グリンダとなっていた。悪い魔女姉妹の妹「西の悪い魔女」には「ミス・ガルチ」という名前がある。かかとを3回合わせるのは同じだが,靴は銀でなく「ルビーの靴」に変更されていた。ドロシーは空を飛ばず,ベッドで目を覚ますとカンザスの自宅であった。
『はじまり』はまだドロシーがオズにやって来る前の物語で,ペテン魔術師のオスカーが主人公である。彼の熱気球が竜巻に巻き込まれてオズにやって来て,そこで「南の善い魔女」グリンダの助けを得て,悪い魔女姉妹の「東のエヴァノラ」「西のセオドラ」を追放し,偉大なる大魔術師オズとなり,良き人間に生まれ変わるというハッピーエンド物語であった。飛べる猿のフィンリー,ブリキ職人,ライオンを登場させるなど,『魔法使』の準備となる要素を盛り込んだ前日譚となっていた。
「舞台版」(Wicked)も,少女ドロシーがオズにやって来る前から物語は始まるが,後に「西の悪い魔女」となるエルファバが主人公であり,彼女がバケツの水をかけられて死ぬまでの話である。時代的には「原作」『魔法使』と重なり,ドロシーのオズ到着の前も後も含むが,ドロシー視点ではなく,魔女たちの視点で描いた裏話(外伝)となっている。詐欺師のオズの魔法使いは既にECにいるので,『はじまり』よりは時代的に後ということになる。ちなみに,魔女名の「エルファバ」(Elphaba)は,原作童話の作者ライマン・フランク・ボーム (Lyman Frank Baum)の頭文字から命名したそうだ。「悪い魔女」の名前は作品毎に違うが,「善い魔女」は南北の違いはあれ,一貫して「グリンダ」である。この「舞台版」では「南」扱いで,まず「ガリンダ」として登場し,途中から「グリンダ」と名を変える。エルファバとグリンダと友情物語というのが,他作品と最も異なる点である。細部に若干の違いはあるが,「舞台版」と本作の基本骨格はほぼ同じであるので,物語の概要は次項で述べる。

【本作の物語展開】
 舞台ミュージカルはユニバーサル映画の舞台部門の制作なので,当初から映画化も同社製作が前提だったと思われる。映画化より先にテーマパーク・アトラクション化され,「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」では,2006年11月から2011年1月まで「ウィケッド」の名前で上演されていた。本作の監督は『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』(16年9月号)『イン・ザ・ハイツ』(21年7・8月号)のジョン・M・チュウで,ブロードウェイミュージカルの映画化は後者で経験済みである。脚本は,舞台版の脚本担当だったウィニー・ホルツマンがそのまま担当し,『クルエラ』(21年Web専用#3)のデイナ・フォックスが彼女を補佐している。監督は男性だが,魔女コンビの映画脚本は女性2人が担当というわけだ。
 映画の冒頭は,少し驚く数シーンで始まる。水たまりの上に「西の悪い魔女」に黒い帽子に始まり,翼猿の飛翔,そしてドロシーがブリキ男やライオンを連れてECへと向うお馴染みのシーンが短く切り替わる(写真1)。名作の『魔法使』に連なる物語だという前置きである。旧作映像の使い回しではない。ライオンは四つ足で歩いているし,ブリキ男はロボット然としていて,いずれもCG描写である。ドロシーは背を向けているので顔は見えない。この数秒のシーン以外に本作にドロシーは登場しない。後編『Wicked: For Good』にサブライズ登場する可能性もないではないが,「舞台版」にその配役はなかったので,多分出て来ないだろう。


写真1 (上)水をかけられて溶けてしまったことを象徴
(中)翼猿が飛んでいる。この後, 滝に向かう。
(下)旧作でお馴染みのシーンだが, ライオンは四つ足で歩いている

 続いて,マンチキン国の住民が魔女エルファバの死を喜ぶシーンに切り替わり,シャボン玉のような透明球でグリンダ(アリアナ・グランデ)が空から降りてくる(写真2)。原作では「バブル(泡)」と表現されていた代物で,『はじまり』でも登場していていた。当然1939年の『魔法使』や「舞台版」ではこれを表現できず,CGゆえにできる描写である。民衆からエルファバとの関係を尋ねられ,グリンダは彼女と一緒に過ごした日々を語り始め,ようやく映画本編が始まる(写真3)


写真2 (上)悪い魔女の死で沸き立つマンチキン国
(下)ピンクの泡に乗って, 善い魔女のグリンダが降臨

写真3 エルファバのことを語り始め, ようやく物語が始まる

 エルファバはマンチキン国総督の長女だったが,母親と巡回セールスマンの間の不貞の子で,生まれつき肌が緑色だった(写真4)。父親からは疎まれ,子供時代は周りからも苛められが,不思議なパワーをもっていた。大人になったエルファバ(シンシア・エリヴォ)は,妹ネッサローズ(マリッサ・ボーディ)に付き添って,シズ大学の入学式に姿を見せる。一方のガリンダは上流階級のお嬢様で,家族一同が船でやって来る(写真5)。妹は生まれつき下半身不随で車椅子生活であったため,エルファバはその世話係として来ただけであった。魔法パワーを見せてしまったことが魔法学部長のマダム・モリブルの目に止まり,個人指導を受ける特待生として入学が認められる。


写真4 生まれた時から緑色でも「赤ん坊」。おそらくCG製だろう。

写真5 さすが良家のお嬢様。ピンクの船で乗りつける。

 意に反して学生寮で同室となったエルファバとガリンダは,当初は反発し合う。ところが,反抗的な転校生フィエロがボールルームで開いたダンスパーティでの出来事から,2人は親友同士になり,心を打ち明け合う。ガリンダはハンサムな王子のフィエロとの結婚を望んでいたが,それを知らないフィエロはエルファバを愛していた。その一方で,マンチキンのボックはガリンダに憧れていて,ネッサローザはそのボックに恋をしてしまう,という複雑な男女関係が展開する。
 大学での魔法講義は,唯一の動物教師,ヤギのディラモンド博士(写真6)が教えていたが,動物排斥運動の対象となっていることを嘆いていた。他の動物達もオズ王国では市民権をなくしつつあった。オズの大魔法使い(ジェフ・ゴールドブラム)に尊敬するエルファバは,こうした問題は彼が解決してくれると信じていた。ようやく,彼との面会が叶うことになり,胸をときめかせて弾丸列車で首都ECに向かうエルファバは,親友となった(改名後の)グリンダを連れて行くことにした。


写真6 魔法学を講義するディラモンド博士

 憧れの魔法使いから謁見室や図書室を案内され,有頂天だったエルファバは,彼は魔法が使えないただの人間であることを知り,失望する。さらにマダム・モリブルと結託して,動物排斥運動を進める張本人であり,エルファバの魔法力を利用してオズ王国を支配しようとしていた詐欺師であることを知って,彼女の怒りは頂点に達する。エルファバが思う通りにならないと知った2人は,衛兵に拘束させようとする。
 それを振り切ったエルファバは一番高い塔に逃げ込み,後を追ってきたグリンダに一緒に街を出ることを望むが,グリンダは街に残ることを選択する。マダム・モリブルから「邪悪な魔女」の汚名を着せられたエルファバは,魔法をかけた箒に跨がり,窓を破って西の空に向って飛び去って行く……(写真7)


写真7 魔法で飛べる力を与えた箒に乗り, 窓から飛び立つ

「舞台版」の第1幕90分を141分に引き伸ばしただけあって,ボリュームたっぷりの見応えあるミュージカルファンタジーであった。上述のようにユニバーサル映画での製作が前提であるが,『はじまり』の存在を知らず,いきなりこのテーマの映画に接した観客は,ディズニー映画と思うかも知れない。

【本作の主要キャスティング】
 エルファバを演じる主演シンシア・エリヴォは,ナイジェリア出身の両親をもち,ロンドン生まれで,王立演劇学校出身の女優である。舞台ミュージカル版「カラーパープル」の主人公セリーを演じてトニー賞やグラミー賞を受賞している。これまで当欄では紹介し損ねているが,映画は『ハリエット』(19)でアカデミー賞主演女優賞と主題歌賞にノミネートされた。その圧倒的な歌唱力が,本作の主人公としての起用理由であることは明らかだ。本作のクライマックスで空を飛びながら歌う“Defying Gravity”を聴きながら,これは『アナと雪の女王』(14年3月号)でエルサを演じて“Let It Go”を歌ったイディナ・メンゼルと双璧の歌唱力だと感じた。後で知ったのだが,本作の「舞台版」でエルファバを演じていたのは,まさにそのイディナ・メンゼルであった。彼女は初演時は32歳であったが,現在は53歳である。この映画で起用されなかったのは,大学生という設定とグリンダとの年齢の釣り合いを考えてのことだろう。
 そのグリンダには,歌唱力でひけを取らない人気シンガーソングライターのアリアナ・グランデが起用された。グラミー賞の常連で,舞台ミュージカル体験は豊富だが,劇場用映画出演はこれが最初である。CDジャケットでかなりの美形だとは思っていたが,こんなに可愛いとは思わなかった(写真8)。実年齢は31歳で,実物はもう少し大人っぽいが,本作では少女らしさを強調し,学園の人気者の「ぶりっ子」を見事に演じている。今後,グリンダと言えば,彼女のイメージが定着することだろう。


写真8 グラミー賞常連の歌姫が少女っぽいルックスで登場する

 悪役とも言える詐欺師の魔法使いとマダム・モリブル役にベテラン男女優を配したことで,本作が引き締まっていた(写真9)。出演作を挙げるとキリがないが,ジェフ・ゴールドブラムの代表作は『ジュラシック・パーク/ワールド』シリーズの4作で演じたイアン・マルコム博士役だろう。一方のミシェル・ヨーは,若い頃ボンドガールを演じた『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(97),アジア人初のアカデミー賞主演女優賞を得た『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(23年3月号)が印象に残っている。


写真9 偉大なオズの魔法使いと学部長のマダム・モリブル

 複雑な五角関係の恋愛劇に参加する助演陣では,気ままな遊び人王子フェイク役のジョナサン・ヘイリーは英国人男優,マンチキンのボック役を演じるイーサン・スレーターは米国人男優だが,これまでいずれも軽い脇役ばかりで,全く記憶にない。エルファバの妹ネッサローズ役のマリッサ・ボーディは,現実にも車椅子生活を送る障害者で,短編映画の経験はあるが,長編映画は本作がデビュー作であう。

【本作の美術と衣装の見どころ】
今年のアカデミー賞予想では,「技術部門は混戦で抜けた作品はない」と断った上で,美術賞&衣装デザイン賞で本作を本命◎にして,的中した。本稿を書くに当たって,改めて見直して,他候補と比べて頭一つ以上の差があったと感じた。衣装も建物の屋内外も,舞台版を意識して,映画版ゆえに表現できる美しさ,豪華さを追求した結果である。
 ■ 衣装は舞台版でも凝りやすいデザイン対象であるが,急な早代わりで着替えられないハンデがあり,観客席から見えない細かな工夫は意味がない。その点,映画は圧倒的に自由度が高い。最も目立ったのは終始ピンク一色のグリンダの衣装で,場面に応じて何着も用意されている。『魔法使』のグリンダもこの色であったが,本作で最もゴージャスなのは,映画冒頭でシャボン玉に乗ってマンチキン国に降り立った時のドレスである(写真2, 写真3)。ポスターにもこのドレスが採用されている。2人が向かい合って手を差し延べるポスターでは,エルファバは黒いマントを着けた終盤の着衣であるから,その意味でも対照的だ。我々日本人は,このポスターから「風神雷神図」を思い出す。イラストで描いた舞台版のポスターも好評であり,ファンが生成AIで作成したこのポーズの画像がSNSで出回ったことから,急遽このポーズの公式ポスターも追加されたという(写真10)。ドレスやスーツだけでなく,ガリンダが相部屋に調度から小物に到るまで「ピンク一色」の荷物を持ち込んだのには,笑ってしまった(写真11)。かつてリース・ウィザースプーンが演じた『キューティ・ブロンド』(01)の主人公エルにそっくりだ。『バービー』(23年8月号)にも彼女を模したシーンが登場するが,本作はさらに同作を意識して描かれていたのではと思われる。


(a) 本作のメインポスター
(b) 舞台ミュージカルのポスター

写真10 魔女2人のポスター
(c) (b)を模した追加ポスター

写真11 相部屋に持ち込んだ荷物はピンク色ばかり

 ■ 舞台では見えないが,映画ゆえに楽しめる衣装の典型はフィエロの黒いスーツだ(写真12)。落ち着いたモダンなデザインに民族調の刺繍が施されている。何度か衣装を変えるマダム・モリブルもしかりで,刺繍やビーズのパターンが凝っている。個々に論じるとキリがないが,とりわけダンスパーティのシーンは華美で,衛兵の制服に到るまで衣装デザインにはかなりの経費と時間をかけたと感じられた(写真13)


写真12 王子様のフィエロの上着には細かな刺繍あり

写真13 手の込んだ衣装が次々と登場する

 ■ 舞台では実現できない最たるものは,集落や大きな建物の外観である。マンチキン国やシズ大学は,実際に民家や大学の建物を建てて,オープンセットを設営している(写真14)。特に後者では,船着き場や水路を設け,ボートを浮かべて実写撮影している(写真15)。ハリウッドのユニバーサル映画撮影所の周辺にこれだけの土地を確保しているということに驚く。日本映画はとても真似出来ない。それでも,この建物は一部であり,写真16での建物全体や周辺地域はCG/VFXの産物と思われる。


写真14 (上)マンチキン国の中心部, (下)シズ大学の船着き場付近(建築中)

写真15 オープンセット内に水路を設け, ここで撮影した

写真16 シズ大学の全景。さすがに中心部以外はCG描写だろう(あるいは, フルCG)。

 ■ さすがに高い建物や塔が並ぶエメラルドシティ(EC)の外観は,実物セットは作らず,フルCG描写のようだ(写真17)。斜め上からの構図が多いのも舞台では表現できないアングルである。ECの花火や「地図の間」で魔法使いが見せるオズ王国の3D縮図も,CG/VFXならではの美しいビジュアルシーンであった(写真18)


写真17 エメラルドシティの外観はすべてCGで描写

写真18 (上)美しい花火シーンもCGならでは光景
(下)オズ王国の地図が盛り上がって3D立体像に変化する

 ■ その一方,屋内シーンはシズ大学もECも実物セットを作って撮影した上で,CG/VFX加工を施している。シズ大学では円筒形の廊下, ECでは大広間が印象的だった(写真19)。魔法使いが映像投影ショーを行う図書室も魅力的なデザインだ(写真20)。偉大な魔法使いを印象づける巨大な顔は,『はじまり』や「舞台版」にも登場するが,本作では高さ4.5mの機械仕掛けの頭部を制作している。少し恐ろしげな顔だ。まず1/12サイズのミニチュアで顔の表情が動くかを確かめた上で,実物大の頭部を謁見室内に設置したという(写真21)。ともあれ,ECに到着したエルファバとグリンダを待ち受けていたのは,一大スペクタクルショーであり,ビジュアルを楽しむにはここがクライマックスである。


写真19 (上)シズ大学内の円筒形の廊下, (下)魔法使いの館の大広間を上から俯瞰

写真20 魔法使いの図書室は好いデザイン。ここで彼が映写機を使って解説する。

写真21 (上)謁見室に飾られた機械仕掛けの巨顔
(下)その前に垂れ下がった緑色の紐が美しい

 ■ その他,小物では「ルビーの靴」から原作に戻って「銀の靴」,魔法の呪文が書かれた「グリムリー」,魔法使いが使う「映写機」等が,しかるべきデザインで登場する(写真22)。関連作品の一部でしか登場していない小物も網羅しておこうという方針のようだ。それで2時間41分の長尺になってしまったようだ。


写真22 (上)靴は『魔法使』の「ルビー色」から原作の「銀色」に戻った
(中)魔法の呪文書のグリムリー, (下)魔法使いが使う映写機。

【その他のCG/VFXの見どころ】
 ■ 上述のヤギのディラモンド博士の他も,短いシーンながら様々な動物が描かれていた。誕生直後のエルファバの寝室には召使いらしきクマとヤギがいたし,フィエロとエルファバは子ライオンを森に逃がし,動物が楽器を弾くバンドも登場していた(写真23)。猿のチステリーは元は魔法使いの従者だった。騙されてエルファバが発した魔法の呪文で多数の猿が翼をもち,建物内や市中を飛び回る(写真24)。多少は擬人化されているものの,この翼以外はリアリティの高いCG製の動物描写である。


写真23 (上)乳母のクマが乳児のエルファバを抱き上げる
(中上)森に放たれた子ライオン(これが後の「臆病なライオン」)
(中下)(下)動物たちのバンド。白ネズミはドラム担当。

写真24 (上)猿のチステリーは元は魔法使いの従者
(中)エルファバの呪文で多数の猿が翼をもつ
(下)外に出た翼猿たちは, 街中を飛び回る

 ■ CGだと思ったのに実写だったという例がいくつもある。まずはマンチキン国の中心部の隣接地にあるチューリップ畑である(写真25)。球根を色別に埋めることから始め,9万本のカラフルなチューリップを開花させたという。その遠景の隣接地はCG描写であるから,全部CGで十分だと思う。その中を少年たちが走るシーンを実写で撮りたかったそうだが,それはVFX合成で可能なはずだ。もう1つは,エルファバがECに向かう弾丸列車である(写真26)。斬新なデザインだったので,これこそCGに違いないと思ったのだが,高さ4.9m,重さ58トンの実物車輌を組み立てたという。なるほど,動き出す列車にグリンダが慌てて飛び乗る場面がある。それもVFX合成で十分達成可能なシーンである。英国の小麦畑の中に駅舎と列車を配置したというから,ここまでくると監督と制作チームの趣味というしかない。さすがに,ECに近づいた高速走行シーンはフルCGだと思われる。


写真25 (上)9万本のチューリップを本当に栽培した
(中)遠景部分はCG描写,(下)子供たちが走るのを実写撮影

写真26 (上)(中上)どう見てもこれはCGだと思ったのだが…
(中下)実車両と駅舎を小麦畑の中に作ったというから呆れる
(下)さすがに, ECに向かって高速走行する車輌はCGだろう

 ■ シズ大学でエルファバが無意識に魔法パワーを発揮するのは,妹が座ったままで車椅子が宙に浮かぶシーンであった。当然,これもCG/VFXの産物だと思ったのだが,実際はワイヤーアクションであった(写真27)。スタジオ内で少し吊り上げたのでなく,屋外のオープンセットでの撮影である。椅子に固定されていたと思うが,身体障害者の女優は恐怖心を感じなかったかと心配になった。魔女エルファバが宙に舞うシーンは,塔内も塔外もたっぷり登場する。メイキング映像によると,そのワイヤーアクションはスタジオ内撮影とはいえ,かなり大掛かりだ(写真28)。ワイヤーだけでなく,体軸方向に身体を回転させる場合は二股アームとコルセットを併用した装置も使用している(写真29)(写真30)


写真27 (上)無意識の魔法パワーで妹の車椅子が浮揚する
(下)CGでなく,妹を乗せたまま車椅子をワイヤー吊りに

写真28 エルファバの飛翔シーン撮影。10mの高さまで吊り上げる大仕掛け。

写真29 箒に乗って飛ぶシーンはこの装置を使って撮影

写真30 飛びながら歌っているシーンの撮影

 ■ 物語のクライマックスは終盤の塔内の出来事である。かなり長いシーンであり,エルファバとグリンダの運命がここで決まる。2人は熱気球による脱出は失敗する(写真31)。この塔内の上部も間違いなく実物セットが作られていて,その最上階セットでドラマが展開する(写真32)。ただし,窓の外はブルーバック合成である。その後,舞台版では魔女が箒をもったまま高くせり上がるだけで第1幕の終了となる。窓から飛び出して空中を旋回させた後に,西に向わせるのは映画ならでは演出である(写真33)。技術的には何ということはないが,見せ方が上手い。本作のCG/VFXシーンは約2,200で,その主担当はILMで,副担当 はFramestoreである。他にLola VFX, Outpost VFX, OPSIS, Clear Angle Studios, BOT VFX, SDFX Studios等のスタジオが参加している。老舗ILMが主担当映画はなぜか駄作が多いが,最近まともな映画の担当することが多くなっているのは喜ばしい。


写真31 熱気球での脱出には失敗。炎以外は本物だろう。

写真32 塔内のセットも組まれたが, 窓の外はクロマキー合成

写真33 塔の周りの旋回シーンでエンディングが盛り上がる。西の方向の夕陽が美しい。
(C)Universal Studios. All Rights Reserved.

【総合評価と後編への期待】
 以上,美術&衣装デザインを中心に,公開されている画像を精一杯使って解説をしたが,実に解説し甲斐のある映画であった。演技よし,美術&衣装よし,歌唱よしであるから,アカデミー賞10部門ノミネートも納得できる。いや,「舞台版」の歌を歌詞も使うシーンも変えずにそのまま使ったので新曲がなく,『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』(25年2月号)と同様,主題歌賞の対象にならなかっただけである。同様に,物語の骨格もほぼそのままだったので,斬新な改編を行う脚色賞の対象にもならなかったと思われる。これだけの長尺であるから,物語に沿った新曲を2, 3曲追加しておいても良かったかと思う。
 CGで可能なシーンまで実写で撮るなど,贅沢な作りであったが,製作費$145~150millionは最近のハリウッド大作としてはそう高額ではない。ほぼ同時期撮影の2部作であるから,2分割して計算しているためと考えられる。衣装も大型セットも使い回しできる上,名作ミュージカルの第2幕の物語展開もしっかりしているから,後編も当たり外れはあり得ない。既に1939年作の『魔法使』は相当古いので、今後しばらく「オズ王国の映画」と言えば,この2部作を指すことになると思われる。
 そうなると,本作の成功を見た別の製作陣が,ドロシー主演版のリメイク/リブートを企画するに違いない。ただし,本作の結果,「西の悪い魔女」を余り悪役にできないだろう。その場合,どういう物語設定にするのか,部外者ながら余計な心配をしている次第である。

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