O plus E VFX映画時評 2024年6月号掲載

映画サウンドトラック盤ガイド


■「The Holdovers (Original Motion Picture Soundtrack)」
(Back Lot Music)



 今年のアカデミー賞に5部門ノミネートされ,ダバイン・ジョイ・ランドルフが助演女優賞を受賞した『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』のサントラ盤である。実は,作曲賞部門でもShortlist(最終ノミネート作5作品を選ぶ,一段階手前の候補リスト)に残っていたという。それだけにサントラ盤としても,聴き応えのある,かなり優れたアルバムとなっている。
 珍しく米国でもCDが発売されているので,日本では輸入盤とデジタル版の両方で入手できるが,勿論,最近の音楽定額サービスにも入っている。いずれも下記の24曲構成の1枚もので,既存曲の映画での利用分とこの映画のオリジナルスコアは別売ではなく,ほぼ映画内での登場順に並んでいる。

  1. “Silver Joy”  Damien Jurado
  2. “Venus”  Shocking Blue
  3. “The Time Has Come Today”  The Chamber Brothers
  4. “Candlepin Bowling”  Mark Orton
  5. “Primal Architecture”   Mark Orton
  6. “Crying, Laughing, Loving, Lying”  Labi Siffre
  7. “In Memory Of Elizabeth Reed”  Allman Brothers Band
  8. “Knock Three Times”  Tony And Orlando Dawn
  9. “When Winter Comes”  Artie Shaw
 10. “Drive To Boston”  Mark Orton
 11. “Nursing Home”   Mark Orton
 12. “Medley: Deck The Hall With Boughs Of Holly / What Child Is This?”#
                 The Swingle Sisters
 13. “Silent Night”#  The Temptations
 14. “Jingle Bells”#  Herb Alpert & The Tijuana Brass
 15. “It’s Christmas!”  Mark Orton
 16. “Carol Of The Drum Little Drummer Boy”#  The Trapp Family Singers
 17. “White Christmas”#  The Swingle Singers
 18. “The Most Wonderful Time Of The Year”#  Andy Williams
 19. “The Wind”  Cat Stevens
 20. “A Calf Born In Winter”  Khruangbin
 21. “The Glove / Now He’s History / 5/4 For Constantine”   Mark Orton
 22. “A Girl In Tow / Back To Barton”   Mark Orton
 23. “Danny / The Glove / Let’s Make The Best Of It”   Mark Orton
 24. “See Ya / Into The Unknown”   Mark Orton

[注]#:クリスマスのスタンダード曲

 音楽担当のMark Ortonは,既に30本以上の映画音楽を担当しているが,アレクサンダー・ペイン監督とは『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(14年3月号)以来の2度目のタッグである。同作は,アカデミー賞7部門ノミネートのモノクロ映画であった。今回は映像はカラーであったが,映画の時代設定に合わせて,観客に1970年代を意識させるよう,標準のDolby Atmosでなく,あえてモノラル音源かそれに近いセッテイングにするよう,監督はOrtonと綿密に打ち合わせたそうだ。選曲だけでなく,オリジナルスコアの収録には,70年代に開発された楽器(電子ピアノ,エレキギター等)の他,アンプ,ミキサー,MIDIもそれに合わせたそうだ。かなり強い拘りである。このサントラ盤では,確かに数曲は,当時のシングル盤のモノラル音源だが,残りは標準的なステレオサウンドとなっている。
 このため,曲目は大別して,①70年代のヒット曲,②クリスマス定番曲,③Mark Ortonのオリジナルスコア の3分類とされているが,必ずしもそうではなかった。ただし,「70年代をイメージさせる曲」と言い換えれば,ほぼすべてに通じると感じた。監督のイメージは,Carol Kingの「Tapestry」(邦題:つづれおり)だったという。なるほど,1971年発売で,1972年のグラミー賞最優秀アルバム賞を受賞した名盤である。
 筆者は,映画の最初に流れる“Silver Joy”に心を奪われた。アコースティックギターで男性歌手が歌う美しい曲で,もうこの1曲だけでサントラ盤は入手しようと決めた。その後の騒々しい曲のあとに何度か,この曲の一部が再度流れる。映画音楽全体の基調となっている印象を受けた。となると,音楽担当のMark Otonがこの映画にために作曲した主題歌なのかと思ったが,全く違っていた。1972年生まれのシンガーソングライターDamien Juradoが作った曲で,彼が2014年にリリーした14枚目のアルバム「Brothers And Sisters Of The Eternal Son」の収録曲である。さほどのヒットアルバムではないし,全10曲中の9番目の曲であるから,その点でも目立たない。全くの70年サウンドではない。D. Juradoが耳に子供の頃に耳にしたのは70年代サウンドと言えなくもないが,かなり無理がある。監督の好みに合わせ,Mark OrtonがTapestry的だと感じて選んだのがこの曲だったのだろう。
 その証拠に,彼のオリジナルスコアの大半(特に,最後の21〜24)は,“Silver Joy”に似た曲調であり,かつその場の登場人物の心情を反映させたものなっていた。既存曲の中から選曲された6.“Crying, Laughing, Loving, Lying”, 7.“In Memory Of Elizabeth Reed”, 19.“The Wind”, 20.“A Calf Born In Winter”も,ラフに言えば,これらもTapestry的イメージを与えてくれると言える。この中で,Labi Siffre, Allman Brothers Band, Cat Stevensは確かに70年代に活躍しているが,Khruangbinは2010年にデビューしたバリバリ現役のバンドである。曲はいつ収録されたかではなく,あくまで曲調を重視して選んで,トータル感を出していることが分かる。
 日本でもヒットし,筆者が若い頃聴いたお馴染みの曲が含まれているのも嬉しかった。2.“Venus”と8.“Knock Three Times”である。前者は1969年後半のヒット曲であるから,劇中のXmasの前年だが,寮生のラジオでまだこの曲が流れていたのはあり得る出来事だ。後者は1970年11月のリリース曲で,この映画のXmasシーズンはヒットの真っ只中である。ここではリードヴァーカルのTony Orlandoの名前が冠されているが,当時は単にDawnであったと記憶している。
 クリスマス定番曲は,エンドロールにはもっと多数クレジットされていたが,このサントラ盤には6曲だけが収録されている。町中でかすかに流れていた程度の曲は含めず,この6曲がお勧めということだろう。美しい合唱中心だが,Andy Williamsのビロードのような温かみのある声は,ボストンでの夜の出来事に相応しかった。定番曲でなく,異色なのはMark Ortoのオリジナル曲の15.“It’s Christmas!”だ。鈴の音や多彩な管楽器,打楽器を織り交ぜて楽しいクリスマス曲に仕上げている。

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