コンピュータイメージフロンティアIII
電脳映像空間の進化(10)

インターネット放送とライブカメラ


 プロローグ

 インターネットに関する報道は,手を変え品を変え,新しい話題を振りまいている。電子マネーやプッシュ型メディアの話題が一巡したかと思ったら今度は「インターネット放送」だ。たとえば,'97年10月20日付日本経済新聞は,「開局相次ぎ内容多彩に」と題して,日本ビクター,NEC,松下電器産業等,関連企業の動きを報じた。NECは来シーズンからホームページ上に野球中継コーナーを設け,テレビ中継のない試合を見られるようにするという。
 インターネットを介したライブ中継は早くから話題を呼んでいた。ローリング・ストーンズのコンサートは今や伝説になっている。WWWの威力を語るには十分であったが,実際にこれを見たと言う人にはまだお目にかかっていない。国内では,日野皓正や坂本龍一のコンサートがこれに続き,最近ではサザンオールスターズもインターネット・ライブを試みた。
 「モーターショウ」や「COMDEX」といった大きなイベントも,WWWによるライブ映像配信を行っている。屋外では,キヤノンはクリスマス・シーズンを彩る東京・表参道のイルミネーションを2週間にわたりライブ中継した。インターネットの新しいメディアとしての価値は,こんな形でも使われ始めているのである。
 こうしたイベント中継は単発だが,定常的に番組を提供する「インターネット放送局」が次々と開局しているようだ。通常の公衆電話網を使わない「インターネット電話」の次には,インターネットによるラジオ局やテレビ局が現れてきたのである。
 インターネットに関する情報の多くは,インターネット自体から得られるのがありがたいところだ。今月は,さまざまなプラグイン・ソフトをダウンロードして,ウェブ上の放送局やライブサイトを渡り歩いて得た知見をレポートすることにしよう。

1.インターネット放送とは

 インターネットに音と映像を

 「インターネット放送」と聞くと,「インターネットTV」や「CATVでのインターネット・サービス」と混同する人が少なくない。言葉の上でも,確かに紛らわしい。
 「インターネットTV」というのは,テレビ受像機に予め設定したウェブ・ページの閲覧機能を付加した家電製品である。普通のテレビでホームページをいくつか見られるようにしただけで,本格的なネットサーフィンの機能はない。1〜2年前,PC業界がテレビ・チューナ付パソコンを出したのに対して,家電業界はこの手の安易な商品で対抗しようとしたが,商売として成功したとはいえない。
 一方のCATV網によるインターネット・サービスは,文字通り既存の放送用ケーブルの広帯域を利用して,会員にインターネット接続を提供しようというものである。CATV局がネットワーク・プロバイダ業をやろうということだ。これだとプロバイダにダイヤルアップする電話代はかからない。契約する業者は同じだから料金支払いも楽だが,従来の放送番組提供とインターネット・サービスは別物である。
 「放送」というと,局側から一方的に配信してくるイメージが強いためか,「プッシュ型サービス」とも混合されがちだが,これも違う。プッシュ型のほとんどは,文字や静止画を中心としたサーバー側からの強制的情報配信であり,「インターネット放送」はウェブ・サイトにある音声や映像をクライアントがアクセスしに行く従来のプル型情報収集である。映像をプッシュ型で配信することはもちろん可能であるが,ネットワーク負荷を増すだけなので,現実にはあまり行われていない。
 「インターネット放送局」とは,WWWを介して音楽や映像のコンテンツを提供するウェブ・サイトである。「放送」と呼ばれるのは,音や動画のような連続データをとぎれさせることなく再生でき,かつ不特定多数のアクセスに耐えられるだけの仕組みを持ったシステムを利用しているからである。
 ディジタル・ネットワーク上を流れる連続メディア・データをリアルタイムで再生する技術を「ストリーミング技術」と呼ぶ。歴史的には,1995年4月にProgressive Networks社(現,RealNetworks社)が発表したRealAudioがその最初の商用システム例である。このシステムを得て,ウェブ上でラジオ局が開局できるようになった。
 映像のストリーミング・システムとしては,同年5月にXing Technology社がStreamWorksを発表した。坂本龍一のコンサートの実況に用いられたのは,このシステムである。1996年3月にはイスラエルのVDOnet社がVDOLiveをリリースし,性能的にはトップに躍り出た。さらに1997年2月,上記P社のRealVideoが出て,またまたNo.1の座が入れ替わった。こうした目まぐるしく,活気のある開発競争の中で,NTTは独自の映像配送システムSoftwareVisionを有している。また,米マイクロソフト社は,市場に出まわる有力な方式のほとんどを取り込んだ枠組みNetShowを発表し,例によってこの業界すべてを取り込んでしまおうという姿勢を見せている。
 ほとんどどのシステムも,映像を蓄積し配信するサーバー側が有償の製品(β版は通常無償で,完成版でも少数ユーザー用は無料のものもある)で,クライアント側のビューアはほとんど無償である。インターネット・ビジネス界の他の例に漏れず,ユーザーは通信料金だけ負担すれば,どんどん有用な情報が集められる仕組みになっている。
 ライブとオン・デマンドに大別
 インターネット放送局の代表的なリンク集は,日経ネットナビのインターネット放送局のページと「KEATONライブガイド!!」表1参照)のサイト一覧のページである。この両ページから,色々なサイトへのリンクを辿ろうとして気がつくのは,まだまだ圧倒的に音だけ発信している局が多いことである。
 Yahoo! Japanの分類では,「ホーム:コンピュータとインターネット:インターネット:エンターテインメント:インターネット放送局」に細分類されていて,これがさらに「ラジオ」(53)と「テレビ」(20)に分かれている(97年12月現在)。
 別の分類の視点では,表1の運営形態の欄からも分かるように,
の2つの形態に分けられる。表で見ると,ライブの比率はそこそこあるが,実際,ライブものの放送時間は限られているので,ユーザーのほとんどが接続するのはオン・デマンド型のコンテンツである。
 上記のリンク集の他,VDOLiveRealNetworksのホームページでも色々なサイトが紹介されている。新聞社やTV局の提供するニュースや天気予報,映画やビデオパッケージの予告編,テーマパークや博物館の案内などへのリンクが張られている。NHKもさる11月10日から実験放送を始めたようだ。ライブでは,立ち技格闘技グランプリの決勝戦,慶應大学湘南藤沢キャンパスの秋祭,佐賀熱気球世界選手権,会員制では岩手競馬など世界各地の話題が並んでいる。さすがインターネットの面目躍如といったところである。
 広帯域のマルチメディア通信実験をあっという間に葬り去ったインターネットの成功要因が,参入障壁の低さとコンテンツの豊富さであったことは既に述べた。そのWWWによる情報発信は,当初テキスト中心でわずかに静止画像があったのが,どのホームページも見事なまでにカラフルになり,一時代を経てようやく本格的にマルチメディア化しようとしている。メディアとしてのメタファでいえば,電子郵便としてスタートし,ミニコミ新聞から趣味の雑誌を経て,ラジオ局からテレビ局への道を歩み始めようとしていると解釈できる。
 インターネット放送による映像配信は,テレビ電話のように対称型の双方向通信帯域を必要としない。それでも,同時に多数のユーザーに映像を配信するというのは,現状の回線事情では大きな負荷となってしまう。ライブ中継といっても,1000人も見ていれば特大イベントと言われる程で,まだまだ「放送」と呼べるほどのものでないのが実情である。
囲み記事VDOnetとRealNetworks

2. ストリーミング技術の動向

 バッファリングが決め手

 音声や動画といった連続メディア(ストリーム・データ)を扱う「ストリーミング技術」について考えてみよう。初期のWWW利用法では,ストリーム・データの再生は,サーバー側に蓄えられているデータをファイル単位でクライアント(ユーザー)側にダウンロードしてからでないと実行できなかった。データが大きければ大きいほど,再生開始までにえんえんと待たされたのである。
 これに対して,データを小きざみに取り寄せながらのリアルタイム再生を可能にしたのが「ストリーミング技術」である。インターネットの基本となっているIP接続方式では,データのパケットは非同期で送られてくるから,到着時間に遅延が生じ,そのままでは音や映像がとぎれとぎれになる。この遅延時間変動を「ジッタ」と呼ぶ。クライアント側の再生ソフトに数秒分(長さの設定は可能)のデータを蓄えるバッファを設け,このジッタを吸収することによりリアルタイム再生が可能となった。最近のディスクマン・タイプのCDプレイヤについている振動対策機能と似たような原理である。これで,最初数秒待つだけで,ストリーム・データをとぎれずに楽しめるようになった。
 この技術を採用したRealAudioのシステムは,1995年に発表され,インターネット業界では,一躍大ヒット商品となった。当初はノイズや音割れもかなりあったが,その後の技術改良が進み,28.8kbps接続でCD並みの音質を達成するまでに改良されている。サーバー側ソフトをRealServer,クライアント側プラグイン・ソフトをRealPlayerと呼び,併せてRealSystemと称している。Real Player4.0からは,動画再生のRealVideo機能が加わった。
 多数のクライアントからの非同期の要求に応えるのには,いわゆるオン・デマンド仕様のサーバーシステムが必要になる。かつて,CATV用のVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービスに不可欠の設備として,ビデオ・サーバーの激しい開発競争が繰り広げられた。その技術がここに生きているのである。何ユーザーまでを受け付けられるかは,サーバー・コンピュータのCPU能力とディスク容量に依存する。通常,数100ユーザーのデマンド(数100ストリームと呼ぶ)程度に設定されたサイトが多いようだ。

 ネットワークの混み具合に対応

 音と同様に映像をインターネットで配信できる仕組みができたとはいえ,低帯域のインターネットでは滑らかに映像を得るには苦しい。それぞれのシステムでは,独自のコーデックを準備して画像圧縮技術の改良に努めている。例えば,VDO Liveではウェーブレット変換を用いたVDO waveを開発し,RealSystemではフラクタル圧縮H.263ベースの独自コーデックを採用している。技術は数年前と比べて格段に進歩しているが,それでも28.8kbpsや33.6kbps程度の低帯域では,テレビ・レベルにはほど遠く,かなり画像を小さくするか,フレームを間引くしかない。実際,ほとんどのウェブ・サイトでは,160×120画素程度の小さな画面でビデオ・クリップを配信していた。画面だけ大きくすることはできるが,解像度は上がらないからボヤけた映像になる。これでは,とてもテレビ放送に対抗はできない。
 100〜300kbps程度の帯域があると,かなり画質的にも満足ができる。ユーザー(クライアント)用の確保帯域に応じて,サービスの品質を変えることをQoS(Quality of Service)という。映像伝送の場合は,帯域幅によって画質を動的に変化させることになる。
 RealSystemの場合,RealServerに複数の帯域用のデータが用意されていて,RealPlayer側の設定に応じたストリーム・データが送信される。一方のVDOLiveの場合には,Dynamic Scalablityと呼ばれる動的帯域ネゴシエーション法を採用している。ネットワークのトラフィックに応じて,サーバー側がフレーム・レートを落とす等,配信するデータ量を調整できる。こうした対処方法では,ネットワークの混み具合に任せているしかない。
 もっと本格的なQoS制御のために,RSVPと呼ばれる帯域確保の方法の標準化が進行中である。この標準プロトコルは,IPネットワーク上のルータが経路上の隣接するルータに回線の帯域予約をするというものである。インターネット・プロバイダが自主的にこの方式に対応したルーターを導入すれば,ストリーム・データの配信にとっても大いに環境は改善される。

 多人数への配送技術

 オン・デマンド型は,異なった時刻での配信要求に対して,それぞれビデオ・クリップやオーディオ・クリップの頭からの再生が必要とされる。一方のライブ中継は,一勢に同じコンテンツを配信するのであるから,だいぶ事情は異なる。
 通常のインターネットでのデータの交信は,TCP/IPという通信プロトコルで実行される。映像データの場合,その一部が欠けても大きな影響はないので,UDP/IPという,少し効率は良いがパケットの喪失を保証しないプロトコルを使うことが多い。
 各ユーザーに対してのデータ転送は,1人ずつに別々にデータを送るユニキャストという形態が普通である。すなわち,5人が同じデータを要求してきたら,5人分データをコピーして転送しているのである。「放送」といっても,人数分の個別通話を行っていることになる。人気あるライブ中継には,要求が一勢にやってくるので,インターネットのトラフィックは急速に悪化し,ほとんどのクライアントが満足に見られないといったイベントがしばしばである。
 この問題の解決法として,「スプリッティング」という方法がとられている。1つのストリーム・データを他のサーバー(分配サーバーまたは中継サーバーと呼ばれている)に次々に分散させて,ネットワークの負荷を軽減する方策である(図1)。この中継サーバーは有償の製品だが,有力なプロバイダは,インターネット放送のライブ中継用に,積極的に導入している。プロバイダのサービスの差別化にもつながっているのである。
 この場合も,ユニキャストで各クライアントにデータが配られていることに変わりはない。もっと抜本的な負荷軽減策は,IPマルチキャストと呼ばれる同報送信方式の採用である。この方式は,同じデータを複数クライアントに配信する場合に,必要数のデータをコピーせず,経路途中まで1つのデータで済ませ,ルート上の分岐する地点でのみデータのコピーと配信を行う方式である(図2)。中継サーバーが明示的に行っている作業を,常備のルーターがこれを担当することになる。これだと,「放送」という概念に近づいてきた感じがする。
 各ストリーミング・システムのサーバーは,マルチキャスト対応をほぼ終えている。しかし,経路上のルーターがマルチキャスト対応となっていなければ,用をなさない。LAN(イントラネット)でのマルチキャスト利用はかなり進むと思われるが,インターネット上のルーターのほとんどがマルチキャスト対応済みとなるのには,まだまだ時間がかかると予想されている。
 もう1つ,各ストリーミング・システムが改良したのは,ファイアウォール対応策である。外部からの不法侵入を防ぐため,大手の企業などでは,インターネットとイントラネットの境界にファイアウォール(防火壁)と呼ばれるソフトウェア・システムを導入していることが多い。この場合,TCPやUDPの上位にある独自プロトコルは受け付けない。WWWの標準であるHTTPや電子メールに用いるSMTP等の特定のプロトコルのみを通過させる設定が普通である。となると一般のUDPでデータ配信していたのでは,ファイアウォールの内側にいるクライアントにはデータは全く届かないことになる。
 VDOLive,RealSystem,NetShow等の有力システムは,当初は独自プロトコルのみを使っていたが,現在ではHTTP対応版ソフトも供給している。動画専用の独自プロトコルに比べて能率は低下するが,ともあれこれでファイアウォールの内側のクライアントにもストリーミング・データを届けることができたのである。
 このようにして眺めてみると,映像をインターネットで配信する技術は急速に進歩し,既に大方の技術基盤は出来上がったといってよいだろう。
次なる課題は,この技術に見合ったネットワーク・インフラの整備とサービス事業がどれくらい本格化してくるかである。

3.インターネット放送の業界事情

 まだ視聴者は多くない

 今度は,インターネット放送がビジネス的にテイクオフできるのか業界の様子を垣間見てみよう。
まず,ストリーミング・システムとしては,前述のようにサーバーが商品の主力である。クライアント側のプレイヤ・ソフト(ヘルパーやプラグイン)は,ほぼすべてネットワークから無償でダウンロードできる。色々なフリーソフトが出廻ってくるとこれが結構面倒である。電話回線とモデムを使っていると30分以上かかるものもザラである。パソコン雑誌の付録のCD-ROMに入っているものをロードするユーザーも少なくない。これが面倒だと感じるユーザー層には,パソコンもインターネットもまだまだ遠い存在である。それがテレビとの大きな違いである。
 余程のマニア以外は,一度ダウンロードしたソフトを使い続けがちになる。有力ソフトは,ブラウザにバンドルされプレインスト−ルされる傾向にある。メジャーなものだけが生き残れるPC業界の構造がここにも現れてきている。最近,Javaを用いて実行時にダウンロードする方式が増えつつある。これだと手間はかからないが,立ち上がるまでに少し時間がかかる。もともとストリーミング・プレイヤはバッファリングを行っているため,再生開始まで少し待たなくてはならない。それがさらに待たされることになる。この反応の遅さは,今回様々なウェブ・サイトを訪れた時に煩わしく感じられた。
 現在,数多くのサイトが立ち上がっているのはVDOLiveとRealSystemの2つである(写真1)。StreamWorksは新製品は出ているもののイントラネット中心なのか,インターネットのウェブ・サイトはあまり見かけない。他の,VivoActiveやNetShowとなると,さらに公開されているサイトは少なくなる。
 2大システムのいずれも,ライブ用とオン・デマンド用は1つのシステムとしてまとめられている。RealSystemの場合,RealAudioとRealVideoも統合されているが,実際のビジネスではRealAudioだけのサーバー利用は,やや低めの価格設定がされている。
 この種のサーバービジネスの難しさは,インターネット経由で音楽や映像を楽しむエンドユーザーが顧客ではないことにある。サーバー購入者のほとんどは,大企業のホームページ管理元である。映像の発信は,広告・宣伝用のウェブ・サイトにとって付加価値に過ぎない。
 有料のコンテンツ・サービスもないではないが,まだ数えるほどである。システム開発・販売側と,エンドユーザーの間にシステム運用者が介しているこのワンクッションが,この市場の立ち上がりを遅くしているように感じられた。
 本連載の第7回(97年11月号)の湯川氏インタビューで触れられていたように,エンドユーザーはかなりライブ映像の配信を期待しているのに,企業側のウェブ・マスター達はあまり重視していない。手間とコストの割には,宣伝効果は薄いし,そう見せたいものもない。有料サービスを考えるのは別の業界だ,ということのようである。インターネットにおける需給関係のアンバランス,現時点における意識の乖離の典型例であった。
 筆者らは,セミナー等での講演時に,聴衆へのマルチメディア浸透度とインターネット利用実態を手を挙げてもらって調査するよう心がけている。数年前に比べて電子メールやWWWの利用者は急増している。個人で(自宅で)PCを所有する人もかなりの比率だ。その中で,「インターネット放送」の受信を試みたことがあるか,ライブ映像にトライしたことがあるかと問うと,手を挙げる人はほとんどいないのである。
 ユーザーの多くは望んでいたはずなのに,これはどうしたことだろう? どうやら,電通総研のインターネット利用アンケートに回答してくるユーザーは,一般よりも意識もレベルも高いためのようだ。「ヘビーユーザーと一般ユーザー」,「業務での利用と家庭からの個人利用」でもかなり事情は違いそうだ。話題を呼ぶわりに「インターネット放送」と結びつかない理由も,この辺りにありそうだ。

 地域を越えた放送局

 そんな中で,比較的順調に運営されているのは,RealAudioを用いた音だけのインターネット・ラジオ局である。この業界の最大手「インターネットマガジン」を発行する(株)インプレスは,96年1月に「インプレス・ラジオ」をネット上に開局している。放送電波なら周波数帯域の割当ては1つであるが,インターネットだといくつでもURLを作ればよい。実際,「PC Watch」「Music Watch」等,いくつものカテゴリー(いわばチャンネル)が存在している。ナレーションとして入っているこの種のニュースは,ほぼ同じ内容がウェブ・ページや電子メール新聞としても入手できる。別のメディアでも供給してみようという試みの1つであり,まだ本格的な商用放送といえるほどではない。
 ライブ放送は,AMやFMラジオと同じものをインターネット上に流していることが多い。先のサッカーW杯アジア地区最終予選の模様がニッポン放送との協同で生中継されていた。のべ1万人が聴取し,45%は海外在住の日本人からのアクセスだったという。なるほど,AM電波の届かない外国でもインターネット放送なら届くわけだ。
 木村太郎氏が運営している湘南地域のコミュニティ放送「湘南ビ−チFM」は,放送中の番組をインターネットでも流している。これも地域性を越え,全国・全世界へ発信できるインターネットの賢い使い方だ。音がメインとはいえ,同時に文字や画像で付加的情報を流せるのだから,マルチメディアのもつ威力は発揮できる。
 音は従来の放送で流しておいて,映像だけをインターネットでという組合わせもある。TOKYO FMでは,渋谷スペイン坂スタジオからの放送について,スタジオ内でアナウンサやディスクジョッキーが語る様子をVDOLiveやキヤノンのWebViewを用いてライブ映像発信(VIEW TFM)している。FM横浜もまた,「横浜ラジオナイト」放送中に同じような生中継を行っている。
 こうして見ると,既存のメディア業界が余技としてインターネットを利用しているケースが圧倒的に多い。独立して広告料収入が期待できるわけではないので,新しい可能性を少し試しておこうかという程度であることが分る。

 少し動きも見えてきた

 前述のW杯予選生中継では,最大1,000人のアクセスを想定して,RealAudioサーバーが設定されたという。不特定多数がアクセスできるといっても,この程度なのである。音だけでこの設定だから,映像となると実情はかなり苦しい。そこそこの品質を保とうとすると,1人20kbpsは欲しい。これを1,000人に見せようとすると,20Mbpsも必要だ。「M単位の回線となると,余程大手のプロバイダしかもってない」(V社加藤社長)という。中継サーバーやマルチキャスト技術を用いても,末端のユーザーまでにはいくつものボトルネックがある。「20kのうち,通常音に5k,映像に15k割り当てている」(P社櫻井部長)そうだ。これが,50kになっても,「音に5k,映像に45k」,100kでも「音に5k,映像に95k」となるようだ。絶切れてはいけない音には一定の帯域を確保し,映像はその残りということになる。インターネットが狭帯域のうちは,ライブ映像の多人数配信は苦しく,高画質は期待できそうにない。
 アーカイブ・データにアクセスしてくるオン・デマンド型だと,それほどトラフィックが集中することはない。それでも,インターネットのような不安定なネットワークでは映像コンテンツの有料サービスは難しいようだ。せいぜい,観光ガイドや映画の予告編程度の短いクリップか,過去の生中継の録画シーンが入っているサイトが多い。別掲の訪問記にあるように,コンテンツ業界の立ち上がりの遅さを嘆く声が聞かれるが,満足なコンテンツを供給できる環境ではなさそうだ。
 そんな中で,「まともに課金しているのは,競馬,競艇,アダルトくらい」(V社加藤社長)だという。やはり人がサイフのひもを緩めるのは,まず,バクチと色気からのようだ。    
 公営の岩手競馬は,会員制のライブ中継を実施している。入会登録金は3,000円,年会費も3,000円(98年3月末までに入会の場合)だ。レースの生中継の後は,約5分くらいでそのビデオ・クリップがアーカイブ登録されるので,過去のレースを見ることもできる。インターネット・ユーザーと競馬ファンの層は,少し違うのではと思うが,これも新しいファン・サービスの1つなのだろう。
 まだまだ揺籃期と思える業界の中で,ニュービジネスを志向する動きも出てきた。W Visionは,前述のインプレス・グループが渡辺プロダクションと共同で設立したインターネット・テレビ局である。「モーターショウ」のライブ中継をプロモートするなど,ラジオ局の実績をもとにテレビ局に進出しようとしている。
 BTVは,ベッコアメ・インターネットを中心としたジョイントベンチャーで,番組制作の他,他局からの番組買付けやスポンサ探しもするという。インターネット放送局のキー局をめざしているようだ。また,KDDやNTT PCコミュニケーションズなどが出資するJストリームは,映像配送の他に機器レンタルや撮影代行も受託するサービス会社だ。NTT PC社のもつバックボーン・ネットワークを利用して,各ユーザーに20kbpsの帯域を保証するという。マルチキャスト技術を利用したサービスであるが,これはSo-net,JustNet等プロバイダ7社に限られたサービスのようだ。
 大手メーカーでは,松下電器が97年12月から「パナソニック・ストリーム・キャスト」なるインターネット放送サービスを開始した。いま,提供されている番組は他と大差ないが,レンタルチャンネルやライブ中継のサービス料金を,初めからアナウンスしている。1チャンネル1万円/月,ライブ中継は100万円/日(3時間)だそうだが,WWWサーバーのレンタルと同様に世の中に受け入れられるのだろうか。
 ともあれ,話題先行の「インターネット放送」ビジネスにも遅ればせながら,動きらしきものが出てきたようである。

4. ライブカメラとその用途

 富士山は静止画で十分

 インターネットではテレビなみの映像配信は苦しい,とりわけ人気イベントのライブ中継には無理があるというのに,WWW上にはライブカメラのサイトやそのリンク集が数多く存在している。これはストリーミング技術をもとにした「インターネット放送」とは別もので,ライブはライブであるが,大半は定点観測を中心とした静止画のウェブ・サイトなのである。
 古くは,WWW大流行の発端の頃から,ケンブリッジ大学の某研究室にあるコーヒーメーカーの残量が写し出されていた。立って覗きに行かなくても,居ながらにしてネットワーク経由でコーヒーの状態が分かるというわけである。洒落っ気のあるウェブ利用法で大いに受けたが,考えてみればこれはイントラネットで運用していれば十分で,インターネットで世界に発信する必要はない。しかし,この事例に触発されて,ライブ画像を発信するウェブ・サイトの数は年々増えている。
 Yahoo! Japanでは,「ホーム:コンピュータとインターネット:インターネット:エンターテイメント:何でもIP接続:ライブカメラ」のように細分類されていて,ここで屋外カメラ(36)と屋内カメラ(9)に分かれている(97年12月現在)。本家のYahoo!も同様な分類だが,ライブカメラとは言わずにSpy Cameraなどと物騒な名前で呼んでいる。
 リンク集も数多く存在している。「世界の定置カメラ」「世界の窓」「覗き穴」など,個人レベルでせっせと探したライブカメラ(Web Cam,SurfCam,NetCamなどと呼ばれている)のサイトにリンクが張られている。
 中でも出色なのは,京都市の水木洋氏が主宰する「世界の窓」だろう。97年12月22日現在841ヶ所というから,よくこんなに集めたものだ。世界地図や日本地図を示して,地域別に分けたり,お薦めサイトをマークするなど,随分手間がかかっている。いくつもミラーサイトが立ち上がったり,ウェブ・サイト利用度調査でリンク集部門の上位にランクされているのもうなずける。
 コンテンツとしては,世界各地の観光地から仕事場の風景まで,まさにカメラの設置できるところどこでもが写っている。いや,ニアライブでよければ,スチルカメラで撮ってそれをウェブ・ページに貼り込んでもよい。これが居ながらにして観賞できるのだから,これもインターネットの面目躍如である。
 日本のライブカメラの中では,断トツに人気があり別格に数が多いのが,富士山のライブ映像サイトである。沼津市,富士市,富士吉田市,裾野市,…公共団体も地元企業も競っておらが富士山の雄姿を発信している(写真2)。富士山ならば,動画でなく静止画で十分観賞に耐える。海外からのアクセスも多いようだ。

 自分でカメラが操作できる

 「インターネット放送局」と比べてライブカメラ・サイトを立ち上げやすいのは,静止画であれば,通常のウェブ・ページと同様のHTTPの範囲内でウェブキャストできるからである。人手で貼り込むニアライブでなく,機械的にシャッタを押して真のライブにするには,ビデオカメラからの映像信号をキャプチャしてこれをウェブ・ページに流し込めばよい。少しコンピュータやネットワークに心得のあるユーザーなら,自分でこうしたサイトを立ち上げることができる。
 パソコンにビデオ・キャプチャ・ボードやカメラを接続する労をはぶいた製品として,スウェーデンのAxis社のNetEye 200システムがある。これは,ソフトウェア的にウェブ・ページを内蔵した構成となっており,まさにインターネットに直結するだけで,ライブ映像発信できる「ネットワーク・カメラ」である。ただし,映像としては数秒間に1コマの受信がせいぜいで,「たまに更新される静止画」といったレベルである。
 どうせキャプチャ・ボードでビデオ信号を取り込んでJPEG画像を定期更新しているならば,Motion JPEGとしてエンコーディング/デコーディングすれば,(擬似)動画を発信することができる。どうせ狭帯域で低画質の映像しか見られないのなら,動画圧縮やストリーミング技術を用いるより,Motion JPEGでもそう変わりはない。キヤノンのWebView/Livescopeや,米国Graham Technology社のシステムは,そう割り切った製品である。7〜10フレーム/秒のウェブ・キャスティングが可能だから,かなり動きも感じられる。もとがJPEGだから,スナップショットも取りやすい。
 これらがVDOLiveやRealSystemと大きく異なるのは,音を扱っていないことである。映像作品やライブ・コンサートの中継ではなく,屋外風景や定点観測であれば,音は要らないことも多く,この種のシステムも十分に存在価値がある。
 もう1つ,コンピュータに接続したライブカメラにとって大きな付加機能は,ユーザーがカメラのパン,チルト,ズームを遠隔制御できることである。もちろん,普通のビデオカメラではダメで,雲台がコンピュータ制御可能でなければならない。キヤノンやソニーは,この種のカメラを製品化している。
 WebView/Livescopeは,このアクティブ制御能力を標準装備している。インターネット経由で世界各地のライブ映像が入手できるのは魅力であるが,自らカメラ・アングルを実時間制御できるというのはテレビ放送ではなし得なかったインタラクティブ性である。ただし,このカメラ操作機能は同時に1人しか付与できないという本質的問題がある。逆に,この唯一無二であることをセールスポイントにすれば,新しい映像コンテンツ・ビジネスのアイデアも出てくるだろう。希少価値のカメラ操作権は,さしずめ「ハンマープライス」で,オークションにかけられるのだろうか。
 静止画でカメラ操作可能という組み合わせは,タイムラグがあるので,各ユーザーが操作権を取り合いしなくて済む。この種のライブカメラ・サイトも,かなりの数あるようだ。NECの「インターネット放送局」は,ストリーミング・システムではなく,この種のライブ静止画発信システムである。既に全国で17ヶ所のサイトが運営されている(97年12月現在)。多人数に発信するのであるから,これを「放送局」と呼んでいけないという法はないが,紛らわしいことは事実である。同社は,VDOLiveを用いたスポーツ生中継も積極的に推進しているので,余計に混乱を招きそうだ。

 ライブのアイデアは多彩

 ライブ映像は,考えようによっては最高のコンテンツである。「ライブでは,テレビに勝てない」(V社加藤社長)というが,テレビ番組のような恣意的な情報を望むのでなければ,カメラを設置しただけで次々と映像が飛び込んでくるので,運用は楽である。テレビ放送とインターネットでのライブカメラでは,用途も目指すところも,まるで違うと考えられる。限られた人々に限られたライブ映像を発信することは,インターネットの特性を生かした用法だ。
 「インターネットマガジン」誌97年6月号のユーザー・アンケート調査では,様々な希望が寄せられた。天然記念物の生態観測から,交通渋滞の確認,帰宅途中での自宅付近の天候確認,待ち合わせポイントでの人物確認,寝たきり老人の様子,保育園での我が子の様子,等々を見たいというのである。この調査には懸賞がついていて,最優秀賞の提案である高知県足摺海底館へのカメラ設置が実現されている。水深8m,海中窓から見た太平洋で泳ぐ魚の生態は,なかなか乙なものである。
 幼稚園・保育園に設置したKinderCamというコンセプトは,既にアメリカで実現されている。働く女性にとって,利用価値の多いライブカメラの用途である。ただし,URLを簡単に教えては,誘拐事件をそそのかすようなものだから,ユーザー認証をしっかりしておかなければならない。一方,露出するのが目当てであるショウルームなどへのライブカメラの設置は,情報発信側としても最適である。東京・青山のホンダ・ウェルカムプラザは,カラフルでイベントも多く,ネット・サーファー達の人気も高いようだ(写真3)。
 課金制ということになると,有償での利用に最も耐えそうなのは,交通渋滞や駐車場情報のライブ情報かも知れない。ただし,これは卓上のパソコンで確認するのでは価値は半減だ。やはり,クルマの運転中にカーナビの画面に写して見られるのでなければ,生の情報として活用しにくいだろう。トヨタは,携帯電話を利用して走行中の自動車に電子メールやタウン情報を配信する会員制サービス「MONET」を開始した。WWWデータではないが,この中には,高速道路で撮った映像(静止画)の配信も含まれている。まだ狭帯域の回線を使ってのサービスだから画質的には問題がありそうだが,今後,衛星を用いたワイヤレス通信の能力が向上していけば,車中での動画受信ももっと円滑になるに違いない。
 電脳空間としてのインターネットの映像化は,徐々にではあるが確実に進展しているようである。

 エピローグ

 Dr. SPIDER 今回のシリーズ「電脳映像空間の進化」にピッタリのテーマで,満を持しての登場ですね。ところが,私はいくつかの「インターネット放送局」を見てガッカリしました。
 Yuko 画質ですか,内容ですか?
  両方だけど,特に画質ですよ。あんな小さなサイズで,動きも悪い。いくら映像はきびしいといっても,ストリーミング技術は進歩しているというから,もうちょっとましかと思っていました。
  取材先で見せてもらったのはキレイでしたから,やはりネットワーク環境によるんでしょうね。私は,ファイアウォールの内と外,専用線とダイアルアップ,色々な組合せで試してみました。状況によって,かなり画質が左右されますね。時間帯によっても,かなり事情は変わってきます。それがインターネットの特性なんでしょうけど…。
  やっぱり,ボブ・メトカーフの予言通り,インターネットに動画は無理かな(笑)。安定したサービスが期待できないというのが辛いところですね。もう一段階技術も進んで,まともなQoS制御ができるようになれば,サービス提供側も楽になるでしょう。
  音については,今のインターネットでも十分に使えますね。広帯域ならすばらしい音だし,悪い環境でも結構我慢できます。
  音域は狭くなるけど,ノイズは乗ってこないから,AMラジオよりいいくらいでしょう。問題は映像です。オン・デマンドのサービスでも,ロクなコンテンツが入っていない。余り見てくれる人がいないから,充実させる気にならないんでしょう。
  訪問先の両社とも,コンテンツ業界の意識改革,マーケット作りの必要性を訴えられていましたね。ネット上での著作権の問題が大きいみたいです。
  NMRC(ネットワーク音楽著作権連絡協議会)というのが,97年9月末に発足したようです。JASRACじゃ対応できそうにないと踏んで,日本レコード協会や日本インターネット協会もこの協議会に参加したみたいです。98年1月1日に施行される新しい著作権法でも,「送信可能化権」「公衆送信権」「自動公衆送信」といったことが規程されているらしいです。
  何だかよく分かりませんが,インターネット上のコンテンツについて意識し出したということですね(笑)。そういった問題がないインターネットで,ストリーミング・サーバーが使われ,社内教育等で映像配信が使われいるようです。
  本当かなあ?
  ボーイング社などで例があり,いつでもどこからでもマルチメディア情報が取り出せるみたいです。
  ライブでやる必要は少ないだろうし,オン・デマンド型でいいなら,CD-ROMやDVDを配っておけばいいんじゃないかな。画質的にも負けますよ。
  ライブカメラで,カメラ操作できるのは楽しいですね。これは,イントラネットでも活躍するでしょう。社内なら,受付とか食堂とか,皆が見そうな場所に設置することが考えられます。ちょっと監視っぽくなりますが,遠隔地の支店や保養所の様子が分かると便利です。
  URLを公開しなけりゃ,インターネットをイントラネット的に使えます。ヨーロッパと日本の間で,そういう風な映像による状況把握にWWWを使っている企業もあるみたいです。
  インターネットのただ乗りですか(笑)。違反じゃないんでしょうけれど…。
  ようやく,インターネットが本格的なマルチメディア・データが扱えるようになってきた証として,「インターネット放送」への期待と,現地点での失望があるんだと思います。いきなりテレビを置き換えようと考えないなら,ライブ静止画や擬似動画でもいいわけで,インターネットならではの面白い用途ももっと色々と出てくるでしょう。

付録 SFX映画時評  ■『タイタニック』(20世紀フォックス/パラマウント映画)

 文句なしの超大作である。構想から5年,映画史上最高額の2億ドル(約260億円)の制作費をかけ,最新のディジタル技術を駆使しての上映時間,3時間9分である。正月映画でこれだけが入場料2,000円(他は1,800円)だが,元がかかっていると考えると割安だ。
 ハリウッドの大作主義にもほとほと飽きてきたと思ったが,同じ金をかけるのにもここまでくるとスゴイ。製作・監督・脚本は『ターミネーター2』『トゥルーライズ』のジェームス・キャメロン。彼のリアリティを求める完全主義が,実物大のタイタニック号をつくり,沈めることまでやってしまった。
 オリジナル設計図のコピーを入手して,長さが236m(本物は268m)の他は,幅も高さもほぼ原寸大のレプリカが製作された。船室の内装から,調度,カーペット,クリスタル・グラスにいたるまで,当時の模様を再現した。染料まで当時のものを復元したという。救命ボートももちろんタイタニック号と同じものを作り,ボートクルーへの操作方法を教え方まで真似た。何しろ半端ではない。
 そして,このレプリカを浮かべて沈没させるためだけのドックと巨大スタジオがメキシコに作られた。これだけで26億円かかっている。海底のシーンは,深海探査船をチャータし,片道2時間半かかる水深4000mの海底で水中ロケしたという。映画のためにそこまでやるのかと,ほとほと感心してしまう。さすがアメリカだ。ハリウッドだ。
 実物大のレプリカといっても,エンジンは積んでいないから海を航行できない。したがって,航海シーンや,それに関連して登場する船上の人物像はすべてCG映像である。この海面の描写は見事としかいいようがない。『ターミネーター2』の成功でディジタル合成の意義をいち早く証明したJ. キャメロンは,特撮スタジオ「デジタル・ドメイン社」を設立している。同社のもてる技術をフルに発揮したのがこの『タイタニック』である。このCGクリップのSIGGRAPH97 Electronic Theaterでの上映には,他の作品と比べてもひときわ拍手が大きかった。評者らと別の日の上映会では,観客はスタンディング・オベーションで大きな賞讃を贈ったという。これもアメリカならではのノリである。
 これだけ用意周到でありながら,いや,その完全主義ゆえに,予定の97年夏シーズンの封切りに間に合わず,クリスマス・シーズンまで公開が延期された。長さも25分縮められた。そのお陰で,アメリカで12月19日,日本で12月20日,時差を考えればほぼ同日公開ということになった。
 この間,11月1日からの東京国際映画祭で初上映されることになり,本国より先に日本で見せるのかという非難と不満の声も飛び出した。話題作りも満点に近い。日本での試写会も,11月8日午後の1回限りだった。この日は,岐阜での講演が入っていて,どうしても見に行けなかった。止むなく一般公開を待つしかなかった。となると,本号の締切りにギリギリである。冬休みで混雑具合が気になって,座席予約ができる日本劇場の特別席で観ることにした。生まれて初めてのスペシャル・シートである。(と併せて2人で6,000円。この付録を書くにも元手がかかっているのだ:-p)
 これだけの制作費と先端技術を投入しているが,大作にありがちなオールスター映画ではない。大スペクタクルのパニック映画でもない。ジャック(レオナルド・ディカプリオ)とローズ(ケイト・ウィンスレット)の激しいラブ・ストーリーである。
 そう聞かされて観てみたら,中盤から後半にかけては結構迫力のあるパニック映画に仕上がっている。船が2つに割け,沈没するまでのシーンは,まさにスペクタクル。ここだけでも観るに値する。それでいて,沈没後はまた悲しいラブ・ロマンスに戻る。そのバランスは絶妙である。
 フルCGの航海シーンは,事前知識のせいかすぐ見抜けたが,他の視覚効果がよく判らない。実写同志のディジタル合成もかなり手が込んでいるようだ。例えば,付写真1のうち,(a)は多様な合成が行われている。船は模型でディジタル処理を施され,背景はマット画,人物は手前の方が実写で,後の方はCGだという。あとは想像するしかない。完成した映画全体からすると,SFXの役割,中でもCGのウェイトはそう大きくない。それだけ実物大のタイタニック号の方が勝っている。
 やはり映画史に残る映画だろう。横長のシネスコサイズ一杯に復元されたタイタニック号の絵巻を,ビデオで観ては価値は半減するだろう。映画館で観てこそ,J. キャメロンの意図した世界に浸れるというものだ。
 それにしても,こんな映画を作れるJ. キャメロンがつくづく羨ましい!
) 

 Dr.SPIDER J. キャメロン監督は,ハイテクとヒューマン・ドラマの両立がやりたかったと語っていますが,成功していますね。R. ゼメキスの『フォレスト・ガンプ/一期一会』もいい映画だったけど,ヒューマン・ドラマの意味合いがだいぶ違うでしょう。
 Yuko こちらの方がずっと重厚ですね。先月の『メン・イン・ブラック』より好きです。
  この悲しい恋の物語に涙しましたか。
  それが,このシリーズをやっていると,細部に気を取られてストーリーは楽しんでいられないんです。仕事ですから(笑)。イルカやネズミはCGだな,傾いた船尾から滑り落ちる人はスタントマンで,真っさかさまに落ちるのはCG人間かな…なんて。
  おー,さすがに目が肥えてきました。倒れる煙突もCGじゃなかったかな。SIGGRAPHで見た,やや不自然な船上のCGの人物像は,本編ではなかったことに気がつきましたか?
  そういえば,どこへ行ったんでしょうね? あの時は,この程度か,まだあんまりリアルじゃないなと思いました。
  CGキャラクタの動きを作っておいて,遠景の俯瞰シーンはこれを使い,近づくと実写の俳優に掏りかえたんでしょう。下敷きにするためのCG人間だったら,あれでいいわけです。
  なるほど。確かにCGから実写(模型)へ,実写から実写へのつながりは見事でしたね。
  ディジタル処理ゆえの技ですよ。
  海底の沈没船のビデオ映像とレプリカの実写撮影とでは,カメラの種類やレンズの特性も違っているでしょうから,あんなにきれいに合わせ込めるのか不思議です。
  そこは,ディジタル画像処理で幾何学的に歪めてから,両者を整合させることもできます。
  さすが,Dr.SPIDER(笑)。でも,あの海底シー
ンは本物ですか? 明るく写りすぎていて,あれは水槽の中で撮ったように見えます。
  本当に深海のタイタニックまで行ったみたいですよ。特注のカメラや,水圧に耐える照明システムまで新規開発したそうです。
  第一級のCG技術がありながら,どうして海底まで行ったり,実物大の船まで作ったりするんでしょうか?
  J. キャメロンは,やれるけどCGはまだ高すぎるといってますね。
  船や調度に何十億円かけててもですか。
  CGでも,1ショット10〜20万ドルだそうです。
それから,ブルーバックのクロマキー合成ばかりで演技するのは俳優にとっても辛いし,本当に同時代の船上にいると感じてこそ,素晴らしい演技力を引き出せるということのようです。
  実際に沈んでゆく船の上で演じたのですから,演技もセリフも迫力はありましたね。
  これまで,観客に見せる映像のリアリティ向上にディジタル技術が使われてきました。だけど,俳優が役に没入できる環境までトータルに考えると,CGばかりに頼っていられないということでしょう。これもまた進歩の一つなんだと思います。

Dr. SPIDER(田村秀行)& Yuko(若月裕子)
[(株)MRシステム研究所]

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