O plus E VFX映画時評 2024年10月号掲載

映画サウンドトラック盤ガイド


■「Ernest Shackleton Loves Me (Original Cast Recording)」
(Center Stage Records LLC)



 ブロードウェイシネマ『アーネストに恋して』で歌われていた全曲を収録したアルバムである。海外盤であるがしっかりCD発売があり,勿論,最近のことであるからMP3データでのデジタル配信は行われている。下記の16曲は,完全に舞台で歌われた順で,収録時間は約46分である。

  1. “Stop / Rewind / Play / Record” *
  2. “Phoenix, Arizona” *
  3. “O Katerina” **
  4. “We're On Our Way” *
  5. “The Morning The Newspaper Advert Appeared” ***
  6. “And Then Shackelton Said” *
  7. “Alright Men” *
  8. “Adrift On An Icefield” *
  9. “Money And Musicians” *
 10. “Every Hand To The Lifeboats” *
 11. “Eye Of The Storm” *
 12. “Boat Journey” *
 13. “Climbing South Georgia Island” *
 14. “Toward Elephant Island” *
 15. “Burned Again” ***
 16. Finale: We're On Our Way - Reprise” ***

*:Val Vigoda & Wade McCollum
**:Wade McCollum
***:Val Vigoda

 他の人気ミュージカルと同様,オリジナル・キャストがスタジオ収録したアルバムである,もっとも,本作の場合,登場人物はVal VigodaとWade McCollumの2人だけで,彼らが初演のキャストである。2人の歌と楽器演奏の他に,バックコーラスもオーケストラ演奏も収録されている。初演は2017年だが,早くも同年暮にリリースされている。
 日本での公開が今年になったが,映画自体の収録も2017年であるから,ほぼ同時進行でアルバム収録と映画版の製作が進行したのだろう。このCDのジャケット(アートワーク)は,映画のキービジュアルとして広報宣伝でも使われていた。映画版で堪能した見事な掛け合いの歌唱は,このアルバムで聴いても殆ど違和感がない。聴いているだけで,躍動感があった舞台を思い出す。勿論,全曲がこのミュージカルのためのオリジナル曲であり,音楽的にも優れていて,録音状態も極上だ。


■「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ(オリジナル・サウンドトラック)」
(Universal Music)


サントラ盤(歌唱曲)
オリジナルスコア版

 映画自体は,国内外ともに公開週の興行成績は好調だったが,翌週から急激に失速した。当映画評でも低評価しかしなかったが,余り世評も芳しくない。それでも大作だけあって,劇中の歌唱曲を収録したサントラ盤(OST)アルバムは,国内盤CDが販売されているし,輸入盤はアナログLP盤も入手でき,勿論,デジタルデータ購入もストリーミングサービスも国内各社から利用できる。
 国内盤といっても日本語解説があるだけで,ボーナストラックはなく,下記の全16曲は輸入盤と同じである。この他に,Hildur Guðnadóttir作曲のオリジナルスコア版(19曲収録)も発売されているが,こちらはCDやLP発売はなく,デジタル配信だけである。その他に,この映画にタイアップした関連商品としてLady Gagaの最新アルバム(全13曲)があるが,その詳細は後述する。

  1. “Slap That Bass / Get Happy / What The World Needs Now Is Love”  Nick Cave
  2. “For Once In My Life”  Joaquin Phoenix
  3. “If My Friends Could See Me Now”  Lady Gaga & Joaquin Phoenix
  4. “Folie à Deux”  Lady Gaga
  5. “Bewitched”  Joaquin Phoenix & Lady Gaga
  6. “That's Entertainment”  Lady Gaga
  7. “When You’re Smiling (The Whole World Smiles With You)”  Joaquin Phoenix
  8. “To Love Somebody”  Joaquin Phoenix & Lady Gaga
  9. “(They Long To Be) Close To You”  Lady Gaga & Joaquin Phoenix
 10. “The Joker”  Joaquin Phoenix
 11. “Gonna Build A Mountain”  Lady Gaga & Joaquin Phoenix
 12. “I've Got The World On A String”  Lady Gaga
 13. “If You Go Away”  Joaquin Phoenix
 14. “Gonna Build A Mountain (Reprise)”  Joaquin Phoenix
 15. “That's Life”  Lady Gaga
 16. “True Love Will Find You In The End”  Joaquin Phoenix

 冒頭のメドレーだけが,ロックバンドNick Cave and the Bad SeedsのリーダーであるNick Caveが歌っているが,他の15曲は劇中とエンドロールで主人公のジョーカー(Joaquin Phoenix),恋人のリー(Lady Gaga)が歌っていた曲である。他の歌手が歌う数曲もクレジットされていたが,それらは収録されていない。
 劇伴曲(スコア)は勿論この映画のために作られた曲だが,少し驚いたのは,歌唱曲で新曲なのは4.“Folie à Deux”だけで,他の15曲はすべてよく知られている楽曲のカバーだという。なるほど,2.“For Once In My Life”は完全なスタンダード曲で,Frank Sinatra, Tony Bennett, Stevie Wonderのカバーでヒットしてが,筆者の音楽ライブラリーにはこの3人の他に,Nancy Sinatra, Michael Bublé, Il Divoからテレサ・テン, 綾戸智恵, 小野リサまで,計20曲も入っている。古い曲では,7.“When You’re Smiling (The Whole World Smiles With You)”(邦題:君微笑めば)は  Louis Armstrongのレパートリーだが,Nat King Cole, Patti Page, Judy Garlandらもカバーし,ステージでも歌っている。映画音楽では,6.“That's Entertainment”は,フレッド・アステア主演の『バンド・ワゴン』(53)の主題歌だ。一方,5.“Bewitched (魅惑されて)”はブロードウェイミュージカル「Pal Joey」の曲で,Doris Dayの歌で知られている。この映画を「ほとんどジュークボックス・ミュージカル」と称してしたようだが,映画好きのオールドファンを意識した選曲であったようだ。
 この映画での使われ方に感心した曲が2つある。1つは,8.“To Love Somebody”で,司会者の紹介に続いてジョーカーとリーがデッエットで歌う。Bee Geesの1967年のファースト・アルバムからシングルカットされた曲で,彼らのベストアルバムには大抵入っているし,多数の歌手にカバーされている。まずLady Gagaが歌い出し,それを追うJ. Phoenixのシャウトも様になっている。恋する2人の絶頂期を暗示するような出来映えだ。もう1曲は9.“(They Long To Be) Close To You(遥かなる影)”で,言うまでもなく,The Carpentersの1970年の大ヒット曲だが,元はBurt Bacharachが1963年に作った曲である。Lady Gagaには珍しく,スローテンポで物憂げに歌っていた。聴き慣れたKaren Carpenterの声の方が圧倒的に良いが,リーの心情を歌っているシーンとしては,それなりに味があった。ただし,劇中ゆえに仕方がないとはいえ,途中でかぶさるジョーカーの声は余計だと感じた。
 このアルバムでの唯一の新曲はと言えば,映画の副題である4.“Folie à Deux”であった。特に印象に残らない曲だった。では,J. Phoenixが「The Joker is me…」と歌う10.“The Joker”もこの映画のために用意されたと考えるのが普通だが,これは既発表曲であった。1964年初演のミュージカル「The Roar of the Greasepaint – The Smell of the Crowdのために書かれた曲で,コメディアンが心の痛みを歌う嘆き歌だというから,まさに本作のジョーカーそのものではないか。よくぞこんな曲を見つけて来たものだ。
 また,映画本編の紹介記事中でも書いたように,Lady Gagaがエンドソングとして熱唱する曲があまりに見事だったので,この映画のために作られた新曲だと思い込んでしまった。このサントラ盤のトラックリストを見て,15.“That's Life”だと知り,少し恥ずかしくなった。ジャズのスタンダード曲であり,最も有名なのはFrank Sinatraが1966年に吹き込んだ同名アルバム中の曲である。彼のベストアルバム「Nothing But The Best」にも収録されている。他にAretha Franklin, Shirley Bassey, James Brown, Robbie Williams, Willie Nelson等もレパートリーにしていた。少し珍しいところでは,寺尾聡が2012年にリリースした洋楽スタンダードのライヴ盤「Flying Bassman COVER LIVE RECORDING AT ROPPONGI」にも収録されている。今回のLady Gagaのカバーは,この曲の知名度をさらに高めることだろう。
 かく左様に,既存曲を見事に配したユニークなサントラ盤なのであるが,邪魔なのはJ. Phoenixの鬱陶しい声である。(演技なので仕方ないが)映画中での陰気と狂気を併せ持った不愉快な顔を思い出すと,このアルバムを楽しめない。上記の“To Love Somebody”以外は,Lady Gagaとのデュエットでは,彼の声を消してLady Gagaの歌だけを聴きたくなったくらいだ。  そう思っていたところに,全くそのものズバリ,下記のLady Gagaのアルバムが発売されていた。


■「ハーレクイン」
(Universal Music)



 こちらもしっかり国内盤CDが発売されている。LP盤はない。正式には,サントラ盤ではないのだが,完全に今回の映画を意識させるものであり,ジャケット写真でLady Gagaは女ピエロらしきメイクを施している。カタカナだと分かりにくいが,劇中の役柄リー=ハーレイ・クイン(Harley Quinn)をもじった「ハーレクイン(Harlequin)」をアルバム名にしたのは勿論意図的だ。Lady Gaga自身は「Companion Album」と読んでいるようだが,堂々とサントラ盤扱いで紹介している記事も数多く見られた。
 国内盤も輸入盤も下記の13曲収録である。

  1. “Good Morning”
  2. “Get Happy (2024)”☆
  3. “Oh, When The Saints”
  4. “World On A String”
  5. “If My Friends Could See Me Now”☆
  6. “That's Entertainment”☆
  7. “Smile”
  8. “The Joker”☆
  9. “Folie à Deux”☆
 10. “Gonna Build A Mountain”☆
 11. “Close To You”☆
 12. “Happy Mistake”
 13. “That's Life”☆

 ☆:上記のサントラ・アルバム関連の曲

 13曲の内の8曲が,上記の正規のOSTの再収録か別録音のアレンジ版であり,いずれもLady Gagaが1人で歌っている。新旧の別では,8.“The Joker”と12.“Happy Mistake”が新曲であり,他はジャズのスタンダード曲である。既にTony Bennettとのデュエット盤が2枚あるが,1枚目の「Cheek to Cheek」はジャズとポップスが半々,2枚目の「Love for Sale」は完全にジャズ・スタンダートのカバーアルバムであった。よって,本アルバムは,Lady Gaga単独での初めてのジャズ・アルバムということになる。
 ☆印の8曲で,2つのアルバムで全く同じなのは,上で絶賛した13.“That's Life”だけである。他は曲調を変えた再録音であり,かなり印象が違っている。8.“The Joker”は,J. Phoenix単独の重苦しい曲をGagaが歌い直し,蘇らせている。これはジャズというよりロックだ。元々Gagaの独唱だった6.“That's Entertainment”と9.“Folie à Deux”は,明るくテンポが良いジャズ・ナンバーになっている。Gaga主導だったが,J. Phoenixの声も入っていた3曲は,彼の声を除いただけでなく,別アレンジとなり,収録時間も結構違う。とりわけ,(なぜか)題名も短くした11.“Close To You”は軽快なナンバーとなり,まるで別の曲のように感じる。当然,こちらの方が断然いい。
 ともあれ,全曲のプロデュースにLady Gaga自身が関与しただけあって,意欲的なアルバムとなっている。これまでのGagaファンにとっても一味違うアルバムと映るだろう。映画も,このアルバムのように小粋でジャージーであって欲しかった。このアルバムの宣伝文句では,「自ら演じたハーレイ・クインの視点を通した音楽」とされているが,あまりそうは感じなかった。重苦しい『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』で彼女が演じたリーではなく,『スーサイド・スクワッド』シリーズでマーゴット・ロビーが演じた愛すべきハーレイ・クインの視点だと言われたら,納得してしまうが…。

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