O plus E VFX映画時評 2023年10月号掲載

映画サウンドトラック盤ガイド


■「シアター・キャンプ(オリジナル・サウンドトラック)」
(Adirond Acts LLC)



 しばらくこのコーナーを書かずにサボっていたので,今月から再開したい。この数ヶ月,対象作品がなかった訳ではない。40年以上続いた紙媒体のO plus E誌(当映画評の毎号掲載は,その内の13年余)が休刊になったのは残念だが,その半面,厳しい入稿締切や校了期限がなくなり,紙幅制限もなくなった。ついつい取り上げたくなる作品数も増え,各記事の分量も増えてしまった。そのため,試写を観て紹介記事を書くのに追われて,サントラ盤ガイドにまで手が回らなくなったのである。
 さて,この『シアター・キャンプ』に関しては,Amazon等のサイトを調べたら,アルバム名がカタカナ表記されていたので,国内販売のCDがあるのかと思ったら,MP3でのデータダウンロードや定額のストリーミングサービスで聴けるだけだった。それを国内サイトのいくつかが,カタカナ表記にしていたに過ぎない。CD販売なしは米国や他の諸国も同じだが,ところが何と,アナログのLP盤はしっかり発売される予定だ。ということは,輸入盤ならLP (vinyl)は入手できるということである。今や,手軽に音楽を聴きたい利用者にはデジタルサービスだけで対処し,音楽を昔のレコードの形で聴きたい耳の肥えた顧客には,高価なLP盤を用意するという差別化(分断?)が進行しつつあるということだ。ちなみに,Amazonの場合,前者は$9.49,後者は$56.99である。後者は事前予約だと$11.99だというから,LPは後日少量生産するのにかなりコストがかかるのだろう。
 というわけで,デジタルデータは,国内で入手してもジャケットも内容も同じの国際統一仕様で,下記の14曲収録である。収録時間は全体で22分33秒とかなり短めでだ。これで$56.99は,相当割高だなと感じる。

  1. “Troy's Intro”  Jimmy Tatro
  2. “Joan, Still Theme”  Cast
  3. “Narrator's Prologue”  Jack Sobolewski
  4. “Women Cannot Read”  Cast
  5. “The Wall Street Noise”  Cast
  6. “Joan's Lament”  Noah Galvin
  7. “No Tomorrow”  Cast
  8. “Son Salutation”  Noah Galvin & Kyndra Sanchez
  9. “Narrator’s Epilogue”  Jack Sobolewski
 10. “Camp Isn’t Home”  Cast
 11. “Bonus Track: Show Announcements”  Ben Platt & Molly Gordon
 12. “Bonus Track: 'Peters, Foster, Streisand, Lupone'”  Alexander Bello & Luke Islam
 13. “Bonus Track: Auditions”  Cast
 14. “Bonus Track: 'Bye Class’”  Molly Gordon

 ユニークなのは,ミュージカルの歌唱曲部分だけの収録ではなく,物語に沿った構成になっていることだ。1, 3, 6, 9はそうしたナレーションやセリフで,オリジナルな楽曲は2, 4, 5,7, 8, 10の6曲である。何曲かはセリフから始まったり,途中でセリフが入ったりもするので,これぞ臨場感溢れる映画のサントラである。11〜14も映画の重要パートの会話部分だが,なぜ上記と混ぜずにBonus Track扱いしているのかは,よく分からない。
 楽曲の作曲(スコア)は,James McAlister & Mark Sonnenblickとクレジットされている。あまり著名な作曲家ではなさそうだが,それ以上は分からない。この内のMark Sonnenblicと脚本担当の4人が作詞を担当している。物語の一部で,歌詞がセリフの一部だから当然だと言える。コーラスが美しいと感じたのは,“Son Salutation”と“Camp Isn’t Home”である。
 このアルバムには収録されていないが,劇中では既存曲もいくつか流れていた。その中で比較的よく知られた曲として,Chubby Checkerが歌う“I Could Have Danced All Night”とPaul Simonが歌う“The Obvious Child”が挙げられる。前者は,ブロードミュージカル「マイ・フェア・レディ」の挿入曲の中でもっとヒットした曲で,邦題は「踊りあかそう」であった。当然,オードリー・ヘップバーン主演の映画『マイ・フェア・レディ』(64)でも歌われていた。舞台では,主演のJulie Andrewsが歌い,Frank Sinatra, Nat King Cole, Andy Williams, Ella Fitzgerald, Shirley Bassey等の大物歌手や多数の歌手がカバーしている。であれば不思議はないのだが,筆者にはChubby Checkerもカバーし,それをこの映画で使っているのが意外だった。Chubby Checkerは1960年代初頭のツィスト・ブームで活躍した米国の黒人歌手で,「Mr. Twist」と呼ばれた人気シンガーであった。この曲は,彼の3枚目のアルバム「Let’s Twist Again」の1曲目に収録され,陽気なロックナンバーとして歌っている。キャンプの在校生ならずともツィストを踊り出したくなるようなアレンジで,元のミュージカルでの高らかな歌唱とは随分違う。
 後者は,Paul Simonが1990年に発表したアルバ厶「The Rhythm Of The Saints」の1曲目であり,かつ先行シングル発売された曲だ。彼のソロ活動中期の名曲とされている。とはいえ,さほどヒットした曲でもないので,なぜこの映画で使われたのかはよく分からない。きっと,音楽担当者か監督のいずれかにとって,思い出深い曲だったのだろう。

()


Page Top