コンピュータイメージフロンティアIII
電脳映像空間の進化(6)

イマーシブ・ディスプレイ体験記


プロローグ

 今月はまた第1のサイバースペースの話題に戻って,VR関連の話題です。7月号の廣瀬先生のインタビューまでに東大版CAVEを見せていただきたかったのですが,完成が遅れて間に合いませんでした。何とあってもこれを見なくてはこの連載としては収まりません。それなら,CAVEの有難味を正しく理解するのに,大型映像や3Dディスプレイを十分に体験しておこうということになりました。
 実はこのシリーズでは,3Dディスプレイについては,第II部の最終回(1995年5月号)で北村先輩が既にレポートしておられるのです。パンダおじさんのお守り役は引き継いだものの,実体験までは受け継げません。私も一から体験してみることになったので,多少の重複はお許し下さい。

1. IMAXシアター:ケネディ宇宙センター

 CAVEのような没入感のあるディスプレイと比べる事前体験となるとドーム・シアターに行きたくなりますね。それはまだ早いとDr. SPIDERに止められ,普通のIMAXシアターからスタートすることにしました。
 IMAXシアターというのは,カナダ・トロント市に本社があるIMAX社の大型映像投影システムです。普通の横長の映画に比べると縦がずっと長い(約20m)スクリーンで,博覧会やテーマパークで人気を呼んでいます。IMAXというのはImage Maximumの略だそうで,いま世界で最もキレイな映像を映写できる方式なのです。
 ということは勉強していたのですが,初体験の機会はフロリダのNASAケネディ宇宙センター(KSC)を見学した時に訪れました。ここは,宇宙探査衛星やスペースシャトルの打上げ基地なのです。こうした施設はテキサスのヒューストンにあるかと思っていたら,あれは宇宙航空士たちと交信する管制センターだったのですね。映画『アポロ13号』を見ていると,どうもそちらの方ばかりがクローズアップされています。
 ついでながら,宇宙から送られて来た画像の処理はロサンジェルス郊外のパサディナ市にあるジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory;JPL)が担当しています。先日のMars Pathfinderの火星着陸時に報道陣がつめかけていたのはこちらです。さすが広いアメリカだけあって,NASAの施設もあちこちにあるんですね。
 KSCはウォルト・ディズニー・ワールド(WDW)のあるオーランド市の東数10kmのところにあります。WDWから約1時間バスに揺られてやってきました。入場は無料。基地内を巡るガイドつきバスツアーもたったの$8です。アメリカ政府は,国民の税金が使われている所に関しては,こうしてtaxpayerに開放してサービスに努めています。外国人だからといって割増料金を取らないところが心の広いところですね。
 KSCのバスツアーは,まずスペースシャトルの打上げ発射台の近くへと向いました(写真1)。ここから見える目の前の海は大西洋。これなら打ち上げに失敗しても,人家に被害は及ばないなと理解できます。白頭鷲の巣や水路のワニを横目に見ながら,バスはアポロ/サターンVセンターに到着しました。ここは,アポロ宇宙飛行士が訓練を受けていたところとか。アポロ8号の発射と月面着陸シミュレーションも見学コースのアトラクションに入っています。科学少年には楽しいことでしょう。Dr. SPIDERは月面着陸船やサターンロケットの写真を撮りまくっていました。男性は,いくつになっても乗り物が好きみたいですね。
 話題がそれましたが,バスツアーから戻ってようやくIMAXシアターです。スペースポートUSAと呼ばれるKSCの中心部には,ロケットガーデン,スペースシャトル(写真2),宇宙飛行士記念碑,ギフトショップなどと共に,IMAXシアターが2つもあり,半日以上楽しめるテーマパークなのです。上映中の映画は3本で,うち1本は3Dです。3Dの方が見たかったけれど,WDWからの日本語ツアーのコースでは,普通のIMAXの『夢は生きている』(The Dream Is Alive)を見せられてしまいました。
 宇宙飛行士の訓練,スペースシャトルの打上げと作業風景,宇宙遊泳,着陸の瞬間等々がギッシリと詰まった37分の映画です。一目見てスクリーンの大きさにも,映像の美しさにも圧倒されてしまいました。これはすごい!! フィルムによる映像ってこんなに綺麗だったのかと改めて感じ入ってしまいました。宇宙から撮影した地球の素晴しさも,まさに感動ものです。数あるIMAX映像の中でも折紙つきの一級品だそうです。スペースシャトルにこんな大型映像の撮影カメラを積んで行ったというのも驚きです。
 バスツアーでさんざん予習した後に,この映像を見せられたのでは,米国のtaxpayer達もNASAの予算に文句をつけられなくなるでしょうね。IMAX10数回の体験者Dr. SPIDERも,これまでで見た最高,文字通りのMaximumと絶賛していました。これで料金はたったの$5(図1)。3D映像だと$6です。最近ホームページで確認したら,$1ずつ値上げされていました。NASAも予算カットで苦しいのかも知れませんね。
 これだけ大きなスクリーンに映して最高の画質を保っているのには,フィルムと映写装置に秘密があります。通常の映画フィルムは35mmで縦送り,私たちが撮るカメラだと横送りです。今は少なくなった70mm映画の縦送りを横にして,IMAXは35mm映画の約10倍の面積を稼いでいるのです(写真3)。
 そうなるとフィルムの送り機構も特別高精度なものが必要で,すべてIMAX社の自家製です。それに見合った光学系からカメラまで,IMAX社はそのすべてを自社開発しているハイテク企業なのです。カナダには映像分野でこういうユニークな会社が多いようです。
 目下,世界中では約150ヶ所にIMAXシアター(後述のOMNIMAXを含む)があるそうです。日本では18ヶ所。結構あるんですね。筑波万博(1985年)頃から人気が出てきて,いまもアチコチに建設中のようです。これまでに撮影された映像は125本。うち約40本がIMAX社自身で制作・配給されています。そのほとんどは科学映画ですが,ハリウッドのアクション映画ばかり見ている方は,たまにこういう映像を見るのもいいですね。[体験日:3月8日]

2. IMAX 3D:東京アイマックス・シアター

 次はIMAXの3Dです。昨年秋新宿南口にできたタカシマヤ・タイムズスクエアの12〜14Fに東京アイマックス・シアターがありました。ここでは3D映像が常時上映されていると聞いて,早速でかけました。
 総ガラス張りのロビーは広々としていて,とてもオシャレです。カウンターでコーヒーを飲みながら眼下に眺める新宿御苑もなかなかグーです。フロリダから帰って約1ヶ月後の4月上旬は,まだ御苑の桜が楽しめました。
 こちらの入場料は大人1,300円。普通の映画館よりは安いけれど,40分間しかなく,画面は大きくデータ量は多いとなると,まあこんなもんでしょうか。海底の生物の生態を描いた『ブルーオアシス』(Into the Deep)というのを観ました。翌週からは『愛と勇気の翼』(Wings of Courage)という劇映画だったのですが,じっくり3Dの効果を味わうためこちらを選びました。
 この選択は正しく,カメラの動きもゆっくりで立体感を十分楽しめました。スクリーンはNASAよりはやや小さかったものの(高さ18m×幅25 m),それでも3D+大型スクリーンということで没入感も高まってきます。派手なウォークスルーで運動視差を強調したライドものが多いのは,立体像ではないからです。こうして両眼立体視を使えるシアターなら,むしろゆっくりとしたカメラワークが使えます。広視野なら立体視は不要という意見もありますが,やはり立体だと映像作りが違ってくると思います。
 テーマパークに多いボールや槍が飛び出してくるような演出もなく,好感がもてました。それでも,イカや魚が目の前に現れた時は近すぎて目が疲れました。海中の広範囲の景色の撮影には軽い魚眼レンズを使っていたのでしょうが,スクリーンの四角が欠けて視野が狭く,少し枠が気になりました。ステレオカメラを海中にもって行って撮影するのは大変だろうなと,そちらの苦労も気になりました。どうもこうした取材で映画を観ていると,方式や手間が気になって,内容をじっくり楽しめない恨みがあります。
 両眼立体視の方式は,時分割による液晶シャッタ眼鏡です(写真4)。96Hz(左右それぞれ48 Hz)の超音波信号を,3点で受信しています。この眼鏡にはヘッドホンも組み込まれていて、劇場内の6チャンネルの音響に加えて両耳からのステレオ音も楽しめます。IMAX社の誇るPSE(Personal Sound Environment)システムの日本初の導入例だそうです。チャンネルを切り換えると英語でのナレーションも聞こえましたが,周りのスピーカが日本語音声なので,これはしっくりきませんでした。Dr. SPIDERが昨年カナダのバンクーバーで観たIMAX 3Dシアターは偏光メガネだったそうですから,新設のシアターはどんどん最新設備を導入しているようです。
 映像そのものは,NASAでのあの感動には遠く及びません。画質も悪く感じたのは,真空の宇宙空間と防水ガラス越しの海底との差だから仕方ないでしょう。時分割方式ゆえに光量が半分に落ちていたことも影響していたのかも知れません。
 実は,日本にはもう1つIMAX 3Dの常設シアターがあります。大阪・天保山にあるサントリーIMAXシアターで,こちらは20m×28mのスクリーンです。7月1日より年末まで『L5 宇宙都市創世紀』(First City in Space)を上映しています。そうです,KSCで見損ねたあの作品です。これも是非見に行かなくっちゃ。[体験日:4月7日]

3. オムニマックス3D:富士通ドームシアター

 さて,順を追って体験してきて,次は期待していたドーム型のシアターです。同じIMAX社が開発したこの半球状の大型スクリーンをもつこのシアターは,オムニマックス(OMNIMAX)あるいはIMAX Domeと呼ばれています。
 傾斜した観客席の中央部からドームの内面の球状スクリーンに投影する方式で,普通のIMAX映像と同じ70mm横送りのフィルム上に特殊レンズを用いた映像が記録されています(図2)。この映像を上映できるシアターは世界中で30ヶ所足らずです。
 180°近い視野角の全天周映像に囲まれているため没入感は抜群なのですが,これをさらに3Dにしようと試みたのは,1985年のつくば博の富士通パビリオンでした。CGで作った3D映像作品『ユニバース』が上映され,連日長蛇の列ができたそうです。
 まだこの時の立体視は赤と緑の眼鏡をかけるアナグリフ方式だったため,作品自体はモノクロでした。それでも,このCGアニメ作成のための計算機使用料は膨大で,当時としては100億円以上に相当したとか(富士通自身のコンピュータを使ったから,実際には支払ったわけじゃありません。念のため)。
 このオムニマックス3Dをフルカラー化したのは,やはり万博の富士通パビリオンで,1990年の「花と緑の博覧会」(通称,花博)のことでした。この時,富士通とIMAX社は専用の液晶シャッタ眼鏡も共同開発したそうです。上映作品は『ユニバース2〜太陽の響〜』で,当時のCG映像の最高峰だと激賞されました。このフルカラーが可能なOMNIMAX 3Dシアターは,いまIMAX Solidoと呼ばれています。
 膨大な経費を投じたこの2作品のために,幕張に富士通ドームシアターが常設されています。さすが大コンピュータ会社ですね。サイバースペ―スゆかりの千葉市(チバシティ)というのも何かの因縁でしょうか。
 InterOp97で幕張メッセに行った折に,ようやくこのドームシアターを訪れました。Dr. SPIDERはこれで3回目だそうです。残念ながらアナグリフの『ユニバース』はもうやっていませんでした。何年も同じ出し物だったので,前座には3Dでない普通のオムニマックス映画をやるようになったようです。入場料は大人1,200円。私はセゾンカードをもっていたので,なぜか1,000円の割引価格で入場できました。
 まずは,『アフリカ・セレンゲティ』という動物もののドキュメンタリー映画です。広大な景色の場面では臨場感は凄く,本当に現場にいるような気になりました。しかし,動物をアップでとらえて追いかけるシーンが多く,これはオムニマックス向きではありません。画面の端での幾何的な歪みも少し気になります。作品としても面白くなくこれはハズレでした。
 画質的にもIMAXシアターよりは落ちるようです。70mmフィルムの一部を歪めて拡大しているのですから,フルに使っているIMAXの方が上質で当然ですね。また,明るい場面ではドーム・スクリーンのつぎ目の部分がかなり気になりました。これは没入感を大いに防げるので,オムニマックス作品の場合,コンテントの作り方がかなり難しいと感じます。シアターそのものも想像していたほど大きくなく(300席),もう一まわり大きい方が没入感も向上したでしょう。
 退屈な40分間が過ぎて,いよいよお待ちかねの『ユニバース2』です。人形劇に続いて,CGで制作した映像です。うわぁーこれは凄い。これぞ3D,これぞイマーシブ!! いままでに見た3D映画はスクリーンから手前に少し飛び出してくるだけなのに,上や左右からも物体が迫って来ます。隣の観客の顔前にも浮かんでいます。まさに空間の中に,映像と観客とが入り混じっています。
 CGで描かれた水の分子モデルが頭の中を通り抜けて行きました。かと思ったら,今度は後方からすり抜けて戻ってきます。こんな技はCGならではですね。レンズを通して撮影したものではないので,スクリーンの端でも歪みはありません。画質も最高,スクリーンの継ぎ目も全く気になりません。没入感とはまさにこのことを言うのでしょう。NASAのKSCで観た地球の美しさとはまた別の感動です。最高のCG映像と言われていた意味が,ようやく実体験できました。
 ここまでの施設と技術がありながら,残念ながらこの後に続く作品が作られていないのです。HMDやCAVEがその後に登場しましたが,画質的にはこのフィルムのクオリティには太刀打ちできないでしょう。VRやCGの研究者なら,このドームシアターだけは是非一度経験しておくことをお勧めします。
 小・中学生が学外授業の1つとして沢山見学に来ているようです。果たして,あの子達はこの没入感の意義をどこまで理解しているのかしら?普通のIMAXからスタートして,ここまでたどりついた私は,Dr. SPIDERの作戦通り感激の映像体験に浸ってしまいました。[体験日:6月4日]

4. CAVE:NTTインターコミュニケーションセンター

 ようやくお待ちかねのCAVEです。東大版CAVEの完成前に,純正のCAVEが日本にも登場しました。4月18日にオープンしたNTTのICC(InterCommunication Center)にイリノイ大学開発のCAVEがお目見えしたのです。
 新しいメディアテクノロジーの常設展示館としてオープンしたこのセンターは,東京オペラシティタワーの4〜6Fの3フロアも占めています。さまざまなメディア・アートの展示ルームの他に,電子図書館もあって,会員も募集しています。オープニングに当っては,シンポジウムの開催や企画展示にかなり力が入っていたようです。
 では,そのこけら落としの企画展示をやっている間にと考え,先月号の「NTTディレクトリ」の取材時を利用して,同じビルにあるICCも片づけることにしました。(Dr. SPIDER宛の招待状で「御二人様まで無料」で入れました。本当はいくらだったのかしら?)
 他の展示を横目で見ながら,真っ先にお目当てのCAVEに駆けつけました。出し物は『CAVEの共同[形]成』とあります。欧米の4人のアーティスト達の共同制作の作品です。この中には,「美的,概念的に異なる七つの世界が展開されている。中央に設置された木製人形の関節を動かすと,世界のパラメータが変化する。例えば,目を手で覆うポーズは世界そのものを切り替える。CAVEによって,身体・空間・言語の多様な関係性を探る旅へと導かれる」と書いてあります。何だかよく分かりませんね。
 イリノイ大学純正のCAVEですから,スクリーンは前・左・右・下の4面です。液晶シャッタ眼鏡で立体視して,WANDという指揮棒を対話デバイスとして用いるのが御本家のスタイルです。この作品ではパペット(人形)がインタフェースで,その関節を動かすことで,インタラクティブな操作ができることになっています(写真5)。
 ところが,こうした一般向けの展示では人形を使ってのインタラクティブな操作は難しく,デモ映像が流れていただけでした。もともと前衛的で難解な上に,これではアートとしての意味も半減です。おまけにCAVEの中央部に操作端末がデンと置かれていて,観客の邪魔をしています。
 CAVEそのものの没入感はかなりのもので,視野のほとんどが映像で覆われているという感じがしました。本家のCAVEは4面で天井がないのですが,前方と側面のスクリーンに高さがあるためにあまりそれは気になりません。足元に映像があるのは初めての体験で,宙に浮いている感覚がありました。
 中心部で見せてもらえなかったせいでしょうか,画面の継ぎ目で映像が折れ曲がって見えました。これはかなり気になるところです。おまけに,継ぎ目そのもののラインまで見えました。映像が明るいと特に目立つのです。もちろん,画質的にはIMAX Solidoにかなう訳はありません。
 コンテントが面白くなかったためもあるのでしょうが,初めてのCAVEは期待外れの印象が強く残りました。[体験日:6月10日]

5. CABIN:東京大学インテリジェント・モデリング・ラボラトリー

 いよいよ真打ちは東大版5面のCAVEです。廣瀬先生のお話にあったように,このCAVEが収まるインテリジェント・モデリング・ラボラトリー(IML)は総長直轄の共同利用施設です。CAVEの完成を待って,去る6月30日に開所式が行なわれました。そしてこの日から,東大版CAVEはCABIN(Computer Augmented Booth for Image Navigation)と正式に呼ばれるようになったのです。私たちのインタビュー時に何げなくおっしゃったCABINが先に活字になってしまい(7月号),いっそそれならとそのまま採用されてしまったようです。おやおや,このシリーズも大変な役割を果たしてしまったんですね。
 それから1ヶ月足らず。この記事のために廣瀬先生が直々ご案内して下さるというので,東大農学部の構内にあるIMLまで出かけました。このキャンパスに入ったのは初めてのことです。ベンチャー起業家育成という名目で急に各大学についた補正予算だそうですが,ようやく場所を確保してもらえたという敷地には,国立大学にしては珍しいキレイなビルが建っていました(写真6)。このIMLの6階にCABINがありました。
 廣瀬先生が来られる前にお相手して下さったのは,岐阜県から客員研究員として来られている山田俊郎さんです。岐阜県は知事さんの肝入りでVRによる産業振興に特にご熱心なようです。ここのCABINでの経験をもとに,今度は岐阜で6面のCAVE(一体,何と呼ぶのかしら?)を作られるそうです。そもそも5面タイプもドイツが作ろうとしていたのを,東大に先を越され口惜しがっていたとか。次の6面も,やはり世界初をめざしてほしいものです。
 5面についても,天井と床の両方のスクリーンをもたせたため底面からの投写が必要になり,床を持ち上げて強化ガラスが必要になったことは,既にお話があった通りです。じっくり,外側の設備を見せてもらいましたが,まさにメディア重工業ですね(写真7)。CABINの床が高い分,このフロア全体の天井もかなり高く,6階建とはいえ7階分以上の高さがあります。
 廣瀬先生がおいでになり,SGI提供の街のウォークスルー,分子モデル,特殊相対性理論のシミュレーション等,いくつもデモを見せていただきました。何よりもICCと違うのは,ヘッドトラッカーつきの立体眼鏡をかけ,自分で対話デバイスを操作させてもらえたのです。するとどうでしょう,まさに映像のほら穴にいる感覚。無限に広がるサイバースペースの中に完全に入り込んでしまったかのようです。
 やった!これぞこれぞイマーシブ!! 上も下もスクリーンがあることはすばらしく,少し気分が悪くなるくらいの感覚です。いや,スクリーンの存在を感じずに,空間内にただ浮いている気分なのです。
 私がこんなに感激しているのに,Dr. SPIDERはつまらなそうな顔をしています。CAVEもCABINも期待外れと言わんばかりです。「壁面を意識してしまう。没入感は感じない」そうです。少し経ってようやく分かりました。私が自分でこの3D空間を操っていたので,彼はその動きが予測できず,その位置からでは正しい幾何形状で見えないのです。私が動くたびに,彼の側の壁面で映像が折れ曲がって見えるのです。
 これを解消するには,2人がくっついて同時に顔を動かすしかありません。まるで,二人羽織か背後霊のような関係で空間体験しないと,同じ没入感を得られないのです。CAVEやCABINの本質は対話性にあり,それを本格的に味わえるのはたった1人の利用者だけなのです。その意味では,HMDと同様にパーソナルユースの極めて贅沢な装置なのです。3Dドームシアターが300人も収容できるのは,CAVEやCABINよりも格段に会場が大きいのと受身の映像呈示ゆえにゴマ化しが利くからと考えられます。
 CABINのもつ潜在能力には感心したものの,デモで使っている3D映像作品は,いずれも魅力に乏しく感じました。作品と呼べるほどのレベルに達していなかったのです。IMLの設立趣旨からするとこれは仕方ないのかも知れません。
 私は計画的に体験させてもらえましたが,この種の立方体状ディスプレイは,まだまだ体験した人は少ないようです。CAVE(または同等のイマーシブ・ディスプレイ)保有者だけのサークルもできたとか。まだお金持ち倶楽部のステータス・シンボルなんですね。またCAVE同志を高速のネットワークでつないで同時体験することも計画されているようです。 [体験日:7月24日]

6. トータルな没入感:EPCOT

 CAVE/CABINは貴重な体験として,沢山の観客を包み込む楽しいコンテントとなると,WDWのことも書き留めておきましょう。
 去る3月にニューメキシコ州アルバカーキで開かれたVRAIS97(Virtual Reality Annual Int. Symp.)に参加した後,フロリダのオーランドへやって来ました。アメリカ人なら1週間から10日は滞在するというこのリゾート地で,私たちはたった中3日間の見物です。「VR技術の未来応用を考えるのには一流のアミューズメント・センスを学ばなくては」というパンダおじさんの口実で来たのですから,仕方ありませんね。これだけでも役得です:-p。
 WDWは開設25周年ということで,イベントも多くガイドブックも沢山出ています。最近は,JALも力を入れてテレビで盛んに宣伝していますね。ここのメインのマジックキングダム・パークは,東京ディズニーランドとほぼ同じということで,前述のケネディ宇宙センターを除く2日間は,ディズニーMGMスタジオとEPCOTに当てることにしました。
 WDWスワン・ホテルから各テーマパークには,船で向かいます。輝く太陽と湖,見事に手入れされた緑の芝。ここは夢の国です。軍の基地以外何もなく,1日3食を会場のホテルで済ますしかなかったアルバカーキとは,天と地ほども違います。もっとも,宿泊料金もウンと違いますが…。
 今回のテーマで語るべきは,何といってもEPCOTでしょう。ここは,常設の万博のようなもので,人類の未来を考えるフューチャー・ワールドと11ケ国のパビリオンが並ぶワールド・ショーケースに大別されています(写真8)。もちろん,お目当ては前者で,Experimental Prototype Community Of Tomorrow(実験的未来社会)の名が示す通り,ウォルト・ディズニーは当初科学者達をここに住ませて理想社会を作ろうと計画していたそうです。
 9つの展示館には大小さまざまなアトラクションがありますが,大勢の観客をさばくには,順次送り出して行くライドものか,大きなシアター形式になってしまいます。ライド形式でイマーシブとなると,まず「ホライズン館」です。2人乗りのボックスシートで,大きなドーム状の空間を移動しましたが,この映像表示もIMAXだったのです。ただし,この映像はあまり美しくなく,他の展示も大ハズレでした。廣瀬先生のおっしゃってた「過去から見た未来」の典型でした。
 一番のオススメは,「ユニバース・オブ・エナジー館」です。220°の視野を誇る大パノラマ映像は,コンテントも素晴らしく圧倒されてしまいました。これだけが売り物ではなく,太古から未来までのエネルギー事情を描くストーリーも,恐竜のアニマトロニクスも,すべてが壮大でバランスが良いのです。インタラクティビティを必須とするタイプのVRシステムとここのイマーシブさとは,全く発想も使い方も違っています。ここを,3Dディスプレイにしてはどうかと考えてみると…。やっぱり立体に見えたらプラスαは大きいだろうなと思いました。いま作り直すなら,ここには液晶シャッタ眼鏡を導入すべきですね。
 3Dシアターなら,コダックがスポンサーの「ジャーニー・イントゥ・イマジネーション館」です。廣瀬先生が偏光メガネを持ち帰ろうとされたところですね。出し物はぐっと新しくなっていて「ミクロ・オーディエンス」です。映画『ミクロキッズ』を題材としたこのドタバタ3Dムービーは,いま一番の人気なのです。この作品で感心したのは,立体視以外に音響・風・水,あらゆるものを使って臨場感を高めているところでした。
 これは,MGMスタジオのマペット3D映画もそうでした。実物の人形やシャボン玉まで出てきて,思わず引き込まれてしまうのです。立体視や広視野によるイマーシブというのは,トータルな没入感の1つの要素に過ぎないんだなと感じました。
 日本に帰ったらこの体験を言い触らそうと思っていたら,4月から東京ディズニーランドでも「ミクロ・アドベンチャー」と名を変えて始まったのです。でも,東京では1時間以上も並ぶのは普通とか。15分待ち位で見られたので,やはり得した気分になりました。[体験日:3月7日]
Yuko)

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