コンピュータイメージフロンティアIII
電脳映像空間の進化(12)

サイバーシティ体験記


 プロローグ

 「作者取材旅行のため,しばらくお休みをいただきます。」この種の案内は,大抵原稿のストックがなくなったためで,「取材」は口実にすぎない。
 この連載の場合,ストックどころか毎月自転車操業で,入稿日がどんどん遅れてしまい,そして遂に日付変更線を越えるがごとく,1回休載が避けられなくなった。一度穴をあけてしまうと気が緩み,じっくり行こうと,さらにもう1回休載してしまった。本シリーズ終了まで一気に駆け抜けるつもりだったのに残念である。
 実際,取材や体験のための日数も必要だったのである。今回の話題は,2つのサイバースペースの接点として,サイバーシティ,ネットワーク上に作られた仮想都市で過ごした体験談を語ろうと考えた。このため,会員登録をしたり,システムをインストールしたり,アンケートをとったりで,結構準備にも整理にも時間がかかってしまったのである。
 いつものようにと共有体験といいたいところだが,PCのセットアップや操作には,私のような旧世代はついて行けない。キーインのスピードも10倍くらい違う(は,キーボードが壊れるくらいの猛スピードで入力できるのだ!)。かくして,私めはサイバーシティ内に立ち入ることなく,ウィンドウズの外から隠居然として傍観していることになってしまった。
Dr. SPIDER) 

1. 電脳世界はいま建設ラッシュ

 別世界でのコミュニケーション

 この「電脳映像空間の進化」シリーズでは,これまでVR技術の動向やインターネットに関わる新技術やビジネスを別々に見てきました。今回はいよいよコンピュータ・ネットワーク上に作られた仮想都市の体験です。
 「サイバーシティ」「サイバータウン」「仮想社会」「バーチャルソサエティ」「バーチャルワールド」とも呼ばれ,さらにネットワーク上の都市ということから「ネティ(nety)」という言葉もあるようです。私たちは「サイバーシティ」か「仮想都市」で行くことにしましょう。
 色々な街や世界が作られていますが,共通しているのは,2次元アニメーションもしくは3次元CGで描かれた世界で,たくさんの利用者がコンピュータ端末から同時に共有体験できるということです。インターネットは,WWW(World Wide Web)の登場で一気に広まりましたが,これは双方向通信といっても,ウェブサーバーに置いてあるデータを利用者が1人ずつ取りに行くだけのものでした。住民が個々に市役所に広報をもらいに行ったり,お店のカタログを取り寄せたりしているようなものですね。
 サイバーシティは,見ず知らずの人たちが集える街なのです。街中をウォークスルーできることはもちろん,おしゃべりしたり,買い物したり,ゲームをしたり,中にはペットを飼ったり,結婚式をあげられるものもあります。無料のサービスも有料のサービスもありますが,「ふれあい」や「出会い」を謳っているものが多いようです。
 基本的には,予め用意されているキャラクタを選び,自分の化身としてサイバーシティ内に送り込みます。これをアバタ(avatar)といいます。このアバタ同士が会話をするので,おしゃべりといっても,ほとんどは,キーボードをたたけば文字が表示される「テキストチャット」です。音声が使える「ボイスチャット」は,まだあまり使われていないようです。
 現実世界では見ず知らずの人に声はかけにくくても,アバタを通してだと人は大胆になれるみたいです。性別も年齢も偽ることができるので,全く別の自分になれるのです。ゲーム感覚で世界を探検できる上に,他の参加者がいることでゲーム以上の偶然性もあります。日常とは別の世界でのコミュニケーションを楽しむ,どうやらこれが人気の秘密のようです。

 元祖はハビタット

 この種の仮想世界の先駆的な事例としては,常に「ハビタット」(Habitat)の名前があがってきます。1985年頃ルーカスフィルム社で始まった開発プロジェクトの産物で,マルチユーザー参加型のサイバースペースとして話題を呼びました。ルーカスフィルムというのは,もちろんあの『スター・ウォーズ』のジョージ・ルーカス監督の会社です。特撮で有名なILMはそこの一部門から独立した子会社です。このルーカスフィルムが,映画だけでなくこんなこともやっていたというのは驚きです。
 最初のハビタットはコモドール64というパソコンをフロントエンドとし,バックエンドのサーバーはStratusのミニコンピュータだったそうです。私を含め,今ではこんな名前を聞いても分かる人はいませんね。コンピュータの世界にとっては,それくらい昔々に開発されたのだとご理解下さい。
 ハビタットがすごいのは,単にアバタになってチャットができるだけでなく,「ゲームを楽しんだり,冒険をしたり,恋をしたり,結婚したり,離婚したり,商売を始めたり,独自の宗教を作ったり,戦争したり,戦争に抗議したり,また自治を試みたりすることが可能である」ことを目指して最初から設計・開発されたことです。今たくさんある仮想都市サービスの中でも,独特の文化をもった別格的な存在になっています。
 ハビタットは,開発依頼元のQuantum Link社のパソコン通信サービスで運用され,1988年には富士通がこのシステムの権利を買い取りました。1990年にはFM Towns用に作り直された「富士通Habitat」が,NIFTY-Serveで利用できるようになったのです。
 その後,ウィンドウズ版が作られ,大きなバージョンアップがありました。米国版はWorlds Awayと改名されて1995年9月からCompu Serveでサービスが始まり,日本版はHabitat IIとして1996年3月から利用されています。そして,同年11月にはインターネット対応サービスも始まりました。
 ハビタットは有料サービスですが,老舗だけあってファンも多く,7〜8年間ずっとこの世界で暮らしている住人も少なくないようです。Habitatという言葉は,もともと「居住地,棲息環境,…」という意味ですから,その意図通りにハマってしまったわけですね。

 あれこれと街選び

 情報ネットワーク社会の未来が論じられる時,しばしばこのハビタットが引き合いに出されます。このCIFシリーズが始まった頃にも,この類いの文化論・未来論が盛んだったようです。本連載の第1回「2つのサイバースペース」で触れたM. ベネディクト編『サイバースペース』(NTT出版,1994年)の中には,「第10章 ルーカスフィルム社のハビタットの教訓」という論文も収録されています。
 WorldsAway(Habitat II)が始まった95〜96年頃から,またサイバーシティ熱が高まってきたようです。米国では,The PalaceWorlds Chatといった競合サービスが始まり,日本でもCyberCity96(富士通),さぱり(ソニー),メタプラザ(凸版印刷),まちこ(NTTデータ通信),ピープルスペース(ピープルワールド)といった仮想の街が次々と立ち上がってきました。いま,ちょっとした建設ラッシュなのです。
 インターネットの普及が拍車をかけたことは間違いないようです。限られた会員のパソコン通信より,どこへでもつながるインターネットなら,人の輪がいっそう広がることはいうまでもありません。まさに,インターネットは「サイバースペース」を具現化しようとしているわけです。EC(Electronic Commerce)の場として,サイバーシティを設けようという動きも盛んです。EC用公共投資が,仮想世界の街おこしを支えていることになりますね。
 情報処理学会は1997年4月号で「仮想環境社会の展望」を特集し,日本バーチャルリアリティ学会では同じく7月に「仮想都市研究会」(委員長:松下温慶大教授)が発足しました。学界も,ホットな話題として取り上げ始めたようです。
 そこで,このCIFシリーズとしては,ただこの動きを傍観しているのではなく,実際にサイバーシティを体験して報告することにしました。となると,まずは訪れる街選びからです。
 元祖「Habitat II」は,もちろんはずせませんね。展示会でもらった資料に,「まちこ」「GLOBE WARP」(凸版印刷)がありました。会社で買ったノートパソコンのVAIO(ソニー製)には,「さぱり」がプレインストールされていて,「ヴィラぷらら」(ジーアールホームネット)とやらのCD-ROMもついていました。
 また,日経ネットナビのホームページには,仮想都市体験の人気投票が載っていました。人気の上位は,「まちこ」と「GLOBE WARP」です。この投票欄に「ピープルスペース」「Cyber Oz City」「Microsoft Chat」があったので,これも加えることにしました。
 それぞれのパンフレットやホームページを見ていると,カラフルでまるで旅行ガイドを眺めている気分です。Habitat IIはまだ2次元のキャラクタですが,他はほぼすべて(Microsoft Chatを除く)3D-CGで描かれています。これも時代の流れですね。

 出かける前に身仕度を

 仮想の街に出かけるといっても,それなりの準備が必要です。サイバーシティのデータそのものを,自分のパソコンにインストールしなくてはなりません。どれも結構なデータ量なのです。沢山の街角があり,複雑なものほどデータ量も多く,Habitat IIは65MB,「まちこ」は約300MBもありました。
 各々のホームページからもダウンロードできますが,かなり時間がかかります。CD-ROMを取り寄せてインストールするのが得策なようです。最近のインストーラはほとんど自動化されているので,どれも簡単でした。
 街のデータは揃っても,すぐには入れません。無料のサービスでも会員登録をして,会員番号やパスワードを入手する必要があります。入国審査がしっかりしていて,パスポートを持たない無法者は入れてもらえないのです。
 凸版印刷の「GLOBE WARP」は,「Worlds Chat/J2」と「メタプラザ」の2つのサービスの総称です。これは,WWWでユーザー登録を済ませると,電子メールでシリアル番号が送られてきました。
 「まちこ」は手続きが少々面倒でした。入会申込書を取り寄せ,必要事項を記入して郵送して,やっとこさCD-ROMが送られてくるのです。この街でショッピングするためには,「バーチャルクレジットカード」を発給してもらう必要があり,その手続き上こうなっているようです。バーチャルといっても,これは本当のショッピングで,買った品物は送られてくるし,代金はクレジットの口座から引き落とされます。
 そう分かっていながらも,最近はWWWや電子メールに慣れているので,郵送での手続きはとても煩わしく感じました。私たちは知らず知らずのうちに,電子商取引の世界に引き寄せられているのかもしれませんね。
 有料サービスのうち「ピープルスペース」は,お試し版が無料体験できるというので,まずはこれで我慢することにしました。「ヴィラぷらら」は,NTTがソニーやセガ等と共同で設立したインターネット・サービス「ぷらら」の3Dチャットです。プロバイダへの接続とセット契約すれば無料ということですが,何となく面倒に感じて登録を断念してしまいました。
 Habitat IIも有料ですが,やはり歴史のある元祖仮想都市だけにはずすわけには行きません。これは取材だからとお願いして,特別に無料体験させてもらうことになりました。
 サービスの形態をまとめると表1のようになります。この他にもNECのWebMesseやベッコアメのPubなど,会員用の無料サービスがあるようですが,調査はこれくらいにして,実体験に進んでみましょう。
表1 著名な仮想都市の比較

サービス名 会員
登録
料金 対応OS
※1
チャット以外のサービス 2D3D 運営者
買物 ゲーム 情報 その他
Habitat II 700円/月+6円/分 W3.1/95
M,セガ
      2D ※4 富士通(株)
ピープル・
スペース

※3
200円/日 W95   マンガ視聴室 等 3D (株)ピープル・ワールド
ヴィラ
ぷらら

無料※5 W95,M,セガ ※2   3D ジーアールホームネット(株)
GLOBE WARP 無料 W95   3D 凸版印刷(株)
まちこ 無料 W95       3D NTTデータ通信(株)
さぱり 不要 無料 W95         3D ソニー(株)
サイバー
オズシティ
不要 無料 W3.1/95/NT         3D (株)エスコット
Microsoft Chat 不要 無料 W95/
NT4.0
        2D マイクロソフト


※1 W=Windows,M=Mac,セガ=セガ・サターン
※2 チャットができるのはWindows95のみ。
※3 プロバイダの会員に限る。
※4 Windows95のみに対応した3Dゾーンが一部ある。
※5 プロバイダの会員は無料。仮想都市のみの契約者は有料(従来の料金がかかる)。

旧料金:
Habitat II 500円/月+7円/分
ヴィラぷらら 300円/日 or 1,500円/月(チャット料)(2月末まで)

2. 仮想の街での公園デビュー

 期待と不安の第一歩

 準備には合計2〜3日も使ったでしょうか。いざ仮想都市に入るとなると,かなり緊張しました。私は,現実世界でもおしゃべりは得意ではないので,未知の世界で見知らぬ人と話すには勇気がいります。どんな人たちがいて,何を話せばいいのやら…。仕事でなければ,こんな体験などしたくないくらいです。
 まずは,日経ネットナビの投票で部門賞をとったというGLOBE WARPの「メタプラザ」にチャレンジすることにしました。使い方は,立ち上げてマウスを操作するだけなので意外と簡単です。ヘルプを見ながら,ボタンの意味を覚えました。歩き回っておしゃべりするだけなら,これで大丈夫です。
 サイバーシティ内のアバタにつける名前をハンドルネームといいます。メタプラザでは,ユーザー登録時にこれも手続き済でした(あとで変更もできます)。残るはアバタを選ぶだけです。
 数十個並んでいる中からどれを選ぼうかと,かなり悩んでしまいました(写真1)。私は,現実のショッピングでも,さんざん迷うほうなのです。人物の形をしたものはやめて,結局スタンドマイクにしました。インタビュアのつもりなのです。ようやくアバタの形は決まったのに,何となくまだ落ち着かず,コーヒーを一杯飲んで,深呼吸をしました。
 意を決して街に入って見ましたが,誰もいません。残念というか,少しホッとしたというか…。ウィークデイの昼間,仕事時間にこんな所をうろついている人はいないのでしょう。安心して歩いていくと,次の街の入口あたりで画面が少しおかしくなりました。どうやら進行方向の街のデータを読み込んでいるようです。
 しばらく待っているとテクスチャがペタペタと貼られてでき上がり,先に進むことができました。こういったところでは,まだまだいまのPCの能力の限界を感じます。通りの両側の壁には企業の広告がテクスチャとして貼られています。こうやって広告料収入を得るのだなとうなずいてしまいました。
 建物の中に入ってみると,そこは携帯電話のお店でした。棚に商品が並んでいます。電話の写真がテクスチャとして貼ってあるだけなので,うすっぺらな感じがしました。
 通りに戻ってしばらく待ちましたが,結局誰にも出逢わず,少しガッカリの初体験でした。

 緊張の初体験

 次は,プレインストールされていた「さぱり」を試しました。ビューワを立ち上げると可愛い猫のアバタが登場し,これをクリックするとすぐに仮想空間に入ってしまいました。今度は深呼吸するヒマもありません。
 画面の下に矢印ボタンが並んでいて,移動は簡単にできました。この空間もアバタも,CGとしてはかなり粗っぽくて,名前通りにさっぱりとしています(写真2)。人の集まっているところを探す機能があったので,近づいてみると10人くらいいました。会話ははずんでいるようですが,交錯していてよく分かりません。
 急に私のログインネームで「こんにちは」と話しかけられ,何も返答せず慌てて終了させてしまいました。あー驚いた。後から気づいたのですが,メニューから「設定」を選べばハンドルネームやアバタを自由に変えられたのです。設定をしなかったため,デフォールトのアバタとログインネームで入ってしまったようです。恥ずかしいったら…。
 「Cyber Oz City」,これも無料のサービスです。人間の形以外にも,おかしな形のアバタがたくさん用意されています。ここでは,自分の姿を鏡に映して確かめることができます。今度は,しっかり選んで,心の準備をして街に入りました。
 既に2人の人が会話をしていました。「RAI吉」と「もんちゃん」です。早速,「こんにちは」と話しかけられました。今回は逃げ出さずに,勇気を出して答えてみました。
 「HAJIMEMASHITE」。あれっ!?
 こわばって外国語風に話したのではありません。入力モードがアルファベットのままだったのです。改めて仮名モードにし,「初めてなので…」と言い訳をして会話に入りました。
 こんな時間にログインしているのは学生さんかと思ったら,2人とも会社員で仕事中にチャットを楽しんでいるそうです。しかも毎日とか…(実際この2人は,いつログインしてもいました)。これも息抜きなのかも知れませんが,私はすっかり緊張して疲れたので,そうそうに別れを告げました。

 昼間はゴーストタウン

 日を改めて,お試し版のピープルスペースにトライです。どのビューワも大体似たり寄ったりの機能なので,操作にも慣れてきました。この街には,カニが歩いていたり,アドバルーンが揺れていたり,結構動きがあります。ユーザーの分身である「アバタ」に対して,もともと仮想世界に住んでいる人間や生物を「ファントム」と言っているようです。
 これはお試し版なので,行動できる範囲も狭く,マルチユーザーにもなっていません。本格版は,会員登録して料金を払えば,チャットの他にも,自分でペットを飼ったり,自作の空間を登録することもできるみたいです。このサービスは,ピープルワールドというプロバイダの会員に限られているので,これ以上踏み込む気になれず,この空間とはおサラバすることにしました。
 やっと「まちこ」のCD-ROMが届きました。手続きは面倒でしたが,利用は無料です。NTTデータ通信が通産省のEC実験の1つとして始めたサービスで,ターゲットは25才〜35才の女性とのことです。そのためか,ここのアバタはスマートなものが多く,街もヨーロッパ風のモダンな作りで,かなり凝っています(写真3(a))。通りにもおシャレなお店が軒をつらねています。ここのCG画像には,かなりお金がかかっているなと感じました。
 後日談ですが,この「まちこ」の第1次実験サービスは98年2月末で終了し,3月11日から新サービスが始まりました。ところが,システムが一新され,街はノッペラしたものになってしまいました(写真3(b))。前のが素晴らしかっただけに残念です。
 地図を見ると随分たくさんのお店があります。数えてみると全部で94社です。おしゃべりよりも,ショッピングが主眼というだけはあります。お店の前に立つと,右下にボタンが現れ,これをクリックすると各企業のショッピング用ウェブページが別ウィンドウとして立ち上がってきます。ここで,欲しい物を選べば,後日実物が配達されてきて,代金はクレジット決裁される,という仕組みなのです。皆さん本当にこれで買物しているのでしょうか。
 街は3D-CGで描かれていますが,店内も3次元というのはまだ限られています。入ってはみたものの,殺風景で,商品そのものはやはりウェブページの(2次元の)写真で見るのです。参加料無料の実験としての街並みは,主宰者のNTTデータが頑張って作ったものの,出店側にはまだそこまで力が入っていなかったのでしょう。何やら,どこかのニュータウンの縮図みたいです。
 一方,この街での会話はというと,チャット・ウィンドウを開けてみたものの,誰もいなくて会話できませんでした。昼間はどこも空いていますが,夜になるときっと混み合うのでしょう。

 街頭インタビューの反応

 その後も,人の居そうなサイバーシティを訪れてみましたが,たわいもない会話がほとんどで,どうも馴染めません。「もっとしっかり取材しろ」とDr. SPIDERにハッパをかけられてしまいました。
 そうですね。会話やショッピングを楽しむのが目的ではなく,仮想都市の住民たちの生活ぶりを観察し,レポートするのが目的ですから,ここは仕事に徹することです。そこでハンドルネームを「雑誌記者」にして,堂々とインタビューすることにしました。
 「さぱり」に入ってみると,近くにいた5人くらいが寄ってきました。
 「記者さんなの?」
 「インタビューさせて下さい」
 「いいよ,いいよ」
 「何の雑誌?」
と,まんざら嫌じゃないみたいです。こちらが目的をもって話しかけると,会話もはずみます。
 掲載用に画面例を取っておこうと「Cyber Oz City」に入ったら,いつもの「RAI吉」と「もんちゃん」がいました。「ここよりも噴水の前がいい」とか「シンボルのペンギンも入れて欲しい」とか,いろいろ要望が出て…まるで記念撮影です(写真4)。
 取材と割り切ると会話も楽になってきました。ワイドショーのレポータの気分です。かなりコツも飲み込めてきたので,あちこちの街角に出没し,年齢や,利用時間と頻度,街の好き嫌いや他の街との比較などを尋ねてみました。
 ユーザー層は10代後半から20代が圧倒的で,中には小学生もいるとのこと。夜と週末が賑わうようで,NTTのテレホーダイの始まる夜11時以降になると,人が続々と集まるそうです。3日に一度くらいが平均的ですが,毎日接続の常連もいます。利用時間は普通は1〜2時間くらいのようで,中には7〜8時間という猛者もいるようです。
 一度ある街に住みつくと,他のサービスにはあまり移らないようです。知り合いが増え,待合せなどするようになると「住めば都」になるんでしょう。 彼らは,無料だからここに住みついていて,「有料だったら?」の質問には,全員が口を揃えて「やらない!」と答えてきました。「文字でなく,自分の声で話すのは?」に対しては,「面白そう」。「自分の顔写真が出るのは?」には,「リアルすぎる」「現実を持ち込みたくない」。「年をとってもやるか?」には,「やっているかも知れない」という声が返ってきました。

 あっという間の1時間

 だいぶ慣れたところで,老舗Habitat IIをじっくり楽しむことにしました。
 ロクに説明を読まずにログインしたので操作方法がわからなかったのですが,そこにいたオウムが色々と教えてくれました。アバタは,Worlds Awayと同じではなく,日本人向きの顔に変えてあるようです。何でもクリックすればメニューが出てくるようで,地面をクリックすると移動できることも判りました。オウムの指示通りに進んで行くと,プレゼントとして50Tk(トークン)もらえました。これは,ハビタットの中だけで使える通貨なのです。
 記帳所に着き,自分のハンドルネームを登録すると,これで入国手続完了です。ウロウロしていると,早速声をかけられました。名前をここでも「雑誌記者」にしていたので,すぐにインタビューに入れました。アクセス時間に応じてトークンがもらえること,いろんな自動販売機で買えること,それを身につける方法もその時教えてくれました。
 そうこうするうちに,どんどん人が集まってきて,そのたびに雑誌記者であることを説明する破目になりました。どうも彼らにとっては珍しい存在のようで,きっと外国人記者のような存在なのでしょう。
 ここでは,誰でも仲間として歓迎してくれて,この世界での暮らし方を教えてくれるようです。入国祝をプレゼントするのも習慣で,私も袋,花,マフラーなどをもらいました。新しく入ってきた人は,トークンが少なく買物が出来ないので嬉しい贈り物です。この国(街)では,トークンをためると買物をして着飾ったり,部屋を借りて住むこともできるのです。自動販売機で,新しい自分の顔も買えるのです(写真5)。不要になったものをトークンに換金する「ポーンマシン」もあります。下取り用の機械ですね。
 このトークンを貯めるという行為は,テレビゲームにも似ているし,現実世界を擬した仮想世界としての価値を高めるのだと感じました。もっとも,仮想世界でせっせとお金を貯めていると,その分使用料がかさんで,現実世界のお金が減って行くのですが…。
 噂に聞いていた通り,ハビタットには他と違う何かがあるようです。おしゃべり下手の私にも楽しめると感じました。ここは有料のせいか,ユーザーの年齢層はやや高く,20代後半から30代というインターネット利用層が中心です。サービス開始から8年間,ずっとここに通っているというオタクもいるとのことです。
 こういうインタビューをしている間にすぐ1時間以上経ってしまいました。これじゃ1日2時間やるというのもうなずけますね。
 

 会話のレベルは高くない

 Dr. SPIDER たわいもない話とは聞いていましたが,何ですかこれは。まるで,会話になってないじゃないの。
 Yuko だから言ったじゃないですか。
  それにしても,これほどとはね。
  人生や芸術について語り合ってるとでも思いました?
  いや,せめて昨日のスポーツの結果とか,パソコンの最新ニュースとか,ネットニュース程度の話題はあるのかと…。
  サイバーシティは,いくつもの街に分かれているといっても,そういう風に管理されていないのです。ですから,見ず知らずの人が出会っても,なかなか共通の話題にたどり着けないんだと思います。私は学生時代にテキストだけのチャットをやっていましたが,これは知っている人たちだけの集まりだったので,もう少し話ははずみました。
  意味不明の言葉が並んでいますね。
  キーボードを打つのが面倒で,略語を使うみたいです。例えば,「こんにちは=ちは」「はじめまして=おはつ」「おかえりなさい=おか」「ひさしぶり=おひさ」「よろしく=よろよろ」といった具合に一番よく使う挨拶が略されるので,最初は戸惑います。
 また「インターネット経由の接続=インタ」「セガ・サターン=SS」「パソコン=パソ」なんてのも,よく使われています。
  数人だと,確かに早く打たないと置いてけぼりになりますね。あなたは,猛スピードだからいいでしょう(笑)。
  それでも,自分が名ざしにされた時は慌ててしまいます。
  日本語は,かな漢変換のハンデがあるからなぁ。いきなりアルファベットで打てる英語だと,もうちょっと会話はスムーズなんでしょうねえ。
  それでも会話のレベルは,同じようなものらしいですよ(笑)。

3. サイバーシティの機能と仕組み

 住民サービスも充実

 仮想都市サービスの一覧は表1に示した通りですが,システムの機能や技術的な面からも分析してみましょう。
 各々のビューワでは,ナビゲーションはマウス操作が基本で,キー入力でチャットをします。チャットが別画面になっているものと,アバタの頭の上に吹き出しとして出るもの,両方を併用しているものがあります。
 大抵のシステムには, 等々の機能があります。また,いくつかのシステムに, などの機能が備わっています。トークンの使用やゲームなどは,さらに別の機能ということになります。
 マルチユーザーを仮想空間に共存させる方式は,システムによって若干の差があるでしょうが,ほとんどはサーバー/クライアント型で,仮想世界に関する情報をサーバーが矛盾のないように集中管理しています。このサーバーは,サービス提供者のサイトにあり,パワフルなUNIXマシンが使われることが多いようです。
 一方,仮想都市を描いたり,会話文を表示するクライアントは各ユーザーのコンピュータであり,描画用のグラフィック用データはほぼすべてクライアント側にあります。このため最初のローディングに随分時間がかかったのです。サーバーとクライアント間で送受信されるのは,会話の内容(テキスト)やアバタの移動などのメッセージだけで,少量のデータだけです。そうでないと,電話線を使った通信で同時体験できるわけありませんね。
 機能も多様化し,ビジュアルでカラフルな街が作られるようになったのは,PCの性能向上のおかげです。自治体の財政が豊かになると,住民サービスも充実してくるようなものですね。それでも,テクスチャを多用するとビューワをロードするのにも時間がかかり,街の中の移動もかったるくなります。もっとも,これはクライアント・コンピュータの能力に大きく依存していますが…。
 これを類型化して図にすると,図1のようになるでしょう。通信プロトコルは,TCP/IPかUDP/IPが多いようですが,独自プロトコルを使っているところもあります。WWWと連携をしているものは,オブジェクトをクリックすると,自動的にWWWブラウザが立ち上がり,WWWサーバーから情報を受け取れる仕掛けをしています。
 ハビタットの歴史を振り返っても分かるように,インターネットの普及とともに仮想都市サービスやチャットの人口も急激に増えたようです。やはり,どこからでも接続できるインフラの整備が,人々の出会いを求める心につながったのでしょう。もっとも,WorldsAwayは,人種・地域を越えた人々の集まりの場であるのに対して,Habitat IIは日本人しかいない村社会という気もしますが…。

 2D vs. 3D

 仮想の街のCG描写は,2Dか3Dかが大きな分かれ道です。既に述べたように,Habitat IIは,一部に3D表現はあるものの,基本は昔ながらの2D表現を踏襲しています(写真6)。初期のものに比べると,街もアバタもかなり手の混んだものになっていますが,やはりこれだけの歴史があると簡単に枠組が変えられないのでしょう。アバタの動きも,前後左右に向いたり,笑ったり手を上げ下げするだけで,何やら一昔前のスーパーマリオの時代を思い出してしまいました。
 ところが,2Dの方が都合のいいこともあるのです。チャットが別画面だと,ついついそちらにばかり注意が向いてしまい,折角の街並みやアバタを見る余裕がなくなります。Habitat IIでは,アバタの上部に次々とセリフが現れるスタイルなので,アバタにも注意が向くのです。
 「Microsoft Chat」はもっと徹底していて,マンガっぽいキャラクタに吹き出しがついてきます(写真7)。これはもともとモノクロの静止画で,コマ割りがどんどん進行して行きます。
 「さぱり」では,3D空間の方にも会話文が出るようになっていますが,3次元だとセリフが重なってしまい見えないのです。同時参加できる人数の制限といい,アバタとチャットのバランスといい,Habitat IIはよく考えられているなと感じます。
 3D-CGのデータ形式としては,VRMLに準拠したものが増えてきました。「さぱり」「ヴィラぷらら」「ピープルスペース」がそうです。VR MLビューワの基本機能を,そのままサイバーシティ用のビューワに流用できるから好都合なのでしょう。
 一方,「まちこ」は英国製のViscapeという3D-CGソフトを用いています。データ量を圧縮しているのが特徴のようです。それでも,「まちこ」のリニューアル時に街並みがぐっと簡素化されたのは,旧バージョンが重すぎるとの声が大きかったからのようです。
 新バージョンはまた,街を小分割し,オンデマンドでCGデータを配信する方式に切り換わっています。すべてCD-ROMで配付していたのでは,季節やイベントに応じて街並みデータをアップデートできないからとのことです。Habitat IIに出来た新しい街「グレースビル」にも,この種のアップデート機能が備わっています。

4. 夜のサイバーシティの生態

 現実を忘れてサタデーナイト・フィーバー

 今度は「雑誌記者」としてではなく,もう一度じっくりとサイバーシティを訪れ,その社会的・文化的な側面にも触れてみることにしました。それには,昼間ではダメで,人の集まる時間帯でなければなりませんね。
 ノートPCを自宅に持ち帰り,土曜日の夜12時頃,眠い目をこすりながらログインしました。「さぱり」にも「Cyber Oz City」にも「まちこ」にも人がいっぱいいます。まるで別の街のようです。夜間都市人口がぐっと増えるとは聞いていましたが,これほどとは。
 Habitat IIでは,どこへ行っても人だらけで,たくさんの人が楽しそうにおしゃべりやゲームをしています。人数が多すぎてアバタになれないゴーストも結構いました。これにはちょっと説明が要りますね。Habitat IIでは,街が150のリージョンに分かれていて,各リージョンには6人までしかアバタを収容できないのです。
 この他に,姿を見せずに会話を傍聴できる「ゴースト」が存在します。見ているだけで,リージョン内に影響を及ぼせないので,透明人間ではなくゴーストなのです。デミ・ムーア主演の映画に「ゴースト〜ニューヨークの幻」というのがありましたね。そうです,あのゴーストなんです。
 アバタが定員一杯のときには,行きどころがなくゴーストにしかなれません。仮想の街でも,生存競争は厳しいのです。私のように会話を聞いて(見て?)いたいだけの時は,意図的にゴーストになることもできます。ただし,ゴーストが何人いるかも住人たちには知られています。
 普段の会話はというと,やはりこの仮想世界自身についての話題が多いようです。「そのヘッドはどこに売っているの?」とか,「昨日のイベントに参加した?」とかです。ベテランになると,色々なグッズを身につけたり,見なれぬヘッドでおシャレをしたり,現実世界の若者たちと似たような振舞いをするようです。これはまさにサタデーナイト・フィーバー。現実世界の自分を忘れ,変身して別世界にくり出してきているのです。

 出会いの影にはトラブルも

 新しい別世界に浸るには,現実世界を擬した社会性も必要なのでしょう。先述のトークンがその最たるものです。うっかり落とした物やお金を盗られてしまうこともあるようです。
 ハビタットの世界で知り合った2人が,教会で結婚式を挙げることもできます。これを「ハビ婚」といいます。結婚後は一緒にマンションを借りて住んだり,ペアルックで街を歩いたりもするようです。もちろん,さっさと離婚もできます。
 これはすべて仮想世界の出来事と割り切っているのかと思えば,そうでもないようです。特定の女性につきまとうストーカーもいるのです。
 ESPという秘話機能を使うと,他の人に知られずメッセージを送れます。これを利用して,しつこく個人的付き合いを迫る男性がいるようです。会員の男女比は約8:2で,インターネット利用人口分布と同じだそうですから,やはり女性は目をつけられやすいのですね。(若い女性をターゲットにした「まちこ」では,4割が女性会員です。目標は7〜8割だったそうですが…。)
 この誘惑が嫌で,男性のアバタを使用している女性会員もいます。逆に,この世界でくらいはと女装する男性会員も少なくないようです。そういえば,女性のアバタは2割以上いたような気がしました。もっとも,口説いてみたら実は男性だったという笑えない苦情やトラブルもあるとのこと。これもハビタットには社会性がある証拠かも知れませんね。
 こうしたエピソードは,「オラクル」と称する街の相談員・監視員の人から聞きました。「オラクル」とは,神のお告げを伝える人のことで,会長さんがネットワーク・コンピュータを提唱したデータベースの会社のことではありません。ハビタットでは,ワールド内の秩序を保つ管理人で,呼べばすぐ助けに来てくれます。彼らは,この世界に長く住んでいるベテランで,それが昂じて「オラクル」として雇われてしまったようです。この他に「アコライト」(僧侶)というボランティアもいるようです。
 街で出会った女子大生(?)は,この世界で知り合った男性と実際に交際中であることを語ってくれました。「ハビ婚」でなく,実際の結婚ゴールインにまで至ったカップルも何組かあるようです。
 そこまで行かなくても,「オフ会」と称する現実の飲み会がしばしばあります。仮想世界の知人たちの現実世界での集いです。お互いをハンドルネームで呼び合ったり,アバタに近いメークアップで現れたりするとか…。楽しそうですね。サイバーシティが,新しい出会いの場を提供していることは確かなようです。
) 

 対価を払ってこそ本物

  やはり夜に本格的ユーザーがいたんですね。
  有料サービスだと,使用料に加えて電話代もかさむとこたえるので,深夜の利用になるようです。Habitat IIの利用者は楽しんでいながらも,もっと安くなって欲しいとこぼしていました。
  こういう世界はハマリやすいからなぁ。1ヶ月20時間だと7,900円,40時間だと15,100円ですか。これにプロバイダ料金や電話代も入れちゃ,かなりの出費ですね。アメリカではどうなんですか?
  何種類か契約形態があるようですが,大体日本の1/3といったところです。やはり,インターネット先進国ですね。
  「まちこ」も結構賑わっているようですね。私は,ああした実験はいくら盛り上げようとしても,人は来ないのかと思ってました。100人以上もいるのなら大したものです(笑)。
  チャットとショッピングは,全く別物と思っていましたが,そうでもないみたいです。街を設けて人が集まるようにしたのが良かったようで,そこでなにげなく見つけた商品を買う人も少なくないようです。「まちこ」での商品購入者の6割は,当初からショッピングが目的で入ってきたのではないとのことです。
  へぇーっ,結構サイバーシティ内でも衝動買いするんだ。ウィンドウ・ショッピングならぬ,PCでのウィンドウズ・ショッピングですね(笑)。
  でも高い物は売れなくて,3千円以下がほとんどです。これくらいなら,現物を見ずに買ってみてもいいということなんでしょう。そこそこ売れているといっても,もちろん本格的なEC時代到来には,まだほど遠いようですが…。
  インターネットは何でも無料だと思われているところに,ショッピングや有料サービスが健闘しているのは良い傾向だと思います。有料といってもおよそ黒字ではないでしょうが,内容が充実したサービスには対価を払うという風潮が,もっと強くなってこそ「サイバースペース革命」も本物でしょう。

5. 仮想都市の未来

 WWWとは相補的関係

 チャットを主体としたサイバーシティ体験が,どういう意義をもち,人を魅きつけるのかを整理してみましょう。
 まず,従来からのテキストベースのチャットは,UNIX文化の中で生まれたもので,電子メールやネットニュースとは別のコミュニケーション手段として,一部のユーザーに熱烈に支持されてきました。
 電子メールは特定の相手向きの通信手段,ネットニュースは不特定多数に対する意見表明のメディアであるのに対して,チャットは複数ユーザーの同時参加と会話の実時間進行に特徴があります。記録性よりも,時間的継続性を重視した使い方です。電子メールを使いなれた集団にとって,手軽な暇つぶしの場であり,同時参加による思わぬ話題の転換,偶然性も楽しみの1つであったようです。
 同時多人数参加という点ではテレビ会議もそうですが,これは比較の対象になりません。テレビ会議は今も高価で,ビジネス目的ですら限られた用途でしか使われていないからです。テキストチャットは,これとは全く逆で,キーボードしかない環境で芽生えた安価な(ほとんどタダの)コミュニケーション手段なのです。
 チャットは,パソコン通信やインターネットと結びついたことから,全く見ず知らずの人との出会いの手段となりました。グラフィカルな街の形状は,その出会いを強調したに過ぎません。むしろ,アバタという存在を利用する匿名性の方が,大きな意味をもっているのだと思えます。アマチュア無線,電話,電子掲示板,これまでに登場したどんなメディアにも,ここまでの実時間性と匿名性を備えたものは見当たりません。
 ハビタットに初期から備わっているゲーム感覚での擬似社会体験も,仮想都市のもつ大きな特徴です。ハビタットには,トークンの使い方を始め,仮想世界での約束事や規範がたくさんあります。このルールや慣例を教え合うことが,擬似社会性を高めているのだと思います。その意味で,今回試した他のサイバーシティは,いずれもHabitat IIを超えるものではなく,安易な出会いの場を設けているに過ぎないと感じました。
 その他のサービスの中では,「まちこ」はショッピングという現実の概念をストレートに出している点で,別格的な存在です。WWWとの結びつきも,1つのあるべき姿を示しています。
 WWWは,ブラウザの登場・改良によって,一躍巨大な情報空間を形成するに至りました。その特徴は,情報量が豊富で,いつでも好きな時にそれが取り出せることです。半面,WWWの基本は個人による利用であり,情報の流れは一方向的で,多人数が同時体験できても語り合うことはできません。チャットは,このWWWの欠点を補う存在として,再びクローズアップされてきたのだと考えられるでしょう。
 いずれにせよ,新たな情報伝達の手段が提供された時,人々がそれを活用してコミュニケーションの場をもとうとすることだけは確かなようです。
 

 そろそろ店閉まいのサービスも

  現実の街とは逆に夜間人口が多いということでしたが,どれくらいの人がたむろしているんですかね。
  会員数を聞くと,どこのサービスも15,000〜20,000人といったレベルの答えが返ってきました。中には3万人というものも…。
  そんなに一度に入りきれないでしょう。
  どうやら,一度登録手続きした人の累計であったり,チャットに限定しないプロバイダの接続会員数だったりするようです。現在アクティブな会員を尋ねると,あいまいな答えしか返ってこないところをみると,実際にはずっと少ないかなと思います。
 「まちこ」は正直に,「累計約1万人の会員がリニューアル時に1/4に減った。同時に入れるのは,サーバーの機能から300人が上限」と答えて下さいました。その後,会員はまた増えているようですが…。
  そんなものでしょう。インターネット放送だって,同時受信者は多くて数百人といってましたからね。会員が増えれば,サーバーを増設すれば済むことです。
  サーチエンジンや新聞社のニュースサイトは,公称1日数十万ページビューです。そこまででなくても,広告料収入を得るには,もう2桁くらいアップしないと成り立たないようです。有料サービスのいくつかは,そろそろ撤退かという淋しい話も伝わってきました。
  安直なサービスは消えても,出会いの場,コミュニケーションの場という考え方はずっと残るでしょう。いまは若者がたむろしていますが,将来は時間のあり余る高齢者に向いていると思うんですよ。
  仮想都市で茶飲み話ですか(笑)。
  そう,サイバーシルバータウン(笑)。パソコンやキーボードに慣れた世代なら,歳をとってから新しい楽しみになるんじゃないかな。私もそうなったらやるかもしれません。昔話のサークルを作ったりして(笑)。
  いまでもHabitat IIでは,同じ趣味のサークルや,アコライトたちが先導して,皆で同じホームページを見て回るウェブツアーがあるようです。これは,ちょっと街をうろついただけでは分かりませんでした。
  アコライトじゃなく,将来は自律的なサイバーエージェントがちゃんと案内してくれますよ。街もアバタももっとリアルに表現できるでしょう。それが好まれるかどうかは分かりませんが…。
  「まちこ」のように現実のショッピングに結びついている街なら,実写をもっと取り込んでもいいと思います。
  そうですね。原宿とか元町とか,現実の街を忠実にモデリングするという手もあるし,ライブカメラで街角の映像をキャプチャーするのも効果的かも知れません。こうなるとサイバーシティとは呼べなくなるかも知れませんが…。
  VR側で培われた技術が,サイバーシティの方にも活かされてくることは確かなようですね。

謝辞 今回の取材では,ソニー(株),(株)ピープルワールド,ジーアールホームネット(株)からアンケート調査のご回答を頂戴しました。また,富士通(株)マルチメディアシステム統括部プロジェクト課長菅原健次様と,NTTデータ通信(株)新世代情報サービス事業推進部まちこグループ担当課長小池寛様は,取材訪問を快く受け入れて下さいました。皆様に厚く御礼申し上げます。

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