コンピュータイメージフロンティア 特別編(その3)
3度目のSIGGRAPH

O plus E, Vol.21, No.10, pp.1304-1315, 1999


1.SIGGRAPH99〜恒例LA夏の陣

涼しかったLAの夏

  特別編全3回の最後は,夏の一大イベントSIGGRAPHで締めくくっておこう。
 SIGGRAPHには連続参加10数年以上という業界人も少なくないが,筆者は一昨年からこのレポートを始めたように,まだ3年目である。それでも,さすがに3度目となると大体手のうちが分かってきて新鮮味が薄れ,感受性も鈍ってくる。例年,開催前日に現地入りしていたのが,今年は2日遅らせて月曜日から出かけることにした。
 SIGGRAPH99は,2年に一度ロサンジェルス(LA)に戻ってくる奇数年に当たり,いつものようにロサンジェルス・コンベンション・センター(LACC)での開催である(写 真1)。従来LA地区では8月第1週に開催されていたのが,今年は88日〜13日の第2


写真1 ロサンジェルス・コンベンションセンター

に移った。このため日本の盆休みウィークと重なってしまい,オフィシャルな出張がしにくくなった人も少なくなかっただろう。夏休みの海外旅行ともぶつかって,ホテルも飛行機も取りにくいことが予想された。
 例によって機内では映画を見まくって(往路3本,復路5本),LAX(ロサンジェルス国際空港)に着くと,午前11時現在気温21℃しかなかった。今年はひたすら暑かった日本の夏に比べると嘘のような涼しさである。SIGGRAPHにはネクタイもワイシャツも不要と決め付け,ポロシャツとTシャツばかりを持ってきたが,夜はこれでは寒かった。エアコンが思いっきり効いた会場では,一着しかないジャケットをずっと着る破目になってしまった。涼しすぎてホテルの部屋の中以外では,Tシャツ1枚で過ごすことすらなかったのである。
 今年の宿は,リトル東京のホテルニューオータニである。SIGGRAPH97でもCHI98でも,結局この地区に何度も日本食を食べに来たのだから,最初からここを選んだ。予想通 りここにはたくさんの日本人が滞在していて,ソニー研究所のS氏,VR系システムハウスのK社長,ATRM室長にもここで出会うことができた。到着後,街をうろつくと,早速若い女性を2人も連れた筑波大学O教授に出くわした。こちらはに引退されてしまい,ほとんど単独行動の取材となってしまった。

 スタイルはほぼ定着
 しばらくして会場に向かいレジストレーションしたが,2日目の午後となると随分すいている。来年からも時差参加に限る。展示会が始まる明日からはまた混むのだろう。
 今年も全プログラムに参加できるFull Conference登録したが,ACM会員事前登録で$500だ。昨年よりも$20アップしている。それでも,フルカラー印刷の予稿集3冊,CD-ROM4枚,ビデオ1巻,レセプション3回分が付いてこの値段は割安だ。欠点はといえば,至れり尽くせりのSIGGRAPHなのに,これだけのボリュームある配布物に対して,安っぽいビニール袋が付いているだけで,まともなコンファレンス・バッグが支給されないことである。展示会場でいくらでも紙袋が入手できると思っているからだろう。
  SIGGRAPH99の構成は,前2年とほとんど変わりがない(表1)

表1 主要プログラムのセッション数/作品数

 
1997
1998
1999

Courses
35
46
43
Papers セッション数(論文数)
12(48)
11(45)
13(51)
Video Proceedings
33
24
33
Panels
16
18
15
Sketches (& Applications)
セッション数(発表数)

26(99)
23(83)
26(93)
Emerging Technologies
44
26
26
Electronic Theater
59
46
44



この数年ですっかりスタイルが定着したようだ。日曜日午後から2日半にわたり,全日または半日の(チュートリアル)コースが43設定されていて,水曜日から金曜日の後半3日間がPapers & Panelsと称される学術系の発表の場である。この間に,火曜日から3日間,300社以上が参加する商品展示会がある。初日の夕方から,インタラクティブ・デモ中心のEmerging TechnologiesArt Galleryがオープンする。映像プロダクション関係者が目を凝らすのがComputer Animation Festivalで,その優秀作品だけは別にElectronic Theaterとして上映会が催される,というスタイルである。
 この週に,各種ユーザー会や同窓会,プライベートなパーティが連日連夜あちこちで開かれるのも例年通 りである。Alias/WarefrontSoftImageOpen GLRendermanといったソフトウェアのユーザー会の元気がいい。A/W社は,スポーツアリーナで3,000人を集めたそうである。
 日本人対象のSIGGRAPH TOKYOや河口洋一郎氏のパーティも健在であった。この他に,デジタルハリウッド,リズム&ヒューズ社,K. Kaufman教授の研究室,MIT Media Lab等のパーティや,USCIMSC2)のオープンハウスに招かれたが,こう沢山あるとスケジュールがぶつかってしまい,後の2つしか参加できなかった。
 学会関係者はこの他にもいろいろ出会う機会があり,どこででも同じようなメンバーが顔を合わせるが,業界関係者,特に映像クリエータ達には年に1度のこの祭典は大きな意義があるようだ。日本で日々の仕事に追われている連中は,SIGGRAPHで出会うのが楽しみらしい(写 真2)。制作の裏話に花が咲き,新しい職を求めての売り込みも盛んという。最近はハリウッド周辺に職を求める日本人技術者/アーティストも少なくなく,LAでのSIGGRAPHはことさら活気付くようだ。


写真2 メッセージ・ボードは大盛況

2.定番メニューの見てある記[トップへ]

 玉石混淆の学芸会
 会場見て歩きは,レジストレーションのすぐ傍にあるEmerging Technologiesから始めた。昨年はEnhanced RealitiesDigital Pavilionの2つに大別されていたのが,今年は統一してThe Millennium Motelというサブタイトルが付いている。次の千世紀を前にこのモーテルで一休みして,新しいディジタル・ライフを見つめ直そうという触れ込みであったが,あまりそのコンセプトが生きている感じはしなかった。
 26作品が並べられた会場は,例年よりやや縮小気味で,レベル的にも玉 石混淆であった。学芸会的な雰囲気で,出展する側より,主催者側が楽しんでいる感じである。SIGGRAPHの各部門は,当該年度のコミッティにかなりの権限が与えられているので,このEmerging Technologiesなどは彼らの好みが強く反映される。今年は,ややレベルが低いと感じたのは,投稿が少なかったのか,それとも審査員たちの趣味の問題だろうか。
 26作品中,日本から7.5作品(ATRとワシントン大学の共同出品あり)は,例年とほぼ同じ比率で健闘している。MITメディアラボから8作品,うち石井裕氏のグループから4作品というのも特筆に値する。いずれもISMR'99の特別 講演ではビデオで紹介されていたが,実物の展示は説得力がある。Tangible Bitsというコンセプトは,やはり実際に触れて動かしてみてこそ,その意味が分かる。
 中でも,ボトルの栓を抜けば音楽が流れ出すmusicBottlesは,最も多くの観客を集めていた(写 真3)。もっとも,素直にそのコンセプトを感じればいいのだが,一体どうやってON/OFFを検出しているのか,原理を知りたがる者が多かったのは,技術者の悲しい性であろうか。(ボトルの口にコイルが巻いてあり,磁界の変化により流れる誘導電流とその周波数に応じて,予め収録したバイオリン,チェロ,ピアノの音を流している。)


写真3 musicBottlesは人気者


 日本勢は,東大・舘研究室,筑波大・岩田研究室,東工大・佐藤研究室,ATRイメラボ等,お馴染みの顔ぶれである。ISMR'99のメディアアート・ギャラリーでも話題を呼んだ杉原有紀さん(東大)の水ディスプレイもここに出展されていた。

 観客の平均レベルが高い
 ISMR'99のために制作された岩井俊雄氏の“Composition on the Table”をArt GallerytechnOasisに出展した。このテーブル4点専用にかなり大きな部屋が与えられていたので,照明の制御がしやすかった。学生ボランティアが会場整理のために付いてくれるのも有難い。
 一昨年はCG絵画がほとんど,昨年はインスタレーション中心だったのに,今年は両方がバランス良く配置されていて多彩 である。会場中央でアーティストがプレゼンするコーナーがあり,観客用の椅子があった。私は会場巡りに疲れるとここに休憩に来たので,まさにオアシスの役目をしていたといえよう。
 作品の出来栄えはといえば,このコーナーも相当ばらつきがあるようだ。もっとも,この種のアートには個人的な好き嫌いの差が大きいから,一概に評価を下すのは難しい。筆者の好みでは,コンピュータプログラム駆動で動く金属球が砂地に軌跡を描く「Sisyphus and Ulysses」が面白かった。IAMAS村田・山内両氏のガラスのコップから波紋が生じる「Fisherman's Cafもエレガントな作品だった(写真4)。
 当の岩井氏はといえば,SIGGRAPHウィークを堪能されたようだ。初参加とはいえ,顔見知りが多く,どこにいても声をかけられる(何と,成田空港の到着ロビーでは,見知らぬ 乗客から「テレビで見ました」と声がかかった)。連日連夜,どこかのパーティに招待されていたようだ。


写真4 Fisherman's Cafe(波の下に時々魚     が現れる)


 岩井氏クラスのアーティストとなると,作品は通常フルギャランティで各国の美術館・博物館に招聘される。SIGGRAPHのように,投稿し審査され,そしてすべて出展者負担で参加する会は,アーティスト仲間ではランクも落ちるようだ。ところが,今回の展示で岩井氏のSIGGRAPH観は一変したようだ。
 アーティストが展示物の傍にいると,観客が次々と声を掛けてくる。「素晴らしい」「面 白い」「これからも期待している」といった単なる感想のほか,新しいエンターテインメント,アトラクションとしてのお誘いもかかる。ここで集まった名刺だけでも数百枚に及んだ。「聴衆のレベルが高いし,反映も有益だ。美術館で長期間展示するより,SIGGRAPHの1週間の方がずっと価値があると再認識した」というのが,岩井氏の弁である。

 エピソード1もメイキングはすごい
 SIGGRAPH最大の呼び物,CGアニメーションのフェスティバルElectronic Theater(以下,Eシアター)は,今回も南カリフォルニア大学(USC)近くのShrine Auditoriumが会場である。 古めかしく不気味な建物も,新しくペンキを塗り直したようで少し立派に見えた(写 真5)。19時開演が少し遅れたが,相変わらずの会場の熱気である。持参のレーザーポインタを舞台上の幕に当てて遊ぶ人数も年々増えてきた。甲子園球場7回裏の風船飛ばしの,あのノリである。


写真5 Electrpmoc Theaterの会場


 今年は,プロローグやPaperセッションの紹介も含めて44作品である。日本からの入選は5作品。常連のナムコの名がないのが淋しいが,デジタルハリウッドの学生作品が選ばれていた。
 昨年のようなスティックを配って観客が参加するアトラクションはなかったが,LEONと称するアニメ・キャラクターがプロローグと中間時とエピローグに登場して,いい味を出していた。ニューヨーク大学で開発されたIMPROVというリアルタイム・アニメーション・システムで製作されたらしいが,会場では誰かが実時間操作しているようには感じられなかった。
 劇場用映画のクリップも相変わらず多い。『プライベート・ライアン』『奇蹟の輝き』『ハムナプトラ』『スチュアート・リトル』『プリンス・オブ・エジプト』『マイティ・ジョー』『ワイルド・ワイルド・ウェスト』が登場し,そして『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(以下『SWエピソード1』と略す)からは2作品分の扱いでハイライト・シーンが紹介されていた。他の独立した短篇に比べて,映画のシーンはお金がかかっている分,手が込んでいるし,迫力があるのは当然である。それにしてもEシアターで見る限り『SWエピソード1』のメイキングはすごい。これが丸一本映画として見ると,どうしてあれだけつまらないのか不思議なくらいである。
 Eシアターの選に漏れた作品も,Animation Theaterと称して常時2会場で上映され,いつも混み合っていた。この中にも優れた作品が多い。Eシアターに入選するかここに回されるかは,審査員のサジ加減1つだろう。Eシアターには,色々な味付けの作品が選ばれているが,平均するとやはりレベルは高く,SIGGRAPH好みの傾向が感じられる。一言で言えば,技法でも絵作りでもなく,ストーリー重視と言えるだろうか。審査員賞の『Masks』も最優秀賞の『Bunny』も,まさにその傾向の作品だった。『Bunny』は,本年度のアカデミー賞短編アニメーション部門の受賞作品である。
 筆者の選んだベストは,ILMが製作した銀行のCMFirst Union: Launch』と,ロボットの同性愛を描いた『Bjork: All Is Full Of Love』である。

 ピークは過ぎた?
 大会3日目からの商品展示会場は,今年はSouth Hall1フロア分だけで,一昨年のように地下のKentia Hallにまでは及んでいなかった。実際,昨年のオーランドよりは出展社数は増えたものの,有効展示面 積は減っている。同じLACC開催の一昨年と比べると,出展社数も,最終日に発表された入場者数でも減少してしまった(表2)。

2 SIGGRAPH参加者/出展社の推移

開催年
開催地
入場者数
出展社数
有効展示面積(ft2)

95
ロサンジェルス
38,661
280
?
96
ニューオリンズ
28,500
321
?
97
ロサンジェルス
48,700
359
182,600
98
オーランド
32,210
327
171,955
99
ロサンジェルス
42,690
337
154,400

 これは,一昨年レジストレーションに使っていたホールが改装中で,そのスペースをKentia Hallにとったため,展示会場を意図的に縮小したのかも知れない。しかし,会場全体が埋まったのが2ヶ月前というから,やはり一昨年をピークとして,やや下り坂に入ったとも考えられる。
 展示会(見本市)そのものの内容も,あまり華々しくなかった。例によって,入場正面 の一番良いスペースはSGIが陣取っている。経営不振が伝わってくるだけあって,例年ほどの勢いが感じられない。SGIマシンを用いて制作した映画のメイキングの講演会を客寄せに使っている。残るはWindows NTを搭載したビジュアル・ワークステーションのプロモーションが中心で精彩 を欠いていた。
 大手は意図的にスペースを削ったのか,偶然か,サンマイクロ,HPIBMのブースもそう大きくない。一昨年,SIGGRAPHCOMDEX化が進んでいると報じたが,その傾向は全く感じられなかった。COMPAQDELLといったPCメーカーもブースを縮小しているし,何とマイクロソフトは全く出展していない。日本企業のように不況が原因とは考えられないから,MSSIGGRAPHを重視しなくなったということだろうか。SIGGRAPH史を飾る大物CG研究者達の大半は,現在Microsoft Researchに所属しているというのにである。研究とビジネスとは別ということのようだ。(注:あとでアップルのブースもなかったことに気づいた。)
 大手がブースを縮小し,昨年より出展社数が増えているということは,小さな会社のブースが増えたということだ。前述のK社長は,1時間ちょっとの視察で,扱ってみたい面 白いモノを3つ見つけたといっていたから,かつてのベンチャー企業主導のSIGGRAPH展示会のムードが少し戻ってきたのかもしれない。
 最も元気があると感じられたのは,Alias/ Watvefront社であった。アニメーション製作ツールのMAYAの人気は高く,バージョン2.0/2.5は上述ユーザー会やイブニング・パーティーでも話題を呼んでいたようだ(写 真6)。親会社のSGIよりも,こちらの方が活気があった。Avidの子会社となったSoftImageには,かなり勢いに差がついたという感じである。


写真6 活気のあったMAYAのブース


 新製品や各社の動きについては,業界雑誌やホームページ(例えば,イマジカのElectronic Nomadが熱心に報じているので,このCIFシリーズでは詳しくは述べない。それでも,やはり目立ったのは,今年もモーション・キャプチャ・システムである。10社以上あっただろうか。淘汰が進むどころか,どんどん増えている。システム価格も下がり,小さな映像プロダクション,ゲームソフトプロダクションでも買えるようになり,市場も膨らんでいるのだと考えられる。
 その他でも目立ったのは,3Dデータの入力装置である。レーザースキャン方式,ペン形の3Dディジタイザ,画像ベースのモデラーと方式は様々であるが,実物からの形状入力の実用化が進んでいるようである。

3.Papers & Panels[トップへ]

 ビデオ添付は必須
 学会としてのメインであるPapers & Panelsが始まる水曜日の朝,いつものように時差ぼけで早く目が覚めて,予稿集に一通 り目を通すのだが,例年どこのセッションに出ようか迷ってしまう。良質の紙を使った3冊の予稿集はずしりと重く,カラー写 真がふんだんに使われている。予稿論文集はCD-ROMでも配られているのだが,これだけ質感があり立派だと製本された予稿集もついつい残しておきたくなるのが人情である。ゆえに,紙とCD-ROMの2本建てというスタイルはまだしばらく続くだろう。
 激戦のフルペーパーは,320件の投稿に対して51件が採択されている。昨年ここに厳しすぎると書いたからではあるまいが,セッションも採択数も増えた(表1参照)。喜ばしい。
 Sketches & Applicationsというのは,締切も遅く,論文も1ページなので,他学会ならポスター発表のみの扱いなのだが,SIGGRAPHではフルペーパーと同等の発表時間が与えられている。このセッションにもいい研究があるから目が離せない。
 事前にセッション名や論文名を見た時は出る気のなかったセッションも,美しく素晴らしい画像を見ているうちに出てみたくなる。一般 聴衆がこうだから,査読委員の目を眩ますのに,美麗な処理例を添えるのは必要不可欠の作戦である。
 さらにSIGGRAPHでは,投稿にも発表にもビデオを添えるのは常識となっている。ビデオ予稿集のブックレットの裏表紙には“A growing number of technical papers submitted to and accepted by SIGGRAPH conferences and workshops utilize video in their presentations. Printed documentation cannot adequately represent these time-based research efforts. This video tape publication represents our best efforts to document these contributions to the field.”とまで書かれている。今年に限ったことではないが,この論文付属ビデオのレベルもかなり高い。

 CG界の松坂君登場
 論文そのもののクオリティも高い。何でこんなのが,と思う論文もなくはないが,やはり良い研究が多いなと感じる。1980年代に画期的なレンダリング手法が次々と登場した頃に比べると,最近は見るべき研究成果 が少ないと嘆く声もある。それは,研究論文がすぐ実装された輝かしい急成長の時代を知る人の声であって,それが例外なのである。
 他の国際学会に比べれば,研究テーマの設定といい,論文としてのまとめ方といい,スマートなものが多いと思う。相変わらずフォトリアリティを追求しているものも,非フォトリアリティの新手法も,着実に進歩している。アニメーションやゲームですぐ役に立ちそうと感じるものも少なくない。学術研究としての方法論をわきまえた上で,実用性も感じさせてくれる。それは,CG研究の出口・受け皿がしっかりしているからだろう。それがコンピュータビジョン研究との大きな違いである。
 今年の論文セッションで特筆すべきは,下記の優秀論文3編が選出され,通 常の発表のほかに3件まとめた特別コースが設けられていた。
(1) J.F.O' Brien and J.K.Jodgins : "Graphical Modeling and Animation of Brittle Fracture"
(2) V.Blanz and T.Vetter : "A Morphable Model for the Synthesis of 3D Faces"
(3)
T.Igarashi, H.Tanaka, and S.Matsuoka : "Teddy : A Sketching Interface for 3D Free- form Design"
 いずれも素晴らしい研究であるが,この中に日本人の研究が選ばれたことは喜ばしい。手書きスケッチからモデル・データを生成するTeddyというシステムである。実を言うと,筆者は予稿集を斜め読みしただけでは,この研究の良さが理解できなかった。この種のシステムなら,従来から何度も手がけられているのではないかと。
 実際の発表,壇上での実演を見て,この考えは一変した。東大の五十嵐氏の講演は素晴らしかった。なんと形容すれば良いのだろう? エレガント,スマート,クール……。センスの良さ,プレゼンの上手さがあふれ出ていた。論文だけでなく,少なくともビデオ,できれば実演を見て評価すべきというのが身にしみた1件の発表であった。
 後で聞いたのだが,同氏というか,同君はまだ大学院の博士課程の学生だという。末恐ろしい!さしずめCG界の松坂登場か。堂々と国際的檜舞台に通 用する若者の勇姿を見るのは,実に喜ばしいことである。

 ティーポットは奥様のアイディア
 輝かしいCGの発展史といえば,昨年もSIGGRAPH 25周年でそれを見せつけられたが,その記念碑が今年映像として公開された。“The Story of Computer Graphics”と題したビデオ作品である。2年前に企画され,約1年前から製作されたこの作品は,会期中ずっと上映されていた。
 冷戦時のSAGEシステムに始まり,I. サザーランドのSketchPadからCAD/CAMへ,ユタ大学の功績からE&S社,SGI社,サイエンティフィック・ビジュアライゼーション,バーチャル・リアリティへと歴史は進み,ジョージ・ルーカスも登場し,インターネット時代に至るCG史が90分にまとめられている。HDTVで録画され,映像もキレイ,ストーリーも見事で,これは一見に値する超オススメの傑作である。さすがSIGGRAPH!!
 貴重な映像,面白いエピソードも随所で紹介されている。SketchPadの解説に登場したのは,MITリンカーン研究所の指導教官クーンズ教授。Coonsパッチで知られる人物である。一方,有名なユタ・ティーポットは,M. ニューウェル博士(現 マイクロソフト)の奥さんのアイディアで採用されたという。また,Evans & Sutherland社の最初の社屋の映像も興味深かった。
 インタビューの登場人物は78名。この中に現れる日本人は河口洋一郎氏ただ一人である。昨年のSIGGRAPH98で取材され,録画されたのだという。最近,彼の作風はマンネリだという批評があるが,やはり先駆者というのはこうして歴史に残るのだという証拠である。
 教育用にも最適なこの作品,どのセッションでもアナウンスされていたので,さぞかしすぐにリリースされるのかと思ったら,しばらく待ったがかかっているらしい。学会の名で取材し製作したものの,まだ出演者と収録映像のすべてのコピーライトの許可を得られていないからだという。

 講師の謝礼はゼロ
 Paperのセッションが増えた分,Panelが少し減った。印象としては映画の視覚効果 関連が大半であった。フルCGのアニメーションやゲームまで含めるとエンターテインメント一色で,学会のパネル討論としてはやや偏りすぎの感が強い。本CIFシリーズの付録にもしばしばSFX時評を載せるように,筆者にとっては喜ばしい限りだが,もうちょっと学術系の話題があってもいいと思う。これは後で論じよう。
 SIGGRAPHのパネルは,公募制なので今年は手頃なテーマが集まらなかったのかもしれない。通 常の学会は,論文やポスターは公募にしても,チュ−トリアル・コースやパネル討論は,プログラム委員会が企画し,講師やパネリストは依頼されて出演する。SIGGRAPHでは,コースもパネルもすべて公募され,企画が審査され採択されるのである。このため,丸一日のチュートリアル・コースを準備し話をしても,講演料はなく,参加費が免除されるだけである。
 これは,前述のアート・ギャラリーを始め,すべてに共通したポリシーである。なぜ手弁当でそこまでやるのかといえば,SIGGRAPHでコースを担当することも,作品を展示することも名誉だからである。ほぼフリーパスで論文を採択する劣悪国際会議が少なくない中で,これだけの権威を築き,それを保っていることは驚くべきことである。

 同通レシーバーをあてにしてたのに
 恥ずかしき壇上の体験も綴っておこう。今回は,筆者自身がパネリストとして登場したのである。昨年の秋,コロンビア大学のS. Feiner氏と話している時,当時準備中のISMR'99のキーメンバーで,SIGGRAPH99のパネルをやってみようかという話になった。彼を司会者として提案したのが“Mixed Reality: Where Real and Virtual Worlds Meet”なるパネルディスカッションである。
 ビッグネームを揃えたので,もちろん採択されたが,残念なことに最終日のセッション(4:15〜6pm)に割り振られてしまった。聴衆が早々と帰ってしまわないように最後に魅力的なテーマを配してあるというが,怪しいものである。パネルの選定委員会に近い連中がいい時間帯を取ってしまったに違いない。
 かくして,私の名前はPapers & Panelsプログラムの最後の最後に載ることになってしまった。
 出発前にも会場でも色々な人から「今年はSIGGRAPHに登場されるのですか。すごいですね」と声を掛けられてしまった。論文発表やEシアター入選はあっても,日本人のパネリストはあまり見かけない。後で調べてみたが,この3年間では他にメディアラボの石井裕氏と,同じパネルに登場したカーネギーメロン大学の金出武雄教授だけである。彼らはアメリカ在住で,バリバリの第一線で活躍中のプロフェッサーであるから,厚かましくも日本からやってきたパネリストは私だけである。
 「お前の英語力で,大観衆を前によくもパネルディスカッションなど……」という意味だったのかもしれない。確かに,パネリスト間でのくだけたディスカッションも,延々と長くフロアからの辛辣な質問も,日本人には手強いだろう。実をいうと,その対策はちゃんと考えてあった。
 SIGGRAPHのパネルには英日の同時通訳がついているから,会場で配られるレシーバーを使えば,他のパネリストの発言も聞き取りにくいフロアからの質問もヘッチャラだ。あとは,度胸の和製英語で自分の言いたいことだけを言えばいいのである。
 この甘い考えは,もろくも崩れてしまった。何と,今年からパネルの同時通 訳が廃止されていたのである。事前に確認したら,ちゃんとランゲージサポートは付いているという話だったのに……。これはヤバイ!!
 コースや特別講演のいくつかには同時通訳があり,有料でレシーバーを貸し出していたという。我らがパネルもこの扱いをしてくれるのかと思ったら,期待は裏切られた。会場に着くと,ボランティアらしい日本女性が現れて,「必要ならお手伝いするよう,コミッティから言われています」という。ランゲージ・サポートをつけるというのは,このことだったのか。

 ミスター・ビーンのパネリスト体験
 前のパネルセッションが長引き,15分しかない休憩中にPCとビデオの動作確認をするのはちょっと手間取った(写 真7)。各パネリストが,数少ないケーブルを取り合いして持参のPCをつなごうとするからである。


写真7 パネル開演の直前風景
  (左端が筆者)


 この間にとんでもないことが起こった。傍らに置いた私の資料一式がなくなってしまったのである。こんなものが,何でなくなるんだ!? まだ近くに居残っていた前セッションのパネリストが,急いで退出する際に自分のものと間違って持って行ってしまったに違いない。
 自分の発表原稿と,想定問答の英文,参考資料一式が全部なくなってしまった。一体どうしてくれる!?  前夜入念にチェックし,朝早く起きて再修正した苦労の作がすべてパーである。これが開演2分前。もう頭の中は真っ白。目の前は真っ暗。完全にパニック状態である。
 喉がカラカラになり,講演者用のペットボトルを一気に飲み干してしまった。それでも足りず,途中で隣のFuchs先生の分まで戴いてしまった。いやはや,学会発表など朝飯前,百戦錬磨の私でも,今回は参った参った。
 パワーポイントとビデオで自分の発表は何とかこなした。用意しておいたジョークにも少し笑いが聞こえたから,ま,こんなもんだろう。後で日本人から「堂々としておられて,とてもパニックには見えませんでした」と言われたが,ビデオ撮りしていた研究所のメンバーに言わせると,顔が引きつっていたらしい。
 少し余裕ができてフロアを見渡すと,2千人近く入る会場の7割方埋まっている。この最終時間帯,もう1つのPaperセッションを除いて,すべてのイベントは終了しているから,まだ残っている人々がここへ来たのだ。この歳になって何だが,晴れの舞台ではある。
 この沢山の聴衆からの質問に備えて,ボランティアの女性にも壇上に来てもらい,かなりの斜め後方に待ってもらうことにした(あとで知ったのだが,オハイオ州立大学助教授の北川みどり先生だった。アートギャラリーにも出展しておられるSIGGRAPHの常連である)。通 訳を耳元に従えるなど,外務大臣か大使並みの待遇でいい気分である。
 時間が経つに連れ,会場の冷房がどんどん強くなってきた。さっきガブ飲みした水のせいで,尿意をもよおしてきた。何たること……。
 フロアからの質問が始まった。ほとんど聞き取れない。ますます寒くなって震えが出てきた。手元に資料はない。トイレに行きたい。質問は聞こえない。まるでミスター・ビーン並みのドタバタ喜劇だ。無様だ。
 幸か不幸か,この会場の音響効果がすこぶる悪く,発表の声も質問の声もエコーしてしまい,壇上からはほとんど聞き取れないのである。英語ペラペラの金出教授も聞き耳を立てているし,ネイティブのFuchs教授ですら,質問者に「あなたの声は聞きにくい。もっとハッキリしゃべってくれ」と言い出す始末である。英語ヒアリング力以前に物理的聴覚能力の問題だった。
 かくして,私めの語学力も露呈せず,壇上で粗相もせず,名誉あるSIGGRAPHでのパネル出演は無事(?)終了したのでありました。
[付記:早くトイレに行きたいというのに,終了後に沢山質問者がマイク席に現われおって,マッタク!]

4.映画とゲームの話題[トップへ]

 ILMがかわいそう
 さて,映画とゲームの話である。何しろ今年のSIGGRAPHには,映画におけるディジタル処理,視覚効果 に関するセッションが多かった。パネル15セッションのうち7セッションとSketches & Applicationsのアニメーション部門5セッションに加えて,チュートリアル・コースにもElectronic Schoolhouseと称する実演教育コースにもSpecial Effectsに関するものが目立っていた。
 その半分以上が『SWエピソード1』関連である。昨年の目玉は『タイタニック』であったが,取り上げられ方がその比ではない。特別 セッションとSketches & Animationsの2セッションで計5時間以上も堪能した。加えて,上記のパネル,コースのほとんどにILMからの講師が登場し,その題材はほとんど『SWエピソード1』であった。ILMにとって,製作のピークは約1年前だったというから,この大作が完成して一段落し,安心してSIGGRAPHに繰り出してきたというところだろう。
 メイキングをじっくり聞くと,本当はすごいんだなと実感する。CG,ディジタル処理のウェイトが大きすぎて,実写 のごとく当たり前のように見過ごしているシーンも,相当な試行錯誤と工夫の産物だなと分かる。ポッド・レースでのマシンの動きや壊れるシーン,CGキャラクターがまとう衣服の表現,多数のドロイドの生成過程等,なるほどプロだわいと感心することしきりである(写 真8)。


(a) 本当はすごい「ポッド・レース

(b) こちらも力を入れた「バトル・ドロイド軍団」

写真8 『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』
Lucasfilm Ltd. & TM. All Right Reserved. (Photo: KEITH HAMSHERE)

 予めラフなシミュレーションをしておいて,詳細な作り込みをやったという話を何度も聞いた。何しろ絶対的な作業量 が多く,あらゆるプロセスで「スピード!スピード!スピード!」が要求されたという。『SWエピソード1』と同時期に『ハムナプトラ』『ワイルド・ワイルド・ウェスト』の視覚効果 も進行していたから,ILMの総力ではないが,精神的には御大ルーカスの原点『SW』のために,ILMの全力をという気分だっただろう。
 表3は,登場するクリーチャー(生物)を中心とした『ジュラシック・パーク』との比較である。いかに『SWエピソード1』はCGの比率が高かったか分かる。共有のクリーチャー・データベースを作成し,プレプロダクション段階から流れ作業で,モデリング,ペイント,エンベロープ等の分業制作が進められた。個々は『ジュラシック・パーク』でほぼ確立した手法だから,新鮮味がないのも無理はない。ILMのことを「ジョージ・ルーカスのSFX工房」と呼ぶことがあるが,これでは「工房」ではなく「工場」である。

表3 クリーチャー製作の比較

ジュラシック・パーク
SWエピソード1

クリーチャー
18
99
アーティスト(平均)
53
94
ショット
87
812
製作月数
7
28

 この種のワークフロー管理が,企業秘密でもなく平気で語られていた。リーディング・カンパニーの優越感だろうか,それとも大量 生産に埋没した技能集団の自虐的告白なのだろうか。こんな面白くもないプロダクション管理にも数多くの質問が出ていた。同業他社にとっては有用な情報に違いない。
 SIGGRAPH参加者には,もちろん『SW』ファンは多いが,出会った人の中で『SWエピソード1』を面 白かったという人は1人もいなかった。彼らの大半が2回以上見ているのに,である。どう贔屓目に見ても,この作品は面 白くない。「ポッド・レース」にも「バトル・ドロイドとグンガン族の戦闘シーン」にも,ワクワクするところがない。メイキングには感心しても,映画としては感動しない。
 つまるところ,演出が下手クソ,脚本が悪いということに尽きるだろう。これではILMの技術力も制作工程管理術も浮かばれない。「CG作品にとって重要なのはストーリー」というのが今回のSIGGRAPHのテーマでありながら,『SWエピソード1』がその悪しき見本であったのは,強烈な皮肉だったといえるだろう。
 この作品がSFX史に残るとすれば,大量のCG,ディジタル処理を投入しながら成功しなかった見本としてだろう。(ちょっと厳し過ぎたかな?)

 私にも少しは果実を
 『SWエピソード1』の評判は悪くても,SGI社やA/W社の展示ブースでは,話題の映画のメイキング講演が連日大盛況だった。講師は,ILMの他,Digital DomainDream Quest ImagesSony Picture ImageworksRhythm & HuesSouth Park Productions等のクリエータ達である。かつてワークステーションやPCのソリューション・コーナーとして,有力なアプリケーション・ソフトがずらっと並んだ。同様に,この世界は映画やゲームのメジャーな作品を取り揃えるのが客寄せ出有り,力の象徴なのである。これが今最もスポットライトを浴び,活力のあるターゲットだということでもある。
 帰国後,テレビのチャンネルを回していたら(この回すという表現は旧世代のもので,現実的ではないのだが)久米宏の「ニュースステーション」でもSIGGRAPH99が取り上げられていた。もちろん学会部分の取材はなく,展示会風景や『SWエピソード1』のメイキング,ILMで働く日本人クリエータといった話題である。(筆者のパニック状態は写 っていなくてよかった!)
 深夜番組や多チャンネル放送でなく,こうした日本の一般向きの人気番組でまで取り上げられるということは,既に先端技術としての峠は越し,これから下り坂に向かうのではないかという気がする。本シリーズでは何度も述べてきたように,CG技術はAICV分野と比べて順調すぎる発展を遂げてきた。研究成果 がこれだけ実用化され,注目を集めるというのが異常であり,関係者一同,いわば美味し過ぎる想いをしてきたのである。
 学会と産業界の蜜月,アートやエンタテインメントとの繋がりまで含めて,この関係を築いてきたことは実力のうちと言えるだろう。他分野も羨ましければ見習えばいい。では,この甘い蜜の味は,まだこれからも当分続くのだろうか?
 そのヒントらしきものは,ゲーム関連のパネルの中にあったように思う。“How SIGGRAPH Research is Utilized in Games”というパネルである。マイクロソフト以外は,聞いたこともないPCゲーム・プロダクションからのパネリスト選定だった。
 「SIGGRAPHProceedingsは活力のもとだった。かつては遠い存在だったが,今はもうすぐ使えそうだという気がする」という点では意見はほぼ一致していた。「リアルタイム用に展開し直さなければ,そのまま使えない」というのはありそうな話だった。「論文は読んでもよく分からない」という発言には,脇から大会事務局らしい女性が登場して「そういう人のために,SIGGRAPHには入門コースも用意してあります。実習も受けてください」と割り込んだのはお笑いだった。
 「研究とゲームへの応用のギャップはどんどん縮まっている。もうすぐ追いつき,やがて追い越す」「既に,映画ではずっと優れたテクニックを使っている。いちいち発表しないだけだ」「それは当たり前だ。研究側に求めるのは,一般 化された手法であり,更に新しいアイデアだ」という議論は当然の流れだった。プレステ2の話題くらいは出てくるかと期待したが,それはなく,パネル全体としてはつまらなかった。
 大学や研究所の1グループは数人であり,映画やゲームは数十人から数百人という所帯である。コンピュータ・パワーが増し,コスト的に引き合うようになった時,現場の技法が研究を追い越すのは,筆者には自明のことと思われる。それなのに,映画とゲームというオイシイ出口を持ったSIGGRAPH研究コミュニティは,この流れにどう対処するのだろうか。
 ますます成長するエンターテインメント産業にとって,CG技術は不可欠に違いない。しかし,追い越され,学会など役に立たないと感じられ始めた時,求心力を失い,SIGGRAPHの栄光と権威は坂を転げ落ちるように低下して行くことだろう。それがもうすぐであるのか,まだ先であるのか分からない。日本人パネリストとして冷や汗をかいた筆者も,少しは果 実に預かりたいので,退潮はなるべく緩やかであって欲しいのだが。


写真9 SIGGRAPH2000の事前案内ブース

 来年,20世紀最後のSIGGRAPHは,723日〜28日,4年ぶりにニューオーリンズで開催される(写 真9)。2000のロゴの最後の0は,三日月のように欠けている。いや,これから再び満月のように満ちるプロセスを繰り返すという積もりなのだろうか?
       (Dr. SPIDER