コンピュータイメージフロンティア特別 編(その2) ISMR'99報告 バーチャルとリアルの視点(下) O plus E, Vol.21, No.9, pp.1178-1187, 1999 第4幕 バンケット:3拍子揃って大満足 チーズ・スパゲッティが絶品 このシンポジウムのもう一つのハイライトは,2日目の夜のバンケットとそれに続く同会場での特別 講演でした。 てっきりシンポジウム会場に隣接したインターコンチネンタル・ホテルで開かれるのだと思っていたら,少し離れたパンパシフィック・ホテルの地下2階へと誘導されました。桜木町駅に戻る途中のクィーンズ・スクエアの一部にある新しいホテルです。海に面 したインターコンチネンタルと,そびえるランドマーク・タワーの中にあるホテル日航の中間に位 置しているためあまり目立ちませんが,南欧調のとてもオシャレなホテルでした。小じんまりしていると思ったのに,地下2階の宴会場は広々としていました。天井も高く内装も豪華です。 何よりも予想を裏切って大好評だったのは,その料理の質と量です。前夜のレセプションの料理があっという間になくなったので期待していなかったのですが,見事にも良い方に外れました。とにかく美味しかったこと! ちょっと学会のバンケットで味わえるクオリティではありません。どの料理も,デザートに至るまで完璧でした。特筆すべきは,チーズ・スパゲッティでしょう。一人分ずつ茹でたてのスパゲッティをボウル状のチーズ中に浸して調理してくれるのです。この味はいつまでも忘れないでしょう。バイキング・スタイルでしたが,皆が何度も取りに行っても十分なだけの量 もありました。このホテルは,グルメツアーにもおススメです。 またまたタウンガイド風になってしまいましたが,食事の満足感は参加者の心を和ませ,情報交換も活発になります。バイキング方式ながらも立食ではなく,円卓に座るスタイルだったのも好感が持てました(写 真1)。お皿を持ったまま会話するのは疲れるし,定位置に着席してのフルコースは話す人が限られてしまいます。適度に空席があり,テーブルを渡り歩く人も少なくなく,この点でもこのバンケットは大成功だったようです。  写真1 バンケット会場 | 見事な演出の特別講演 満腹感にひたり,そろそろ話し疲れた頃,会場の照明がすべて消えました。一瞬何だろうと思って話し声が止むと,徐々にライトアップしていって,司会者から「あと5分で,Dr. IshiiのSpecial Talkが始まるので,今のうちにコーヒーとデザートを取りに行きましょう」とのアナウンスです。なかなか心憎い演出ですね。 デザート3種類を仕入れて席に戻ると,MITメディアラボの石井裕先生の「Tangible Bits: Coupling Physicality and Virtuality Through Tangible User Interfaces」と題した特別 講演が始まりました。バンケットでの講演には,Social Talkと称して,よく地元名士の市長さんや伝統工芸家などが話をされます。それと比べると,バリバリ現役の研究者で,それでいてこうした雰囲気にマッチした楽しくかつためになるお話でした。 このCIFシリーズの読者は,もう石井先生のことはよく御存知のはずです。97年3月号の「峠の群像5」に登場しておられたし,97年8月号では,この「タンジブル・ビッツ」そのものをテーマとしたインタビューもありました。私は,予めこの概念を分かっていたので,講演にもすんなり入って行け,最新の研究成果 のすみずみまで十分に理解できました。日本人の英語ゆえに聞きやすかったこともプラスしています。何度聞いても新しい発見があるのは,よほどそのコンセプトと講演の骨組みがしっかりしているからでしょう。 このレクチャーは,「タンジブル・ビッツ」のコンセプトを初めて聞く人にも分かりやすく,大好評でした。現在のGUIに飽き足らず,人間との物理的な接点を求めるというアプローチは,どこで講演をされても大きな共感を呼ぶようです。昨年から今年にかけて,SIGCHI,SIGGRAPHで数多くの論文やビデオを発表されています。あの小さな身体で,機関銃のように出てくる言葉と,パワフルなお仕事ぶりには,ほとほと感心してしまいます。 この人選も内容も,ISMR'99が日本を感じさせない国際レベルの研究集会であることを物語っていました。それでいて,サービス精神からか,この特別 講演は同時通訳がないのに,日本語での質問が許されていました。石井先生が日本語質問を英語で反復し,英語で答えられたのです。そのおかげで,日本人からも微妙なニュアンスの質問がたくさん出て,大いに盛り上がりました。この質疑の内容も,英語と日本語で再現されウェブサイトに掲載されています。 料理と講演内容と会場運営が見事に溶けあい,3拍子揃ったハイクオリティのバンケットに大いに満足した一夜でした。 ( ) 舞台裏4 アイデア触発と情報交換の場 ビル・ゲイツに追い出された 随分とバンケット会場と料理が好評だったようだが,これはケガの功名である。当初,フロア続きのインターコンチネンタル・ホテルに確保したバンケット会場は,人数だけ伝えて,部屋も見ずに決めてしまった。開催が近づいて確認に行くと,狭苦しくてゆったりとテーブルを入れられそうにない。天井も低く,プレゼン用の大きなスクリーンを置けそうにない。おまけに会場の中に何本も柱があって,これでは後方の席からはスクリーンが見えない。普通 の立食パーティなら,これでも相当な人数を詰め込めるので,ホテルはここを割り振ってきたのだろうが,これでは目的のEvening Plenary講演はやれない。 別に立派な主宴会場があるのだからそちらへ移してくれと頼んだが,ホテルからは快い回答がない。それなら,隣のパンパシフィック・ホテルに移るぞと脅したら,さすがに真面 目に応対してきたが,結局は断られてしまった。どうやら営業上,天秤にかけられていたようで,主宴会場のボールルームは別 の会議のバンケットに取られてしまった。同じ会議センターの別フロアで開催されていたマイクロソフト社のデベロッパー用のコンファレンスである。 このデベロッパーズ・コンファレンスには随分煩わされてしまった。何しろ人数が違う。ビル・ゲイツの特別 講演をエサに,2,000人以上も集めていたようだ。次期製品のアナウンスとちょっとした講習で,結構な参加料を取り,これだけの人数を集めるのだから,ビジネス分野の威力はすごい。 1階のロビーでは,こちらの参加者も平気で自分の方へ呼び込むなど,他の会議の存在などまるで無視の傍若無人ぶりである。学術系の会議の存在などに目もくれないのは,最近のコンピュータ・サイエンスとPC業界の関係を象徴しているかのようだ。他にも,いろいろ小さなトラブルがあったらしい。シャクなので,ビル・ゲイツを拉致して来て,こちらで講演させようかとの話も出たが,複合現実感について話せっこないので断念した。 閑話休題。そんなわけで,パンパシフィック・ホテルに移ったのだが,これが大正解だった。日本VR学会誌の会議報告で,「かなり奮発したと思われる料理を円卓でゆったりと楽しむことができた」と書かれてしまったが,そんなことはない。ごく常識的な価格なのに,思ったより美味だっただけである。出席率の予想が難しく,総登録数のわりに歩留りがやや悪く,結果 的に料理にも席にも余裕ができてしまった。 プログラム構成,予稿論文集と同等以上に,バンケットの充実に気を配ったことは事実である。小人数のクローズドなセミナーの場合,夜の部の交流会は昼間の会議以上に重要なイベントである。一般 公開スタイルにしたとはいえ,オーラル・セッションは全招待講演とした以上,海外からの招待講演者を囲んでの交歓会はレベルダウンしたくなかった。ことに,MR技術のように,センサやインタラクティブ・デバイスが重要な役割をする場合は,論文発表よりもくつろいだ場での情報交換が大きな意味を持つ。ウェブでの情報収集が盛んであるが,最先端の情報はナマに限る。最近の若い人たちはあまり懇親会に出ようとしないが,研究者/技術者ならばインフォーマルな場で得られる情報の大切さに気付くべきだと思う。 ( ) いつまでも残った余韻 Evening Plenaryに石井裕氏をもって来ることは,このシンポジウムを企画した時から考えていた。海外で活躍する日本人というのは,最も日本の聴衆を集めやすいが,そうした集客力よりも,広義のAugmented Realityに属する彼の斬新なコンセプトこそ,このバンケットの場に相応しいと思ったのである。 彼の研究の進展は,海を渡ってメディアラボへ行って以来ずっとウォッチしている。彼のパワーと向上心なら,かなりやるだろうと思っていたが,正直言ってここまで活躍するとは思っていなかった。大したものである。最近は,あちこちの学会から招待され帰日することもしばしばなので,若干テーマ的新鮮さは薄れているかと懸念したが,その分知名度も向上していた。岩井氏に負けず劣らず女性ファンも多いという(ムムム!)。このバンケット・セッションだけに参加したいという申込みもあった。 少し戸惑ったのは,その石井氏が「人がものを食べている時に話したくない」と言い出したのである。全身全霊を傾けたレクチャーにするので,聞く側も最大限の注意を払って聞いて欲しい,ということらしい。少し軽目の洒脱な話も混じえて語ってくれればいいと思ったのだが,このエネルギーの塊のような人物に,それは無理なようだ。立派な会場と大きなスクリーンを用意すること,ほぼ食事が終わってからスタートすることを条件にバンケット会場での特別 講演を諒承してもらった。 講演中デザートやコーヒーを取りに行く聴衆も結構いるのではと思ったが,皆無に近かった。石井氏の話術とストーリー作りの巧みさに皆聞き惚れて,誰も席を立つことすらしなかったのである。スライド中心で,途中ビデオは7〜8本上映された。その切り替えのタイムラグも許さず,スライドにもビデオがスーパーインポーズされるディゾルブ効果 も見事であった。 講演終了後の質疑も30分近く続いただろうか。いつまでも余韻がさめやらず,散会後も彼のまわりに人垣ができていた。研究アイデアは机を前に浮かぶことはあまりなく,こうした非日常の場で知的刺激を受け触発されることが多々ある。「アンビエント・ルーム」「ピンポン・プラス」「インタッチ」「ウォーター・ランプ」「ピンホィール」「ミュージック・ボトル」等々,矢継ぎ早くに出された「タンジブル・ビッツ」の数々の研究成果 は,若い研究者達を大いに触発したに違いない。 「石井さんの話はいつも面白いね。いい仕事だし,よく考えてるね」とは,基調講演者の金出武雄教授の感想である。翌朝,石井氏に伝えたら,ことのほか喜んでいた。やはり,米国の著名大学で成功を収めた先駆者に誉められたのが,何よりも嬉しかったようだ。 第5幕 ポスター&デモとMR研ツアー:実時間デモの貴重な体験 日本の実力をアピール 2日目の午後,MRプロジェクトの中間成果発表の後はフリータイムで,MR研へのツアーと会場でのポスター発表と技術デモ展示を自由に見て回れるようになっていました。 ポスターは11件(1件はキャンセル),デモ展示は7件,いずれも公募で集まったものです。招待講演者があまりにきらびやかなので目立ちませんが,ポスター&デモもかなり充実した最新の内容でした(写 真2)。  写真2 ポスター会場 | 写真3 技術デモ展示の風景 | ポスター発表の中では,顔の表情表現に関するMR技術が2件(立命館大学,成蹊大学)あったこと,ATRでは大掛かりな装置を導入して凹凸 のある値面の歩行のリアリティ等を研究していることが印象的だった。海外からの参加者はあまり多くないはずなのに,ポスターで熱心に質問をしているのは外国人が目立ちました。日本人の発表に対し日本人が英語で質問するのが気恥ずかしいのか,あるいはまたいつでも聞けると思うせいかもしれません。 技術デモもかなり充実していました(写真3)。ワシントン大学や奈良先端大のシステムは,招待講演でも発表されたもので,レベルも高かったようです。奈良先端大の佐藤宏介先生は,ウェアラぶるなARシステム一式を持ち込んでおられ,同大学の横矢研究室からは全周型の映像が撮れるHyper Omni Visionカメラを展示しておられました。ユニークな力覚インタフェースとして知られる東工大佐藤研究室のSPIDARは,今回の展示では動的な対象を感じられるように拡張されていました。 MRプロジェクト以外でも,これだけしっかり動くシステムがいくつも実在していることに驚きました。これは海外からの参加者にとっても同じで,「日本で,この分野の研究が,これだけのボリュームで進んでいるとは知らなかった」と感心されたようです。 MR研へのツアーは,約30分おきにシャトル・バスが運行されていました。思ったよりも近く,このバスで10分強の距離なのです。なるほど,パシフィコ横浜が会場になっていた理由がようやく理解できました。 招待講演やポスター&デモの表題は,今でもウェブページに載っていますが,MR研のデモについては記載がないので,表1にあげておきましょう。この他に,新しいHMDとメガネなし立体ディスプレイも展示されていました。MR研そのものの研究成果 の他に,共同研究の東大・廣瀬研究室,筑波大・大田研究室の作品も稼動していました。そうなのです。札幌分室での研究内容がパネル展示されている以外は,ここに展示されているのは,いずれも実際に動いていて,観客自らが体験できるものなのです。 この体験だけは講演を聞いても論文を読んでも得られないので価値があります。いずれも利用者の視点で実時間体験できるものだけに尚更です。 表1 MRシステム研究所見学ツアーのデモ一覧 | | MR Living Room〜複合現実インテリアシミュレーション 家具の配置を検討するのに,もう重い家具を動かす必要はありません.現実の空間内でシー スルーHMDをかぶれば,現実世界にオーバラップして仮想のインテリアが現れます.音声 対話により,仮想空間内のエージェントに作業を指示することもできます.これまで,イ メージビデオで見ていただいた複合現実世界を,実体験できるようにしました.現実世界 と仮想世界の位置合わせに加えて,画質的な整合性も考慮した複合現実感システムの構築 例です. | | RV-Border Guards〜多人数協調型複合現実感ゲーム 昨年のSIGGRAPH'98で好評を博したAR2ホッケー(協調型複合現実感ゲーム)を発展させ たものです.シースルーHMDを装着し,現実世界の対戦者を視認しながら,仮想の物体の 撃墜を競うシューティング・ゲームです.複合現実感システムを複数人で協調動作できる ようにしたもので,システムの性能・画質を向上させながら,3名以上で体験できるシス テム化技術に取り組みました. | | Wisteria World〜MRテレプレゼンスシステム 都市空間模型(実物)内のカメラを遠隔操作し,カメラからの映像に仮想建築物などを実 時間融合表示することで,自分の視点での対話的な遠隔型複合現実体験を可能にしました. 遠隔地のカメラを操作するテレプレゼンス技術と,実写とCGの実時間合成を行うMR技 術の接点を研究しています. | | Cybercity Walker(東京大学・廣瀬研究室担当) 街を丸ごと電脳空間化する広域環境入力技術の実現例です.実写映像で構成された「みな と未来地区」のウォークスルーを実現しました.撮影専用車で現実の街を系統的に撮影し ておけば,いつでもその空間を見回せたり,自由な経路で歩き回ることができます. | | テーブル金魚(筑波大学・大田研究室担当) 実写映像から合成した仮想金魚鉢が実物のテーブルの上に現れ,その中で金魚が泳ぎます. 実写映像に基づくCG技術と,現実世界と仮想世界の実時間整合を統一的に扱うMR技術 に向けての研究の最前線をご覧いただけます. | | ミニ・テーマパーク体験 Cybercity Walker は,廣瀬通孝先生のご講演に対して,基調講演者のH. フックス先生がその着想をとても誉めておられました。数百m四方の街並みを実写 で丸ごと仮想空間に入れてしまうというのは,スケールの大きなお仕事です。メモリの量 が許せばもっと広い領域が入るのでしょう。講演のビデオも表1の写真も東京駅前の丸の内地区になっていますが,当日のデモはシンポジウム会場前の「みなとみらい地区」で,大いにウケていました。少し前にシャトルバスで通 ってきた街並みが追体験できたので,ますますそのリアルさ(すべて実写だから,当たり前?)も一潮でした。 翌日のパネル討論で,R. ワインバーグ先生(USC)が激賞されていたのは,模型の街並みをヘリコプターを操縦する感覚で降りて行くWisteria
Worldで,同じく杉山知之先生(デジタルハリウッド)が感心しておられたのは3人で対戦するRV-Border Guardsです。圧倒的な評判を呼んでいたのは,後者の新しい複合現実感ゲームですが,残念ながら待ち行列が長く,体験できませんでした。 私が,技術的に感心したのは,MR Living Roomです。実物のリビングルームに仮想のインテリアを重ねあわせるアプリケーションです。実は,昨年の6月のオープンハウスに行った時にもあったのですが,まだ開発後間もない頃のバージョンだったらしく,あまり良質の複合現実体験ではありませんでした。静止しているはずの仮想物体がフラフラと揺れるのです。何やら,地震の仮想体験をしているかのようでした。今回のデモでは,この揺れはなくなり,位 置合わせ精度も見事に改善されていました。ビデオシースルーのカメラの光軸を覗き込むHMDの光軸も一致していて立体感も向上しています。 そして,何より嬉しかったのは,音声対話ができる可愛いロボット状のエージェントが出て来て,お相手してくれたことです。宙に浮いて語りかけてくる様子は,ディズニー映画の『フラバー』に出てくる秘書(ペット?)ロボットを感じさせました。キャラの動きも良く,音声合成のクオリティも高いように感じました。この種のエージェント技術については,CIF3シリーズの第8回(97年12月号)と第9回(98年1月号)で解説されています。通 常のエージェントがコンピュータ・モニター画面中の四角い窓の中に登録するのに対して,このMRエージェントは複合現実空間の中を自由に移動できるのが特長とのことです。なるほど,HMDをつけてどちらの方向を向いても,それなりに追随してきました。こういう空間の中での姿・形のあるエージェントというのは,ヒューマンインタフェース研究からするととても興味深い対象になると感じました。 どのデモも楽しく面白く,少し手を入れればテーマパークや博覧会ですぐ使えそうと感じさせるレベルに達していたように思います。 ( ) 舞台裏5 デモ準備の労力と効果 ほどよい応募で一安心 この種の会議は,参加費を払って聴講している方が楽で,主催者側に回ると何かと気苦労が多い。発表内容のレベルもさることながら,照明や音響,案内板や展示物の配置等も参加者の心理的満足度に大いに影響する。すべてをこちらで演出・制御できるならいいのだが,ポスター&デモのセッションは発表を公募しただけにその集まり具合が気になった。あまりに少なく閑散としているのは困るし,投稿が多過ぎてスペースや機材の確保に苦労するのも有難くない。その意味では,ISMR'99の公募には質的にも量 的にも適度な応答があった。「実にwell balanceなセッション構成だ」「これまでに出た会議でbest organized!」という評価を頂戴したのも,こうした幸運が働いていたのである。 第1回の国際会議であり,諸外国にはあまりアナウンスもしなかったので,海外からの投稿は期待しなかったのだが,実演デモも含めて4件も応募があったのは嬉しい誤算であった。国内からは10数件もの多彩 な応募があったが,特に熱心な勧誘をしたわけではない。「複合現実感」というテーマが広がりを見せ始めた証拠であり,海外からの一流どころの前で研究成果 をアピールしておきたいというモチベーションもあったことと思われる。 研究分野が立ち上がり,大きく成長する過程では,広報力のある著名人の存在や有力グループ間の相互作用・相乗効果 が大きな役割を果たすことは否定できない。要するに,うまい具合の正のフィードバックが働き,良い方向に発展すればいいのである。 ポスター発表にも,ビデオの併用者が大半だった。この準備はまだ簡単だが,実機デモとなると搬入するのも調整するのも,かなりの労力がかかる。それでも,ヒューマンインタフェースやVRの分野の会場には,こうしたデモ・コーナーは不可欠だろう。 あっと驚くMRゲームを ISMR'99は,もともとMRプロジェクトの中間成果 報告会のつもりであったのだから,その見学ツアーに力を入れたのは勿論である。 最も話題を呼んだRV-Border Guardsは,これまでMRプロジェクトの象徴であったAR2ホッケーを解体し発展させたものである。実際のプレイヤーが実物のテーブルの上で仮想のパックを打ち合うAR2ホッケーはSIGGRAPH 98に出展して大きな賞賛を得た(写真4)。7日間で1,000組2,000人以上が体験し,一度もダウンしなかったため「最もロバストで,最も多くの人が体験したARシステム」という評価を得た。 写真4 AR2 Hockey at SIGGRAPH98 | 写真5 プレイヤーから見た光景 | 当初,複数人が現実空間と仮想空間を共有し,実時間で対話できるシステムの事例としてこのゲームを選んだのだが,想像以上の反応があった。噂を聞きつけて,メジャーなゲーム機メーカーも見学に来られたし,テレビ番組でも取り上げられた。次々と改良を重ねてここまで到達させた開発担当者は,さらに改良型を発展させたがったが,それにはOKを出さなかった。MRプロジェクトは,いつまでもエアホッケーだけかと思われたくなかったからである。 ホッケーの仮想物はパックだけであり,しかもテーブル上を(少し浮いた状態で)2次元的な制約の下に移動する。目の前の現実空間をフルに仮想空間として利用でき,もっと複雑な3Dオブジェクトも表現できるのに,エアホッケーに制限しているのはもったいない。「ゲーム会社が興味を持つなら,もっと徹底してゲームらしいゲームに,あっと驚くゲームにしてみな」というのが与えた課題である。かくして生まれたのがRV-Border Guards(写真5)である。 ネーミングの由来は,仮想空間と現実空間の境界にふとしたことから穴があき,Virtual側からReal側にエイリアンたちが侵入してくるのを,RV-Border の警備隊(防衛軍)が打ち落とす,というバカバカしい想定にある。AR2ホッケーの下地があったとはいえ,プログラミングを始めてから2ヶ月足らずでできあがったのは,よく間に合ったと思う。CGオブジェクトが現実空間に落とす影や,現実環境からの写 り込み,現実物体とのオクルージョンも表現でき,細部にこだわるゲーム・ファンをも感心させることができた。 短期間でかなりの完成度に達したものの,このシステムには学術的新規性はほとんどない。それなのに純学術系の参加者にも,このデモが最大の人気となった。コンテントの充実度,トータルシステムとして価値が評価されたようだ。この新ゲームも別 のテレビ番組4)で紹介されたし,その後も見学者が続いている。MR技術の最大の市場が娯楽産業にあることを,改めてアピールするところとなった。 第6幕 特別セッション:ハリウッドの香りは今一つ 外タレは期待外れ 最終日の午後は「Future Entertainment and MIxed Reality」と題した特別セッションでした。アメリカ西海岸のディジタル・プロダクションの社長さん2人の講演に,日本のマルチメディア・スクール「デジタル・ハリウッド」(以下,DH)の学校長を加えてのパネル討論という構成です。このセッションだけで,独立したシンポジウムの形をなしていました。実際,DHとの共催で,この特別 セッションだけの参加も可能で,同時通訳もついていました。 アカデミー視覚効果賞を取った『ベイブ』のRhythum & Hues社のJ.ヒューズ社長,元NHK『人体―驚威の小宇宙』のCGプロデューサで,現在はビバリーヒルズにあるMagic Box Productionの伊藤博文社長,そしてDHにはサンタモニカ校があり,パネル討論の司会がG.ルーカスを生んだ南加大映画学部のコンピュータアニメーション研究所R.ワインバーグ所長だったことから,エンターテインメント産業のメッカ,LAの熱い陽射しと爽やかな風の香りを感じさせました。残念ながらこの日も雨模様でしたが,午後からは若いクリエータ達が続々とやって来ました。NICOGRAPHセミナーに似た雰囲気で,これまでの2日半の学会ムードは一新してしまいました。 3日間のシンポジウムのエンディングとして,大いに期待したのですが,このセッションは大外れでした。「The History and Future Direction of Visual Effects」と題したJ.ヒューズ氏の講演は,なるほど,『2001年宇宙の旅』から『ターミネーター2』『ジュラシック・パーク』を経て『タイタニック』に至るVFXの歴史がなぞられていましたが,ただそれだけのことです。複合現実との関わりも,未来への展望も有りません。せめて『ベイブ2』のメイキングくらい有るかと思ったのに,それもありません。ただ,著明な映画の短いクリップを並べただけで終わってしまいました。 伊藤博文氏の「Augmented Reality for Enter-tainment」は,話しもビデオもまずまずだったのですが,ARの意味がずれていました。CGが現実を越える表現を生み出すという主張であって,拡張現実でも複合現実でもありませんでした。 2001年は頑張って下さい 杉山知之氏が加わって,パネル討論は少し引き締まりました。杉山さんはMRプロジェクトの開始の頃からアドバイザをしておられて,応援団長と言った立場のようです。DHは,設立5年で約5,000人の卒業生を送りだし,クリエータ市場を大いに活性化させているようです。その学生作品は,例年我が国のマルチメディア・グランプリで表彰され,最近ではSIGGRAPHノも次々と,入選作を送り込んでいるようです。 マルチメディアやCGのクリエータを輩出しているこのスクールの学校長さんは,VRさらにはMRの未来に大きな期待をかけておられるようです。「若者は3D-CG映像が大好きで,小さな画面 の中でもっと広い世界で使いたがっている。それをビジネスにつなげることを夢見ている」という発言はとても印象的でした。VRにしろMRにしろ,技術の枠組が進展すれば,コンテンツを充実させてくれるクリエータ達が待ち受けているということです。 他のパネリストからは,MRプロジェクトに対して「通 産省の施策にビジョンを感じた。きっとうまく行くに違いない」「5年後にMR技術が大きなトレンドになっていると確信した」という発言もありました。招待講演者だけに,ちょっとお世辞も入っているのかなと思いますが,日本発のこの技術がハリウッドをうならせるようになって欲しいものです。 こうした褒め言葉の反面,学術レベルとプロダクションでの実用レベルには,まだまだギャップがあるとの指摘もありました。では,「そのギャップをうめるにはどうしたらよいか?プロダクション側からは歩み寄れないのか?」の質問に対して,何の明確な回答もなかったのが残念でした。プロダクションの社長さんは経営中心でしょうから,もっと現場の技術者を選んだほうが良かったと思います。 最後に,次回は2年後の2001年3月に同じ場所で開催される旨,次期委員長の廣瀬通 孝先生からアナウンスがありました。それまでには,どうして上記のギャップが埋まるのか答が出ていて欲しいものです。 ( ) 舞台裏6 メディア報道のタイムラグ
木内みどりもやってきた
人選にも経費面にも大いに力を入れたのだが,使ったリソースほどの効果は得られなかったようだ。パネリストにはMRプロジェクトは評判が良かったが,その絶賛の声に反応したのは,聴衆ではなくマスコミだった。
普通の学術研究集会でなく,アートやエンターテインメントのクロスオーバーもあるということで,積極的な広報戦略を取り,プレスリリースも流したのだが,反応はよくなかった。雑誌やテレビが好む題材だと思うのだが,ほとんど乗ってこなかった。
学会主催なので,商業ベースのプレスリリースのような誇大広告調のコピーは自粛したため注意を喚起しなかったのかも知れない。開催が横浜というのもマイナス要因らしい。東京を外れると記者の足は遠のき,横浜支局がある場合は,更にまずいようだ。支局の記者は,ローカルニュース中心で先端技術になど興味を持たないからである。
報道されないものは,世の中に存在しないと同じだというが,取材に来ないものは報道の可能性すらない。PC系の雑誌やウェブニュースで熱心なところがあったが,メジャーメディアがやって来ない。それでも,前号で述べたように,岩井氏の新作を目当てに何社かやって来たのだが,技術デモのコーナーやMR研ツアーには見向きもしなかった。
たまたま最終日のパネル討論に居合わせた記者は,外国人パネリストと司会の激賞に目を開いたらしい。急に,MRプロジェクトの成果
を見せろという。前日熱心に誘ったのに無視したのにである。自分の価値判断ではなく,外国人が褒めると急に評価が上がるのは日本のジャーナリズムの悲しい現状である。それもまた1つの評価基準なのだろうが,情けない!
伊藤氏の勧めで,後日TV業界からもゲームソフト会社からもぞろぞろと見学にやって来た。女優の木内みどりまでも,RV-Border
Guardsを見に来たのには驚いた。あるメディアが取り上げると,それを見て他のメディアも興味を持つ。この「芋づる式」は大いにアテにしたのだが,少々タイムラグがあったということだ。パネル討論はつまらなかったが,パネリストが結果
的に広報役のトリガーになってくれたようだ。
決してマスコミ向けすることが目的ではないが,学会などには来ない異分野の人たちに新しい技術の可能性を知ってもらうには,メディアに頼るのが早道だ。過熱報道も困るが,冷え過ぎて存在すら知られないのも有難くない。マルチメディア・フィーバーのバブル崩壊後のN新聞を中心としたジャーナリズムは完全にその後遺症の中にある。全く金融不安と失業の危機感を煽る以外に能はないものか。こういう技術報道デフレの時代にこそ,中島洋氏のような楽観主義のアジテータが必要なのかも知れない。
報道が少ないひがみかも知れないが,数年後にこの反動が来て,またまた過大評価と行き過ぎた表層的な報道が来るなと恐れるのである。( )
まとめとご挨拶
Dr.SPIDER 仮想参加者の「は,あなたの感想と一般
参加者のアンケート結果+αで作りましたが,この企みはうまく行きましたかね?
Yuko 自分では評価しにくいのですが,平均像という気はします。
このシンポジウムのために最も働いた人物,影の実行委員長としての感想はいかがですか(笑)。
つくづく聴くだけの参加は楽でいいと実感しました(笑)。皆さまのおかげで立派な本が残せたのと,「運営が素晴らしかった」との言葉を頂戴したのは嬉しかったです(ここで思わず涙ぐむ……というのはウソ!)。日本のレベルを欧米に紹介するお役に立ったとは思います。
ハイレベルと感じたのは,活発な討論,横文字と著名人が生む効果
,資料と料理の充実度,等々の織りなす総合評価でしょう。それがある閾値を超えて,人々の印象に強く残ったということだと思います。
これだけ情報が多い時代だと,印象に残る残らないは0,1ですね。
生産的か消費的かという区別
もあります。論文が盛んに引用されたり,他のグループに影響を与えるようなデモは,生産的な研究成果
です。それに対して,時間を使って,紙や計算資源を山のように使って,誰のプラスにもならないのが消費的研究です。GNPを引き上げる以外,何の効果
もない自己満足的な学会発表が世の中の大半です。
またそんな嫌みを言って,嫌われますよ。
やっぱり私は嫌われる(笑)。いいんです。こういう毒舌をはいても,皆さん自分のことだとは思っていないから(笑)。
コストパフォーマンスが良かったとの評価が多かったのですが,お金だけでなく,時間的にも充実していたとのことのようです。
学会も展示会・講習会も多すぎるから,当たり外れのない時間利用が最も好まれるのでしょう。学会は多すぎて余り産業界の役に立たないし,PCやインターネット系の展示会も多すぎて,情報選択が難しくなっていますね。
このCIFシリーズも責任重大ですね(笑)。
では,2回にわたって内輪話を書いたISMR'99から見た未来はいかがですか?
位置合わせや画質合わせの研究が着実に進んでいるという印象を受けた人が多かったようです。思った以上に,もうすぐ使えそうだと。それから,アウトドアでの利用に向けて,研究が始まっているのも力強いトレンドと感じられました。
これから伸びるというより,伸ばさなきゃならないテーマですね。モバイル,ウエアラブルは,間違いなく世の中の流れですから,アウトドアAR/MRの研究人口も増えることでしょう。
さて,最後にご挨拶がありますね。
ハイ。CIF3シリーズから2代目 役を務めてきましたが,この号を最後に引退することになりました。 役としては短い期間でしたが,有難うございました。
ISMR'99で燃え尽きて,あとは普通
の主婦になるというわけですか(笑)。また,暇を見つけて,ゲスト出演して下さい。
( )
(つづく,以下次号)
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