コンピュータイメージフロンティア特別編
「千年紀末を越えて」(その1

はじめてのIMAGINA

O plus E, Vol.22, No.4, pp.485-494, 2000

 プロローグ
 かねてより,「1990年頃始まり2010年に至る約20年のディジタル映像革命はいま中だるみ状態だが,新世紀を迎える頃,折返し点に差しかかる。世の中の気分高揚から,技術開発も再加速するに違いない」との説を吹聴してきた。ここで21世紀は2001年からのつもりだったのだが,御存知のように2000年から新しい千年紀だとする騒ぎが始まってしまった。日本では,遅れ馳せながら1999年の後半Y2K問題がクローズアップされたが,欧米はミレニアム・フィーバーで浮かれていた。ロンドンのミレニアム・ドーム建設は言うまでもなく,パリもベルリンもローマも大変なお祭り騒ぎだったようだ。
 1年早まったとはいえ,気分高揚には違いない。果たせるかな2000年早々には,AOLとタイム・ワーナー社の合併話が飛び込んできた。メディア産業界にとっては,超弩級のニュースである。この先まだまだ何が飛び出してきても不思議はない。
 マクロな流れはそうでも,個々人の身の廻りはそんなに騒がしいわけではない。小さな積み重ねが,後で気づくと大きな転換点になっているのだろう。今回は,ミレニアム・カウントダウンの前後に欧米を廻った際の見聞とともに,最近感じていることを綴ってみたい。

1.Imaginaからのラブコール

 丸ごと用意してくれる?
 Imaginaをご存知だろうか? 米国のCGの祭典SIGGRAPH(シーグラフ)に対して,欧州におけるディジタル映像の祭典で「イマジナ」と読む。例年1〜2月頃,モナコとパリで開催され,20年の歴史をもつ。SIGGRAPHが学会の専門部会の年次総会が発展したのに対して,Imaginaの主催はMonte Carlo Television FestivalINA (Institut National de l'Audiovisuel)(1)で,放送映像業界がCG分野に進出してきたという由来の違いがある。
 Imaginaの行事でもっとも有名なのは,15年の歴史をもつCG映像コンテストPrix Pixel-INA(以下,PPIと略す)である。他の主要イベントは,最新動向を探るConferencesと技術展示のInnovation Village,そして製品展示会のExhibitionである。このうちExhibitionと小行事がパリで分離開催され,その他は発祥の地モナコで開催されている。
 というのは後で調べて知ったことで,Imagina 2000(2)に招待されるまで,ほとんど何も知らなかった。何となくCG雑誌でその名前を見かけた記憶があり,CG-ARTS協会(3)から受賞作品上映会の案内も来ていたような気がする。
 そのImaginaのプログラム担当者から,Mixed Realityについての招待講演と,多人数参加型MRゲーム RV-Border Guards(4)(以下,RV-BGと略す)をモナコへ出展しないかとの誘いがあった。昨年9月末のことである。SIGGRAPH 99のパネルを聴いて気に入ったからだという。RV-BGは,協調型複合現実感システムの事例としてISMR '99(5)時に開発したシューティング・ゲームで,上記パネルの講演の中でビデオだけを流した。
 旅費・滞在費主催者負担の招待講演は悪くないが,このデモ一式モナコまで持って行くには手間もお金もかかる。こちらは自腹で,展示スペースだけ無料で提供するらしい。会期は2000年の131日〜22日。展示は3日間でも,準備に23日,撤収に半日はかかる。AR2ホッケーをSIGGRAPH 98に出展した経験(6)からすると,最低34名は派遣する必要がある。海外への機材輸送費も滞在費もばかにならないし,年度内にそんな予算は計上していない。講演はOKだが,デモ展示は嬉しくないと返事することにした。
 ところが,この担当者は熱心で簡単には諦めてくれない。「AR2ホッケーもオーランドで見た。ミレニアム記念に盛大な会にするから,必ずやデモ効果 はある」と粘ってくる。RV-BGは,シースルーHMDを装着し通 常3名がプレーするMRゲームで,眼前の現実空間に登場する仮想空間からのインベーダを打ち落としてスコアを競う。「これを動かすには,HMDの他にO28台,PC3台,大型モニター23台,卓球台2台が要るので,とてもそんな大掛かりな輸送や派遣はできない。機材と補助員を主催者側で用意してくれれば別 だが…」と半ば脅しのつもりでそう伝えたら,「全部現地で用意するから」との答えが来てしまった。

 外堀も内堀も埋まった
 あとになって気づいたのだが,メールを応酬したこのGilbert Dutertre氏とは既に会っていたらしい。SIGGRAPH 99のパネルの後で,何人かドヤドヤやって来た中の1人だったのだ。当方はといえば,混乱の極みから解放され,しかもミネラルウォーターの飲みすぎで,トイレに行きたかった時のことである(9910月号参照)。あの時に彼の誘いに生返事してしまったようだ。
 Dutertre氏は,Imaginaの主催者 INAImagina専任の職員で,プログラム委員会の中心人物らしい。過去のウェブサイトを調べてみると,出展要請されているInnovation Villageは前回から始まっている。どうやらSIGGRAPHEmerging Technologies7)に対抗して,インタラクティブ・デモのコーナーを設けたようだ。今回は2000年記念でこれを充実させるのに,その目玉 として当方のデモが欲しいらしい。
 ウェブサイトは1995年分からあって,なるほど,欧州のSIGGRAPHという感じはする。ただし,コンファレンスはオリジナル論文発表の場ではなく,最新トピックスの全招待講演だ。SIGGRAPHよりもかつてのNICOGRAPH8)セミナーに近い感じである。その話題は,VR,コンピュータ・アニメーション,SFX,インターネットである。これならわがCIFシリーズそのものではないか。2つの電脳空間論をぶった上に,ここ最近はSFX映画に傾倒している私Dr. SPIDERのためにあるようなものだ。加えて,レクチャーせよと招待されている初日冒頭のセッション・テーマは“Mixed Reality”となっている。ここまでお膳立てして招かれると心が動く。
 参加者は,前年はモナコに約1,500人,パリに約5,000人だという。SIGGRAPHは総入場者数34万人。フルコンファレンス参加者はその1割というから,Imagina1,500名は参加者の意識が高ければ,そう悪くない数字である。
 SIGGRAPH 99で入選を果たしたデジタルハリウッドは,次はPPIでの受賞を狙っていると聞こえてきた。さらに映像新聞とCG-ARTS協会の共催で,Imagina 2000参加ツアーも組まれるらしい。そこまで日本からの関心も高まってきたなら,そこでMRプロジェクトをアピールするのも悪くないだろう。
 ここまで条件が整ってくると,海外への輸送費用を負担しても,欧州向けに一度アピールする価値はありそうだ。かくして,総勢6名のデレゲーションをすることになった。

 ついつい見栄をはってしまう
 年末に届いたAdvance Programを見ると,コンファレンスは“3-D and Interative Technology”と“Radio / TV and the Internet”の2本立てで,前者のトップバッターとして講演することになっている。セッション名は,“When Reality Meets Virtuality”で,東大の廣瀬通孝教授も一緒である。SIGGRAPH 99のパネルは“Mixed RealityWhere Real and Virtual Worlds Meet”だったから,完全にそれを意識しているようだ。SIGGRAPH 99ではPapers Panelsの最後に筆者の名前があったのに,今度は初日のトップである。何やら因縁めいていて,SIGGRAPHImaginaは地下水脈,いやサイバースペースでつながっているのだろう。
 SIGGRAPH以上にアート色が強いImaginaだけあって,ウェブサイトもプログラムも凝っている。こういう舞台に特別 招待されるからには,旧バージョンをそのまま出すのは恥ずかしい。かつて見せたビデオよりは,何か新しくしてルックスを良くしようという声が上がってきた。
 MR型エンターテインメントは,もともと仮想空間と現実空間を独立にデザインできる点が特長である。これまでは現地入手しやすいように国際規格の卓球台を使ってきたが,これがいかにも野暮ったい。南仏のリゾート地モナコに展示するなら,現実世界の造形もそれに見合うようリニューアルすることにした。ついつい見栄を張ってデモがどんどん豪華になるのが悪い癖である。
 115日までに梱包して空輸するというのに,師走の半ばを過ぎてからこんなことを言い出した。慌てて展示業者の乃村工藝社を呼んで,海底をイメージした造形物を作ってもらうことにした。背景にもスクリーンを立て,ライティングもデザインし直した。写 真1がその出来上がりである。発泡スチロールに着色したこの造形物は,ビデオシースルーHMDを通 して見ると迫力満点で,観客を驚かすには十分だった。ただし,軽量だが体積を占めるこの現実物体の梱包と輸送は大変だった。空気を運んでいるようなもので,輸送費は製作費よりも高くついた。
 ともあれ,地中海に面した憧れのモナコめざして,MRエンターテインメント一式が向かうこととなった。


(a)オリジナル版はAR2ホッケーで使った卓球台を流用

(b)ミレニアム版は海底火山をイメージした造形
写真1 RV-BGの現実世界
2.フェスティバル開催前夜

 機内ニュースに仰天
 129日,成田発JAL405便でパリに向かう。ヨーロッパは何年ぶりだろうか? かつて年2回のペースでロンドンを基点に欧州各国を巡っていたが,最近は米国出張ばかりだ。
 オフシーズンとあって,土曜日でもJAL便の機内は空いていた。例によって寸暇を惜しんで機内ビデオを楽しむ。この往路では5本,復路は4本を観た。最近はJALのホームページに機内サービスの一覧が載っているので,予めどれとどれを観るか計画を立てることができる。もっとも,今回のように月をまたがると,帰りの便の分までは分からない。既に観た映画は英語で聴こうと思ったが,何か勝手が違う。変だなと思ったら,アメリカ人がフランス語で話している。そうか,パリ行きの便は日本語とフランス語の吹き替えで,英語版がないんだ。
 驚いたのは,座席の液晶モニターで『ディープエンド・オブ・オーシャン』を観ている途中,前面 スクリーンに映された朝7時のNHKニュースだった。幼児の頃誘拐され行方不明だった少年が9年振りに発見される話なのだが,ニュースは新潟県の女性監禁事件を報じていた。前日筑波で一泊し早朝直接成田に向ったので,このニュースは知らなかった。こちらも9年間なのか。事実は小説よりも奇なり。こんなことって本当にあるんだ。
 シャルル・ド・ゴール2空港での乗り継ぎで廣瀬教授と合流した。AF7708便でニースへ向かう。コート・ダ・ジュール空港というとギラギラした太陽を想像するが,到着時は既に夜8時前だった。アゴアシ付きの招待だけあって,ワゴン車で旅行代理店の女性が迎えに来ていた。
 夜着いたモナコの第一印象は「ここは熱海か」である。欧州屈指の社交リゾート地と斜陽の温泉街では華やかさは段違いのはずだが,どことなく似ている。街に入る手前のトンネルやマクドナルドのドライブスルー,曲がりくねった狭い道路に停めた車の列とそびえ立つホテル風のビル,近くに迫った崖と波の音がそう感じさせるのだろうか。

 モンテカルロの歩き方
 一夜明けてその理由の1つが分かった。海岸近くの樹木は,熱帯系の植物より松の木が多いのである。どういう訳か,海岸近くには日本庭園まであった。「お宮の松」ならぬ 「グレース・ケリーの松」があるのかどうかは知らぬが,熱海を連想したのもそのせいだろう。
 モナコ公国は人口約3万人。面積は皇居の約2倍の1.95km2しかない。その北東部の市街地がモンテカルロ市と呼ばれている。滞在先に指定されたのは,メリディアン・ビーチプラザ・ホテル。このホテルの付属ホールがImagina 2000の副会場になっている。このホテルは,唯一プライベート・ビーチを持つというだけあって,熱海の温泉旅館よりはぐっとハイセンスだ(当たり前か)。主会場のモナコ会議センター(CCAM)までは約1.5kmある。途中,モナコ名物のラルヴォット・ビーチを眺めながら移動するが,白砂のビーチは思ったよりも小さい(写 真2)。東京やパリよりはずっと暖かかったが,もちろんこんな冬場に泳いでいる人はいない。


写真2 モナコのラルボット・ビーチ

 「プリンセス・グレース通り」と名づけられたこのメイン・ストリート沿いには,高級コンドミニアムが並ぶ。不動産屋の案内を覗いてみたら,75m2の1ベッドルームが円換算で約7,000万円。そんな程度か。300m2級で23億円だから,東京・港区のマンションといい勝負である。
 会期中2つの会場間を12往復したが,治安はいたって良好だった。深夜2時頃歩いても全く危険を感じない。その一方で,参ったのは犬の糞尿である。愛犬を散歩させている住人はしばしば見かけたが,誰もスコップや砂利で始末しようとはしない。ちょっと段差や柱のほとんどは犬の小便で変色してしまっている。防犯はしっかりしていても,公衆道徳はこの程度なのか。
 主会場の展示設営チームを陣中見舞いする前に,少しモンテカルロの街を散策してみた。モンテカルロの中心は,何といってもグラン・カジノ。夜はジャケットとネクタイを着用していないと入れてくれない。そのカジノの裏手,岬の上にモンテカルロ・グランドホテルと主会場のCCAMが隣接して建っている。会議施設の窓の下はすぐ海というのは,パシフィコ横浜とよく似た立地条件だ。
 モナコNo.1のグランドホテルのカジノはラスベガス風で,スロットマシンも数多くある。ホテルのカフェからの地中海の眺めは絶景である。このホテルの正面 に出て目を見張った。そうか,ここがあのF1コースのヘアピン・カーブなんだ(写 真3a)。本当にホテルの目の前である。赤と白の縁石はレース時だけでなく,常時塗られているようだ。このカーブを下りたところがシケイン,そしてF1名物のトンネルへと続く(写 真3b)。岬の下を削り取った形で,この上にホテルと会議センターがある。
 通常は片側一車線ずつの対面通行なのを,もちろんF1レース時には道路幅一杯を使っている。完全なトンネルではなく,片側の壁の切れ間に地中海が見える。波の音が混じって,このトンネル内のエコーは気持ちいい。この中を猛スピードでクルマが駆け抜ける。ベンツとポルシェが,テール・トゥ・ノーズのチェイスをしているのも見かけた。さしずめ当人たちはセナとマンセルのデッドヒート気分だったのだろう。歩道との間に分厚いコンクリートのガード壁がなければ,安心して歩いていられない。


(a)
ホテル前はヘアピン・カーブ

(b)名物のトンネル
写真3 お馴染みF1モナコ・グランプリの名所

 3日間かかってまだ設営中
 会議センターの入口は,このトンネルの途中にあった。想像していたよりも随分と小さいし,天井も低い。ラスベガスやロサンジェルスのコンベンション・センターとは比ぶべくもないが,パシフィコ横浜よりも狭い。会場のいたるところが正6角形を最密詰めした形でデザインされている。京都国際会議場は正6角形を高さ方向に使っているが,ここCCAMは正6角形を床面 方向に敷き詰める使い方である。今回出展したRV-BG2000の造形物は,海底に人工物の突起があり,そこからインベーダー達が登場するようデザインしたが(写 真1b参照),図らずもこの人工物が6角柱だった。おかげでデモ期間中,この会議センターに合わせて特注したと吹聴した次第である。
 開催前日の昼,会場準備はまだまだで,3日前にモナコ入りしていた我らが展示設営チームも奮闘中だった。準備に3日間を当てたが,初日は12箱もの木箱の開梱で精一杯。2日目は借りたコンピュータの設置とソフト・インストールに要し,3日目に入ってようやく位 置合わせキャリブレーションに取りかかれたようだ。予め分かっていたことであるが,会議の運営にも,投稿・納入物の受入れにも,万事フランス人は鷹揚で手抜かりが多い。巨大イベントSIGGRAPHの管理・運営体制がとびきりシステマティックであるだけに,余計にImaginaがかったるく感じてしまう。
 それでも,今回は大スポンサーの1SGI社が同じフロアで大きな展示ブース(Reality Center)を構えていたので助かった。単にO2マシンを貸してくれただけでなく,ソフト・インストールのあらゆる面 でプロフェッショナルが面倒を見てくれたようだ。
 我々の展示場所には,正面玄関のすぐ脇の目立つコーナーが与えられていた。他のInnovation Village展示はアクセスの悪い3Fに押し込められていたのと比べると,まさに特別 待遇である。Innovation Village展示会場を一廻りしてみたが,どのブースもまだ準備中だった。SIGGRAPHEmerging Technologiesに比べると,テーマの統一感や先進性にやや欠ける。それでも全26件,前年度の12件に比べると質・量 ともに充実し,2年目としては上々だ。Dutertre氏が力を入れて選定・勧誘したのだろう。日本からは我々の他にATR知能映像研から3件も出展していたのが目立った。
 午後4時から講演者の打合せと事前通知されていたのでホテルに戻ったら,会議センターで6時からに変更だという。それならそうと早く言ってくれ。また犬の糞をよけながら会場間を移動だ。打合せではAV機材を確認したものの,会場での接続テストは行わない。この時,何やら良からぬ 予感がしたのだが&。
 展示ブースでは設営チームがまだ肉体労働中だったが,早めにホテルに引き上げることにした。既に日本時間では深夜3時で思考力が低下していた。

3.Imagina 2000 いよいよ開幕

 フランスはVRSFXがお好き
 さて,1月31日開催初日である。SIGGRAPHは朝8時半から論文発表やパネルが始まるが,Imaginaの朝は遅く,あらゆるイベントは午前10時開始である。いかにも南欧スタイルだ。連日,夜に主要イベントPPIのビデオ上映があるから,宵っ張りになるのだろう。2日目の夜には,深夜12時から『スチュアート・リトル』(9)の特別 上映まであった。夜早く眠くなる日本からの参加者には,これは辛い。
 コンファレンスは従来3日間シングル・セッションだったのが,ミレニアム記念なのか,今年は前述のように3D連とインターネット関連の2本立てで,常時パラレル・セッションだった。表1に示す全12セッション,約100名の講師とテーマの選択はなかなか興味深いものがある。

表1 Imagina 2000 Conferencesのセッション名

3-D and Interactive Techniques
Radio/TV the Internet

When Reality Meets Virtuality From Zapping to Smart Programming
From Artificial Life to Online Worlds From Broadcasting to Intercasting
Immersive + Interactive = The New Dimension From Web Pages to Web Programmes
From Game Design to Interactive Filming From Hollywood to Microcinema
2-D/3-D Animation News in the New Media
Special Effects: Invisible or Explosive Does Interactivity Compete with Programming?


 SIGGRAPHの約40件のチュートリアル・コースは,例年その分布を見ているだけでCG界の話題の変遷が分かる。一方,Imaginaは放送業界がバックにある分,少し傾向は違うが,ディジタル映像の世界を別 の視点,特に欧州の目で見ていると感じる。数年前は「VRSFX,サイバースペース」の三大噺であったが,今年は「3DSFXとインターネットのフュージョン」という標語をフランスの業界誌が掲げていた。いずれにせよ,本CIFシリーズの得意とするテリトリーである。
 日本のテレビ業界人によると,フランスは欧州の中で放送文化では異色の国だという。もともとCGVR好きであり,VR視察団も良く来日する。インターネットへの関心も日本の放送業界よりも強いようだ。SFXのレベルも高い。ハリウッドのような映画産業がないため,その技術は主にTVコマーシャル製作に向けられている。ポンピドー・センターやルーブル前のピラミッドを作ったフランス流モダニズムが,映像技術ではVRSFXに現れるのは何となくうなづける。

 またまたパニックの招待講演
 初日のトップバッターであるため,9時半頃から持参PCの接続準備を始めた。まず日本の電源プラグを差し込めるアダプターが用意されていない。ホテルに戻り,自分のアダプターを持ち込んで画面 を立ち上げたが,このビデオ出力と会場のプロジェクタとの同期が取れない。アメリカでは何度もこれで講演し,ノートラブルだったのに,やはりヨーロッパでは駄 目なのか&。パナソニック製Let's Noteのビデオ出力設定画面を色々と変化させて試みたが,とうとうスクリーンにはうまく映ってくれなかった。
 今回はバックアップ用のメディアを持参せず,廣瀬先生と互いにクロスしてデータを持ち合って来ていた。先生のVAIOの出力はどうやら無事変換されている。では,このVAIOを借用して使おうかと思ったら,こちらは何故か電源がつながらず,バッテリーでしか動かない。これでは1時間も持たず,先生自身の講演時間分がやっとである。折角預けたデータがに使えないのか…。
 幸い用意のいい廣瀬先生は,VAIOを2台持って来られていた。ここにも私のデータが入っている。しかし,このVAIOAC電源がつながらない。こちらもバッテリー残量 は講演時間ギリギリだ。結局,2人共アポロ13号のごとく残量 を気にしながらの任務遂行となった。会場準備は当日朝からしかやらないという主催者側の悠長さでは,このトラブルも致し方ない。
 全員のPCチェックが終わるのに,このセッションは40分以上も開始が遅れた。おかげで,朝主会場でレジストレーションに手間取った参加者達が,この間にシャトルバスで続々とやってきた。講演を始める頃には会場は満席,立見も出る状態だった。
 SIGGRAPHのパネルに続いてご難続きだったが,こういうパニックの後は,何故か開き直って講演はうまく行くものらしい。自分でもまずまずの出来栄えで,ややオーバーアクション気味のトークは,欧米人相手には分かりやすかったようだ。他に行き場のないこのモナコでは,他の招待講演者たちも聴講率が高く,大いにアピールした模様である。
 いずれの講演もビデオ素材の出来が良く,特にドイツ ART+COM(10)の「Virtual Car」は素晴らしい内容だった。メルツェデス・ベンツAクラスを題材としたVRシステムの事例だが,LOD(11)制御やUIの工夫など見事なものだった。

 皇太子殿下もご体験
 初日の冒頭にデューティを済ませると後は気が楽で,講師一同でのランチ・ミーティングも和やかな語らいの場だった。Imaginaで残念なのは,これ以外に公式レセプションがなく,参加者同士のコミュニケーションの機会が少ないことである。
 午後は主会場CCAMに向かい,展示説明の応援である。無事稼動したとの報告を受けていたが,もう随分賑わっている。リニューアルとともに効果 音も迫力を増したためか,爆発音やBGMにひかれてついつい人が寄ってくるようだ(写 真4)。

写真4 RV-BG2000のデモ風景

 既に日本で何百人もの見学者が体験済みなので,理屈ぬきで一般 参加者に受けることは分かっている。それでも,願わくば我々のMRゲームのエッセンスは分かって欲しいものだ。フランス人の半分以上が英語をほとんど解さないのにも驚いた。街中ならいざ知らず,こんなハイテク展示会の聴衆ですらである。言葉は通 じなくても,ゲームへの熱中度は洋の東西を問わず同じで,会期中何度もやって来るリピータが何人もいた。このゲームの欠点はプレーヤの数だけHMDを装着させる補助員が要ることで,筆者以外の5名のチーム・メンバーはこの補助とマシン・オペレーション,記念の体験シーン・プリント製作に忙殺されていた。


写真5 アルバート皇太子ご用達


 初日の夕,モナコ公国のアルバート皇太子が視察にやって来られた。10数名の記者団が随行してきて,殿下のプレイに一斉にフラッシュをたく(写 真5)。我らがマーカ識別プログラムも最近はロバストになり,これしきのフラッシュでも誤動作しなくなっている。プレイヤ3人中,皇太子の成績はビリで,「何だ,3番目か」とご機嫌は斜めだった。翌日の新聞には,Imaginaの開催記事とともに,このプレイ風景が大きく取り上げられていた。
 主催者発表で,Imagina 2000モナコ会場への参加者は,20カ国から1,750人,うち日本人は46名だそうだ。参加者よりも目立ったのはメディアの取材である。フランスのテレビ局はもちろん,スペイン,イタリア,ギリシャ,イスラエルからも取材班がやってきた。出展チームの若手は嫌がって,テレビカメラの前に立とうとしない。おかげで責任者として,たびたびカメラの前で慣れないインタビューを受ける羽目になってしまった。日本には伝わってこないから平気だと思いつつも,どう映っていたかは気になるものである。

4. Prix Pixel - INAの盛り上がり

 CGの夢は夜ひらく
 メンバー5名が展示ブースに釘づけのため,1人でコンファレンスや他の展示を見て廻った。
 PPIに新設された「3D Relief」は,立体映像作品の表彰部門である。その全13作品を上映する3Dシアターも価値ある見ものであった。新設部門ゆえに新作だけでなく,IMAX 3Dシアターやテーマパーク用の過去の名作も揃っていた。これだけの数を一挙に見られる機会は珍しい。ユニバーサル・スタジオでしかお目にかかれない『T2: 3-D』(12)を再見できたのは嬉しかったが,100インチクラスのミニシアターでは臨場感も画質もイマイチだった。やはりこの作品は,綿密に視差を計算された専用の大スクリーンで見るに限る(9810月号「2度目のSIGGRAPH」参照)。
 身体一つでは2つのコンファレンスは聴けないので「Redio/TV and the Internet」は断念して,「3-D and Interactive Techniques」に集中した。テーマパーク,ゲーム,アニメ,SFXが話題の16時間の聴講は疲れたが,楽しかった。NICOGRAPHがなくなって,こうした製作者自らのメイキングの講演を聞く機会は日本ではほとんどなくなっている。内容的にもSIGGRAPHのパネルやスケッチよりも濃いようだ。招待講演という形式ゆえに,アゴアシ付きで招かれる方もそれなりの準備で臨むからだろう。
 今回ここで得た情報の分析は,別の回に取っておくことにし,残りはPPIについて述べよう。
 15周年目に当たるこのCG映像コンテストは,一般 参加者も投票できるのが大きな特徴だ。10部門に500作品以上が寄せられ,これがまず約半数に絞られて審査委員のもとに届けられる。理由はよく分からないが,今年はこのうち7部門だけが一般 投票の対象となっていた。PPI上映会は初日と2日目の午後915分から行われ,今年は7部門計53作品が上映された観客は各部門1〜3位 を投票し,その点数を集計して1〜3位が表彰される仕組みである。
 表2に示すように,別途審査委員会が決める賞があり,この他にも関連団体やスポンサの賞がある。もちろん,最高の栄誉は審査員が選ぶImagina グランプリである。モナコ・グランプリとは言わない。モナコでの最終日(第3日目)の夜にすべての表彰式があり,これが Imaginaで最高に盛り上がるイベントとなっている。
 過去2年のグランプリ受賞作は,あの『Geri's Game』(Pixar)と『Bunny』(Blue Sky Studios)で,ともにアカデミー賞短編アニメーション賞に輝いている。例年アカデミー賞のノミネートが発表されるかされないかの時期に,先取りしてグランプリ受賞作を選んでいるのだから,Imagina PPIの歴史の重みと眼力の確かさが伺える。

表2 Prix Pixel-INAの主な表彰

審査員会による表彰
観客投票による表彰(各部門1〜3位 )

The Grand Prix Imagina Music Video(5作品)
The Prix Pixel - INA 3-D Relief Sciences(6作品)
Best Lighting Schools & Universities(7作品)
Best Virtual Character Advertising(8作品)
Best Scenario Arts(5作品)
Research Fiction(9作品)
Cinema/ Television Special Effects(9作品)

 アカデミー賞並みの演出
 SIGGRAPHElectronic Theater(以下,Eシアター)は聴衆が多いため何度も同じ上映会があるが,PPIは一度きりだ。SIGGRAPHのように開演前にレーザポインタが飛び交うことはないが,むしろ主催者側の演出が派手である。会場の7色のスポットライトがクルクル回り,5分前からカウントダウンが始まる。1作品ごとに大きな拍手がわくのはSIGGRAPHと同じである。
 PPIは一夜ごとに盛り上がりも増す。司会役のセクシーな美女が仏語と英語で会場に語りかける。初日夜に少し空席があったが,千数百席ある大ホールは2日目以降満席となった。
 15年の歴史を誇るだけあって,PPI53作品はいずれもハイレベルであった。部門別 に別れているだけに,2時間切れ間がなくゴタマゼのEシアターよりも趣旨がわかりやすい。34作品毎に司会の美女が登場するので,そこで一呼吸つける。自分で投票するとなると,作品を観る目も真剣さが増してくる。アートやフィクション部門には,かなり長い作品も含まれている。まさに現在のCG作品の最高レベルを味わう場といえるだろう。
 日本からはアート部門に「Renjyu」(Namco),フィクション部門に「Chikyuuuki」(Warp Inc.)がノミネートされていた。いずれも力作だったが3位までに入賞しなかった。ノミネート作品には,フランス,アメリカが多く,デンマーク,スイス,スペイン,イギリス,カナダの国名も見られる。フランスのCFのレベルが高いのはこのPPIがあるゆえとも考えられるし,それだけの母集団があるからImaginaも維持できているともいえる。
 最終日のPPI表彰式は,テレビで見るアカデミー賞授賞式のような光景であった。各部門の発表ごとに別 々のプレゼンタが登場してきて,メモを見ながら受賞作を読み上げる。受賞者がステージに上がり,抱擁し,涙ぐみながらスピーチする。バックには受賞作品が映される。といった手順である。アカデミー賞を真似たというより,ベネチア映画祭,カンヌ映画祭等,南欧の伝統を引き継いでいるのかも知れない。
 上映会の投票も部門別の表彰も,最後はSFX部門であった。グランプリ発表前の最も盛り上がる場面 である。SFX部門賞が現在のディジタル映像の最高峰と考えているのだろう。技法としてのSFXは,アート,CF,フィクション部門でも使われているが,SFX部門にノミネートされていたのは,映画7作品,テレビ番組2作品である。昨夏以来SFX映画時評で紹介してきた『SWエピソード1』『マトリックス』『ホーンティング』『トイ・ストーリー2』が入っているし,深夜特別 上映の『スチュアート・リトル』もノミネートされていた。そのほとんどは「3-D and Interactive Techniques」の講演で紹介されていた。
 そーか,ここまできてやっと判った。招待講演でアメリカの一流SFXプロダクションが勢ぞろいしていたのは,この表彰式の会場に来させ,受賞したときにステージに上がって来させるための配慮だったのだ。

 はダテじゃない
 SFX部門9作品の上映で比べてみたとき,『SWエピソード1』の出来栄えは素晴らしかった。映画は好きになれないが,厳選した短いクリップにするとこの作品で使われたテクニックは一段と輝いている。『マトリックス』は何度も見たので個人的には食傷気味だが,そのSFXシーンは大スクリーンで改めて見ても見事な仕上げだと思う。それに対して『トイ・ストーリー2』は選ばれたカットがあまり魅力的でなかった。フィクション部門は完結した短編アニメが占めているので,この長編フルCG映画に適した部門がなかったため,無理やりこの部門に入れたのだろう。
 筆者の投票では『SWエピソード1』を1位 にしたが,PPI SFX部門で表彰されたのは,
 第1位『マトリックス』
 第2位『ウォーキング・ウィズ・ダイナソー』     (BBC TV番組)
 第3位『スター・ウォーズ エピソード1』 の順だった。昨年,一昨年の同部門受賞作は『奇蹟の輝き』『タイタニック』である。これもアカデミー賞視覚効果 賞を先取りした形になっている。ということは,本年度は『SWエピソード1』『スチュワート・リトル』を押さえて『マトリックス』がオスカーを手にするという暗示だろうか(本号が出るころには結果 が分かっている)。
 さて,いよいよ本年度グランプリの発表である。………受賞作は『トイ・ストーリー2』!!
 フルCGというだけでなく,映画としての完成度の高さは先月号で評した通 りである。私の評価もこれで裏付けられた。短いクリップでは観客にアピールしなかったが,映画全編で観た審査員が筆者と同様高い評価を与えたのだろう。PPIの歴史,過去のグランプリからして十分予想された結果 で,誰もが納得する形で幕を閉じた。

 日本人クリエータへの提言
 ここ数年BS放送がアカデミー賞授賞式を放映したため,一般 の関心が高まっている。今年はその人気ぶりをみて,WOWOWがその放映権をとった。一方,SIGGRAPHの模様が一般 番組でも取り上げられるようになったことは,本シリーズで何度か述べてきた。今回予期せぬ 形で参加した欧州のImaginaだが,もう少し日本から関心が寄せられてもいいかと思う。
 日本人がアカデミー賞を狙うなら短編アニメーション賞が一番近道だ。というのはメディア・アーティストの岩井俊雄氏の弁であるが,なるほどハリウッドと日本映画界の実力差を考えるとうなずける。ゲーム業界を中心にCGクリエータの数は急増しているから,近い将来大いにあり得ることだろう。本稿でお分かりのように,そのステップとしてImaginaグランプリを狙う手はある。いくつもの賞があるので,まずノミネート,入賞,それから部門賞というふうにステップアップできるだろう。日本人参加者が増えてくれれば,入賞しやすくなる。
 もちろん,その前にフランス人が立ちはだかっているが,いい意味でライバルになれるだろう。競馬の世界で,タイキシャトルやエルコンドルパサーがフランスのG1レースを目指したように,CG映像界も国際化のステップにフランス/モナコを利用するといい。
 SIGGRAPHには関連業界の情報がほぼすべて出揃うという魅力があるが,Imaginaにはその状勢を別 の角度から整理できるという意義がある。丁度半年開催時期がずれているというのも,それに適している。来年以降も覗きに来る価値はありそうだ。         (Dr. SPIDER

用語解説とURL

1) INA: 放送関連技術の研究・調査・促進を担当する非営利団体。フランス国内での全放送番組を残すアーカイブ部門とImaginaの運営が主要業務。http://www.ina.fr/index.en.html
2)http://www.ina.fr/Imagina/2000/index.en.html
3) CG-ARTS協会:正式名称は画像情報教育振興協会。文部省管轄の財団で,CGやマルチメディア検定の実施が主業務。http://www.cgarts.or.jp/
4)http://www.mr-system.co.jp/rvbg2000/index_j.html
5) ISMR'99: 第1回複合現実感国際シンポジウム。998,9月号で詳しく報告した。http://www.mr-system.co.jp/ismr/99/index.html
6)http://www.mr-system.co.jp/whatsnew/sigg/sigmain_j.html
7) Emerging Technologies: SIGGRAPHでの先端インタラクティブ・デモのコーナー。RV-BGSIGGRAPH 2000のこのコーナーにも採択された。
8) NICOGRAPH:旧日本コンピュータグラフィックス協会。同協会と日本経済新聞社が主催する同名のイベント(展示会やセミナー)は,長年日本のCGの祭典として親しまれたが,1999年から廃止された。
9) 『スチュアート・リトル』:人間と会話のできる小さなネズミ,スチュアートを主人公としたSFX映画。米国では99年12月公開され,日本は2000年7月公開予定。http://www.spe.sony.com/movies/stuartlittle/index.html
10) ART+COM:ベルリンにあるハイテク・ベンチャー。文字通 りアート・デザインとコンピュータ&コミュニケーション技術のプロフェッショナル達の集団。http://www.artcom.de/
11) LODLevels Of Detail。 描画時の視点に応じてポリゴン数やテクスチャの解像度を適応的に制御できるよう複数のレベルのデータをもつこと。
12) 『T2:3-D』:正式名称は『Battle Across the Time』。ユニバーサル・スタジオの大型アトラクション用に製作された3D映画。監督J・キャメロン,主演A・シュワルツェネガーと『T2』の主要スタッフ,キャストが参加している。ただし,SFXILMでなくDigital Domain社が担当した。