Production Note
■ 短編であっても世界に通用する映像を
 製作総指揮の田村教授から齊藤監督に課せられた条件は,「MR-PreVizが活きるような構図やキャメラワークで,短編であっても世界に通用するレベルの映像を作って欲しい」だった。とかく短編というと,映画人は映画祭狙いの玄人好みの味付けをしがちである。この要望に対して齊藤監督が出した答えは,「やっぱり,アクション。これは外せない」「世界のどこにでもありそうで,子供でも理解できる内容なら,かくれんぼだ」「映像の世界で,日本らしさ,日本を印象づけることを目指すなら,ジャパニメーションのテイストを振りかけよう」であった。かくして,弟を奪われ,鬼への復讐を誓う女忍者・葵の物語ができ上がった。
■ 2つの柱:キャラクターデザインとアクションデザイン
 齊藤監督が当初考えていた女忍者・葵は,もう少しオーソドックスな忍者スタイルだった。「でも,それでは『あずみ』(03)に似過ぎているし,短編中で強烈な印象を与えることはできない」と考えを改めた。国籍不明で鮮烈なイメージのデザインをスタイリストの澤田石和寛に依頼した。三池崇史監督の『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』(07)の衣装を担当していた澤田石は,まさに適役だった。葵に合わせて,強烈なコスチュームの「鬼」が出来上がった。長身のアクション俳優・南誉士広は,さらにこの鬼役にハマったキャスティングだった。
 「まだ若くて短いキャリアですが,最も彼の個性が生きた演技になりました」と同じJAE所属のアクション監督・中村健人はいう。その中村健人は,MR-PreVizプロジェクトが始まって以来,アクション指導を続けている。事前可視化と効果とVFXを駆使した最終仕上げのクオリティまで計算に入れた,見事なアクションがデザインされた。屋内での激しい接近戦と葵の高速移動を表現する屋外での対戦の2部構成になっている。
■ 京大と立命館大,MR-PreVizチームが始動
 本作品で威力を発揮するMR-PreViz技術は,予めデザインした剣戟アクション(殺陣)のシーンを丸ごとデジタルデータ化し,それを本番と同じセットをバックに撮影現場で重ねるという技術である。勿論,背景もCG化されたアクションもリアルであればあるほど,本番撮影の事前検討が容易になることは言うまでもない。
 動きのデジタルデータ化は2つの技術で実現された。1つは,球形のマーカーがついた特殊スーツを着て動きを収録する既存のモーションキャプチャー(MoCap)法である。MoCap専用スタジオで,鬼役の南とアクション専門のスタント女優が葵役となり,中村の殺陣指導の下,2部構成のアクションを収録した。ここまでは,ビデオゲームや最新の大作映画でもしばしば採用される技術だ。
 もう1つは,「3次元ビデオ」と呼ばれる最新の技術だ。京都大学が開発したこの技術なら,澤田石がデザインした鬼の衣装をつけたままで動きをキャプチャーし,任意の視点の映像を再構成できるのである。東映・京都撮影所の第1スタジオ内に仮設された「3次元ビデオ収録スタジオ」では,16台のビデオカメラが南の激しい鬼の動きをしかと捕らえた。この3次元ビデオ収録は,アクションのリハーサルであると同時に衣装やメイクのテストをも兼ねられるのである。
 京大チームと入れ替わって,MR-PreViz撮影を担当したのは立命館大学のクルーである。2つのデジタルデータが可視化され,本番と同じオープンセットや屋内セットを背景として,その場で合成映像を視認することができるのである。この撮影時には,齊藤監督も立ち会い,野田キャメラマン自身が本番と同じキャメラ (Sony CineAlta HDW F-900R)を使ってMR-PreViz映像を収録した。何度でも,どんな位置からでも,キャメラワークを試すことができる。即ち,葵役も鬼役も居ない現場で,キャメラ・リハーサルが実行できたのである。この日,まだ齊藤監督はMR-PreVizの本当の威力に気づいていなかった。
■ 嬉しい3つの誤算
 海外経験の方が日本での映画人としての経験よりも長い齊藤監督にとって,伝統ある東映・京都撮影所は,少し構えて臨む撮影場所だった。東京人が京都に抱くイメージに加え,古い良き時代の撮影所システムを維持している,近づきがたい存在であった。本番撮影前に京都入りした監督にとって,彼の心配は杞憂に終わった。衣装・美術いずれをとっても,若い監督が望むものが,あっという間に取り揃えられた。映画村のオープンセットは,一夜の内に監督がイメージする町へと変貌した。
 嬉しい誤算の2つ目は,主演女優・佐津川愛美の素晴らしい運動能力だった。キャスティングを終えてから元新体操の選手であったことを知ったが,それでも初めての殺陣の演技の大半はスタント女優を起用せざるを得ないと考えていた。ところが,佐津川のアクション演技は,一度稽古しただけで,中村健人が刮目する出来映えだった。天性の運動能力と勘の良さが生み出すリズム感だった。本番撮影前に,体操選手にしかできないようなアクションが追加された。
 こうしたアクション追加の説明にも,監督が予め意図したカット割りにもMR-PreVizシステムは縦横無尽の活躍をした。その威力は彼の予想以上だった。「このシステムがなかったら,限られた日数の中で撮影を終えられなかったでしょう。いや,終えない訳には行かないから,同じ日数でここまでのクオリティにならなかったことは確実です」と言う。これが3つ目の嬉しい誤算であった。
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