Introduction
 壮絶な生身の剣戟アクション,本格的な時代劇セット,意表をつくコスチューム・デザインと特殊メイク,最新設備を駆使したデジタル・カラー補正とVFX,デジタルHD24pキャメラで撮影された映画クオリティ……。そんな贅沢な映画作りのエッセンスを詰め込んだのが,この短編映画『カクレ鬼』である。「製作費がふんだんにあるハリウッド大作や30秒のTV-CMなら何の不思議もないが,商品性のない,わずか9分足らずの短編で,何でこんなことが出来るんだ?」と,映像制作業界の事情通ほど不思議に思うに違いない。
 これは実験的な映像である。といっても,映画サークルやインデペンデント系の映画人が創った前衛的で難解な作品ではない。公的研究資金でサポートされた研究プロジェクト「映画制作を支援する複合現実型可視化技術」(通称,MR-PreVizプロジェクト)の技術実証実験として企画され,実行された映画制作の産物なのである。
 「その割には,先進的な映像表現は見られない」「かつてのCGの登場の方がよほど衝撃だった」という声もあるだろう。その通りだ。この可視化技術は,直接最終映像の表現に影響を与えるものではない。駆使されているのはプレビズ(Pre-Visualization; PreViz)なる事前可視化の最新技術である。プリプロダクション段階で用いて,本番撮影を効率化したり,監督とスタッフ間のコミュニケーションを円滑にすることを主目的にしているのである。
 監督・脚本に抜擢されたのは,ハリウッド帰りの若いYuki Saito(齊藤勇貴)である。既に,MR-PreVizプロジェクトに絡んで,前年に短編『返り討ち』(主演:福本清三)を撮影していた。これはアクション部分だけの実験映像制作であったが,その実証実験を齊藤は見事にこなした。「今度は,ストーリー性がある完結した映画製作の中で試したい。それには,企画・脚本執筆から,リハーサル・本番撮影を経て,完成までの一連の映画作りの工程の中で,MR-PreVizの価値をきちんと評価したい」と語るプロジェクト・リーダーの田村秀行(立命館大学・情報理工学部教授)の前に,齊藤はすぐに手を上げ,暖めていたアイディアを開示した。「正直,監督・脚本家としての技倆は未知数に近かったけれど,再び若い齊藤さんにやってもらうことにしました」「日々の映像制作に追われ,日本映画界の手垢にまみれたベテランよりも,新しい技術を素直に受け入れ,それを海外にまで広めようという,前向きなマインドのある若手に撮ってもらいたかった」と田村は語る。
 齊藤監督が選んだのは,鬼と女忍者の戦いを描いたスピーディで,余韻のある物語である。短編とはいえ,MR-PreVizの効果を試すには,ハイレベルな映像品質と激しいアクションとの両立が不可欠と考えた。その実現のために,監督は,気心の知れたキャメラマンの野田直樹,斬新なヴィジュアル表現力をもつスタイリスト,澤田石和寛を主要スタッフに選んだ。一方,主演女優選びは難航した。10代の若手で,演技力があり,時代劇経験も欲しいという厳しい条件のためである。最終的には,『蝉しぐれ』(05)で新人ながらブルーリボン賞の助演女優賞にノミネートされた佐津川愛美が選ばれた。
 若いクリエイティブ・チームを支えたのは,時代劇のメッカ,東映・京都撮影所のスタッフ達と,ポスプロ以降の制作を引き受けた福本隆司率いるリンクス・デジワークス社の面々である。「まだ研究プロジェクトの中間段階で,こんな大それた実証実験は例がない」とCG界の重鎮・福本は言う。さて,その実験の産物『カクレ鬼』は,一般観客の目にはどのように見えるだろうか。Mr-PreViz映像,アクションのメイキング映像と併せて,この実験の意味を味わって頂きたい。
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