O plus E VFX映画時評 2026年3月号
(注:本映画時評の評点は,上から![]()
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気がつけば月末だった。メイン記事はまず評点と感想だけ書いて,完成版は後日じっくり書くと宣言して久しいが,それでも遅くなった。年度末の雑事に忙殺され,文字だけの論評記事を先行させたためだが,既にネット上に多数の解説記事や感想投稿文で溢れている。いずれも本作を絶賛していて,批判的な記事は皆無に近い。情報量的にはそれて十分だろう。今更,当欄が何を書くべきかと迷うほどだ。それでも,当欄の評価とVFX解説を気にして下さる愛読者のために,まず暫定版を書いておくことにした。
例によって題名の印象から入る。原題は全く同じ『Project Hail Mary』だ。地球の危機を救うために準備された緊急対策計画の名称とのことだ。Maryは普通の女性の名前だが,「Hail」の意味が分からなかった。英和辞典を引くと,まず「霰,雹」が出て来る。いくら気候変動で大量の霰や雹が降っても,地球人類の危機になるほどではない。NASAやESAが関与するにも,宇宙空間にそんな物は飛散していない。2つ目に意味として,「挨拶や呼びかけの言葉」と書かれていて,「万歳,ようこそ」の意味で使うことがあるようだ。即ち「ようこそ,メアリーさん」なのである。
さらに調べると,英語圏では決まり文句の1つであり,Maryは一般女性ではなく「聖母マリア様」らしい。ラテン語の「Ave Maria」の英暦読みであり,「今日は,マリア様」「おめでとう,マリア様」だと知って,教養が身に付いた気がした。英語圏では,困った時に「助けて,マリア様」の意味で使うようだ。驚いて「何て,こった!」を「Oh, My God!」「Jesus!」と声にするのに似た慣用句らしい。転じて「Hail Mary」は「神頼み」「一か八か」の意となり,「Project Hail Mary」は結果を当てにできないが,宇宙に助けを求める「一か八か計画」であることが判明した。このことが判っているだけで,このSF映画を観る心構えができる。
余談だが,「Hail(ヘイル)」のドイツ語形は「Heil(ハイル)」である。「Heil Hitler」は「ヒトラー総統,万歳」,「Sieg Heil」は「勝利万歳」で,右手を斜め上に突き上げるナチス式敬礼を伴う賛辞であるから,およそ使いたくない言葉だ。
【本格派宇宙ものSF映画としての評価】
さて,当映画評の評価である。世評が高い中では,シニカルで,批判的な評価をすると思われるかも知れないが,そんなことはない。素直に![]()
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評価であり,SF映画史に残る秀作であると思う。一度観ただけで,本格派宇宙ものSF映画に絞っても,Best 3の1つであると確信した。
とは言ってみたものの,残る2つは何かと問われると,多数の候補の中から選ぶのに少し躊躇する。「本格派」と言うからには,舞台を宇宙に移しただけで,地球人類の生存条件を考慮していないアクションドラマ,所謂「スペースオペラ」は含まない。即ち『スター・ウォーズ』シリーズ,『スター・トレック』シリーズ,『DUNE/デューン 砂の惑星』(21年9・10月号)等は数えない。宇宙から到来した異星人の地球侵略も完全に対象外だ。地球の重力圏を脱した宇宙空間,しかるべき宇宙船内,惑星や衛星上の出来事で,科学的な考察も取り入れているものだけを「本格派宇宙もの」と考えている。『アポロ13』(95)『ファースト・マン』(19年1・2月号)は間違いなく宇宙が対象で,いずれも秀作だが,完全に実話であり,SFとは言い難い。
その範囲内でのBest 3となると,古典的な金字塔の『2001年宇宙の旅』(68)には,誰もが1票を投じることだろう。残る1枠を選ぶのは厳しい。Best 10なら,『月に囚われた男』(10年4月号)『パッセンジャー』(17年4月号)も入れたくなるが,Best 5以内なら外れるし,Best 3なら尚更だ。既にCG/VFXが進化し,宇宙船内,船外活動,惑星/衛星上の出来事も自在に描けるようになって以降なら,『ゼロ・グラビティ』(13年12月号)『インターステラー』(14年12月号)『オデッセイ』(16年2月号)を残したくなる。本作と同じ原作者の『オデッセイ』を外すと,『ゼロ・グラビティ』と『インターステラー』が残る。この2作から1つを選べず,しばし保留しておくことにしておこう。
本作の原作者は,米国人人気SF作家のアンディ・ウィアー。長編小説の2作目「火星の人」はブログ上での連載後,2011年にWeb版が自費出版,2014年に書籍版が出版され,多数の賞を受賞した。リドリー・スコット監督,マット・デイモン主演での映画化作品が上記の『オデッセイ』であり,アカデミー賞で7部門にノミネートされた(受賞はなし)。2018年出版の3作目「アルテミス」も複数の賞を得ているが,まだ映画化はされていない。そして,この実績を得ての4作目が2021年発行の「プロジェクト・ヘイル・メアリー」であり,発行前から映画化権の争奪戦となり,MGM映画,ライアン・ゴズリング主演での映画化が発表された。
『オデッセイ』は,火星上に1人取り残された宇宙飛行士が,植物学者としての知識を活用して火星上で生き残るストーリーがユニークで,注目を集めた。それに対して,本作は地球のみならず,太陽系の他の惑星の危機を救うためのミッションというだけでスケールが大きい。もっともらしい科学的原因やその解決法の説明がなされていて,SFとして優れている。加えて,宇宙空間で遭遇する異星人とのファーストコンタクト,2体の間でのコミュニケーション,バディ映画としての面白さが秀逸で,エンタメ性でも高評価を与えることができる。音楽は,挿入曲も劇伴曲も素晴らしい。即ち,総合力でSF映画史に残る大秀作なのである。
【本作の概要と物語展開】
脚本は『オデッセイ』と同じドリュー・ゴダードが担当し,監督には『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズの製作・脚本を担当したフィル・ロード&クリス・ミラーのコンビが起用された。監督としては,これが5作目で,当欄では『くもりときどきミートボール』(09年10月号)『LEGO(R)ムービー』(14年4月号)の監督・脚本担当として紹介している。
原作も本作も時代設定は明記されていないが,主人公が1990年代生まれということからすると,出版年の2021年に近い近未来だと思われる。太陽エネルギーが奪われるという異常気象が発生し,地球が冷却化され始め,このままでは30年以内に氷河期に入り,人類が滅亡する危機に遭遇する。科学者たちが太陽と金星を結ぶ赤外線の帯「ペトロヴァ・ライン」が存在していること,その明るさに比例して太陽光が減少していることが観測された。この現象は太陽系内の他の惑星にも及んでいたが,地球から11.9光年離れたタウ・セチ星だけは,その現象から逃れていることも判明した。
主人公のライランド・グレース(R・ゴズリング)は天才的な分子生物学者であったが,学界の重鎮を酷評して追放され,中学校の理科教師をしていた。欧州宇宙機関(ESA)の女性長官のエヴァ・ストラット(ザンドラ・ヒュラー)はペトロヴァ対策委員会のトップとなり,グレースの専門家としての技量に着目し,彼に金星から採取した標本から寒冷化を防ぐ方法を見つけることを要請した。グレースはペトロヴァ光線には熱や電磁波を吸収する微生物が存在するとこを突き止め,これを「アストロファージ」と名づけた。ストラット指揮官は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を立ち上げ,この微生物を燃料として利用する宇宙船「ヘイル・メアリー号」を建造し,冷却現象を免れている原因を究明するため,タウ・セチ星に向かう「一か八か作戦」を決行する。
映画は,無人の部屋でグレースが記憶喪失状態で目覚める場面から始まる。髪も髭もの伸び放題の彼は窓に外を見て,自分が地球から遠く離れた宇宙船の中にいることを知る。他の宇宙飛行士2人は既に死亡していた。彼は徐々に記憶取り戻し,宇宙船の打ち上げ直前に爆発事故があり,宇宙飛行士2名が死亡したため,その身代わりとして記憶喪失状態にされ,宇宙に送り込まれたのであった。
グレースは死亡した宇宙飛行士の宇宙葬を行った後,タウ・セチ星に近づくと,別の壮大な宇宙船の姿が見えた。その宇宙船はグレースの船までトンネルを接続させ,5本足の異星人が現われた。岩のような身体だったので,グレースは彼を「ロッキー」と名付けた。ロッキーは40エリダニ星の住人で,彼らの宇宙船の唯一の生き残りであった。
同じ境遇の2人は,それぞれの科学的知識と最新設備を駆使して意思疎通できるようになる。バディ関係をなった2人は,タウ・セチ星には「タウ・セチe」なる惑星があり,そこにはアストロファージを捕食する生物が存在しているため,タウ・セチ星の破壊を免れたいたことを発見した。グレースはこの生物を「タウメーバ」と名付け,これを増殖させれば地球を救うことができる。果して,グレースとロッキーはそれぞれの星に無事戻ることが出来るのか…。
上記は物語の進行を時間軸順に要約したが,実際の映画では,グレースが過去を少しずつ思い出し,自分が教師であったこと,宇宙飛行士たちに様々な助言していたこと,爆発事故後に無理やり身代わりを命じられたこと等々を小出しに思い出す。即ち,グレースとロッキーがバディ関係になり,タウ・セチの秘密を見つける物語展開と並行して,グレースの記憶が何度も挿入される。これは原作小説もほほ同じなのだが,1つずつ種明かしがある展開が絶妙であった。
最大の見どころは,グレースとロッキーが意思疎通できるまでの過程の描写だ。ロッキーがグレースの姿を模した人形を見せたり,互いのポーズを繰り返したりするかと思えば,数学的な共通基礎知識を確認し合ったり,グレースが機械翻訳機を開発する等,これぞSFならではの醍醐味である。SF映画史に残る面白さと言える。
全体がコメディタッチであり,それに応じた軽快な音楽や幸せを感じる音楽が何度も流れる。極め付きは,グレースが「タウメーバ」のサンプルと増殖方法を4台の探査船に乗せて地球に送り返すシーンだ。原作では,この4台が「ザ・ビートルズ」なる命名であることが分かっているが,映画では,いきなり「リンゴ,ジョン,ポール…」と呼ぶ。ここで,晩年のヒット曲“Two of Us”が流れる。これまでさほどの曲と思っていなかったが,改めて美しいメロディだと感心したし,「We’re on our way home」なる歌詞にも痺れた。
かく左様に,語り出すと切りがないので,本作の素晴らしさを満喫して頂くには,何度も映画館で見るしかない。そういう映画なのである。
【CG描写の見どころ】
言うまでもなく,たっぷりCG/VFXシーンがある。予告編中にも「Behind the Scenes」映像にも語るべきシーンが多数あるが,まだそれを整理できていないので,「完成版」をお待ち願いたい。ロッキーの大半はCGでなく,パペットやアニマトロニクスであることは随所で語られているが,その通りだ。では,全くCGはないかと言えば,そうでもない。これも改めて語ることにする。
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