O plus E VFX映画時評 2025年5月号
(注:本映画時評の評点は,上から,
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人気ファミリー映画の3作目ともなると,もう「パディントン」の知名度も上がっていることだろう。1作目当時は若い世代での知名度が低かった。元は英国製の人気童話「クマのパディントン」の主人公で,言葉を話すクマだが,映画のヒットの影響で絵本や縫いぐるみ人形の売れ行きも好調だった。ところが,キャラクター名が知れ渡ると,今度は本来ロンドンの駅名であったことが忘れられている。少し蘊蓄を傾けておこう。
パディントン駅はロンドンにあるナショナル・レール(日本のJRに相当)の頭端式ターミナル駅の1つである(写真1)。知名度ではウォータールー駅,キングス・クロス駅に劣るが,アガサ・クリスティの推理小説に「パディントン発4時50分」があるので,ミステリーファンならよく知っている。ロンドンやパリには,重厚で古風な駅舎とホームを覆う高い大屋根があるターミナル駅が普通だ。パリなら,パリ北駅,モンパルナス駅,モネの絵で有名なサン・ラザール駅等々がある。筆者は,海外出張の折に観光を兼ねて,いくつも見て回った経験がある。日本では長らく上野駅がそうだったが,東北/上越新幹線では途中通過駅になり,常磐線も品川始発になったので,今はターミナル駅の役割が薄まっている。本作の主人公のクマがこの名前になったのは,原作者がパディントン駅の至近距離に住んでいたからだという。物語中では,南米のペルーからやって来た子グマが誰にも相手にされず,この駅で途方にくれていたところ,旅行帰りのブラウン一家に声をかけられ,同家に居候することになったことから,この駅名で呼ばれるようになったという設定になっている。
『パディントン』(15年12月号)『パディントン2』(18年2月号)の後,7年も間が空いたが,題名は『パディントン3』でなく,冒険ものを思わせる副題が付いた。原題は『Paddington in Peru』であるので,パディントンがペルーに里帰りして,そこで黄金郷(エルドラド)を巡る宝探しに巻き込まれるという物語である。1, 2作目がロンドン市内中心だったのに対して,一挙にスケールアップして舞台を海外に移している。
映画国籍は1&2作目は英仏合作扱いだったが,本作は英・仏・米・日の4ヶ国になっている。と言っても,物語の舞台がペルーから日本に飛び火した訳ではない。表題欄の画像のクレジットから分かるように,前2作を配給した「キノフィルムズ」が製作に参加したということのようだ。日本の配給会社がこうした良作シリーズに参加するのは喜ばしいことだ。
【本作の概要と出来映え】
過去2作の監督・脚本のポール・キングは製作総指揮・脚本担当となり,本作の監督にはドゥーガル・ウィルソンが抜擢されている。MV分野出身でこれが長編監督デビュー作となる。1作目はブラウン一家で暮らし始めた後,パディントンは自然史博物館勤務の女性(ニコール・キッドマン)に剥製にされかけた。2作目では,貴重な絵本の泥棒扱いされ,刑務所に収監されてしまった。悪役は落ち目の俳優でヒュー・グラントが演じていた。こうなると,本作の悪役も名のある主役級の俳優だろうと期待してしまう。
7年も経つと長女や長男も大きくなり,ブラウン一家は共に過ごす時間が少なくなっていた。そんな中で,パディントンにペルーの老グマホームの院長クラリッサ(オリヴィア・コールマン)から1通の手紙が届く。育ての親のルーシーおばさんがパディントンに会いたがっていて,元気がないとのことだった。ブラウン一家は家族の絆を高めるため,パディントンに付き添って家族で南米旅行に出かけることにした(写真2)。
首都リマに降り立ち,バンで草原を走り,山の中のホームに向かった(写真3)。ところが,おばさんは何かを探してジャングルに入ってしまい,行方不明になっていた。割れた眼鏡と腕輪が見つかり,部屋には古い地図が残され,「ルミ・ロック」を探すよう書かれていた。ルミ・ロックとは,ジャングル奥地にある古代インカの遺跡らしい。そこに向かうには川上りをする必要があったので,停留していたボートのハンター・カボット船長(アントニオ・バンデラス)と娘のジーナ(カルラ・トウス)に依頼して,奥地に向かう(写真4)。ハンター船長によると,スペイン人の略奪者が奪ったインカの財宝を隠した黄金郷があり,ルミ・ロックはその入口だと言う。ハンター親子には何か秘密がありそうだったが,腕輪から判断すると,ルーシーおばさんはそこにいるらしい。パディントンたちは,黄金郷の謎を解き,大自然の中でおばさんを探し出して,再会できるのか……。
ロンドン中心のほのぼのとした童話が,3作目となると一挙にインディ・ジョーンズ張りの冒険物語になっていた。とはいえ,これまでの作風からして,ルーシーおばさんに再会できないはずはなく,結末はハッピーエンドに決まっている。宝探しに悪人の出現はつきものだが,敵は倒しても,殺し合いまではないと予測できた。物語が進むにつれ,リマの市内や森の中の町など,南米旅行している気分になった(写真5)。大規模なペルーでのロケを敢行しただけあって,美しい山々や険しい峡谷の大自然は見どころたっぷりだった。
少しネタバレを許してもらうなら,奥地にはパディントンの故郷があり,多数のクマたちも登場する。冒頭でパディントンの幼少期の姿(勿論,CGだが)が観られるのも楽しい。他の著名映画のオマージュやパロディも含まれている。過去2作は批評家の評価も観客満足度も極めて高かったが,娯楽映画としての完成度は本作が一番だと感じた。
【主要登場人物のキャスティング】
パディントンとルーシーおばさんの声は,前2作から引き続き,英国俳優のベン・ウィショーとイメルダ・スタウントンが担当している。前者は『007 スカイフォール』(12年12月号)以降のボンド映画3作で,新しいQを演じていた中堅男優だ。後者は,『ハリー・ポッター』シリーズで意地悪なアンブリッジ先生,『マレフィセント』シリーズで3人の妖精の1人ノットグラスを演じていたベテラン舞台俳優である。
ブラウン一家は,父親ヘンリー,長女ジュディ,長男ジョナサン,家政婦バード夫人は従来通り,それぞれヒュー・ボネヴィル,マデリン・ハリス,サミュエル・ジョスリン,ジュリー・ウォルターズが継続出演しているが,母親メアリー役が前2作のサリー・ホーキンスから,エミリー・モーティマーに交替していた。S・ホーキンスが,オスカー受賞作『シェイプ・オブ・ウォーター』(18年3・4月号)や『ロスト・キング 500年越しの運命』(23年9月号)の主人公を演じた個性派女優であるのに対して,E・モーティマーはこれまで意識したことのない英国人女優である。出演歴を調べると,過去に当欄で取り上げた中では,『シャッター アイランド』(10年4月号)『ヒューゴの不思議な発明』(12年3月号)『メリー・ポピンズ リターンズ』(19年1・2月号)等の大作に出演している。全く記憶にないので,典型的な目立たない脇役女優なのだろう。一家を引き締める要のブラウン夫人役は,むしろ似合っていると感じた。
気になった本作での大物俳優は,ハンター船長役の A・バンデラスとクラリッサ院長役のO・コールマンの2人である。A・バンデラスは,言うまでもなくスペインを代表する男優だ。名匠ペドロ・アルモドバル作品の常連で,最近は同監督の自伝的映画『ペイン・アンド・グローリー』(20年Web専用#3)の主役で多数の主演男優賞を得たかと思えば,『ドクター・ドリトル』(20年3・4月号)では敵役の海賊船の船長,『長ぐつをはいたネコ』シリーズでは主人公のネコのプスの声を演じる等,八面六臂の活躍である。本作で,単なる悪役ではもったいなと思ったら,何とカボット家の祖先5人も演じている(即ち,1人6役で登場する)(写真6)。
一方のベテラン女優のO・コールマンは,『女王陛下のお気に入り』(19年1・2月号)でオスカー女優となって大ブレイクした。それ以降の大活躍は,『エンパイア・オブ・ライト』(23年1月号)の中で触れたので,ここでは繰り返さない。本作では,老グマホームを経営する修道院の院長として,修道女たちのコーラスグループを率いたかと思えば(写真7),終盤ではブラウン一家を乗せた小型機を操縦するという,修道女らしからぬ行動的な女性を演じている(写真8)。
もう1人,エンドロール途中のミッドクレジットで思いがけない人物が登場する。誰であるかは伏せておくので,早々と席を立たずに,最後までじっくり観て頂きたい。
【CG/VFXの見どころ】
CG/VFXの主担当は,前2作に引き続きFramestoreだが,今回は嬉しいことに,映画公開前に同社からBreakdown映像がYouTubeにアップロードされていた。その映像も含めて見どころを紹介する。
■ パディントンやルーシーおばさんがCG製であることは言うまでもないが,3作目ともなると手慣れたもので,表情も動作も進化していた。1作目から「絵本や縫いぐるみよりも,ぐっと可愛い」と書いたのだが,さらに可愛くなっていると感じた(写真9)。スチル画像同士だと大差ないように見えるが,表情や髪形でより可愛く見せているのだろう。絵本の挿画や人形も悪くないのだが,映画のパディントンには敵わないと思う(写真10)(写真11)。パディントン駅の構内には銅像とカラフルな像があるようだが,映画に合わせてもっと可愛くして欲しいところだ(写真12)。
■ 赤い帽子や青いダッフルコートの質感も向上していた。おそらく,体毛の本数も増やしているのだろう。本作でぐっと出番が増えたルーシーおばさんも同様だ(写真13)。言葉を話し,人間と一緒に歩くのを当たり前のように観ていたが,パディントンの歩様や挙動が極めて自然に感じる。元々クマは直立できる動物だが,そんなに何歩も歩かない。本シリーズのパディントンの場合,子グマらしく,少したどたどしく,可愛い動きにしている(写真14)。幼児期のパディントンは,さらに子供っぽく描いていることは言うまでもない(写真15)。MoCapは使っていないが,カメラ構図決めの段階では,人間のスタッフが動作をし,それを参考にCGアニメーションで描いている。老グマホームや故郷で多数登場するクマたちの場合も同様である(写真16)(写真17)。
■ これまで,パディントン以外の動物は鳩が出て来る程度だったが,本作ではペルーを代表するラクダ科の動物ラマが登場する。パディントンがその背に乗って疾走するシーンはご愛嬌と言えようか(写真18)。クラリッサ院長が操縦する飛行機は,童話に相応しい素朴でオモチャのようなプロペラ機として描いている(写真19)。黄金郷で作るマーマレード製造機のシーンも楽しかった(写真20)。その他のVFXシーンとしては,岩の扉が開くシーンはいかにも冒険物語の演出だった(写真21)。
■ ペルーの大自然は美しく,堪能したと書いたが,コロンビアで撮影した映像も使っているようだ。写真22は,ペルーで撮影した山々に向かってCG製のパディントンを合成するのに,その足場の崖の部分を描き加えている。Breakdown映像で驚いたのは,写真23の渓谷シーンである。赤い花とオレンジの木をCGで描き加えただけかと思ったら,まるごとCGのようだ。おそらく,現地でドローン撮影した映像を分析して幾何モデル化し,それに現地画像のテクスチャを適用しているのだろう。こうしてCGモデルをDB化しておけば,シナリオに好都合なシーンの背景として使いやすいからである。ハンター船長の観光ボートが川を上って揺れ動くシーンはスタジオ内撮影であり,その背景はこの種のCG映像であることは容易に想像できる(写真24)。写真19がフルCGということは,写真25も実写のブラウン夫妻だけを合成しただけで,残りはすべてCGだと思われる。また,プロペラ機を不時着する台地のシーンでも,背景の山々はこの種のCG描画である(写真26)。
■ かなり手の込んだVFXシーンも紹介しておこう。写真27は,コロンビアで撮影したドローン映像に対して,二股に別れる右の川幅だけをデジタル処理で拡げ,川面の植物やボートを描き加えている。こうしておかないと,写真20やボート転覆シーンを描くのに不自然だったからだろう。パディントン一行が辿り着く黄金郷は,見事に美しい景観の楽園だった。物語の鍵を握るオレンジ畑だけをCGで描いたと思ったのだが,実際は真逆で,オレンジ畑だけが実写で,湖も山々もCGで描き加えている(写真28)。見事なVFX処理だ。本作のCG/VFXは,上述のFramestoreの他にTPO VFX,Blind, UPPが少し参加していたが,実質はほぼFramestore 1社である。
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