O plus E VFX映画時評 2024年8月号

『インサイド・ヘッド2』

(ウォルト・ディズニー映画)




オフィシャルサイト[日本語]
[8月1日より全国ロードショー公開中]

(C)2024 Disney/Pixar


2024年6月24日 大手広告試写室(大阪)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


感情キャラ追加がウリだが, 映像クオリティも素晴らしい

 ピクサー社のフルCGアニメの長編28作目であり,『インサイド・ヘッド』(15年7月号)の9年ぶりの続編である。米国では6月14日に公開され,既に世界レベルでメガヒットとなっている。『アナと雪の女王2』(19年11・12月号)を抜いて,アニメ映画史上No.1の興行収入とのことだ。米国ではインフレが進んでいるので,累計数字自体が新作に追い越されるのは当然としても,注目すべきは,この続編がなぜ広い世代に受け容れられたかである。
 ピクサー社が,1995年に世界初のフルCG長編アニメ『トイ・ストーリー』を生み出したことは既に何度も書いた。それを追ってメジャー各社がCGスタジオを傘下において追随したが,今も生き残っているDWA(DreamWorks Animation)やミニオンのイルミネーション・スタジオ等が,人気作のシリーズ(フランチャイズ)化に頼りがちなのに対して,ピクサー社の特長はオリジナル作品を重視し,かつてのヒット作の続編制作ともうまくバランスを取っていることである。アカデミー賞長編アニメ賞受賞作は11本もあるが,内9本はオリジナル作であり,その大半はまだ続編が作られていない。続編を作る場合も,

●『モンスターズ・インク』(02年2月号)の11年半後
 続編『モンスターズ・ユニバーシティ』(13年Web専用)公開
●『ファインディング・ニモ』(03年12月号)の13年後
 続編『ファインディング・ドリー』(16年7月号)公開
●『Mr. インクレディブル』(04年12月号) の13年半後
 続編『インクレディブル・ファミリー』(18年7・8月号)公開

と長い年月をかけ,練りに練った構想と脚本で続編を生み出している。上記に比べると,本作の場合はやや間隔が短いが,前作もオスカー受賞作であり,ピクサー社の良心的な映画作りへの信頼から,続編への期待値が初めから高かったのだと思われる。さらに前作が,単なる童話風の冒険譚ではなく,心理学やメンタルヘルスの教本となるような内容であったことが,思春期の子供をもつ親世代の関心を引き,本作のメガヒットに繋がったと分析されている。

【前作のおさらい】
 人間が脳内で感じる感情を,「ヨロコビ(Joy)」「カナシミ(Sadness)」「イカリ(Anger)」「ムカムカ(Disgust)」「ビビリ(Fear)」の5つに分けて考え,それぞれを擬人化したCGキャラクターとして表現している。いずれも可愛くユニークな形状だが,各々に黄,青,赤,緑,紫が固有の色として配されていて見分けやすい(写真1)。5人の感情キャラは,少女ライリーの脳内にいて,司令部から操作卓を使って彼女の感情を制御している。『トイ・ストーリー』におけるアンディ少年と,ウッディ,バズ・ライトイヤー,レックス,ミスター・ポテトヘッド,スリンキー・ドッグ等々のオモチャたちの関係に似ている。


写真1 (左から)ムカムカ, ビビリ, ヨロコビ, カナシミ, イカリ

 ライリーの思い出は,それぞれの感情で色分けされた「思い出ボール」として脳内の「長期記憶の保管庫」に保存される。さらに,特別な思い出は「ホッケーの島」「おふざけの島」「友情の島」「正直の島」「家族の島」等の島の形で脳内に作られ,ライリーの性格を形成していた。まさに,心理学の教科書のような題材である。
 上記のような基本設定は,ライリーの乳児時代から解説されるが,物語の中心は,ライリーが11歳の時に経験する出来事に沿って展開する。父親の転勤に伴って,ライリーもミネソタからサンフランシスコに転居するが,新居での生活や新しい登校先に馴染めないことから(写真2),不安を感じ始め,感情キャラたちも混乱する。家出騒動を経て,「前の家に帰りたい」という本心を両親に打ち明けることができ,ライリーの自分を取り戻し,結局はサンフランシスコで幸せな暮しを送れるようになる。ヨココビだけでなく,カナシミがあってこそ,複雑で豊かな感情の思い出が作ることができるという教訓が描かれていた。


写真2 これが11歳の転校生のライリー

 前作の紹介記事で筆者が力説したのは,字幕版よりも日本語吹替版の方が内容把握に適しているという点である。セリフの量が多過ぎ,かつ複数キャラが同時に話すので,字幕では行数,文字数の制約があり,英語版のセリフを表現し切れていなかった。その点,日本語吹替版は,少し早口にしたり,大きな声で話し相手を遮る等の工夫があり,脚本通りのニュアンスが伝わりやすく,少し小難しい内容でも付いて行けたのである。とりわけ,カナシミを演じた大竹しのぶの声の演技が卓越していた。

【本作の概要:新感情キャラの登場】
 物語設定としては,前作の2年後で,少女ライリーはサンフランシスコに住み続けていて,13歳の誕生日を迎える(写真3)。すっかり美しい少女になっていて,歯科矯正も行っている(写真4)。前作の終盤では,すでに12歳になっていたので,実質的には1年しか空いていない。ところが,全くの子供であった顔立ちが,ルックス的には数歳大人になった感じで描かれている。思春期の少女の悩みを描くのには,これくらいの方が好都合であったのだろう。高校進学直前で,高校のアイスホッケー部の正選手に選ばれるかどうか,他校に進学することになった親友2人(ブリーとグレイス)との関係等を中心に物語が展開する。日本の6:3:3制とは異なり,米国の教育制度は6:2:4であり,もうこの歳でまもなく高校生なのである。


写真3 本作は, 13歳でスタート

写真4 たった1年で, かなり美少女(歯科矯正中)になった

 前作の5人の感情キャラは全員そのまま登場する(ただし,日本語吹替俳優は,主役ヨロコビ役の竹内結子が他界したため,小清水亜美に入れ替わっている)。思い出ボールの長期保管庫(写真5)やライリーの行動や記憶の映像表示の基本設定は維持されている。後者は,司令部の大型スクリーンにライブ映像として眺められるが,前面投影のプロジェクターというのが少し古くさく感じた(写真6)


写真5 色分けされた思い出ボールは, 長期記憶保管庫で保存

写真6 ライリーの行動は司令部にライブ中継される

 最も大きな違いは,早々に司令部の「思春期アラーム」が鳴り,「大人の感情」であるシンパイ(Anxiety),ハズカシ(Embarrassment),イイナー(Envy),ダリィ(Ennui)が新たに登場する(写真7)。日本語表現では「ダリィ」が少し分かりにくい。「Ennui」は「倦怠感」という意味だが,「だるい」を口語の「だるい」に言い換え,人名風にしたのだろうか。顔の色だけでは,旧5人組と区別しにくいためか,大きさにバリエーションをもたせ,ハズカシはかなり大きくして,グレーのパーカー着せている。ダリィには常にスマホを持たせた上に,大半はソファに寝そべっている。


写真7 (左から)ハズカシ, シンパイ, イイナー, ダリィ

 計9人となると各個性を覚えにくく,ここまで増員する必要が合ったのかと思うが,しゃしゃり出るリーダー格は橙色のシンパイで,彼が事実上1人で仕切っている(写真8)。高校生ともなると進路や友人関係で心配事が増え,何事にも準備万端でライリーの感情を完璧に制御しようという訳だ。それには,もはや旧5人組は不要となり,彼らは司令塔から追放され,瓶に詰められ,保管庫に送り込まれてしまう(写真9)。ヨロコビたちがもはや自分たちは必要なくなったのかと嘆くのは,『トイ・ストーリー』シリーズで遊んで貰えなくなったオモチャたちや,『ブルー きみは大丈夫』(24年6月号)で姿を視認してもらえなくなったIFたちの思いに似ている。


写真8 リーダーのシンパイがやって来て, 君たちはもう不要と告げる

写真9 5人組は瓶に詰められ, 保存庫へと送られてしまう

 司令部を仕切るシンパイは騒々しく,暴走を続けるが,アイスホッケー試合でのライリーの危機を見て,パニック状態になる。旧5人組は,ライリーにネガティブな記憶があることを知り,それを利用して雪崩を起こし,ハズカシの助けを得て司令部に戻る。シンパイが憎まれ役であることは確かだが,アクション映画の悪役のように殺されたり,逮捕されたりすることはない。彼は自らの非を認め,性格は自分たちが制御するものでなく,ライリーが自分で積み上げて行くものという結論に達する。
 監督は,前作のピート・ドクター&ロニー・デル・カルメンから,ケルシー・マンに交替した。脚本は,前作担当の1人メグ・レフォーヴが,本作でも続投している。前作は,設定はユニークだが小難しく,5人の表情キャラの主張の理解に少々疲れた。本作は追放された旧5人組の脱出&復帰が冒険譚になっているのと,ライリーのアイスホッケーの試合に一喜一憂できる展開が楽しく,エンタメ度が少し増していて,その分,見やすくなっていた。
 大阪でのマスコミ試写は,日本語吹替版だけだった。カナシミの大竹しのぶの出番は前作ほど多くなく,本作ではシンパイの出番が圧倒的に多い。予告編だけ見た英語版では,シンパイの声はマヤ・ホークであった。イーサン・ホークとユマ・サーマンの間に生まれた娘である。一方,日本語吹替版の声は多部未華子が演じている。筆者のお気に入り女優だ。シンパイは煩わしい存在だが,根っからのワルに思えなかったのは,そのせいかも知れない。

【ほのぼの感と格調高さを感じるCG描画】
 もはやフルCGアニメで,CG描画技術そのものに関して特筆することはないと書いて久しい。ポイントはキャラクターや背景セットのデザインに関する美的センスや脚本との整合性であるが,本作は何かそれ以上の高級感を感じた。それが何であるか,上手い言葉で言えないのだが,強いていえば,ほのぼの感と格調高さを併せ持ったような感じと言えようか。少なくとも今年の『FLY!/フライ!』(24年3月号)『怪盗グルーのミニオン超変身』(同7月号)には感じなかった感覚である(映画そのものの評価とは異なる)。以下,どこでそう感じたかを分析しつつ,列挙する。
 ■もはやかつての『ベオウルフ/呪われし勇者』(07年12月号)や『Disney's クリスマス・キャロル』(09年12月号)のように,登場人物も背景シーンも丸ごと写実的に描くフルCG映画は作られていない(少なくとも筆者は知らない)。当欄は技術的進歩を述べるために紹介したが,そんな映画は観客に望まれていないことが明らかになったのだろう。写実性を重視するなら,基本は実写で撮り,必要なシーンのみ俳優をデジタルで描けば済むことである。フルCGアニメで描く以上は,CGゆえの斬新さもしくは自由度のある造形表現で描画すべきなのである。その結果,人物もしくは擬人化したキャラクターを漫画映画風の画調と動きで描き,背景はそこそこリアルに見えるタッチで描くのが現在の主流である。もう少し厳密に言えば,一時期,背景はかなりリアルに描く傾向にあったが,現在は絵柄は複雑でも,少しレンダリングコストを低減するか,味がありCGだと分かる画調を採用するのが主流となっている。ところが,本作の背景シーンは,そのいずれでもない描き方であるように感じた。詳しくは後述する。
 ■ キャラクターのデザインは3種類を使い分けていた。新旧9種類の感情キャラは,よくある漫画調で,もっと言えば,グッズ市場でも人気が出そうなデザインだ。特筆するには値しない。一方,人間役に関しては,あまりデフォルメせず,衣服や挙動も含め,人間らしく描いている(写真10)。黒人コーチなどは,いかにもと思える見事な出来映えである。ディズニー本家やピクサーの他作品の平均よりも,デフォルメ率はやや低い。おそらく,最初の『トイ・ストーリー』(95)でアンディ君やその家族を漫画的に描き過ぎたことへの反省から来ているのだろう。ライリーの感情に関わる映画ゆえに,かなり豊かな表情表現を実現している(写真11)。逆に言えば,こういう感情表現をできるような人間らしい顔立ちを採用したのだと思われる。質感に関して言えば,ダリィの髪は光沢感があるし,ヨロコビの服の質感は前作に比べてかなり向上している(写真12)。残るもう1種類は,劇中でライリーらが熱中するビデオゲームに登場するキャラクターであり,いかにも最近のゲーム風のデザインと質感である(写真13)。CGクオリティ的には,感情キャラと大差はない。


写真10 (上)親友のブリーとグレイス, (下)キャンプに集まった先輩メンバーたち

写真11 これだけ豊かな表情を描けるとは,さすが老舗スタジオ

写真12 (上)身体形状は極端だが, この髪の質感は上々, (下)ヨロコビの服には, 微妙な絵柄が入った

写真13 これはビデオゲームに登場するキャラクター

 ■ 背景シーンのクオリティも,感情キャラたち登場する世界とライリーら活動する人間社会で,画質的には明確に描き分けている。前者はいかにも仮想空間と分かるように描くのだが,まず最も単純なCGオブジェクトだけの場合(写真14),次に空間デザインはしっかりして上で,崩壊や雪崩等の動きを入れている場合(写真15),さらに照明はリアルに表現している場合(写真16)等々である。これらは画質的にはフルCGアニメの平均レベルである。ただし,工事車両や記憶の金庫の質感はかなり高かった(写真17)


写真14 背景の絵柄はシンプルだが,美的センスは好い

写真15 皮肉の裂け目(上)が崩れ始め(中), 雪崩となって押し寄せる。CGらしさを活かした描写だ。

写真16 枕投げだと騒いでいるシーン。絵柄は漫画的だが, トランプの間仕切りはユニークでCG表現には好都合

写真17 工事車両の汚れや金庫の質感は上々

 ■ 本作で最も感心したのは,人間社会側の描画力である。ホッケーはライリーが大好きなスポーツで,前作の終盤にもアイスホッケーの試合シーンが登場するが,本作ではその質感も躍動感も飛躍的に向上していた。写真18だけでは,その素晴らしさを感じないが,会場の照明,氷からの反射,そして試合進行の様子が見事に描かれていて,見惚れてしまった。ついつい人物像に気を取られがちだが,練習時のスケートリンクやロッカールームの質感も素晴らしい(写真19)。さらにそれを感じるのは,屋外視点からの高校の校舎,試合会場のアリーナ,アイスホッケーキャンプの寄宿舎等の外観の出来映えだ(写真20)。単なる写実性を求めた頃の描画ではなく,実写ではないと分かる範囲で,気品や風格を感じる映像に仕上げている。さすがフルCGアニメの元祖ピクサーだと改めて感心した。


写真18 一段と向上したアイスホッケーのシーン。観客席の描き方にも注意。

写真19 屋内シーンの日照, 氷面での反射の描き方も秀逸

写真20 実写ではなく,これはCGだと分かる範囲での表現力向上を追求している
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【総合評価】
 ピクサー社のCG映像を絶賛したが,かなり迷った結果,本作全体の評価として最高点の☆☆☆を与えなかった。少女ライリーの人格は自らが積み上げるものというのは,言わば当たり前の結論である。そこに至るのに,何でこんなに手の込んだ,小難しい物語にするのだと感じたからである。これは,前作も同じであった。中学生以上なら,本作の内容も結論も理解できるだろうが,小学生以下には難し過ぎると思う。
 前作も本作も,観客と批評家から極めて高評価を得ているが,筆者はそれには与しない。やや難解な文体で,小難しい用語を使って,純文学気取りの作家が生み出す小説を思い出してしまう。数々の書評が絶賛すると,面白くなくても,自分も褒めようとする読者がかなりいる。本シリーズには,それに似た現象を感じてしまう。キャラクター設定は悪くなく,映像は素晴らしいのに,物語が面白くないのである。
 個人的嗜好で言うなら,ピクサー作品は『レミーのおいしいレストラン』(07年8月号)『WALL・E/ウォーリー』(08年12月号)『カールじいさんの空飛ぶ家』(09年12月号)『私ときどきレッサーパンダ』(22年3・4月号)等を高く評価する。『トイ・ストーリー』シリーズなら,『同 2』(00年3月号)『同 4』(19年7・8月号)が優れている。ファミリー映画なら,説教めいた小難しい話でなく,明るく楽しく,それでいてためになる映画であって欲しい。本シリーズは,以前の設定のまま,即ち,旧5人組の感情キャラのチームだけで,もっと楽しいCGアニメにできたと思うのだが…。


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