O plus E VFX映画時評 2024年5月号
(注:本映画時評の評点は,上から,
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大ヒット作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15年7月号)の後,9年経ってシリーズ最新作がやって来た。ついこの前だと思ったのに,もうそんなになるのかと感じた。それだけ印象が強烈だったからだろうか。アカデミー賞には10部門にノミネートされ,作品賞,監督賞は逃したものの,美術賞,衣装デザイン賞等,技術賞6部門でオスカーを得た。翌年以降の予想記事執筆の際に再三見比べたので,余計にもっと最近のように感じたかのかも知れない。
最新作と言っても,前作の素直な続編ではない。シリーズの主人公マックス・ロカタンスキー(トム・ハーディ)は登場せず,前作で事実上の主役であった女戦士フュリオサの生い立ちの物語なので,スピンオフ作品の扱いだ。加えて,前作で彼女が組織を裏切る以前の物語で,10歳から26歳までの前日譚となっている。シリーズ第4作の前作は,シリーズの3部作(79, 81, 85)から27年後に製作開始され,30年後に公開されたリブート作品であった。本作は,その世界観をそっくり引き継ぎ,前作で初めて登場した女隊長フュリオサの生い立ちや過去の経緯を克明に描いている。
前作の紹介記事を読み直して,少し不思議に思った。「5作目以降の製作も既に進行している」と書いている。確か,フュリオサ主人公のスピンオフは前作とほぼ同時に製作する予定が,第4作のストレートな続編を優先させるとのことだった。それがいつの間にか頓挫し,スピンオフが復活した訳である。コロナ禍があったとはいえ,9年間は間が開き過ぎだ。この間に監督交替のいざこざがあった訳ではない。本作の監督・脚本は,シリーズ全体の生みの親のジョージ・ミラーで,メガホンは誰にも渡さず,しっかり一貫した世界観とカーアクションの出来映えを統括しているとのことだ。それなら安心だ。
むしろ心配だったのは,幼少期からの前日譚となると,前作のフュリオサ役だったC・セロンをそのまま起用する訳には行かず,あの強烈な存在感に代わり得る若手女優がいるのかという点だった。選ばれたのは,『ラストナイト・イン・ソーホー』(21)『ザ・メニュー』(22年11・12月号)のアニャ・テイラー=ジョイだった。そこそこ美形ではあるが, C・セロンのような正統派の美女ではなく,少し個性的な顔立ちである。ところが,ポスター等のキービジュアルを見て,当初,これは『猿の惑星/キングダム』(24年5月号)なのかと思ってしまった(笑)。フュリオサのトレードマークである坊主頭でなく,かなりの長髪だが,アニャ本人の美しい金髪でもない。ただし,額を黒く塗り,かなり濃いアイメイクと鋭い眼光は,C・セロンよりも印象的であった。残るは,本シリーズ名物の激しいカーアクションに耐え得る演技が出来るかどうかであった。
結論を先に言えば,見事なフュリオサ役だった。これまでのアニャの印象とは全く違い,C・セロンとも違う新しい個性的なフュリオサ像を見せている。撮影前には運転免許をもっていなかったというのに(バイク経験は豊富だったようだが),ハイパワーのマシンで砂漠を疾走する。カッコいい。映画全体も見事に前作のバイオレンスを継承し,マッドマックス・ワールドを堪能させてくれる。前作を超えてはいないが,それに近い満足感が得られる快作であった。
【前作とのつながり,物語の概要】
前作のフュリオサは独裁者イモータン・ジョーの武装集団の大隊長であったが,冒頭で反乱を起こす。ジョーが監禁していた5人の妻を伴って,自らの故郷の「緑の地」へと向かったが,故郷は土壌汚染で荒廃していた。途中で同乗したマックスの説得で引き返すことにし,追って来たジョーを倒して砦(シタデル)に凱旋し,圧政から民衆を解放する物語となっていた(写真1)。この間の時間経過は,往復でたった3日間であり,目的地も倒すべき相手も明確な冒険譚であった。リーダーのフュリオサの過去はセリフで少し語られただけで,誰も詳細は知らなかった。
本作は,フュリオサの少女時代から始まり,前作でまでの15年以上の彼女の履歴を一直線に辿っている。全体は全5章構成で,彼女の運命の分かれ目や意識の転換点で区切られている。フュリオサの究極の目標は故郷「緑の地」への帰還であるが,それが無残な結果に終わることは前作で初めて分かるので,本作ではまだその夢を追っている。では,本作の着地点はと言えば,物語の終盤まで分からない。よって,物語の流れに身を任せ,行き先不明で素直に映画の展開を愉しむことをお勧めする。
映画の冒頭は,少女時代のフュリオサが過ごす「緑の地」から始まる(写真2)。この地に粗暴なバイカー集団が現われ,フュリオサが攫われてしまう。すぐに母メリーが娘の救出に向かい,一旦は成功するが,追っ手に捕まり,母娘は集団「バイカー・ホード」を率いるディメンタス将軍(クリス・ヘムズワース)の元に連れて行かれる。ここまでが第1章だ。第2章では,フュリオサはディメンタスに可愛がられ,特別扱いを受ける。彼は荒野ウエイストランドの覇者を目指していて,現在の統治者イモータン・ジョーの砦を襲うが,ウォー・ボーイズ達に撃退される。休戦協定の取引材料として,ジョーがフュリオサを妻の候補として置いて行くこと要求したため,彼女はシタデルに留まることになる。監禁されたフュリオサは,ジョーの息子のリクタスが言い寄って来るのを利用して脱獄に成功し,言葉を話せない少年のように振る舞って生きる道を選んだ…。
それから10数年,大人になったフュリオサがいかにしてジョーの武装軍団内で生き残ったかは,観てのお愉しみとしておこう。最終の第5章では,フュリオサの復讐が描かれていて,驚くべき復讐方法で幕を閉じる。その後,ジョーの5人の妻たちの姿が登場し,前作『…怒りのデス・ロード』と繋がることを示唆している。
余談だが,本作を観て,筆者の事前知識も展開予想も見事に違っていたことに気がついた。前作の解説資料では,フュリオサ母娘はシタデルに連行され,母は3日目に死亡し,フュリオサはジョーの逆鱗に触れて片腕を亡くしたとされていた(Wikipediaにもそう書かれている)。この2点は,いずれも全く違っていた。また,ディメンタス将軍を『マイティ・ソー』シリーズのC・ヘムズワースが演じるからには,フュリオサと心を通わせ,彼女をジョーから護ってくれる(が,最後はジョーに殺される)善人役だと勝手に予想していた。この予想も見事に外れた。本作は前日譚であるので,主人公のフュリオサの運命は既に決まっている。それなら,その範囲内でどういう展開になるのか,観客それぞれが予想を立てながら観るのも,愉しみ方の1つかと思われる。
【主要登場人物の描かれ方とキャスティング】
まずは,主人公のフュリオサからだ。少女時代を演じたのは,シドニー生まれのアリーラ・ブラウンで,6歳から子役として活躍している(写真3)。本作のG・ミラー監督の『アラビアンナイト 三千年の願い』(23年2月号)ではティルダ・スウィントンの少女時代に起用され,その他,ニコール・キッドマンやシガーニー・ウィーバーの子供時代も演じたようだ。かなり可愛いので,本作の公開後はハリウッドが黙っていないだろうと思ったら,既に『ソニック・ザ・ムービー3(仮題)』(米国では24年12月公開予定)に出演しているようだ。
そして,第3章以降に登場するアニャ・テイラー=ジョイは,上記2作品の他,当欄で紹介した『スプリット』(17年5月号)と『ミスター・ガラス』(19年1・2月号)では唯一生き残った女子高生を演じ,『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(23年4月号)では「ピーチ姫」の声を演じていた。その他,『アムステルダム』(22年Web専用#6)『ノースマン 導かれし復讐者』(23年1月号)『デューン 砂の惑星 PART2』(24年3月号)等の話題作にも立て続けに出演しているので,既にかなりの売れっ子女優である。それでも,本作ほど強烈な個性の主人公はそうそうないので,本作でもう一段ブレイクし,彼女の代表作と言われることになるだろう。
本作での注目ポイントは,緑の地の美少女が武装集団の隊長になって行く過程での,ルックスや身体的特徴の変化である。強烈なアイシャドウと眼力はC・セロンよりも凄みがある(写真4)。いつ,どうやって義手と坊主頭の姿になるのかも見逃せない(写真5)。
ディメンタス将軍役のクリス・ヘムズワース(写真6)は,言うまでもなく,アベンジャーズ・メンバーのマイティ・ソーであり,れっきとした現役のスーパーヒーローである。ソー役以外には,『スノーホワイト』(12年7月号)『同/氷の王国』(16年6月号)では白雪姫の恋のお相手役の樵夫で,他の主演作『ラッシュ/プライドと友情』(14年2月号)『ブラックハット』(15年5月号)『白鯨との闘い』(16年2月号)『ホース・ソルジャー』(18年Web専用#2)等でも,精悍な正統派の主人公を演じていた。その人気男優に,本作で暴君の悪役を演じさせるとは思いも寄らなかった。それだけ,フュリオサとの対決を見ものとして設定したのだろう。
母親メリー役は,チャーリー・フレーザ-(写真7)。あまり知らない女優だと思ったら,豪州出身のトップモデルだそうだ。映画デビューは『恋するプリテンダー』(23)で,本作が2作目である。第1章でのフュリオサ救出シーンのアクションは秀眉であり,とてもこれが映画出演2作目とは思えない。大人のフュリオサともイメージが近く,「鉄馬の女たち」に相応しいルックスで登場させている。まだ28歳であり,彼女も本作でブレイクして,今後多数の作品で見かけることになりそうだ。
前作でイモータン・ジョー役であったヒュー・キース・バーンは2020年に他界したので,回想シーン中でしか登場しない。代わってこの役に起用されたのは,メルボルン生まれのラッキー・ヒュームである(写真8)。G・ミラー監督には上述の『アラビアンナイト 三千年の願い』のオスマントルコの皇帝役で起用されている。本作での出番は少なく,顔の下半分はマスクで隠されていたので,俳優が交替したことは目立たなかった。
ジョーの武装集団の警護隊長ジャック役でウォー・タンクを運転していたのは,英国人俳優のトム・バークである。『Mank/マンク』(20年Web専用#6)ではオーソン・ウェルズ役を演じ,『生きる LIVING』(23年3月号)では主人公とカフェで出会う作家役として登場していた。故郷に帰りたがるフュリオサに理解を示し,心を通わせて,彼女に色々な便宜を図るのはこの男性であった。ディメンタスではなかったが,こういう人物の存在を予見したのは,当たらずとも遠からずであった。
【砂漠での撮影,銃とパワー車両の準備】
前作はアフリカのナミビアで撮影されたが,本作は豪州西部の鉱山都市ブロークンヒルズとその近郊で撮影されている。これは第2作と同じだ。前作も当初は同地が候補であったが,大雨で緑化してしまい,ナミビアに移らざるを得なかったとのことだ。元々シリーズの1作目から製作国はオーストラリアであり,第3作目から米国も名を連ねている。本作に対して,豪州ニューサウスウェ-ルズ州から高額の撮影奨学金が付与されたので,元々の場所に戻ったという訳である。上記のように,出演俳優の多くが豪州出身者であるのはそのためだ。G・ミラー監督や第3作までの主演メル・ギブソンも同国出身者である。
原点帰りしただけであるから,砂漠の景観に違和感はない。スタジオ撮影84日間に対して,現地ロケは156日間に及んだという。勿論,カーアクション用の車両は現地に持ち込まれ,大規模なオープンセットも組まれている(写真9)。
本シリーズの名物である車両は,35台が車型,110台がバイク型である。前作のような奇妙奇天烈な車両はなく,パイパワーにチューンナップされた比較的オーソドックスな車両の方が多い。前作でフュリオサが女性たちを載せて移動していたのは黒いトレーラーのウォー・タンク(英語はWar Rig)であった。本作ではこれが一回り大きくなり,ステンレススチールにクローム加工した外装で,銀色に輝いている(写真10)。劇中では,その製造過程も描かれていて,若いフュリオサも労働者として働いていた。完成後は,ルーフ上に白塗りのウォー・ボーイズ達が乗って,砂漠内の道路を疾走する。後半では,細長いタンク部が2台連結したモデルも登場する。
【CG/VFXの見どころ】
最もユニークなのは,ディメンタス将軍が操るChariotだ。古代の戦闘用の2輪馬車を模した車両として登場し,複数の馬でなく,3台のバイクが牽引している(写真11)。走行時のバランスを取るのが難しいと思われるが,よくぞこんな奇抜な車両を作ったものだ。後半,ディメンタスが運転する車両は,6輪のいかついモンスタートラックのSix Footに置き換わる(写真12)。これなら重い荷物を積んだ状態で,どんなオフロードでも爆走しそうだ。
フュリオサは,警護隊長ジャックに代わってウォー・タンクも運転するが,彼に命じられ,The Valiantに乗って敵と対峙する(写真13)。基本モデルは前作でも登場していたようだが,本作では後部の車高が高くなり,スーパーターボ仕様になっている。終盤,彼女が砦に残っていた1台を奪って砂漠を疾走するのは,Cranky Blackである(写真14)。砂丘に向かって走行できるようエンジンは車体の前から後部に移したという。どの車両も実際に本作のために製造し,砂漠を走らせているのだから,シリーズの面目躍如である。
銃についても触れておこう。前作のように個別のモデル名が公表されていないのが残念だが,使い回しでなく,オリジナルデザインのようだ。拳銃よりも,スコープ付きのライフルやもっと強力な火器が目立った(写真15)(写真16)。いずれもいいデザインだ。こちらもしっかり実物を制作していただろうが,実際に発砲できる訳ではなく,俳優が取り扱いやすいよう軽量化しているに違いない。
【CG/VFXシーンの使われ方】
前作も本作も,「車両はすべて本物」「カーアクションはすべて実演」がセールスポイントである。だからと言って,CG/VFXが使われていないという訳ではない。インタビューに対して,ミラー監督は「ほぼ全シーンでVFXを使っている」と答えている。「撮影時の天候の違いを吸収するため,空はすべてVFX加工して同じ色調にした」という意味である。これは,かなりのシーンでCG/VFXを利用していることをカモフラージュする発言のように受け取れた。
エンドロールで流れるCGアーティスト,VFXエンジニアの数からして,かなりの上質なVFXシーンが多数含まれていることは確実だ。以下は,筆者がCG/VFXシーンの可能性が高いと推測した結果である。監督の拘りで実写であってもおかしくはないが,品質とコストを考えれば,VFX利用の方が得策と思えるシーンを列挙した。
■ 前作に引き続き,フュリオサが左前腕を失った姿は,VFX加工で腕を消去し,義手は当然CG描画だろう。砂嵐も到来を待たずに,CGで描くのが普通だ。多数の鳥が空を舞うシーン,フュリオサの腕の傷口にたかるウジ虫もCGと思われる。
■ 前作に引き続き登場する第2の拠点ガスタウンの景観は,前作のデザインを踏襲したのか,一部は作り変えたのかは不明だ。いずれにせよ,こうした石油採集プラントはCGで描くのが常道だ(写真17)。いくら州政府の経済的援助があっても,現地にこんな施設までは作らない。イモータン・ジョーの砦は,大きな岩がツインタワーのようにそびえていて,その間を複数のブリッジで繋いて往来できるようにしてあった。前作では見上げたロングショットで識別できただけだが,本作ではこのブリッジがアップで登場し,ウォー・ボーイズたちが立っている(写真18)。この光景やここから飛び降りるボーイの姿は,スタジオ内撮影映像をCG背景にVFX合成したと考えるのが妥当だ。
■ 砂漠内の大きな窪みの縁を母メリーがバイク走行するシーンや,特徴的な岩山の前を多数の車両が砂煙を上げて通過するシーンもCG/VFXの可能性大である(写真19)。前者はスタントマンを利用したとしても,砂が崩れ落ちて窪みに落下した場合は,やり直しが面倒だ。走行跡が残るので,リハーサルも簡単にはできない。後者は,たまたまこんな岩山があり,監督が気に入ってこの場所を使った可能性もあり得るが,その場合でも車両走行はCGだろう。窪みも岩山も,CGなら自在に描くことができ,視点位置の決定も容易である。
■ 写真20は,ウォー・タンクが建物や他車両に衝突して破壊・炎上させるシーンである。何台もある小型車両同士なら実演で済ます方が簡単だが,大切なピカピカのウォー・タンクとなると,軽々しくぶつける訳には行かない。接触して簡単に壊れる実物大模型に衝突させる手もあるが,それならCGで描く破壊シーンの方が自由度も高い。写真21で,ウォー・タンクの後部上方の空を舞うバイクは本物か,それともCGだろうか? 人形を乗せてバイク1台を壊すのは簡単だが,CGで描くのも負けず劣らず簡単だ。現場で危険性がない分,筆者ならCG利用を選ぶ。本作のCG/VFXの主担当はDNEGで,他にもFramestoreとRising Sun Picturesだけの参加で,計3社で多数のアーティストやエンジニアが参加している。
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