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初長編作品のカナダ映画『CUBE』(1998)で名を上げたヴィンチェンゾ・ナタリ監督の待望の第2作目である。2001年の製作なのに,北米での公開が何度も見送られ,日本での公開が世界初となった。この間に当初予定の題名「The
Company Man」は他の映画に取られてしまい,原題も「Cypher」と変更された。
前作を知らない読者のために,少し解説しておこう(かくいう筆者も,この機会に初めてじっくりビデオで観たのだが)。1辺5mの立方体の部屋が単位で,26×26×26=17,576個の部屋がハイパーキューブ構造で繋がっている。6つの壁面には扉があって隣のセルに移動できるが,さまざま危険な罠が仕掛けられている。ここに閉じこめられた6人の男女の脱出劇と人間模様がテーマで,ビジュアルでパズル感覚の立体迷路は多くの類似作品を生んだ。
配給会社はポスターやプレス資料でも,この前作との類似点をウリにしている。「今度の迷路キューブは記憶の中」というキャッチ・コピーからは,『メメント』(00)のような時間軸をたどるサスペンス作品かと思わせる。コントラストの強い背景,逆光,シルエットを活かした格子模様のポスターも,明らかに『CUBE』を意識させるやり方だ。メインのスチル写真(写真)も,キューブからの脱出劇を思い出させる。その期待感からか,ギャガの試写室は超満員だった。
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写真 今度は立方体でなく円筒形 |
今回の設定は,近未来のハイテク社会。平凡な会社員のモーガン・サリバンは好奇心から産業スパイを志し,多国籍企業デジコープ社に応募・合格して別人格のスパイ,ジャック・サースビーに生まれ変わる。ところが,何度か彼の前に現われる謎の美女からはデジコープ社の薬物投与と洗脳により人格が作り替えられたことを知らされる。さらに,スパイとして潜入したライバルのキャラウェイ社でも適性テストを受けさせられ,二重スパイとして働くことを持ちかけられる。頭痛と悪夢から目覚める度に,見覚えのないベッドで見知らぬ女性と寝ている。自分は誰なのか?奇妙な体験はすべて夢だったのか?すべては仕組まれた陰謀の中にいるのでは?
と悩む平凡な主人公には『ザ・インターネット』(95)『グロリア』(99)のジェレミー・ノーザム,謎の中国人女性リタ役には『チャーリーズ・エンジェル』(00)でブレークしたルーシー・リュー。これは,なかなかいいキャスティングだ。
監督も脚本家もヒチコック・ファンで『北北西に進路を取れ』(59)の影響を受けているというが,なるほど思いがけなく陰謀に巻き込まれるその感じは出ていた。スーパー・ヒーローでない主人公に同化して,先の見えないこの物語の行方を観客に体験させる語り口は前作と同じだ。ところが,迷路が迷路らしくなく,見終わった後に是非もう一度観たいとは感じない。面白い題材なのに,途中の伏線も最後の種明かしも今イチで,見事にだまされたという知的爽快感にかけるからだろう。
前作でもCGを効果的に使っていただけに,この映画でもかなりの視覚効果が使われていた。担当は,前作と同様にカナダのC.O.R.E. Digital
Pictures社。『ドクター・ドリトル』(98)『X-メン』(00)『タイムマシン』(01)等にも参加した中堅VFXプロダクションである。地中から現われる宇宙船風の奇妙なエレベーター,宇宙ステーションを思わせる地下要塞には,ミニチュアとCGによる視覚効果シーンがふんだんに出てくる。スタンリー・キューブリックもナタリ監督の尊敬する1人とあって,いかにもオマージュと思しきシーンが目に付いた。
この監督はライティングに独特の美学をもっているようで,この映画では登場人物の顔に映る光と影にこだわっていた。雨の夜の運転シーンでフロント・ウィンドウ越しに投影される雨の滴りは印象的で,これはやるなと思った。もっとも,後半エレベーターと脱出ヘリの中で計3度も同じ手口を見せられると,さすがに食傷気味だ。
スーパーヒーローでないスパイという設定だったのに,後半に登場する変てこな地下要塞は安っぽく悪趣味だ。脱出劇やエンディングの男女の絡みも明らかに007のコピーだ。オマージュを通り越し,安手のパロディとしか思えない。それなら『オースティン・パワーズ』『スパイ・キッズ』『トリプルX』等に任せておけばよい。知性派のこの監督がそんなものを描きたかったはずはないから,そう見えてしまうのが少し残念だ。 |
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