コンピュータイメージフロンテア 特別編
千年紀末を越えて(その4)

日本製VFXも捨てたものじゃない

O plus E, Vol.22, No.7, pp.913-924, 2000

 SFXVFX論でだいぶ紙数を使ったので,そろそろテーマパークや都市型アミューズメント施設を経て,ウェアラブル・コンピュータへと話を進めるつもりだったが,もう1VFXの話題で寄り道をしよう。ハリウッド一辺倒のこの世界に,邦画で語るに足る意欲作が登場したからである。

1.ジュブナイル,この語るに足る佳作

 怪獣映画とは一線を画すVFX
 我がSFX映画時評でなぜ邦画を取り上げないのか,他から責められたわけではないが,自問自答してきた。昨年夏以来,大幅にこの時評欄を増ページしてからでも,『梟の城』『白痴』とCGを駆使した作品があったのだが,所詮チャチな作りだろうとたかをくくってしまったし,実際その程度だったようだ。
 東宝の誇る怪獣映画『ゴジラ』『モスラ』『ガメラ』1)シリーズにも最近はCGが多用されているが,やはりあえて取り上げる気になれなかった。あえて理由を探すなら,本CIFシリーズはディジタル映像技術の社会に与える影響でエポック・メイキングな出来事,新しい潮流となりそうなものを探っている。このため,進化していても固定ファンにしかアピールしない怪獣シリーズには魅力を感じなかった。
 そんな中で,この夏(7月15日)東宝系で公開の『ジュブナイル』は,その殻を打ち破った作品で,VFXも満載だという。4月18日お台場に完成した新シネマ・コンプレックスの「シネマ・メディアージュ」2)のオープニングで完成披露試写され,評判も悪くないようだ。広報資料には「監督・脚本・VFX監督は,35歳の新鋭・山崎貴」と書かれている。
 『ゴジラ』シリーズの円谷英二氏・川北絋二氏には,東宝は伝統的に「特技監督」という言葉を使ってきた。「特撮」ではなく「特殊技術」担当の「特技監督」である。この名称は,いかにもラバースーツのぎこちない動きとミニチュア・セットの香りがするではないか。それを「VFX監督」と名乗るからには,そんな伝統とは一線を画す別の感覚を与えてくれそうな気がした。
 この映画は,未来からやってきたロボットと少年少女たちの交流を描いたファンタジーで,いかにも夏休み向けのテーマである。それなら『スチュアート・リトル』(先月号で紹介)や過去のディズニー作品と比べて論じる価値はありそうと思い,試写室に足を運ぶことにした。

 思わず真剣に見てしまった
 「Juvenile」とは,「少年期の」「子供らしい」という意味の英単語だというが,知らなかった。わざわざ断ってあるところを見ると,知っている人は少ないのだろう。タイトルとしては,印象に残るいい選択だ。
 夏休みの林間学校で,4人の少年少女が見つけたロボットのテトラ。高度な知能をもっていて,どうやら未来からやって来たらしい。主人公の祐介(遠藤雄弥)の部屋で飼われるテトラ,祐介に思いを寄せる少女の岬(鈴木杏),近所に住む天才物理学者の神崎(香取慎吾)たちに,地球上の水分を持ち去ろうとする異星人(ボイド人)が襲いかかる。テトラは戦闘型ロボット「ガンゲリオン」を作り上げ,岬を救うため祐介はそれを操ってボイド人たちと戦う,というのがあらすじである。
 全体としての印象は,日本版のE. T. だが,祐介とテトラは,のび太とドラえもんをも思い出させる。タイムマシン研究者と少年たちは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』,未来からの使者との交流は『ターミネーター2』,異星人のコミカルなタッチは『メン・イン・ブラック』という風に,色々な映画のエッセンスが詰まっている。その他『ロボコップ2』『インデペンデンス・デイ』等々,SF映画通ならニヤリとするシーンも多々ある。これが初監督作品というこの監督が,日頃よく映画を研究していることが感じられる。
 初めは,チャチな子供向き映画だと思って見ていたが,岬がさらわれる辺りからは真剣に見入ってしまった。アクション・シーンも悪くない。欲を言えば,祐介と岬の脱出行やテトラが祐介を救うクライマックスは,もう少し緊迫感を演出できれば良かったが,初監督にそこまで求めるのは酷だろう。この翌日に『スチュワート・リトル』の試写,翌々日に公開中の『アイアン・ジャイアント』を観たが,一歩もひけを取っていない。むしろ,作品としての出来栄えは上だろう。

 背丈にあったVFX利用
 さて,評価対象のVFXである。もちろん,ILMやデジタル・ドメイン等に比べると技術的には及ぶべくもないが,このクオリティ,この使い方で300カットは立派である。正直言って,予想していたより遥かに上で,監督やスタッフの情熱が伝わってきた。
 細部を丹念に眺めればアラは探せる。合成シーンの色調合わせやマッチムーブ3)に難があるところも見られた。時間と予算があれば,もっと高精度に仕上げることはできたのだろう。その欠点は,コミカルなタッチの表現でカバーされている。言わば,自分たちの技量にあった背丈の映画として消化している。これは,この監督のセンスの良さであり,映画人としての本質的な感性によるものだろう。
 主人公のロボット,テトラはCGではなく,実物のワイヤー操作である(写真1)。フルCGバージョンがあれば,もっと動きに自由度を持たせられたと思うが,CGと実機を区別なく作る労を避けたのだろう。その一方でボイド人やガンゲリオンはフルCGで製作したという。一部は,着ぐるみや模型ではないかと見えたが,詳細は分からない。


写真1 ワイヤーで動くテトラ

 この映画のエンディングのクレジット・ロールは,山下達郎の主題歌1曲分で終わっていた。最近のハリウッド作品なら,3曲くらい続くのも珍しくない。それだけかけた人数が違うということだ。VFX担当の「白組」には18名しか名前が上がっていなかった。翌日『スチュワート・リトル』で数えたら,SPI社が約250名,リズム&ヒューズ社が約60名,セントロポリスFX社が約30名参加していた。邦画の低予算は想像していたが,それにしてもVFXスタッフが1/20でこの作品を仕上げたというのは驚きだ。
 いつものように付録欄で作品紹介するつもりだったが,是非この監督に会ってみたくなった。

 調布スタジオを訪問
 東宝・映画宣伝部を通じてインタビューを申し込んだら,彼の所属する白組の調布スタジオが指定されてきた。白組といえば,Mac系のソフトやCGでは昔から名前が知られている。取材前にちょっと予習をとサーチエンジンでホームページを探したら,何と運動会の記事ばかり出てきた。こりゃマズい。何とかキーワードを絞り込んで,山崎貴監督のページ4)に辿り着いた。撮影中の日記も載っている。
 目指す場所は,競輪場のある京王多摩川園駅近くの住宅街にあった。なるほどこういう所なら深夜作業に及んでも近くに住んでいれば通いやすいだろう。ビルに入ると,1F正面のドアの隙間から大きなブルー・スクリーンが見えた。おー,この鮮やかなブルーはSFX業界の色だ。


写真2 ガンゲリオン担当の松原正一氏

 ちょっと見学させてもらったら,イベント用3D映画の撮影をやっていた。大きなモーション・コントロール・カメラの先にディジタル・ムービー・カメラがついている。本撮影では映画用カメラに取り替えられるが,まだその前の構図決め段階だ。立体カメラを用いるのではなく,カメラ位置を移動させて左右の視点画像を撮っている。
 3Fの作業部屋でメイキング・プロセスを見せてもらった。若いCGプログラマ達の働く場所らしく,予想通り雑然としていて,コンピュータの合間に雑誌が散乱している。レンダリング用にはSGIマシンが中心で,モニタ上にはドラえもんやアイアン・ジャイアントの人形が置かれていた。
 お相手をして下さったのは,CGアーティストの松原正一氏(写真2),ガンゲリオンとボイドスカウターの担当である。この道10年のベテランらしく,IRISを操りながら筆者の突っ込みにもサクサク答えて下さった。
 画面の中では約12万ポリゴンのガンゲリオンが夜の街を闊歩していた(写真3)。これに音を加えるともっと迫力が増し,重量感が出てくるのだろう。
 では,いよいよお待ちかねの監督インタビューである。

(左上)背景+位置合わせガイド,(右上)ガンゲリオンのワイヤーフレーム
(左中)付加する影,(左下)スモーク,(右下)完成画面

ガンゲリオンは約12万ポリゴン,模型は作らず,設計図から直接モデリングされた。照明合わせは,リファレンス球を用いて撮影現場で環境光が実施されたが,合成画面では一部の照明が削除・追加されている。

写真3 ガンゲリオンの再発進シーン

2.山崎貴監督インタビュー 〜日本のジェームス・キャメロン目指して

 奇跡的な速さでゴーサイン
 Dr.SPIDER 我々はプロの映画評論家でも雑誌記者でもないのですが,ディジタル映像技術の発展を語る中でSFX映画評をやっています(といってO plus E誌を見せる)。今回『ジュブナイル』を見せて頂いて,これは語るに足る作品で,是非とも監督にインタビューをと>。
 山崎貴 ありがとうございます。
  では,この映画の成り立ちあたりからお聞かせ下さい
 山崎 もともと45年前から映画が作りたくて,『鵺(ぬえ)』という作品の脚本を書いていたんです。これは大きなプロジェクトになり過ぎて,そこそこお金は集まったけれど,まだ十分じゃなく,進むに進めず引くに引けずという膠着状態になりました。
 そんな中で当てもなく,もう少し身近なもので低予算でできそうな映画の脚本を書き始めていました。特撮なんかも一箇所にまとめて入れられる規模のものです。それを制作会社のROBOT5)の人に見せたら,これ位がちょうどいいじゃないかということになって>。
  それが『ジュブナイル』ですね。いつ頃ゴーサインが出たのですか?
 山崎 一昨年の夏頃に書いていて,12月の中頃にシナリオを見てもらい,年明けの1月初めにゴーがかかったのです。僕は初めてなのですが,これは決定まで奇跡的な早さだったみたいです。それで,昨年の8月に撮り始め,1212日にクランク・アップで,その後ポストプロダクションでつい最近までやっていました。
  ご経歴を見ると,特撮から映画に入っておられるとのことですね。プロの脚本家じゃないなら,先に絵コンテを書いたり,CGを作ったりという風に入られたんですか?それとも脚本が先ですか?
 山崎 長年の経験で,CGから先に入る危険性は分かっていたんです。脚本がダメな状態だと,少し変えただけで絵コンテもCGもガラっと変わってしまう。イメージスケッチは何枚か描きましたが,基本的には脚本が先です。
  視覚効果,CGもウリですが,主演はSMAPの香取慎吾ということで話題になっていますね。
 山崎 もう少し小規模のつもりが,途中からそうなってしまい,スゴイなと(笑)。
  総製作費はいくらくらいですか?
 山崎 正確には知らないです。
  ハリウッド映画の平均は50数億円で,SFX大作だと100億円以上もザラですね。
 山崎 その何十分の一ですよ(笑)。


「あれで,人生狂ってしまいました」

 目標はジェームス・キャメロン
  では,特撮のプロとしてのご経歴をもう少し詳しくお聞かせ下さい。
 山崎 もともとはミニチュアの制作と撮影が専門なんです。地方博が盛んな頃には,博展映像もかなりやったし,CMはいくつも経験しましたね。映画は,伊丹十三さんの映画で短いシーケンスですけれど,スペシャル・イフェクトをやりました。
  全部で何本くらいですか?
 山崎 映画は10本くらいですね。CMは数え切れないです。
  白組さんは,日本でも老舗の1つですね。その中で腕を磨いてこられたのでしょうが,お得意の分野は何ですか?
 山崎 デザインとCGへのマッピングです。これはコンセプチュアル・デザインの一部と考えているんですが,マッピングと画面設計ですね。自分でCGを描いたこともありますが,最近は指示だけでCGアーティストに任せています。
  特撮出身で監督で成功というと,ジェームス・キャメロンですか。
 山崎 彼はまさに絵を描いてデザインをして,それを自分でフォローするというスタイルですから,やっぱり一番の憧れで目標です。彼も『スター・ウォーズ』の真似から始めて,監督デビューして成功し,それが『タイタニック』までつながるのを見ていますから,あんなになれたらと憧れますね。
 スタイルで一番好きなのは,ダグラス・トランブル6)だったんです。『ブレードランナー』が特に好きでした。もちろん,デニス・ミューレン7)も大好きです。あと,コンセプチュアル・デザイン出身で,SFXを沢山使った映画の監督として成長しているジョー・ジョンストン8)も憧れますね。
  デニス・ミューレンのように,SFX専門でオスカーを何度も取るのは目標じゃないと。
 山崎 それだと,自分のやりたいことがなかなか企画として来ないんですよ。だったら,自分で需要を生み出して,自分の作りたい世界を作る方が早い。特に日本じゃそうです。アメリカへ渡って特撮だけで生きていくというスタイルもあるけど,それじゃ歯車の一部であって決定権は持てない。僕は,何でもやりたがりなんですよ(笑)。日本で特撮もやりながら監督もやるという方が,僕の性格に合ってると思うんです。
  じゃ,日本のジェームス・キャメロン目指してと書いちゃいましょうか。
 山崎 書いて下さい(笑)。
  日本では,ライバルはいらっしゃるんですか?あるいは師匠筋とか?  山崎 必要に迫られて自分で勉強したから師匠はいないんです。ジャンルが違うからライバルとは言えないけど,「打倒!樋口真嗣」9)というか,樋口さんをビックリさせられればいいなと思っていましたね。だから,メディアージュでの試写が終わって,彼が走って来てくれて「良かったよ!」と言ってくれた時は,ものすごく嬉しかったです。

 お前たちはクレイジー
  『ジュブナイル』には,これまでの色々な映画の要素が入っていますね。山崎監督の想い出の映画,青春遍歴はいかがでしたか?
 山崎 中学生の一番多感な時期に『未知との遭遇』『スター・ウォーズ』が2連発でやってきて,あれで人生が狂ってしまい,堅気にはなれなくなりました(笑)。この業界には,同世代でそういう人多いですよ。あそこでどこかおかしくなっちゃってるんで(笑)。その後は『エイリアン』でビックリして,『ブレードランナー』でビックリして>。
  『E.T.』もその中に入りますか?
 山崎 あの映画は特撮よりも,話の作り方がうまくて,日常の中からスゴイ話になるところが感心します。
  『ジュブナイル』は,衆目の一致するところ「日本版E.T.」ですよね。
 山崎 影響は受けていますね。だから撮る前は『E.T.』は見ないようにしたんです。で,終わってから見たら,「うわぁ,やっぱり出てるよな」って(笑)。
  ハハハハ
 山崎 その後は『アビス』ですね。ちょうど製作中にILMにいる上杉君のところへ遊びに行ったら,絵コンテだけ見せてくれたんです。「すごいんだよ。これから映画が変わっちゃうよ」と言うんです。ILMのスタッフも水の人間のCGを見て「うわぁーっ」と驚いたと言うけど,こちらも後で映画を見て「うわぁーっ」と驚きました(笑)。
  一般に受けたのは,同じキャメロンの『T2』ですね。
 山崎 『アビス』は通の心を捉えて,これを一般に分かりやすく翻訳したのが『T2』だと思っています。キャメロンも『アビス』を作ってこれは行けるというので,CGをメインに据えて『T2』の脚本を書いたんでしょう。
  模型から入られた山崎さん達も,あれでCGは行けると感じられましたか。
 山崎 ええ,新しいもの好きなんで。あれを見てしまったら次のスター・ウォーズ・ショックで,「CGじゃん!」とかいって皆そっちへ行ってしまいました(笑)。
  『ジュラシック・パーク』で一段と加速し,その後はすごいですよね。
 山崎 もうショックの受けっぱなしです。進化のスピードが速いので,どんなに努力しても追いつけないというか>。
  そんなこと言わないで,負けずにやって下さいよ。
 山崎 アメリカの凄いのは,沢山の専門のプログラマを抱えていて,彼らが日々命がけで新しいプログラムを作っている。日本の規模ではそんな開発スタイルは当てはまらないので,僕らは彼らの映像を見て学んだものをいかに応用するかなんです。自分規模の環境で,どうやって近いものを作れるかを考え,どれだけビックリするような映像を作れるかが,僕らのやれることだと思っています。
  アメリカのSFXを見て,どう作っているか分かりますか?
 山崎 分かりません(笑)。どう作っているのか,最近は全く想像がつかなくなりましたね。メイキングのビデオを見たり,雑誌を熟読してお手本にしています。
  アメリカ映画とは,予算も人数も違いますよね。『スチュワート・リトル』の約350人に比べて,白組はたった18人。それでよくぞここまでと感心しました。
 山崎 18名もいました?コア・メンバーは78名です。アメリカの巨大プロジェクトとは規模が違うけど,だからといってクサっていても仕方ないので,それでも「結構やるじゃん」と思われるものを作ろうと。
  いや,立派なもんです。
  ええ。
 山崎 我々の磨いた竹槍と呼んでいましたけど(笑)。この前,『風雲』10)や『地中海英雄』を作った香港のセントロの連中がやって来て,デモリールを見せて「俺たちは60人でたった1年でこの映画を作った」っていばるんです。それで,こちらも『ジュブナイル』のデモリールを見せ,「こっちは67人で半年でやった」と言ったら「お前たちはクレイジーだ」といって帰りました。
  ハハハハ
 山崎 僕らは,11人の作業効率が良かったと思いますね。

 実物と間違う質感を
  では,『ジュブナイル』のメイキングに付いて,もう少し詳しく語って下さい。
 山崎 今回,CGに関しては,存在感・重量感を出すのにこだわりました。レンダリングには,RenderMan11)しか考えられなかったし,専門家にはCGと背景が割とうまく合っていることを訴えられたんじゃないかと思います。
  テトラは実物だということですが,ガンゲリオンやボイド人は完全にCGなんですか?
 山崎 テトラは手だけCGの箇所があります。ガンゲリオンは,祐介が操縦するコクピットは実写ですが,戦っているフルショットはすべてCGです(写真4)。


(a)ガンゲリオン

(b)ボイドスカウター

(c)マザーシップ

(d)ボイド人のリーダー

写真4 フルCGで制作されたクリーチャー類


  ボイド人が女の子をさらって,空を飛んだり,庭に降りたりするシーンや,ガンゲリオンが追いかけるシーンもそうですか?
 山崎 全部CGですよ。
  ミニチュアを作って,それを動かして合成したのでは?
 山崎 模型は一切ないですよ。
  えーっ,そうですか!? 一部は模型か着ぐるみに見えたんですけどねぇー。
 山崎 ヤッター!!(笑)それが目標でした。実物大とはいかなくても,模型の質感くらいは出してみようと。
  コストを推測したり,動きから判断してるんですけどね。目が肥えてるはずの私としたことが…(笑)。
 山崎 今はもう模型を作るより,CGの方が安いんです。ただし,実物らしく見せる到達点は模型でスタートした方が近い。それで,持ち上げる船はどうしようかと考えて,あれは大きめのミニチュアを作ったんです(写真5)。それをモーション・コントロール・カメラで動かしています。ボイド人のように自由に動かし,アクションするものはCGの方が効率はいいんです。
  モーション・キャプチャで動きを取り入れているんですか?
 山崎 僕はモーション・キャプチャ嫌いなんですよ。使える範囲が限られるし,ボイド人のように人間とプロポーションが違うと使えません。今回は,一度役者さんに演技してもらって,それをアニメータが翻訳し直しました。オーバーな演技にならずに,この方法は良かったと思います。
  色々な映画の要素が入っていますが,ボイド人は『エイリアン』の影響を受けているんですか?
 山崎 いや,受けていませんね。あれはもとは海亀なんです。
  そうだったんですか。

写真5 ボイドスカウターが船を持ち上げるシーン
(左上)ミニチュアの船
(左中)ボイドスカウターのCG
(左下)船からのしずく
(右下)完成画面

 山崎 だからテレビで海亀の映像を見て喜んでいるんです。手もヒレみたいだし,背中にも小さな退化した甲羅があります。
  なるほど。どうしてあのシーンがあるのか分からなかったんです。
  だから地球の水を持ち去ろうとするんですね。コミカルなタッチは『メン・イン・ブラック』に似ていますね。
 山崎 そうです,そうです。変身するところなどもね(写真6)。
  香取慎吾演じる神崎青年ですが,最初「あんな物理学者いるかよ」と思ったんです。特許を書いたり,ゲームを作ったりなんて(笑)。考えてみれば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクだって,世の中にあんな変な博士がいる訳がない。じゃあ,神崎氏も許そうかと(笑)。でも,彼を博士とは呼んでいませんでしたね。
 山崎 子供視点なので,近所の変な兄ちゃんが実はスゴイ奴という感じを出したかったんです。特に偉い博士という訳じゃないです。
  それは正解です。普通,怪獣映画でも必ず白衣を着た博士などが定番で出てきますけどね。神崎青年は24歳なら,まだ博士号は取れません。日本の学制なら,最短で27歳です。


写真6 ボイド人の変身


 山崎 良かった。危ないところでしたね(笑)。自力で研究しているというあのモデルは,『ザ・フライ』12)のジェフ・ゴールドブラムなんです。
 」 デビッド・クロネンバーグの映画ですね。残念ながらあれは見ていないな。彼は『ロスト・ワールド』でも『インデペンデンス・デイ』でも,よく科学者の役をやりますね。
 山崎 同じように物理転送ポッドを研究しているんです。あと,ラストのタイムマシンは『コンタクト』13)の影響をすごく受けています。最初のデザインはもっと似ていたのですが,「これじゃバレバレだよ」と言われて直したんです(笑)。
 一杯あちらこちらから取っていますが,通して撮影スタイルとして踏襲しているのは『アルマゲドン』ですね。あのスタイルを日本の田舎町にもって行くとどうなるかを試したんです。
  撮影スタイルとは?
 山崎 スロー・モーションを多用するとか,絵のコントラストとか,色の立ち具合とか>カメラマンと一緒に『アルマゲドン』を観てそうしたので,割と洋画っぽいスタイルになっていると思います。

 子供たちとテトラ
  随分よく研究されていますが,どれくらい映画は見ておられますか?
 山崎 僕はあんまり見ない方です。せいぜい月に1本で,ビデオも入れると年に30本くらいですね。見た映画は全部影響を受けちゃって,こうなるんです。
  未来のシーンがありますね。2020年ですか。あれも,あちこちのビデオの影響ですか。それとも,何かのパロディかと思ったのですが>。
 山崎 素直に描いたんですよ。当然そうなるだろうなと思う未来で。
  何十本と見せられた未来社会を描いたプロモーション・ビデオそのもので,ああ,またかと(笑)。ペーパー型のディスプレイも壁掛けテレビもエージェントも,各企業が作ったビデオに必ず出てきます。
 山崎 そうですか。それは沢山接しておられるからでしょう。僕もステレオタイプだと思ったけど,あれが新鮮だという人も結構いるんです。
  未来から来た主役のテトラはどうしてCGじゃないんですか?
 山崎 子供たちがリアクションするには実物の方がいいんです。それに登場回数も多いので,これは作った方が安いわけです。
  でも,実物の他にフルCGのテトラもあれば,それだけ複雑な動きもさせられたでしょうに。
 山崎 両方使うのがベストなんですけど,そのCGに割く余裕はなかったですね。そうするとガンゲリオンやボイド人を作れなかった。実は,宇宙船やタイムマシンも満足してないんです。お金があれば宇宙船も模型の方が良かったけれど,やはり枠があるんです。その中でどう妥協し,チョイスするかが僕の役目です。テトラは動きは訥々としていても可愛い奴で,フルCGにする選択の順位は高くなかったと思います。
  なるほどね。でも,テトラは丸っこいのにどうしてテトラなんですか?
  テトラというと,テトラポッドやテトラパックを想像しますね。
 山崎 4人で見つけたから「テトラ」なんです。
  あー,そーか(笑)。
 山崎 テトラ何とかという神様がいるんですよ。失った記憶を蘇らせる神様だそうです。科学者になった祐介がタイムマシンで過去に送り込む装置だから,自分を取り戻すという意味で「テトラ」はピッタリだと。これはあとで付けた理屈で,メイキング本のライターが教えてくれたんです。おー,この人すごいなと(笑)。
  語呂はいいですね。で,テトラの声は女性の声優さんの声で,それをロボットらしく加工しているんですよね。コンピュータの音声合成は避けられたんですか?
 山崎 えっ!? そんなこと考えなかったな。未来から来るので,その頃なら人間に近い声で話せるだろうと。
  最近の規則合成音は進化していて,皆さんが想像しておられるより滑らかにしゃべれますよ。
 山崎 自由に話せるのですか?
  予め吹き込んである文でなく,任意の文章を抑揚をつけてしゃべるのが規則合成です。
 山崎 AIを使えば人間と会話もできますか?
  音声認識や自然言語処理と組み合わせればできます。認識できるボキャブラリは限られますが>。
 山崎 テトラと子供たちが交流するアトラクションの話があるんです。話しかければテトラが返事をしてくれればいいなと。
  いいですね。

 ブルーバック要らずに期待
  インタビューに来たのに,自己宣伝で恐縮ですが,これはウチで開発しているシステムです。複合現実感システムといって,ポストプロダクションで実写とCGを合成するSFXとはちょっと違って,目の前で現実世界と仮想世界を融合するんです。これは,それをゲーム仕立てにしたもので>。
 山崎 これ,見ましたよ。
  えっ! どこで!?
 山崎 この前テレビでやってましたよ。ゲームか何かの番組で。
  「ゲームWAVE」14)ですね。
  私も演技させられてしまって,お恥ずかしい。
 山崎 あー,あの中に出てきましたね。どこかで見たと思ったら(笑)。
  我々のはリアルタイムで体験するもので,ちょっと目的は違うんですが,合成シーンのリハーサルには使えると思うんです。HMDをかければタレントは目の前のCGキャラクタとの絡みをやれるし,監督はそれを客観視点の合成画像として確認できる。
 山崎 現場でそれができればいいですね。
  特に,今やっている最もハイレベルなものは,デプスキー15)を利用する合成です。実時間で距離を測れる装置を使うと,現実に動いている人間とCGをリアルタイムで合成できてしまいます。
 山崎 じゃ,ブルーバック要らずですね。それは凄いな。
  まだ精度がイマイチで,そのまま合成結果が映画に使えるレベルじゃありませんが>。
 山崎 何とかして下さい(笑)。ブルー・スクリーンのおかげで大変なんですよ。何もない部屋だと役者さんも自分で確認できないし,後処理も時間とコストがすごくて実現できない場合も多いんです。我々のSFXの未来はここにあるという感じですね(笑)。
  責任重大だな(笑)。その前に,リアルタイム・アトラクションとしてテーマパークに置いてみたいんですけどね。
 山崎 ここの連中もテレビを見て「やりてぇ」と言っていましたよ(笑)。
  由緒ある白組の組員さんが,それはそれは(笑)。
 山崎 これは映像のクオリティが上がったら,かなり行けますよ。シューティングはアメリカ人向けですが,日本だともっとマイルドな癒し系の方がいいと思いますよ。
  じゃ,監督の次回作とタイアップして,そういうアトラクションを作りましょうか(笑)。


「枠の中でどう妥協するかです」

 SFXの苦労が報われる作品を
  山崎監督は今後どういう映画作りを目指しておられるのですか?
 山崎 やっぱり,人の魂を揺さぶるような映画ですね(笑)。
  次は『鵺』を作られるのですか?
 山崎 あれは次の次くらいです。東洋版スター・ウォーズなんで,ものすごくお金がかかるんです。ホップ・ステップ・ジャンプで考えていて,『ジュブナイル』はホップなんです。
  技術的には,白組内に随分ソフト蓄積が貯まったんじゃないですか。
 山崎 ソフトもさることながら,人の能力も意識もスタート時とは全然違いますね。皆厳しさも覚えたし,映画とはどういうスピードで作らなきゃいけないとか,悲惨な現場も体験しました(笑)。 それは僕らの財産ですね。
  今後,SFX技術はますます進歩し,映像表現の自由度は上がる一方だと思うんですが>。
 山崎 でも,脚本が良くなければ,どんなイフェクトもただの装飾に過ぎないんです。これからも色々なジャンルの映画を作ってみたいんですが,SFXの苦労が報われるような内容の作品をと思っています。
  今後ますますのご活躍を期待しています。
  有難うございました。

3.むすび

  早速『ザ・フライ』を見てみたし,『コンタクト』も見直したのですが,なるほど部分々々をうまく取り入れていますね。
  それでいてストーリーは複雑すぎず,歯切れも悪くなかったです。やっぱり脚本がいいんですね。
  講演でも原稿でも同じですが,あれこれ入れたいことがあると複雑になって失敗するんです。この山崎監督の場合,先にしっかりした脚本があって,それをどう撮るかという時に自然にかつて見た好きなシーンが浮かぶんじゃないですか。
  自然体ですか。だから観る方も無理がないんでしょうね。
  ところで,もう一度試写を見直した結果どうでしたか?
  テトラの手が一部CGだなんて,全然分かりませんでしたね。ガンゲリオンは,写真4単独で見てもこれだけ見事な質感ですから,映画の中でもほぼパーフェクトでした。
  さすがにタネ明かしをしてもらってからの2度目となると,ボイド人がCGというのはよく分かりました(笑)。少年少女の淡い恋心も上手く描いてあったし,こういう映画が当たるといいですね。
  最近の映画は事前にホームページ16)で色々情報を流して,読者とコンタクトしています。それを見ていると若者の間で前人気も高いみたいですよ。でも,山崎監督には次は大人の映画も撮って欲しいですね。
  日本映画の実状を考えると,まずは夏休みの観客動員をあてにできるファミリー向けか,アイドル系タレントの人気に便乗するのが安全策なんですよ。
  SFXの技術面では,そうヒケを取らないことは分かったので,あとは日本映画のマーケットの問題ですね。この『ジュブナイル』は,いきなりアメリカでは通用しなくても,アジアでは受け入れられませんか。
  日本のニューミュージックの人気も高いから,こういう若者向け映画はいいんじゃないですか。ただ,副題が「Boys Meet The Future」でしたね。「Boys Girls」じゃないと,欧米じゃ嫌われるかもしれませんよ(笑)。
  ハハハ。Boysだけじゃ女性蔑視ですか。
  それはともかく,山崎監督にまたチャンスが来るには,まずこの映画が興行的に成功することでしょう。そうなれば発言力も増すし,大きな企画も通りやすくなります。彼の作品なら間違いないと言われるようになればしめたものです。
  山崎監督が成功すれば,日本製VFXの認知度も上がるし,それに続く人たちも出てきやすくなりますね。
  何しろCGを志す若い人たちはどんどん増えているので,予備軍はいっぱいいます。可能性はありますよ。
  では,この日本のジェームス・キャメロンを,今後も精一杯応援することにしましょう。

用語解説とURL

1) 『ガメラ』:厳密には製作は大映で,東宝は配給。金子修介監督の平成カメラ・シリーズは1995年より3作品が作られた.
2) シネマメディアージュ:ソニーが東京・臨海副都心に作った都市型アミューズメント施設「メディアージュ」内にある複合型映画施設。全13館の運営は東宝が担当している。http://www.cinema-mediage.com/
3) マッチムーブ:実際のカメラの動きに応じて,撮影した映像に合成するCG映像のパースを一致させること。
4)http://www.shirogumi.co.jp/nue2/yamazaki/index.html
5) ROBOT:(株)ロボット。CMの企画・制作プロダクションとしてスタートし,近年映画制作会社として注目を集める。1998年『踊る大捜査線 THE MOVIE』が大ヒットした。http://www.robot.co.jp/
6) ダグラス・トランブル:『2001年宇宙の旅』『未知との遭遇』『ブレードランナー』『スター・トレック』の特撮担当で,SFX史に名を残す。
7) デニス・ミューレン:ILM社のSFXスーパバイザ。『アビス』『ターミネーター2』『ジュラシック・パーク』等でアカデミー賞視覚効果賞受賞6回を誇る。
8) ジョー・ジョンストン:『スター・ウォーズ』『インディ・ジョーンズ』両シリーズで活躍した美術監督。監督としては『ミクロ・キッズ』『ジュマンジ』,最近の『遠い空の向こうに』がある。
9) 樋口真嗣:前述平成ガメラ・シリーズの特技監督。
10) 『風雲』:香港の人気漫画を映画化したアクション映画。
11) Renderman:『トイ・ストーリー』のCG制作担当で知られる米国ピクサー社の開発したレンダリング・ソフトウエア。
12) 『ザ・フライ』:1986年度アカデミー賞最優秀メイクアップ賞受賞作品。物質テレポート装置での転送中に蝿の遺伝子が混入してしまったために次第に変態を遂げる科学者の物語。この科学者の風貌や実験室の風景が参考にされている。
13) 『コンタクト』:天文学者カール・セーガン博士の小説を映画化したもの。監督ロバート・ゼメキス,主演ジョディ・フォスターで1997年公開。主人公がベガ星へ時空間移動する際の光景が『ジュブナイル』に取り入れられている。
14) ゲームWAVE:テレビ東京系列で毎週水曜日の深夜放映のビデオゲーム関連情報の紹介番組。510日放映分でMRシステム研究所のRV-Border Guardsが紹介された。
15) デプスキー:3D空間中の前後判定をするために奥行き(距離)情報を利用すること。
16) http://www.juvenile.net/