コンピュータイメージフロンティア特別編
「千年紀末を越えて」(その2)

ダイクストラはかく語りき

O plus E, Vol.22, No.5, pp.615-627, 2000

 先月号では初参加のImagina 2000の全体的な印象,招待講演やMRゲーム出展の顛末を述べた。今月はじっくりと聞いた全招待講演のコンファレンス「3-D and Interactive Techniques」の内容を振り返ってみよう。

1.時代はエンターテインメント・コンピューティング

 SIGGRAPHはストイック?
 「エンターテインメント・コンピューティング」をご存知だろうか?最近しばしばこの言葉にお目にかかるようになった。「エンターテインメント分野におけるコンピュータやディジタル技術の利用」といった意味合いなのだろうが,「○○○コンピューティング」といった方が響きが良く,何やら新しい印象を与える。情報処理分野で好んで使われてきた表現だが,最近は一般にもよく使われるようになってきた。「ネットワーク・コンピューティング」「モバイル・コンピューティング」などもこの類いだ。
 ここでいうエンターテインメントには,映画,テレビ,音楽,ゲーム,テーマパーク等はもちろん,ペット型ロボットなどの電子玩具も含まれる。MITメディアラボでは「Toys of Tomorrow」が重要な研究テーマに選ばれていて,日本の玩具メーカーがスポンサに名を連ねている。携帯情報端末の用途もエンターテインメント性を増してきた。
 Entertainment Computingを略せばEC。そういえば,Electronic Commerceも同じくECだ。2つともECであることは興味深い。本CIFシリーズの先の連載では,「2つの電脳空間」としてVRとインターネットを対比させ,「右脳空間 vs. 左脳空間」「感覚的 vs. 論理的」「娯楽性 vs. 社会性」を論じたが,このECもまた見事にこの二分法が当てはまる。世の中豊かになると,暇と金を費やす先がエンターテインメントとショッピングになるのは頷ける。
 さて,Imagina 2000で筆者がトップバッターで登場した初日の午前のセッション名は「When Reality Meets Virtuality」,午後は「From Artificial Life to Online Worlds」であった。この初日はまだしも技術的色彩が強かったが,2日目以降テーマパーク,ゲーム,アニメ,SFX映画と次第にエンターテインメント色を増していく。「放送関連映像技術の動向」という位置付けで始まったImaginaは,いまやまさに「映像エンターテインメント・コンピューティング」と呼ぶに相応しいテーマ選びをしている。
 Imaginaの過去何年かのプログラムを見ると,その嗜好が分かる。VRA-LifeSFX映画が特に好みで,センスの好さや遊び心が感じられる。VR学会の月例ニュースレターで,報告者がImagina 2000の華やかさを「ショーアップされた内容で,ストイックなSIGGRAPHとは対照的な印象」と述べていたが,言い得て妙である。SIGGRAPHは,学会としては抜群に応用指向であり,CG技術のアートやエンターテインメントへの展開を推進してきた。それでも技術側からのアプローチの感は否めない。なるほど,Imaginaの方がショービジネスの視点に近い。この華やかさと遊び心が,時代を先取りしているのなら,積極的にそのトレンドを追ってみたいものだ。

 ディレクターはエンターテイナー
 2日目の午前のセッションは「Immersive + Interactive = The New Dimension」。タイトルが人目をひく割には,印象の薄いセッションだった。このセッションに続くThomas deFanti教授1)の基調講演も目新しい内容はなかった。
 Imagina 2000での大きな誤算は,予稿集が紙でなくなり,CD-ROMだけになったことである。時代の流れなのかもしれないが,CD-ROMでは聴講中には何が入っているのか分からない。筆者にも何度も予稿とアブストラクトの提出の督促が来ていたので,予稿集は充実しているのかと思ったら,帰ってから眺めると大半の講演者が論文を提出していなかった。私のように生真面目に提出したのは一握りでしかない。同じ招待講演者でも技術畑の人間は律義だが,アート系,エンターテインメント系がいい加減なのは,どこの国でも同じみたいだ。このため,印象の薄い講演は,資料的な記録も残っていない。
 あまり新規性を感じないVRシステムやアバタ・システムの紹介の中で,印象に残ったのはSGI社の講演だった。Imaginaの大スポンサーの1つSGI社は,会場入口近くにReality Centerと称する大きなブースを設け,マルチスクリーンの迫力のあるVRデモを見せていたが,この講演も負けず劣らず魅力的だった。同社は,ユーザーが開発した先進的なシステムを自社マシンの宣伝に活用するのが上手いが,ここでもそれが光っていた。
 壇上での実時間デモが大型スクリーンに投映される。とりわけ鮮やかだったのは,凸版印刷と共同開発した「唐招提寺−鑑真と東山魁夷芸術」2)だ。東京国立博物館でも特別展示された高精細映像のウォークスルー・システムである。
 エンターテインメント関連では,ディズニー・クエスト3)でのアトラクションが実演された。ボートに乗り込み実物のオールを漕ぎながら仮想映像のジャングルを探検する「バーチャル・ジャングル・クルーズ」,ディズニー・アニメの『ヘラクレス』をテーマにした3Dシューテイング・ゲームの「地底世界のヘラクレス」などである。一昨年体験してきたが,確かにこの種のVRアトラクションは,SGIマシンの高速グラフィック機能ゆえのものだった。
 いずれのデモも映像は明るくキレイだった。SGIマシンからDLP方式4)でディジタル・プロジェクションしているのだという。こんな大ホールでそれが可能なら,Imaginaの映像は映画もすべてディジタル上映なのかと期待したが,これは違っていた。前夜見たPrix Pixel-INAのノミネート作品は,どう見ても普通の映画かビデオ・クオリティだった。後で調べて分かったのだが,付録1で述べるような映画用のディジタル・シネマ・システムではなく,同じDLP方式でも,SXGAレベルのコンピュータ出力を投映できる大型高輝度プロジェクタだったようだ。
 ついでながら,講演者のAfshad Mistri氏(Director of Market Development)は,講演も英語も極めて分かりやすかった。軽やかなステップとボディ・アクションをまじえて舞台狭しと動き回る同氏は,とてもビジネスマンとも思えず,まるでエンターテイナーだ。舞台から降りて近くに来たとき顔を眺めたら,前日我々のMRゲームを踊るように体験し,楽しんでいったオジサンだった(写真1)。ちゃんと自社マシンの使われ方をリサーチしていたのか,それとも根っからのエンターテインメント好きなのか……。


写真1 好スコアで思わずガッツポーズ

2.ゲームからインタラクティブ・シネマへ

 こだわりは必要条件
 午後のセッションは,「From Game Design to Interactive Filming」である。ゲーム・デザイナの大半は,もともと映画が作りたかったのだという。このセッション名は,いかにもこれからのビデオゲームがどこへ向かうかを言いたげである。果せるかな,その予想通りのセッションだった。
 トップバッターは,Intel Content Groupのアプリケーション・エンジニアで,午前中のSGIに負けじと,インテル社の新CPUとグラフィック・エンジンを使った魅力的なゲーム・デモを見せてくれた。しきりにPCでもこれだけのリアルタイム処理ができるのだと強調する。もちろん,SGIマシンに対してはコスト・パフォーマンスの良さと,家庭用ゲーム機に対しては生成映像のクオリティをアピールしているのだ。
 デモの中心は,フライト・シミュレータとNBA 2000なるゲームだった。前者は,コンコルドがニューヨークに離着陸する様子で,かなりのフォトリアリティを見せていた。CG利用のレベルは,「ラスター化」「3D変換」「物理モデリング」「ライティング」「SFX」の順だというが,その意味が実感できるデモだった。これをPCの小さなモニタで見ているのはもったいない。ぜひとも大スクリーンで楽しむべきだ。
 NBA 2000はバスケット・ボールのシミュレーション・ゲームである。実在のNBAチームから2つのチーム,計10人のプレイヤを選び,各人の動き,クセやシュートへの反応を入力する。顔はかなりリアルで,動きは少し粗いものの,縦横無尽にカメラアングルが変えられる。PCのゲームもここまで来たかと感心させられる。年がら,最近のゲーム事情には明るくないが,それでも,これはチャンピオン・レベルのリアリティを誇るゲームだなと分かる。いやはや,作る方も遊ぶ方も,よくぞここまでのことをやるものだ。
 最近のゲームは,競馬でもサッカーでも運転シミュレーションでも,作り手側も相当なマニアである。そうでなければ,買い手側の満足を得られるものを供給できない。そもそも趣味・道楽とは,こだわりの塊りだ。「エンターテインメント・コンピューティング」には,その種のこだわりを実現できることが必要条件だろう。フォトリアリティの向上はその十分条件ではないが,描画力が上がれば上がるほど,ゲーム・デザインにもそれに見合ったソフトウェア・スキルが要求される。「これからのゲーム・マネジメントにはAI技術が生かされる」というのが,この講演者の主張だった。どこにその効果が現れているのかは判らなかったが,何となく頷けた。
 これらの実時間デモのメインCPUは,噂のItanium5)だったようだ。ペンティアム・シリーズに続く,インテル社の次世代64ビットCPUである。まだサンプル品が欧米でいくつか配られているだけらしいが,このImaginaではその高速計算性能を実時間CG映像描画力でアピールしたかったのだろう。CG性能を誇るデモでも,テクスチャの質感がすごく,光,パーティクル,水への反射の表現も見事だった。
 マイクロソフト社の家庭用ゲーム機X-Boxには,インテル製のPentiumIIが使われるという。となると,Itaniumはさらにその次世代機を意識してデザインされていても不思議はない。

 スーパースターの話題作
 このあと数件の講演には特筆するようなインパクトはなかったが,演出家らしき人物がゲームの中に映画的な手法を持ち込むことを強調していた。カット割りや視線の移動など,映画作りの文法ともいうべきものを,古い映画のクリップを例に挙げながら説明だった。
 この話を前座扱いして,セッション名通りのトリを務め喝采を浴びたのは,セガ・エンタープライゼズの鈴木裕氏の講演だった。鈴木裕氏といえば,アーケード・ゲーム機で数々の歴史的ヒット作を生んだ伝説的人物だ。いつぞや「少年マガジン」にその読み切り伝記マンガが載っていたから,少年たちにとってもヒーローなのである(もっとも,最近プレステの生みの親,SCEの久多良木健社長もマンガ化されていたから,ヒーローも次の時代に移っているようだ)。同氏は,本CIFシリーズの取材で快くインタビューに応じ,完成したばかりの『バーチャファイター』の性能を初代に熱っぽく語ってくれた。その『バーチャファイター』も今ではスミソニアン博物館に収蔵されているというから,まさに伝説を生んだゲーム界のスーパースターである。
 このヒーローもすっかり貫禄がつき,露払い,太刀持ち役のごとき若衆を連れて登場した。まるで,たけし軍団か次郎長一家といった出で立ちだ。鈴木氏は日本語で講演し,それを通訳する助っ人とゲーム機を操作する舎弟を引き連れていたのである。他の欧米人の講演と比べると異様だったが,迫力はあった。
 演し物は,ドリームキャストの命運をかけ,開発費70億円を投じたという『シェンムー』である。3枚組のGD-ROMに入って6,800円。プレステ2の登場前にと,予定を早めて199912月に発売された超大作ゲームだ。まず,日本で師走に頻繁にテレビで流れていたCMの英語版が紹介されたが,この画質は最悪だった。これはビデオをNTSCからPALに変換したためで,『シェンムー』のせいではない。一方,壇上でゲーム機を直接操作した場合には,出力信号を前述のDLPプロジェクタに接続していたらしく,大スクリーンで見ても十分鮮やかだった。
 「一章 横須賀」というサブタイトルが示すように,今回の発売分は大河ドラマRPGの序章にすぎない。二章は中国に移り,その後もまだまだ続けるつもりらしい。ゲームというより,これはまさにインタラクティブ・シネマである。実際,いたるところに映画的手法が使われている。ライティングやカメラの切り替えなど,先の講演者何人もが話していたことが,もう実現されている。
 キャラクタの設定も,いわゆるRPGらしくなく,ドラマ性を高めている。250個のライトの設定,350人の声の出演…,欧米人の観衆には,ビデオ・ゲームでもここまでできているのかと驚きだっただろう。得意げにメイキングを語る鈴木裕氏のトークには,間合い,間合いに大きな拍手が起きていた。
 ゲーム業界のクリエータでやれること,思いつくことはほとんど実現してみせた。ドリームキャストの性能をフルに使ってみせた。という感じは伝わってきた。なるほど,金がかかっている。裕氏の名声と実績ゆえに実現した企画なんだなとわかる。まさにこのセッションの企画担当者の意図通りの新世代ゲームの登場である。で,このゲームがヒットするかといえば,それは別の話だ。
 このセッションが終わってから,隣で盛んに拍手していたフランス人たちに評価を聞いてみた。「技術力には感心するが,魅力を感じないし,買いたいとは思わない」という。日本の横須賀という場面設定が欧米人には馴染みがないだけでなく,妙に仰々しい感じがするそうだ。実を言うと,筆者も全く同感だった。このRPGの内に挿入されている同氏の昔の作品(アーケード・ゲーム)の方がシンプルで面白かった。若い頃のその水々しい感性で一時代を築いた人物が,歳をとると大河小説風の大仰な作品に走る傾向がある。これはミュージシャンでも漫画家でも同じだ。アーティストの創造力の限界なのだろうか。
 『シェンムー』1作だけで映画的手法の是非を論じるべきではないが,ここで喝采を浴びた技術力や画質は「ゲームにしては…」という評価だったろう。同夜のPrix Pixel-INAのノミネート作品や翌日のセッションでは,非インタラクティブな映像作品の圧倒的な迫力とクオリティを再確認することになる。

3.アニメーションの主流は3Dに

 三者三様の意欲作
 3日目午前・午後の6時間は,毎月のSFX時評の筆者としては至福の時であった。午前は「2-D3-D Animation」,午後は「Special Effects Invisible or Explosive」で,製作者ならではのメイキング技法と裏話をたっぷりと聞くことができた。
 ディズニーが,セル・アニメ調とフル3D-CG2系列のアニメ作品を次々と製作し高収益を得ているのに刺激され,他社も負けじと続こうとしている。そんな中で,ワーナーの『アイアン・ジャイアント』,ドリームワークスの『エル・ドラド』,ディズニーの『ターザン』のメイキングは,三者三様その違いが興味深かった。
 『アイアン・ジャイアント』は,Warner Bros. Feature Animationの製作で,19998月の公開作品である(写真2)。まだアニメ製作に蓄積がな少ないためか,最もシンプルな2Dアニメの形をとっている。宇宙から来た巨大ロボットと少年との心の交流を描いた作品で,興行的に成功しなかったというが,各方面での評判は頗る好い。日本ではこの415日にようやく公開されているはずだ。
 アイアン・ジャイアントの風貌は,鉄人28号を思い出させる。1957年ソ連のスプートニク打ち上げの頃という設定だから,この古風な2Dアニメが似合っている。実際,2D背景に3Dキャラクタを配したり,3Dセット内に2Dキャラクタを描くなど,3D-CGはしっかり使われていたようだ。ジャパニメーション(日本流アニメーション)は,経費節減のためコマ落ちと部分アニメで独自の境地を拓いたが,この作品はハリウッド製劇場公開映画だけあって,しっかりフル・アニメーション(24コマ/秒)のクオリティを保っている。
 一方,ドリームワークスの『エル・ドラド』は,20003月末公開だから,このImaginaの時点では未公開の特別プレビューだった(写真3)。セル・アニメ系列では『プリンス・オブ・エジプト』(1998)に続く作品だが,フルCGの『アンツ』(1998)の実績もあり,映像のクオリティではディズニーに勝るとも劣らない実力を備えている。キャラクタは2Dセル・アニメ調だが,ベースは明らかに3D-CGで,動きはモーション・キャプチャだと感じるところが随所にあった。2Dから3Dになって,キャラクタのデザインそのものが変わったという。ラフスケッチも複数の方向から描くことが要求されてくる。

写真2 『アイアン・ジャイアント』
(c)1999 Warner Bros. All Rights Reserved
写真3 『エル・ドラド』
(c)2000 DreamWorks SKG. All Rights Reserved

 一段と複雑で格調高くなった背景も単なるマット画でなく,すべて3D-CGに基づいている。大気のゆらぎ,雲,炎,水等の表現も向上している。9912月号の『アンツ』の評でも触れたが,彼らの水の表現力は見事というしかない。滝,海,川,運河,渦,嵐などを,1つずつマスターし,ソフト資産を増やしている様子が分かった。このレベルになると,単なるデザイナやプログラマでは務まらず,物理学が分かるCGプログラマが必要だ。個人の職人芸に留まらず,経験がプログラムやツールとして残るのがディジタル技術の強みである。
 背景にキャラクタを組み合わせるにも,様々な技法が使われている。実写とCGの合成よりも,アニメ映画の方がずっとシステマティックな管理がなされていることを実感した。
 『ターザン』は9911月号で激賞した作品だから,もはや多くを語る必要はないだろう(写真4)。文献でしか知らなかったディープ・キャンバス法による制作過程は,予想通り素晴らしかった。3D空間の中を手書きのターザンを動かす様子,背景の描き込みの過程もじっくり見せてくれた。


写真4 『ターザン』
(c)Burroughs and Disney TARZAN(TM) Edgar Rice Burrough, Inc. All Rights Reserved


 ジャングルの中を駆け巡るターザンの躍動感は,サーフィンの動きが元だという。このメイキング・ビデオでも,フィル・コリンズの主題歌が流れ,ターザンの動きとピッタリ一致していた。この『ターザン』のかなりの部分は,Walt Disney Feauture Animation のパリ・スタジオで製作されたようだ。フランス人アニメータ達は,アカデミー賞主題歌賞に輝いたこの曲を毎日聞きながら,ターザンにあのダイナミックな動きを与えていたのだろうか。

 アニメーションのルーツはディズニー
 ハリウッド資本の入ったこの3本のメイキングを見ると,ビデオゲームはシナリオも作り込みもまだまだ映画には敵わないなと感じる。カメラワークがまるで違うのだ。観客に一方的に見せる映画と,自分で操作してストーリー展開を変えるビデオゲームでは同じではないだろうが,経験も工夫も差がありすぎる。必然的に観客の求めるレベルが高くなる。
 ハリウッド資本抜きのフランス製アニメやCFの講演は,それぞれに味があり,フランスのこの分野のレベルの高さを感じさせた。EX Machina製作の『ノームの贈りもの』は,絵画調のアニメーション作品で,水彩画の背景に3Dキャラクタを組み合わせていた。表面的な味付けは違っているが,ジャパニメーションを別格として,アニメーション技術のほとんどはディズニーに端を発しているという。その本家が積極的に3D-CG技術を活用し始めたのだから,分家筋も負けじと先進技術をマスターするのは自然の流れである。いくら独自の世界を築いたといっても,ジャパニメーションの明日は大丈夫なのだろうか?
 Mac Guff Ligne社のコマーシャル・フィルム中心のVFXも,かなり見ごたえがあった。CGアクターやクリーチャーの毛や肌の表現やライティングに特徴がある。このプロダクションもデータベースをどんどん強化していっている。映画では決められたシナリオ内で,実写と区別できないほどのリアリティの達成が求められるのに対して,CFではかなり遊びができるという。なるほど,この遊びが彼らプロフェッショナル意欲をかき立てるのだろう。
 このセッションでは異色ながら,個人的にはKleiser-Walzack社のプレゼンに大いに興味を覚えた。バーチャル・ヒューマンの制作で実績のある同社の最新の仕事は,フロリダのユニバーサル・スタジオでのアトラクション「The Amazing Adventure of Spider-Man」である。クルーズ式ライドの各所に3D大型映像を配置し,ガスや風によるギミックも組み合わせたアトラクションは世界初のはずだ。背景をステレオ視して距離を測定し,そこに3Dキャラクタを合成したようだ。2001年大阪にオープンするユニバーサル・スタジオには,「ジョーズ」「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」「T23-D」等はやってくるらしいが,昨年12月に完成したばかりのこの最新アトラクションまでは来ないだろう。これを体験するためには,何とか機会を見つけてオーランドまで出かけるしかなさそうだ。

4.SFXCG映像の最高峰

 DVDのメイキングもオススメ
 最終日の午後は,SFX映画のメイキング集だった。Prix Pixel-INAと同様,映画のSFXこそ現在のCG映像の最高峰と位置づけていることが分かる。
 まず,リュック・ベッソン監督の『ジャンヌ・ダルク』。フランス人監督が15世紀のフランス史を描いているのに,これはアメリカ映画(セリフも英語)である。それでもさすがにSFXの主担当はフランスのDuboi社だったようだ。ワイヤ消し,背景の差し替え,ディジタル・ロトスコープ,ディジタルマット,ボカシ等々,各種VFXのメイキングが紹介された。ロケを多用したこの映画では,時代を合わせるためにもディジタル処理がかなり必要だったようだ。
 続いて,『タイタニック』で知られるデジタル・ドメイン社。出資者であるJ・キャメロン監督の『トゥルー・ライズ』の140ショットに及ぶVFXシーンが同社の出発点である。その傍ら,数多くのCFをこなして実力をつけたという。ローリング・ストーンズのミュージック・ビデオ,ジープ,バドワイザ,メルツェデス・ベンツ,ナイキ,コカ・コーラ,ペプシ・コーラ等々のCFは,短いクリップながら大いに楽しめた。
 映画に戻り『ダンテズ・ピーク』の火山の噴火,『フィフス・エレメント』の未来都市模様,『U.M.A レイク・プラシッド』のワニ,『スーパーノバ』の宇宙船,そして『ファイト・クラブ』のオープニング・タイトルと立て続けの上映で,『タイタニック』以外で同社が手がけた作品群を紹介した。デモ・リールを流しただけの講演だったが,ハリウッド映画を支える大手VFXプロダクションとしての実力を感じさせた。
 3番目は,今一番油が乗っているManex Visual Effects社。昨年の『奇蹟の輝き』に続き,大方の予想通り『マトリックス』でアカデミー賞最優秀視覚効果賞をはじめ計4部門でオスカーを獲った。『マトリックス』(写真5)のメイキングは,この時点までにあちこちで見て熟知していたが,やはりSFXスーパーバイザのジョン・ゲータ氏自らの解説付きとなると,会場は湧いていた。「マシンガン撮影」(英語ではBullet Time)と称する特撮(999月号参照)ばかりが注目されているが,ヘリコプターの爆破シーンや他のVFXも出色の出来である。最近発売されるDVDソフトには,メイキング映像がサービスについていることが多いが,この『マトリックス』の特別版はかなり充実している。VFX入門用としてもオススメの商品だ。

写真5 『マトリックス』
(c)1999 Warner Bros, All Rights Reserved

写真6 『スチュアート・リトル』
(c)1999 Columbia Pictures, Inc. All Rights Reserved.

 ジョン・ダイクストラはかく語りき
 このセッションのハイライトは,コロンビア映画『スチュアート・リトル』のメイキングを,Sony Picture ImageworksSPI)のシニアVFXスーパバイザであるジョン・タイクストラ氏が語った講演だった。『スター・ウォーズ』で1977年アカデミー賞を受賞した同氏は,ミニチュア製作やモーション・コントロール・カメラの専門家として知られる。数々の輝かしい業績,最近では『バットマン・フォーエバー』『バットマン・アンド・ロビン』のVFXスーパバイザの後,1998年にSPI社に移籍した。そしてこの『スチュアート・リトル』では,同名の絵本の映画化でCGを多用するVFX総責任者を務めた。
 この種のメイキングの解説講演には,若手の実担当者が登場することが多いが,好々爺然としたダイクストラ氏の登場そのものに存在感があった。ネズミのスチュアートの実現と演技について嬉々として語り,「チャレンジ,チャレンジの毎日だった。CGによる視覚効果は,まだまだ進歩し威力を発揮する」と話す楽しそうな姿が印象的だった。
 この前夜,完成版『スチュアート・リトル』の特別上映を見ているだけに,そのメイキングは一段と説得力があった。ソニーがシンボル・キャラクタとして育てようとしているネズミのスチュアートには,質感を伴ったリアルさと,キャラクタとしての可愛さの両方が求められている(写真6)。映画としてはまずまずの出来だったが,短いクリップで見るスチュアートは,ずっと魅力的だった。


 スチュアートの顔は筋肉モデルで表現され制御されている。動きは関節の制御でもモーション・キャプチャでも与えることができる。アップで見ると体毛の処理が実に良くできている。ヘアーやファーの表現,そしてそこに微妙なライティングも加えている。スチュアートが着ている服の質感も抜群だ。それぞれ型紙まで作りデザインしている。これを一着ずつ着せ,動きを与え,実写と合成し,カメラテストすることもできる。続編を考慮してか,このデータ管理もまた恐ろしいくらいに計画的かつ機能的だ。まるでアポロ計画がハリウッドにやってきたようだ。こんなところに,アメリカ映画の凄さを感じてしまう。
 『マトリックス』と『SWエピソード1』のマッチレースが予想されたアカデミー賞視覚効果部門には,この『スチュワート・リトル』もノミネートされた。このメイキングを見る限り当然である。他の部門には5作品が並んでいるのに,前年に続き視覚効果部門は3作品しかノミネートされなかった。いまやVFX利用作品は数え切れないほどあるのに,たった3作品というのは,技術的優位差が明らかであり,有力作品が容易に絞り込めたからだろう。

 SFX水脈の上流水源はILM
 さて,大トリは実績で誰も文句のつけようのないILMIndustrial LightMagic)社 である。ILMは第1作目『スター・ウォーズ』(1977)の貴重なメイキング記録を見せてくれた。中でも,宇宙船の輪郭を一枚ずつセルに手書きで書いていたのが印象深かった。これをマスクパターンとしてオプティカル・プリンタ上で映像合成したのである。最新のディジタルSFXと比べるとまさに隔世の感がある。


写真7 『スター・ウォーズ エピソード1/
ファントムメナス』
(c)Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved
(Photo: KEITH HAMSHERE)


 『スター・ウォーズ エピソード1/ファントムメナス』(写真7)のメイキングはSIGGRAPH 99でも聞いたが(9910月号参照),このImaginaの講演でも第一級のメイキング・プロセスを披露してくれた。クリーチャのデザイン過程,ポッド・レースのマシン走行やクラッシュの試行錯誤などである。グンガン族とバトル・ドロイドの戦闘では,フルのレンダリングを行わずに,中間レベルでリハーサルできるようになっている。何度見ても,この映画のメイキングはすごい。この技術ノウハウが人を経て,他の映画のVFXにも波及するのだろう。アニメーション人脈のルーツがディズニーであるなら,SFX水脈の上流水源はILMである。
 映画やゲームがヒットする/しないは,技術とは別のファクターであるが,豊かな表現技術をいち早くマスターした方が,よりよい映像表現の可能性が高くなる。J・ダイクストラ氏の言う通り,新しい技術的挑戦のない限り,映画も映画作りも楽しくない。映画やテレビ番組は,いまなおエンターテインメントの中心であり,そのSFX/VFXはディジタル映像技術の頂点である。これが他の作品だけでなく,他の映像メディア・コンテンツにも波及するのは確実だろう。
 これが最近SFX映画にせっせと通い,過去の作品も復習している理由なのだが,その根拠を示すには紙数が尽きた。次号以降で,このことをもう少し詳しく論じることにしよう。
 (Dr. SPIDER

用語解説とURL

1) Thomas Defanti:米国イリノイ大学教授。立方体形状の没入型ディスプレイシステムCAVEの考案者として知られる。
2)http://www.sgi.co.jp/features/2000/mar/toppan/
3) ディズニー・クウェスト:9810月号で紹介したディズニー経営の屋内型アミューズメント施設。19986月にフロリダのディズニー・ワールド内に第1号店がオープンし,全米で数十都市への展開が計画されている。 http://www.disney.com/DisneyQuest/
4)http://www.marubun.co.jp/eizoh/dlp.htm 5)http://www.intel.com/eBusiness/estrategies/enabling/itanium.htm