コンピュータイメージフロンティア 特別編
千年紀末を越えて(その7) [最終回]

 

4度目のSIGGRAPH(下)

O plus E, Vol.22, No.11, pp.1476-1485, 2000

4.ウエイトを増すゲームの話題

 ゲームも常任理事国入り   
 では,映画のSFXと並ぶもう一方の関心事,ビデオゲームの話題に移ろう。コースには,こちらもそのものズバリのテーマ「Games Research: The Science of Interactive Entertainment」が初登場した。また,パネルには「Computer and Video Games: The Next Generation」が取り上げられていた。
 1999年度の米国ゲーム市場の売り上げは74億ドルで,映画の興行収入75億ドルを抜き去ろうかという勢いだという。ただし,後者にはテレビでの放映権料,ビデオやDVD等での2次利用は含まれてないから,まだコンテンツとしての真の実力で勝っているわけではない。それでも,映画の入場料は値上げが進み,ゲームはハードもソフトも低価格化が顕著だから,映像コンテンツとして一大産業に成長しつつあることだけは間違いない。
 技術専門部会としてのACM SIGGRAPHは,2000年度をコンピュータ・ゲーム分野への積極進出年と位置づけたという。そしてその結果として,年次大会であるSIGGRAPH 2000では,映画に続くCGの応用分野として,ゲーム分野にスポットライトと当てようという姿勢が随所に伺えた。表1は「Areas of Interest」と称するSIGGRAPHでの大分類ジャンル名の変遷である。各年次のプログラムには,この分類に相当する略記号やアイコンが付されていて,自分が興味があるジャンルの講演やパネルを探しやすいように配慮されている。今年はこの主要項目に「Game Development」という言葉が明示的に登場した。いわば,常任理事国入りかサミット参加国の待遇を受けたわけである。
 そんなゲーム分野の話題をどう扱っているのか気になりながらも,SFXと両方は出れなかったので,少し顔を出しただけで,聴講はゲーム好きの若手に任せた。その会場を一見したところ,SFXセッションに比べて観客数はかなり少なく,あまり熱気も感じられなかった。コースはLODを中心としたオーソドックスな手法の解説に留まり,パネルはネットワーク対戦や次世代機への期待など,どこにでもある世間話に終止したようだ。昨年のパネルもそうだった。

表1 SIGGRAPH毎年度の注目領域(Areas of Interest)

2000 1999

sfx : Animation & Special Effects
a : Art
g/it : Game Development & Interactive Techniques
vr : Virtual Reality
W : Web Technologies
FX : Animation & Special Effects
A : Art
IT : Interactive Techniques
M : Modeling R : Rendering

1998 1997
Animation & Special Effects
Interaction
Modeling
Rendering
Virtual Reality
Synthetic Actors
VR : Virtual Reality
BD : Big Data
F/X : Animation & Special Effects
AD : Art & Design

 映画からゲームへの中間段階
 SIGGRAPHでゲーム界の話題が盛り上がらないのは,次のような理由が考えられる。
 (1) 映画はハリウッドが世界市場を席巻しているが,ゲーム機市場は日本企業が大きな影響力をもっている。彼らは,CGの動向を探りにSIGGRAPHに一般参加しても,提案・採択型のコースやパネルで自己主張をするほどの気概はない。
 (2) ゲーム・クリエータには元来映画を作りたかった人物が少なくなく,人材的にも技術的にも映画界を一段上に見る傾向がある。
 (3) ゲームは大作といっても,メイキングでも映画のクライマックス・シーンような見せ場がない。技術的にもCG技術の受益者であり,SIGGRAPHを牽引するような話題に乏しい。
 といった点が指摘されているが,映画業界がゲーム業界を見下しているというより,ゲーム側が映画に畏敬の念を持っているのだ。その証拠に日本でも,9月21日付け朝刊の「東京ゲームショウ2000秋」の全面広告は,『梟の城』の篠田正浩監督との対談で「コンピュータゲームが映画から学ぶ」姿勢を表明していた。素直に学ぶ気持ちがあるだけに,SFX映画からビデオゲームへの流れは時間の問題である。これを如実に示していたのが今年のEシアターであった。前号で述べたように,ナムコ『鉄拳TAG TOURNAMENT』シリーズ3作品が入選し,リンクスの『鬼武者』が最優秀賞を受賞した。


写真1 鉄拳TAG TOURNAMENTエンディングムービー
(c)2000 NAMUCO LTD., ALL RIGHTS RESERVED


 ビデオゲームのオープニング・ムービーあるいはエンディング・ムービーというのは,当該ゲームに登場するキャラクタを使い,ストーリーを解説したり,見せ場を派手に強調するオマケ映像である。その一部はCMにも使われるが,年々このムービーが凝ったものになり派手になる傾向がある。ムービーというだけあって,時間をかけて制作された映像であり,この画面にインタラクションできるわけではない。ゲーム画面と比べるとCG映像としてはかなり上だが,劇場映画と比べると見劣りがする(写真1)。まさにこれは映画とゲームの中間に位置する代物である。それがSIGGRAPHCGアニメの最高の栄誉を与えられたということは,ゲーム業界のCGの実力がアップしてきたことを意味している。あるいは,この受賞は映画一辺倒になりがちな傾向を是正するため,今年の審査員会が少し政治的な判断を下した結果だろうか。

 ソニー・ブースの評価は二分
 ゲーム関連の話題としては,プレステのソニー・コンピュータエンタテインメント社(SCEI)の展示ブースのことにも触れておかねばなるまい。
 日本では昨年の春以来大きな話題を提供したプレイステーション2(以下,PS2)であるが,Imagina同様,SIGGRAPH参加の欧米人にもあまりその実体が知られていない。欧米での本体の発売は今年の秋であり,ソフト開発用マシンはごく限られたデベロッパーにしか渡されてないのだから,当然といえば当然である。
 そのPS2の米国デビュー前に,SIGGRAPH でソニーがもっと凄いCGパワーを見せる展示をするという噂が業界のアチコチから流れてきた。マイクロソフトのX-BOX構想への対抗上,ここでニューマシンのパワーを見せつけて圧倒するためとも,早くもPS3計画が始まっていることを印象づけるためだともいう。この展示には,世界中の主要なソフトベンダーやSFXスタジオが参加し,SIGGRAPHの話題を独占するだろうとの風評が立っていた。PS2の戦略的な発表会を思い起こせば,それもあながち誇張とは思えなかった。
 SIGGRAPH 2000のExhibitionで,SCEIは最大面積のブースを確保していた。新技術の柱は,PS2の心臓であるエモーション・エンジンとグラフィック・シンセサイザを16基並列接続したマシンで,クリエイティブ・ステーション(以下,CSと略)と称していた。この圧倒的なレンダリング・パワーで,映画並みのCGをリアルタイムに描画できるというのがウリである。しかし,ブースの中の密度は低く,期待したようなCGパワー炸裂のニューゲームが目白おしというわけではなかった。
 デモは3種類あったが,何とかCSのパワーを発揮していたのは2つだけだった。その1つは,ドリームスワークスのフルCGアニメ『アンツ』(1月号参照)の蟻の群衆シーンの再現を狙ったものだった。CG制作担当のPDI社から提供された蟻のデータを,英国のCriterion Software社がCS用に開発したソフトウエアで,インタラクティブに動かしていた。群衆の数は映画ほどではなかったが,ゲームではかつて見たことがないほどの数が実時間で動いていた。
 その隣は,ゲーム業界の雄スクウェア社のデモで,一目でモーション・キャプチャと分かる人物の動きを含む高画質の映像を見せていた。動きに応じて登場人物の髪の毛がなびく様,意図的に動かした照明にリアルタイムに反応した描画など,確かにこれまでのゲーム機のレベルを遥かに超えている。デモを見た時は気がつかなかったが,これは目下製作中のフルCGアニメ『ファイナル・ファンタジー・ザ・ムービー』の1シーンをCS上に実装したものだったようだ。
 もう1つは『マトリックス』を題材としたマネックス社のゲームソフトのようだったが,通常のPCゲームかPS用ゲームを移植してきただけのクオリティで,CSのパワーを生かしたものではなかった。もっと派手で,SIGGRAPH参加者を唸らせるインタラクティブ映像ショーが見られると期待していたのだが,これは完全に裏切られた。恐らく,広いブースを用意して各社に参加を募ったのだろうが,SCEIにとっても期待外れだったのではあるまいか。
 その原因を勝手に推測するならば,短期間でCSマシンを使いこなし,そのパワーを引き出す実力があるところが2社しかなかったのだろう。ゲームソフト会社にとっては,PS2すらまだ完全にマスターできてないし,日々のゲーム作りに忙しく,SIGGRAPHでのお付き合いは二の次だったのだろう。一方,SFXスタジオにとっては,不慣れな実時間インタラクティブ環境を今すぐマスターする必要性は感じなかったのだろう。
 かくして,ゲーム業界の明日のパワーを誇示するはずの大展示ブースの評判は,このハイパワーを称賛する声と,ゲーム業界の実力のなさを嘆く声に大別されていたように感じた。

 軍事訓練とゲームは紙一重
 この特別編では,CG & ディジタル映像技術の流れが,映画のSFXからゲームへ,そしてゲームからウェブへ向って波及して行くことを再三指摘してきた。映画界はこの最上流にあり,他を気にせず進むことができるから強い。映像の流通や再利用の経済性はともかく,技術的には映画界がCGを牽引していることを誰も否定できない。
 これに対して,上記『アンツ』の例を見るように,ゲームは映画の後塵を拝し,常にSFX技術を気にせざるを得ない。ところが,今やビデオゲーム機は家庭用情報端末とも成り得るパワーを秘めてきたから,家電業界やPC業界もゲーム機市場の覇権争いや次世代機の動向に注視せざるを得ない。さらに映画やゲームは,ネットワークでのコンテンツ配信の主対象であるから,ここに通信業界の思惑が絡んでくる。
 ディジタル技術によりメディア業界の境界はなくなり,統合が起こるというのはマルチメディア・ブームのピークの頃よく聞いた話だ。日本では余りその実感がないが,ディズニーのABC買収,タイムワーナーとAOLの合併等,アメリカではエンターテインメントを中心に,メディア業界の再編はこの数年間で急速に進行している。
 そうした動向や展望が少しは聞けるのかと,パネル「Designing for Convergence in the Entertainment Industry」に出て見たが,上述のゲームの次世代に関するパネルと同様,各パネリストがの取り留めもない話をするだけで,全くつまらなかった。どのようなコンテンツがこの統合を加速するか,そうしたキラー・アプリは存在し得るかを語らせようとした司会者の意図は読み取れるが,議論は噛み合っていなかった。
 パネルディスカッションの大半は,タイトルもパネリストも魅力的だが,内容は期待外れのことが多い。テーマや人選は悪くなくても,コーディネータの意図通りに進まないからだ。いや,そうだと分かっているなら,期待する方がおかしい。
 SIGGRAPHのパネルは,組織委員会の発案ではなく公募制だから,自ら手を上げ,仲間を集めて一説聴衆に聞かせてやろうという首謀者がいるわけである。結構厳しい審査の結果採択されるのだから,そこには魅力的なテーマや未来を予見した主張が並んでいるはずだ。筆者はそう考えて,当日の中身よりも,提案者の意図したもの読み取るように心掛けている。そこには,近未来にそうなりそうな魅力的な予測が溢れている。
 その意味では「Emotional Simulator: The Tears and Fears for Creating a Commpelling Simulated Experience for Both Entertainment and Training」なるパネルは,提案者の主張もクリアであり,各パネリストの事例紹介も面白かった。Moderatorは,Univ. of Cenral FLoridaChristopher Stapleton氏。VRはもはや研究段階を脱し,テーマパーク等でも体験型エンターテインメントが主流となりつつある。娯楽用や軍用シミュレーションでの強制体験には,共通する要素が多く,その相互交流から次の発展が得られないかというテーマである。ユニバーサル・スタジオのアトラクション・プロデューサ,米陸軍の訓練担当者,ゲーム開発会社社長らがパネリストとして参加し,議論もそこそこ噛み合っていた。
 この司会者のStapleton氏やパネリストのRandy Pausch氏(カーネギー・メロン大学)は,筆者らの展示AquaGauntletを褒めてくれた。確かに,MR技術は彼らの意図する訓練や教育目的でも威力を発揮するだろう。ついでながら,NHK BS1SIGGRAPHルポ番組の女性レポーターたちも我々のMRゲームを体験していった。番組中でも「今年のキーワードは,現実と仮想をミックスしたミクスト・リアリティ」と語っていたが,彼女らがどこまで本質を理解していたかは,はなはだ怪しい。

5.CG研究者たちの憂鬱

 これじゃまるで画像処理学会
 映画とゲームの話題を述べたから,学会らしく少しは学術系の論文発表についても触れておこう。といっても,ここでもやはりSFX映画やゲームに使えそうな手法が注目を集めてしまうのだが…。
 前述したように,採択論文が増え約半数はパラレル・セッションにならざるを得なかった。このため,以前のように新しい研究発表が大観衆の注目を一身に集め,拍手喝采を浴びるという場面も減ってしまった。
 この数年,比較的多くの観衆を集めるのは,イメージベースト・レンダリング(IBR)関連のセッションである。Papersには,「Light Fields 」と「Image Based Representations」の2セッションが組まれていた。例年同様CoursesにもSketchesにも,IBRそのものを題名としたセッションがある。
 幾何モデルをもたないIBR手法としては,光線空間やLight Fieldが理論的には完成形であるので,その現実的なアプローチとして,データ圧縮法,水平方向のみ視点移動に縮退させた簡易方式,専用描画ハードウェア開発等が着手されている。また,別の現実解としては,粗い形状モデルをもった折衷方式で,視点に応じて実写テクスチャを切り換えたり,モーフィングを用いて視点間の変形を行う試みが多い。
 少し話題を広げて,IBRに関連深いテクスチャ処理や実世界からのモデル獲得まで含めると,表2のようになる。「SIGGRAGHという感じがしない。最近はまるで画像処理の学会みたいだ」とは,VFX評論家の大口孝之氏の弁である。確かに,現実世界からの距離計測や照明計測,実写テクスチャを利用したレンダリングでは,画像処理やコンピュータビジョン分野のセンスが生きてくる。
 実写データを用いずに,複雑な対象をリアルに画像生成するのには,徹底的に物理現象に立ち戻ってモデル化しようという考えが根強い。Physically BasedあるいはPhysics-Based Animationが,最近の流行のキーワードである。Communications ACM誌でも2000年7月号でもこの特集が組まれていた。先月号で触れた「EarthWindFireand Water」なるセッションの研究発表もこの範疇に入る。

表2 SIGGRAPH 2000でのIBR関連セッション

分類
セッション名

Courses Image-Based Surface Details
3D Photography
Image-Based Modeling Rendering, and Lighting
Papers Model Acquisition
Light Fields
Image-Based Representations
Texturing
Sketches and Applications Texturing
Image-Based Rendering
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