コンピュータイメージフロンティア 特別編

 

5度目のSIGGRAPH(上)
『ファイナルファンタジー』が訴えたもの

O plus E, Vol., No., pp., 2001

1.控え目な21世紀初のCGの祭典

 5度目のSIGGRAPHやはり書き留めておこう
 例年10月号に掲載してきた恒例のSIGGRAPHレポートも,今年は1ヶ月遅れでの登場だ。これにはいくつか理由がある。さすがに5度目ともなると精神的にもマンネリで,なかなか筆が進まなかった。目からウロコが落ちるような驚きも,書き留めておきたいという興奮も発見もなかった。このCIFシリーズは,映像革命の模様を同時進行で記録しておきたいという思いで続けてきたのに,その情熱が翳ってきたのである。番外編ならサボってもいいかなという考えもよぎった。
 連続参加10数年の古狸勢が例年「もはや目新しいものは見当らない」とつぶやいていたが,自分にもそういうSIGGRAPH免疫ができて感性が鈍ってきたのか,それとも本当にSIGGRAPH自体がマンネリに陥ってきたのだろうか。毎年会場で出会うソニー木原研究所のA氏も「来年はもういいかな,という感じですね」と言っていたから,私だけの印象ではないようだ。その一方で,昨年も今年も初参加者たちは目を輝かせていたから,まだまだ他のイベントと比べて魅力は大きいのだろう。
 確かに,自分でも昨年のレポートの最後は「真夏の名物SIGGRAPHの参加者は少し減り始めたとはいえ,CGを用いた映像コンテンツ,エンターテインメントへの関心や需要は高まる一方なのである。集客力は落ちたとはいえ,まだCG界最大の祭典としての権威は保っているので,CIFシリーズとしては,もう少しSIGGRAPHの行く末をウォッチしておく必要はあるだろう。」と締めくくっている。そう宣言した以上,マンネリはマンネリとして記録しておくべきだと考え直した。

 今なお新しい参加者を引き寄せる
 では,恒例により,話の枕として道中記から始めることにしよう。SIGGRAPH 2001は,2年毎のロサンジェルス・コンベンション・センター(LACC)での開催で,今年の会期は8月11日(日)〜17日(金)だった1)。フル参加しようとすると,勤務先の夏休み9日間が完全に潰れてしまう。それじゃつらいので,1日遅らせて11日の日曜日に出かけることにした。
 日曜夕方発の便だと準備は楽だ。いつものように箱崎のTCAT経由で,成田に向う。私は横浜市在住だが,成田エクスプレス(NEX)もYCATからのリムジンも使わない。TCATでチェックインできる場合は,ここが穴場なのである。かつて大混雑したこのシティ・エアー・ターミナルも,今は人もまばらで閑散としている。このため,abcの荷物受け取りも,どの航空会社のカウンターも全く並ぶことはないし,ここでできる出国審査も1人以上待たされたことはない。ここからリムジンバスに乗ると,無駄なく空港の出発フロアに着く。道路がいくら混んでも既に搭乗券はもっているのだから,私が行くまで飛行機が飛ぶことはない。成田空港では,出国審査の長蛇の列を横目に見ながら,脇のゲートを通過することができる。わざわざ東京駅で降りてTCATを利用しても,この方がトータル時間は短いし,断然快適なのである。
 例によって,搭乗口と機中で顔見知りに出会った。元NTTATM通信の推進者であった東大A教授と元日経新聞でマルチメディア報道の首謀者であった慶応大学SFCのN教授である。2人ともSIGGRAPHは初参加らしい。およそCGの祭典には縁のなさそうだった熟年の教授らを引き寄せるとは,まだSIGGRAPHにはそれだけの権威と魅力があるようだ。

写真1 飾り付けも控えめの会場入口

 本シリーズの読者なら,機内ではまたまた何本もビデオを見まくったと想像されるだろうがか,今回はそうでもなく,たった2本である。その1つの理由は,この2年ほど主要作品はほとんど試写会で見てしまったので,ガツガツ見るほどの作品が残っていない。また,この日のJAL 062便の個人用テレビは,ビジネスクラス席だというのにエコノミー級のMAGIC-IIシステムしかついてなかった。即ち,ビデオ・オン・デマンド方式のMAGIC-Iではなかったので,上映時間の違う映画を能率良く渡り歩けなかったのである。かつてマルチメディア・サービスの本命として喧伝された頃のVODは,それほど魅力を感じさせなかったのだが

,最近こうした機内や滞在先のホテルでその威力を感じることが少なくない。

 デザインも飾り付けも控え目
 日曜日の昼前に到着したLAX(ロサンジェルス国際空港)の入国審査ゲートは相変わらずの混雑だった。サンフランシスコやシカゴはもっとスムーズなのに,いつ来てもどの便で来ても,この空港は混んでいる。能率が悪いのだろうか,国際線の数が多いからだろうか。多分,米国入国管理局にとっては要注意の国からのフライトが多いためだろう。


 これまたいつものホテル・ニューオータニにチェックインしてから会場に向ったが,心なしか例年の華やかさがなかった。会期中ずっとそう感じていたのだが,その原因の1つは,飾り付けのせいだったのだろう。予稿集やCD-ROMのカバー,Tシャツ類のグッズなどのデザインが大人しく,そして正面玄関の垂れ幕や看板が地味で小さかった(写真1)。2年前の写真(1999年10月号,p.1304)と比べてみると違いが分かるだろう。この時期はまだ同時多発テロの1ヶ月前で,何も自粛する必要のない頃のことである。IT不況の影響のためか,第一印象から控え目を感じてしまった。

2.ゲームへのシフトがより鮮明に  

 印象その1:退潮傾向は止まらず
 さて,内容的には,何から書き出そうか。実を言うと,筆が進まなかったのは,今年強調して書こうという話題の欠如であった。例年通りこまめにメモを取り,自分なりに動向と注目すべき点をまとめて帰ったつもりであった。ところが,帰国してから昨年の記事をみると,見事なまでに注目ポイントがほとんど同じだったのである。
 その1つめは,表1に示すように,参加者も商業展示の面積もピークを過ぎ,明らかに退潮気味であることだ。ピークであった97年の2/3に過ぎない。奇数年のLAでの参加者が偶数年の他地区より多くなることはハッキリしているので,昨年のニューオーリンズより増えたのは当たり前だが,97年,99年と比べて落ち込みが激しい。95年の水準よりも低くなった。

表1 SIGGRAPH参加者/出展社の推移

開催年
開催地
入場者数
出展社数
有効展示面積

95
ロサンジェルス
38,661
280
96
ニューオーリンズ
28,500
321
97
ロサンジェルス
48,700
359
182,600
98
オーランド
32,210
327
171,955
99
ロサンジェルス
42,690
337
154,400
00
ニューオーリンズ
25,986
316
142,645
01
ロサンジェルス
34,024
303
124,400

 出展社数はそう減ってないから,展示面積の減少は,広いスペースを占める大会社の大型展示が減ったということだ。筆者が初参加した97年は,まさにそのピークで,「SIGGRAPHCOMDEX2)化が進行している」と感じた状況であった。その年は広大なSouth Hallに入りきらなくて,地下のKentia Hallにまで展示ブースが並んでいたのに,今年は展示会場の周囲部分には空きスペースが目立ったし,通路も随分広く取ってあった。CG映像の普及ぶりは目覚ましいが,ビジネスとしてのCG分野は棲み分けが進み,新規参入の余地が少なくなってきたからだと考えられる。

写真2 ロビーの人口密度もやや低め

 後述するが,参加者は減っているものの,発表論文数やセッション数はどんどん増えているのである。その意味では,学会や技術交流会としての内容は充実してきている。なのに参加者が減っているのは,聴くだけ観るだけの野次馬的参加者が減っているということだ。それなら各会場内の聴講者絶対数は減り,ロビーや通路にたむろする人口密度が低くなっていたことも理解できる(写真2)。それと飾り付けの地味さとの相乗効果で,ピークを知る人間には退潮気味に見えたのだろう。

 印象その2:ゲームへのシフトは如実に
 印象のその2は,SIGGRAPHはますます映画&ゲーム制作者学会の色彩が強くなり,クリエータ集団のサロン的性格を帯びてきたことだ。本シリーズでもお分かりのように,SFX/VFXを多用した映画の隆盛は明らかなので,SIGGRAPHとして話題開拓に力を入れ出したのはビデオゲーム分野である。ACMの技術専門部会としてのSIGGRAPHが前年度にその方針を打ち出したことは昨年触れたが,今年はその影響がさらに如実に表われてきた。
 SIGGRAPH 2000では,コースとパネル各1件であったが,今年は表2に上げたセッションが組まれていた。明示的にゲームという単語が入っていないが,コースの中の「Real-Time Shading」「Advanced Issues in Level of Detail」「DirectX 8 Graphics」等も明らかにゲーム・プログラマを意識したチュートリアル・コースだ。
 CGの応用として,CADは既に安定した市場になり,映画産業への貢献も話題的には今がピークと考えられる。となると,次なるスポンサ,CG人材の雇用機会提供対象がゲーム業界であることは明らかだ。それも,ネットワーク型ゲームが本格化し,Web 3Dとも絡んでくると,まだまだ客は呼べるし世の中の話題にもなる。これまで日本メーカーの独壇場であった家庭用ゲーム機市場にマイクロソフト社がX-Boxを引っ下げて参入したのも追い風だ。商魂たくましく,世の中の風を読むのに長けたSIGGRAPH幹部は,そう考えているようだ。

表2 SIGGRAPH 2001におけるゲーム関連のセッション

カテゴリー
セッション名

Special Session Masters of the Game
Course Gaming Techniques for Designing Compelling Virtual Worlds
Panel Video Game Play and Design: Procedural Directions
  Game-Stories: Simulation, Narrative, Addiction
  Computer Games and Viz: If You Can't Beat Them, Join Them
Educational Program Games and Education

 不足気味のFF情報
 この学会方針の何よりの表われは,特別セッション「Master of the Game」3)だ。ビデオゲームの分野で顕著な功績のあった5名の人物が「ゲームの達人」として表彰されていた。これは「The Academy of Interactive Arts and Sciences」4)の2001年度の個人表彰を,今年はSIGGRAPHの会場でやったということのようだ。この団体の表彰にどの程度の権威があるのか知らないが,例年はなかったから,SIGGRAPH側からアプローチして便乗したようだ。
 日本からは,スクウェアのSatoshi Tsukamoto氏が『ファイナルファンタジーIX』に関して「Outstanding Achievement in Animation and Art Direction」を受賞していた。その記念講演では,『FF 9』のプロモーション・ムービーの製作過程が語られたが,東京100人,ハワイ100人のクリエータ集団のコラボレーションで製作されたこのビデオはなかなか魅力的だった。いわゆる美少女系で,筆者らの年代がとやかく論じる代物ではないが,ゲームとして楽しそうだと感じさせるに十分だった。
 映画とゲームの接点といえば,まずこの種のゲーム・ムービーだ。ゲームの画面そのものではなく,むしろ高画質だが,作りは映画の予告編に近い。もう一方は,人気ゲームを題材とした劇場用映画だ。人気ゲームの知名度を見込んだ企画はどんどん増えているが,9月号の映画評で取り上げた『トゥームレイダー』『ファイナルファンタジー』は,その最たるものだ。特に,映画『ファイナルファンタジー』(ゲームと区別するため,以下この映画は原題『Final Fantasy: The Spirits Within』を略して『FFSW』と記す)は,ゲーム・ムービーの経験を生かしたフルCG作品であったから,SIGGRAPH参加者には大いに気になる存在であったはずである。
 ところがSIGGRAPH 2001では,思ったほど『FFSW』が取り上げられていなかった。それが如実だったのは,別の特別セッション「Virtual Stars」であった。この表題からすると参加者のほとんどは,ここで『FFSW』のアキやシド博士のメイキングが聞けると思ったに違いない(もちろん,筆者もその1人である)。しかし,実際にこのセッションに登場したのは,『キャッツ&ドッグス』(2001年10月号参照)や『スチュアート・リトル』(2000年6月号参照)の犬や猫たちのメイキングばかりだった。いくら擬人化されたCGキャラクタであっても,これでは普通のSFXの話である。バーチャル・スターというからには,生身の俳優を代替するかのような存在,まさに『FFSW』の登場人物たちを期待したはずだ。
 司会者は多少『FFSW』に気遣った発言もしていたが,フロアからはまともに『FFSW』のキャラクタと比較しての議論を求める声があった。これに対して,パネリスト達が「今年最大のヒット作『シュレック』の方が優れている」といった回答ではぐらかしたのは残念だった。CGキャラクタのリアリティの議論を,映画としての出来や興行成績にすり替えてしまうのは,CG専門学会としてはお粗末であった。
 SIGGRAPHの各種イベントは,それぞれの分科会に分かれ企画委員会や審査委員会が持たれているが,映画関連ではやはり西海岸のプロダクションの発言力が大きい。集客だけが目的のセミナー業ではないので,参加者の要望よりも自分たちの語りたいネタの方が優先する。『FFSW』のスクウェアUSAはハワイのホノルルにあるので,彼らのサロンに入れず,あまりアピールの場が与えられなかったようだ。対照的に,Alias/Wavefront社のユーザ会や展示ブースでのトークでは,一般観客の要望を察知してか,『FFSW』のメイキングが再三登場したようだ。

3.映画『ファイナルファンタジー』が訴えたもの

 スクウェア社の前向き姿勢を支持
 9月号の『FFSW』紹介の最後に,「CG史に名を残す記念碑的な本作品の分析は,この紙幅ではとても語り尽くせない。5度目のSIGGRAPH参加報告と絡めて,次号の番外編で改めて論じてみたい」と記した。それが1ヶ月遅れとなったもう1つの理由は,本場日本での評判,興行成績を確かめてから,その分析をしてみたかったからである。
 ゲームソフト業界の星となったスクウェア社が,ハワイにスタジオを作ってまでフルCG劇場映画を作るというので早くから注目していた。大ヒットシリーズ「ファイナルファンタジー」は,お金をかけた大作主義が功を奏していたから,映画進出での成功も大いに期待できた。同社は,デジキューブ社を設立してゲームソフトの流通革命を起こしていたので,日本の新しい映像コンテンツ企業として大暴れしてくれることを願っていた。
 劇場用フルCG長編アニメ映画として,『FFSW』は6本目に当る。『トイ・ストーリー』(95)に始まり,これまでにディズニー&ピクサー5)組が『バグズ・ライフ』(98)と『トイ・ストーリー2』(99)を,ドリームワークス6)&PDI7)組が『アンツ』(98)と『シュレック』(01)を作っただけである。本号が出る頃には,ディズニー&ピクサーの新作『モンスター・インク』が公開されているはずだ(日本では2002年3月2日公開予定)。
 ディズニー流2Dセルアニメの技法を感じさせるこれらの作品に対して,『FFSW』はゲームやゲーム・ムービー経験を活かした全く違う路線のフルCGアニメである。それが,ハリウッド流の映画制作手法を取り入れて,しかも徹底して登場人物をリアルに描くことに徹したというから,それだけでもCG史に残る作品なのである。スクウェア社のこの試みは,日本人として大いに敬意を表し応援すべき事柄と感じていた。

 わたしFFの味方です
 4年の歳月をかけたというこの映画の米国公開は7月11日。映画興行の夏シーズンの後半に,他の大作のない週に満を持しての公開である。米国ではソニー傘下のコロンビア映画が,約3,000スクリーンを確保していた。 旧知の畏友S氏はわざわざハワイまで試写を見に行ったというが,そこまでするつもりはない。これをどう取材しようかと思っていたところに,スクウェアUSA社のCTOであるH氏が,図らずもMR技術の調査のため私に話を聞きたいと言ってきた。しめしめ,それならお返しに『FFSW』のことを聞いてやれと思った。
 9月号でも書いたように,デモ・リールはかなりの出来栄えだった。特に,屋外シーンのテクスチャや爆発シーンは驚くばかりのクオリティだった。とてもこれがCGであるとは思えない。この時点では,昨年の『ジュブナイル』同様,この映画のメイキングだけで1つ記事を書いてみようかと思った。
 H氏の紹介で,通常の完成披露試写会やマスコミ用試写会より前の特別試写を観に行けた。既にアメリカでは興行的に成功していないことは知っていたが,出来れば良いところを探し,それを強調し応援しようと考えていた。ところが,実を言うと上映開始10分後くらいで,どうもこの映画にはついて行けないなと感じ始めた。目も疲れるし,どうも映画としてのリズムが私に合わないのである。もうストーリーは楽しむことなく,CGクオリティの細部だけを観てやろうと決め(役目柄,多かれ少なかれどの映画もそういう見方をしているのだが),そのままエンディングを迎えた。

表3 全米週末興行成績第1位作品

期間
映画名
興行収入(ドル)

01/05/04-05/06
ハムナプトラ2/黄金のピラミッド
68,139,035
01/05/11-05/13
ハムナプトラ2/黄金のピラミッド
33,741,755
01/05/18-05/20
シュレック
42,347,760
01/05/25-05/28
パール・ハーバー
75,177,654
01/06/01-06/03
パール・ハーバー
29,558,276
01/06/08-06/10
ソードフィッシュ
18,145,632
01/06/15-06/17
トゥームレイダー
47,735,743
01/06/22-06/24
ワイルド・スピード
40,089,015
01/06/29-07/01
A.I.
29,352,630
01/07/06-07/08
キャッツ&ドッグス
21,707,617
01/07/13-07/15
リーガリー・ブロンド
20,377,426
(第4位)ファイナル・ファンタジー
11,408,853
01/07/20-07/22
ジュラシック・パークIII
50,771,645
01/07/27-07/29
猿の惑星
68,532,960
01/08/03-08/05
ラッシュアワー2
67,408,222


 応援団を努めるつもりが,「こりゃマズイな。これじゃ日本でもヒットしないかな?」と想い始めていた。。に聞くと,「そんなに悪くないですよ。ストーリーは普通だし,結構楽しめましたよ」と言う。私が楽しめなかっただけで,それなら構わないがと自らを慰めていた。
 翌日は,同じく人気ゲームを基にした『トゥームレイダー』の試写を観に行った。う〜ん,どう観てもこちらの方が面白い。これじゃ客の入りが違うのも無理はない。2人ともそう感じ始めていた。それなのに同じ☆+という評価にしたのは,CG&VFXとしての評価を加味してのものである。これは決してアンフェアな評価ではない。いくらCG技術を高く評価しても,とても☆☆☆はつけられなかったのだから。

 早々と敗北宣言
 アメリカでのBox Office成績は相当に悪かった。映画王国のアメリカでは,毎週何本もの新作映画が登場する。どの作品も公開週に最大の売上げがあり,後は単調減少する。公開直前にはTVスポットが流れ,その週の新作に人が押し寄せるので,Box Office第1位は毎週のように入れ替わる。このため,No.1ヒットという称号を狙う作品は,事前に公開週を調整して首位を上手く分け合う慣習ができあがっている。
 表3は今年の夏シーズンの興行成績の一覧である。誰もが7/13の週末は『FFSW』が1位と思っていたのに,全く無名の低予算映画『リーガリー・ブロンド』に負けてしまった。それどころか,2位にすら入れずに4位に終わってしまった。他の週と比べても,この週の水準はかなり低い。皆『FFSW』との対決を避けて譲ってくれたのに,自ら大コケしたのである。
 これは,ちょっとやそっとのコケ方ではない。7週間で公開は打ち切られ,累計は約3,200万ドルにしか達しなかった。製作費は1.5億ドルとも2億ドルとも言われていたので,これはつらい(この他に多額の広告宣伝費がかかっている)。今夏,日本では大ヒットした『A.I.』もアメリカでは不振だったというが,それでも7,860万ドルは稼いでいる。同じくフルCGアニメの『シュレック』は,本稿執筆時点でまだロングラン中であり,今年No.1の約2.66億ドルを売り上げている。
 日本での公開日はなかなか決らなかったが,ギャガ-ヒューマックスの共同配給で9月15日からの公開となった。その前に,もう一度マスコミ用試写会に出向いたら,これは満員で入れなかった。これは日本ではヒットをするかなと期待したが,マスコミがこぞって取り上げたものの,観客の入りは芳しくなかった。登場した週は『千と千尋の神隠し』に次いで2位につけたが,その後急降下した。今年の夏はビッグ5が大ヒットしてロングランしたため,あおりを食った待機作品が多く,『FFSW』はたった3週間で主要チェーンから姿を消してしまった。日本での興行収入は8〜9億円程度と言われている。
 興行は水物だ。百歩譲って映画としての完成度が低かったと認めても,この高度な技術をもって次回作での捲土重来をして欲しかったのに,スクウェアは早々と敗北宣言をしてしまった。技術は今後のゲーム作りに活かし,映画製作からは撤退するという。10月9日にはプレステの(株)ソニー・コンピュータエンタテインメントが(株)スクウェアに約150億円出資(第三者割当増資の引き受け)し,損失を補填することが発表された。ディズニーの手の内を知り尽くしたドリームワークスですら,2作目の『シュレック』でやっとブレークしたというのに,日本のゲーム界の雄がたった一作で撤退してしまうのは残念でならない。

写真3 眉,目,口を微妙に制御してリップシンクを達成(提供:Square USA, Inc.)

写真4 シド博士の髭もモデリングされ,合成された。(提供:Square USA, Inc.)

 CG映像作品としての魅力
 CG映像制作として『FFSW』が訴えたもの,残したものを振り返ってみよう。統計量は以下のようになる。

  総ショット数:1,336
  MELスクリプト数:1,652
  MAYAプラグイン数:230
  2Dプラグイン/マクロ数:102
  レンダリングレイヤ:24,606層
  総レンダリング回数:2,989,318
  Linuxマシン:960台
  SGI IRIX:200台+α
  3Dデータ:10テラバイト
  2Dデータ:5テラバイト

 技術的には,次のような点が特筆できるだろう。
 ■人物の顔は約10万サブディビジョン・ポリゴンで構成され,目,瞼,瞳孔,眉,口,舌,鼻,喉に対応したスライダを変化させて表情を合成する(写真3)。声と唇や表情を同期させるリップシンクの出来は良かった。
 ■顔は2Dで描いたテクスチャに,凹凸,スぺキュラ成分,皺の3層を制御できるシェーダで描かれる。シド博士の髭などは1本1本モデリングされ書き加えられている(写真4)。
 ■主人公アキの髪は6万本で構成され,その動きの滑らかさはこれまでの最高品質だろう。独自に開発した衣類のクロス・シミュレータも悪くなかった。
 ■コンポジットは平均16層,最大で498層。フルCGでありながら,実写とCGの合成のような制作パイプライン管理を行っている。テクスチャやマット画の使い方やイフェクトの使い方も上手い。
 ■登場人物の動きの90%以上にモーションキャプチャが使われている。各人物毎に専属の俳優がショット単位で演技し,これを16台のカメラで捕らえ,平均2,000以上のエレメントを抽出した。単にショット数が多いだけでなく,データをアニメータがマニュアルで編集して滑らかな動きにするノウハウが凄い。    これらは徹底したリアリズム追及から生まれている。その技術革新をSIGGRAPH参加者が見逃すはずはなく,会場内特設の書店ブースに平積みされていた約$40のメイキング本が,飛ぶように売れていた。『FFSW』は恒例の厳選されたCG映像のショーElectronic Theaterでは,47作品中のトリの1つ手前という最も盛り上がる上映ポジションを得ていた。この2分58秒のクリップの出来はすばらしく,大きな拍手喝采を浴びていた。

写真5 映画『ファイナルファンタジー』関連図書

 CGが体験した未知との遭遇
 では,そんな画期的な映像作品がどうして興行的に成功しなかったのだろう? ヒットするための手は打ってあったはずである。プレステの縁で,米国はソニー参加のコロンビア映画,日本はゲーム業界の盟友ナムコのオーナー中村雅哉氏が会長を努めるギャガに配給を依頼してあった。監督の坂口博信氏はテレビや週刊誌などに再三登場し,マスコミへの露出度も悪くなかった。メイキング本の他に,『映画ファイナルファンタジー ザ・フューチャーサイエンス』(発行:デジキューブ)なる関連本も刊行された(写真5)。ストーリーの背景にある科学的根拠を解説したこの本は,未来エネルギー,人工生命,複合現実感,ウェアラブル・コンピュータ等が真面目に語られていて好感がもてる。
 それだけの広報戦術をもってしてもハリウッドの厚い壁に阻まれた原因は,観客層の絞り込みの失敗だとする現地からの指摘がある8)。このレポートは,あらゆる点で私とほぼ同意見である。また,筆者の知人の大学教授は「ファイナルファンタジーと聞いても,アメリカではブランドではないし,あの絵を観ただけで見に行く気はしない」と語っていた。全世界で3,000万本を売った人気ゲームソフトといっても,一部マニアのものであり,平均的アメリカ人の映画ファンには全く知られていなかったのである。
 生真面目すぎて面白みに欠ける脚本にも問題はあっただろうが,リアル過ぎるCG人物像への拒絶反応も少なくなかった。人気俳優のトム・ハンクスやジョージ・ルーカス監督までが,インタビューに答え「俳優をCGで置き換えることできない」と語っていた。彼らからここまでの反応を引き出せたということは,CG関係者としては,誇るべきこと,素晴らしいことではないか。生身の人間に近づき過ぎたゆえに得た批判であり,人間らしくないわずかな点が皆気になるのである。
 そうだ,これは人工知能批判に似ている。人間の視覚を代行しようとするコンピュータ・ビジョン(CV)の難しさに比べて,画像・映像を人為的に生成するコンピュータ・グラフィックスの素性がよく,受け容れられやすい。これまで,CV屋はいつもCGの発展と市場性を羨望の目で見てきた。しかし,この『FFSW』レベルまで来ると,CGも同じ問題に遭遇したのである。
 なぜ筆者がここまで『FFSW』に肩入れしエールを送ってきたかというと,1つはスクウェア社のもつ市場開拓力と革新性への期待であり,もう1つは新しい映像技術への挑戦への敬意からである。ところが,恐れていたことが現実になってしまった。ここで成功して日本発の映像メディア革命の旗手になって貰いたかったのに,もう当分は身動きできまい。初挑戦でここまで叩きのめされたのは,余りに惜しい。ハリウッド映画のもつ普遍性,世界的通俗性の前に,日本の期待の星が敗れ去ったのは残念至極だ。
 映画は技術でなくストーリーであるとしたり顔に言う人が少なくないが,そんなことは当たり前である。身銭と貴重な時間を使って映画やビデオを観る以上,面白くなければ見向きもされまい。それを承知の上でVFX映画時評は,ディジタル技術がもたらす映像表現能力の果たす役割を論じている。
 もはや,CGは映像制作にとって欠かせぬ技術であることは論を待たない。新技術は試さなければ,活用法も向上しない。こわごわ他人の後から試すのがビジネス的には安全だろうが,それでは先頭に立ってチャレンジする尊い試みを批判する資格はない。『FFSW』はピクサーやPDIとは異なった路線で果敢に挑戦し,トータルな映画作りでほんの少し完成度が甘かっただけだ。駄作,凡作なら他にも多々あるではないか。SIGGRAPHならば,『FFSW』が訴えたものをもっと正面から取り上げ,分析すべきだったと思う。『FFSW』が果たせなかった夢を,誰かがその意志を受け継いで成功させてくれることを願って止まない。      (以下,次号につづく)

用語解説とURL

1) http://helios.siggraph.org/s2001/
2) COMDEX:春秋年2回開催されるパソコン,情報機器分野最大の展示会。秋は11月にラスベガスで開催され,マイクロソフト社ビル・ゲイ
  ツ氏の基調講演が売り物になっている。日本の孫正義氏が開催権を買い取って話題になった。
3) http://helios.siggraph.org/s2001/conference/special/ index.html
4) http://www.interactive.org/
5) ピクサー(Pixar):ILMCG部門が独立して設立したCGスタジオ。高性能レンダリング・ソフトウェアのRendermanを開発・販売する
  傍ら,『トイ・ストーリー』以来,フルCGアニメ製作のNo.1スタジオの地位を保っている。 http://www.pixar.com/
6) ドリームワークス:ディズニーのアニメ部門責任者であったJ・カッツェンバーグ副社長が,同社を飛び出してS・スピルバーグ監督らと設立
  した映画製作・配給会社。http://www.dreamworks.com/
7) PDI/Dreamworks:元Pacific Data Images社。『アンツ』のCG制作担当で頭角を表し,その縁で現在はドリームワークスの傘下に
  入り。『シュレック』で大ヒットを飛ばした。http://www.pdi.com/
8) http://www.lacatch.net/jun/01-07-19.htm