O plus E VFX映画時評 2025年11月号掲載

その他の作品の論評 Part 2

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(11月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)

■『TOKYOタクシー』(11月21日公開)
 今月のPart 2の最初はこの映画だと決めていた。単に邦画の話題作というだけでなく,筆者にとって格別に思い入れのある作品だからだ。先月の『てっぺんの向こうにあなたがいる』を,吉永小百合124本目の主演作,阪本順治監督とは13年ぶりのタッグと書いたが,本作は94歳の山田洋次監督の91作目で,内70作目の出演となる倍賞千恵子と,時代劇『武士の一分』(06年12月号)の主演以来,19年ぶりの起用となる木村拓哉のW主演作である。その『武士の一分』の脚本執筆中の定宿に押しかけて監督と数回交流した思い出があり,この現代劇でキムタクをどんな人物として描くのかに興味があった。
 また倍賞千恵子に関して言えば,『男はつらいよ』シリーズ終了以来,山田映画への出演作が極めて少ない。準主役級はせいぜい『小さいおうち』(14年2月号)での主演の松たか子の晩年を演じたに過ぎない。それに対して,『母べえ』 (08年2月号)から『こんにちは,母さん』(23年9月号)まで,4回も吉永小百合を女性主人公に起用している。その浮気振りを不満に思っていたので,そろそろ本妻たる倍賞千恵子の堂々たる主演作を観たいと思っていたので,殊更楽しみであった。
 加えて本作は,最近で最も気に入ったフランス映画の『パリタクシー』(23年4月号)のリメイク作である。山田監督の他作品のリメイクは,松竹の大先輩・小津安二郎の名作『東京物語』(53)を現代風に焼き直した『東京家族』(13年1月号)だけである。いくら松竹が『パリタクシー』の配給権を有しているとはいえ,山田監督がフランス映画のリメイクを行うとは驚いた。よほど,同作を気に入り,和風仕立てで脚色することに自信があったのだろう。かくなる上は,もう一度『パリタクシー』を見直し,両作の細部を比べて紹介しようと考えた。
『パリタクシー』は,貧しい46歳の中年男のタクシー運転手シャルル(ダニー・ブーン)が,92歳のマダムのマドレーヌ(リーヌ・ルノー)をパリ郊外の高齢者施設に送り届ける道中を描いた映画である。パリ20区を横切って反対側までの長距離運転の上に,マドレーヌの思い出に地に何度も寄り道しながら遠回りし,途中2度も食事するので,ほぼ丸1日の出来事であった。車中でマドレーヌが若き日の恋愛,妊娠&出産,再婚相手のDV,殺人未遂での逮捕と服役を語り,2人は打ち解ける。原題は『Une belle course(美しき旅路)』で,道中の車窓からパリ市街の美しい光景が見られるのが嬉しい。運転手役のD・ムーンは人気コメディアンだが,老マダム役のL・ルノーは国民的シャンソン歌手であり,出演時に実年齢の92歳であったことも話題になった。
 一方,本作の老女は85歳の「高野すみれ」で,倍賞千恵子の実年齢は84歳である。個人タクシー運転手・宇佐美浩二の年齢は明かされていないが,家族構成,金欠状態,タクシーの黒い車体の形状もそっくりであった。物語の基本骨格はほぼ同じ,すみれの過去の人生や重要シーンのセリフも踏襲している。完璧主義の山田監督の緻密さが伺える。それでいて,庶民の暮らしや山田流ヒューマンドラマの味付けは見事であった。本作は初めての観客のため,エンディングはネタバレ禁止となっているが,『パリタクシー』を観た読者にはほぼ同じと言うだけ分かるはずだ。『パリタクシー』は幸福感に浸れる映画だと書いたが,本作には思わず涙してしまった。
 倍賞千恵子演じる主人公が「さくら」から「すみれ」なのにニヤリとする。ただし,マダムすみれは極めてお洒落で,赤紫のコートもその下の黒いスーツも見事に着こなしている。所帯じみた諏訪さくらとは大違いだ。自宅が葛飾柴又で,帝釈天の門前から乗車するのも嬉しくなる。すみれの母親が経営する甘味処の店の奥にある居間は「とらや(くるまや)」そのものである。
 柴又を出て,目的地の老人ホームの場所は東京のどこだろうと思ったが,何と神奈川県の葉山であった。美観からして,海の見える場所にしたかったようだ。これが府中や八王子では様にならない。道中の観光名所もスカイツリー,雷門,渋谷ハチ公前,東京駅前,東京タワー,みなとみらいの夜景,元町のイルミネーション等々は,『パリタクシー』よりかなりパワーアップしている。
 すみれの若き日は,蒼井優が演じていた。山田監督のお気に入り女優の1人だが,倍賞千恵子に似ていないのは気にならなかった。木村拓哉はD・ブーンよりかなりイケメンなので,当初,この運転手役は似合わないと思った。ただし,劇中では「いい男」扱いされていた。既に50代に入っているだけあって,かなり渋い演技もできるようになっている。期待した以上の好演で,すっかり気に入った。助演陣で出色だったのは,本作でもまた笹野高史だった。『沈黙の艦隊 北極海大海戦』(25年9月号)の総理役,『港のひかり』(同11月号)の漁業組合会長役に続いて褒めっぱなしであるが,本作のすみれと懇意な司法書士役も絶品であった。
 エンドロールを観て,「明石家さんま」の名前があったのに驚いた。一体,どこにどんな役で出ていたのだろう? ネット上の記事を読んでようやく分かったが,これは観てのお愉しみとしておこう。D・ブーンはコメディアンであるから,木村拓哉でなく,いっそ彼を葉山まで同行する運転手役で登場させたら面白かったと思う。さらに宇佐美の姉役で登場する「大竹しのぶ」を少し若作りメイクで妻役にしたら,もっと笑えたことだろう。
 以上のように,山田流リメイクを堪能したのだが,『パリタクシー』の評価よりも1ランク下げたのは,少し不満な点があったからだ。観光名所を見せたかったとはいえ,柴又から葉山に到る経路選択が余りにも出鱈目である。一度目のマスコミ試写ではなはだ疑問に感じたので,もう一度試写を見せてもらい,車窓から見える経路を確認した。まず,帝釈天前から都心に向かうのに,京成金町線沿いに国道6号線に向かわず,逆方向の江戸川堤防線を経由している。『男はつらいよ』でお馴染みの江戸川の光景を見せたかったからだと思われる。これは許そう。すみれの希望の言問橋で停車すると,スカイツリーが大写しになる。小さな路地を経て,雷門前を通ると,吾妻橋から再度スカイツリーが見える。なぜ,これだけ2度も見せる必要があるのか?
 その後,上野駅前,不忍池,皇居前の内堀通り,日比谷公園前を通過し,神宮外苑,渋谷スクランブル交差点に到る。絵画館前から青山通りに向かうのは回り道だが,美しい銀杏並木を見せたいためだ。これも許そう。全く理解できないのは,渋谷の後,秋葉原と東京駅前が登場することだ。そこを右折して進むと,六本木五丁目で東京タワーが正面に見える,タワーの横を通り,その後多摩川を渡るが,その前に突如として西新宿の都庁が出て来る。東京タワー付近から神奈川県に入るなら,国道15号線の六郷橋を渡るのが最短なのに,第二国道の丸子橋を渡っている。この橋だけ,水色の橋桁が魅力的だったからだろう。高速は使わないと言いながら,大井埠頭からベイブリッジを渡るのに,上部の首都高速湾岸線を使い,その後,みなとみらい地区のホテルで食事する。
 ルートが変なのは,すみれと宇佐美の会話中の車外の光景は,都内と横浜近郊で多数撮影した映像を適当に配置したからだと思われる。せめて,東京駅前と都庁を別の場所に入れれば,ここまで不自然ではなかった。残念だったのは,細部まで綿密に点検する山田監督が,こんな杜撰な編集にOKを出したことである。今回,山田組としては初めて大型LEDパネルに映像を表示し,その前に2人が乗ったタクシー車輌を配置して演技させたという。従来のブルーバックのクロマキー合成であれば,後でいくらでも背景は差し替えられたのである。
 とはいえ,この「美しい旅路」はヒューマンドラマとして秀逸であった。ラストのキムタクの涙は我々の涙を誘った。『パリタクシー』と同じ結末でありながら,この違いが出るのは,名匠・山田洋次監督の腕である。

■『ドミニク 孤高の反逆者』(11月21日公開)
 上記がかなり長文になったので,本作の紹介はコンパクトに済まそう。もっとも,監督も俳優たちもほぼ無名で,劇中の主人公は正体不明の上,過去も目的も詳しく語られないので,余り書けることもないのだが。
 原題は単なる『Dominique』で,女性主人公の名前である。舞台は南米コロンビアのラグアビア砂漠で,墜落した小型プロペラ機の中を無法者たちが積み荷を漁るシーンから始まる。彼らが地上からこの小型機を撃墜したのであった。1人が死んだと思った女性操縦士の所持金を奪おうとしたところ,彼女は突然目を覚まし,素早くこの男を刺殺し,銃を奪って全員を射殺する。彼女が主人公のドミニク(オクサナ・オルラン)で,もの凄い戦闘能力の持ち主であった。近くの町サンルカスに移動して盛り場に入ると,若いハンサムな男がこの町は麻薬カルテルが支配していて危険だと注意してくれた。ドミニクが彼を誘い,2人はたちまち男女関係になる。
 彼は真面目な警察官のフリオ(セバスティアン・カルヴァハル)だった。墜落時に頭に傷を負ったドミニクは感染症で倒れてしまい,傷が癒えるまで彼のフエンテス一家に住み着く。車椅子生活の父親(グスタヴォ・アンガリタ),姉で妊婦のパウリナ(マリア・デル・ロサリオ)と数人の子供たちの家庭だった。麻薬カルテルと結託して腐敗した警察署長(モーリス・コンプト)の悪事を調べ始めたフリオは惨殺され,フエンテス一家にも危機が迫る。後は何度も彼らを抹殺しようとする警官隊とドミニクの凄まじい銃撃戦の連続であった。ウクライナ人女性のドミニクがどこでその戦闘能力を得たのか,彼女の過去は不明のまま,ただただバイオレンスアクションが続く。少しミラ・ジョボヴィッチ似の美形だが,戦闘能力は女ジョン・ウィックと言える。
 監督・脚本・編集のマイケル・S・オヘダはシカゴ生まれの米国人,主演のオクサナ・オルランはウクライナ系米国人だが,他はすべてコロンビア人の俳優のようだ。典型的な低予算のB級アクション映画で,そもそも冒頭の小型機撃墜自体がそう上手く行くとは限らない設定であるし,物語はなきに等しい。単純なハッピーエンドで終わらず,終盤一捻りあるが,さほどの脚本でもない。それでも,金髪美人が悪人どもをなぎ倒すのは痛快であるので,B級エンタメ映画はその痛快さだけで十分だ。

(以下,11月後半の公開作品を順次追加します。)

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