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■『奇跡の2000マイル』 :時代は1975年から1977年,舞台は豪州中西部で,日常生活に物足りなさを感じる20代の女性が自分探しの旅に出かける。何と選んだのは,ラクダと愛犬を伴い,砂漠地帯を横断して西海岸に至る約3,000キロの旅だ。まずはラクダの扱い方を学び,苦労して4頭を入手する話から始まる。主演は,豪州出身のミア・ワシコウスカ。年齢的にもピッタリで,まさに砂漠の中の熱演だ。過酷な環境下のロードムービーだが,淡々と描かれていて,悲壮感はない。何のためにこんな旅を選んだのかという疑問は残るが,実話の回顧録という安心感からか,どのシーンにも不自然さはない。ラクダの演技も様になっている。実を言うと,この映画を観るまで,豪州にラクダがいたとは知らなかった。19世紀に持ち込まれた一瘤駱駝で,現在は70万頭が生息しているという。National Geographic誌の支援を受けての旅だが,エンドロールに登場する当時の掲載写真と原作者の姿がこの冒険を裏付けている。
■『人生スイッチ』  :アルゼンチン映画で,今年のアカデミー賞では外国語映画賞にノミネートされていた逸品だ。スペインの巨匠ペドロ・アルモドバルが製作を担当したオムニバス形式の短編6話から成る。あるきっかけから,人生がどんどん悪い方向に変わってしまう逸話が集められている。ただし『ファイナル・デスティネーション』シリーズのようなショックはなく,いずれも爆笑ものだ。面白い。とにかく,面白い。どの主人公にも感情移入できるが,とりわけ第5話「愚息」に登場する富豪の父親が気に入った。結末としては,第3話「エンスト」とか第4話「ヒーローになるために」が絶品だと思う。全6話で2時間があっという間に過ぎ,もう終わりかと名残り惜しい。続編が出たら,同じテーマでも,きっとまた観たくなるだろう。
■『ミニオンズ』  :フルCGアニメ『怪盗グルー』シリーズに登場する,黄色い謎の生物ミニオンたちを主人公に据えた作品である。愛らしいルックスで若い女性に大人気で,グッズビジネスも絶好調のようで,当然のスピンオフ企画だ。彼らは人類登場以前から棲息していた生物で,各時代の最強最悪のボスに仕え続けてきた存在だそうだ。本作は,恐竜時代に始まり,石器時代,大航海時代,フランス革命時代を経て,怪盗グルーに出会う42年前の1968年が中心となっている。この設定と歴史を辿るオープニングだけで,もうワクワクだ。多数のミニオンの中から,ケビン,スチュアート,ボブの3人が選ばれて物語を牽引する。このトリオの性格づけが秀逸だ。コメディの基本をきちんと押えているので,ギャグも冴え渡る。女悪党のスカーレットもいいが,エリザベス女王の助演ぶりにしびれる。60年代のロック・ミュージックが鳴り響き,選曲センスも抜群だ。
■『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』  :本作は長編ドキュメンタリー部門でのオスカー・ノミネート作品だ。難解だった『Pina/ピナ・バウシュ』(12年3月号)のヴィム・ヴェンダース監督のドキュメンタリーだというので,少し構えてしまったが,本作はきちんと理解できた。世界的な報道写真家(すべてモノクロ写真)の撮影姿勢と人生観を追う映像作品だが,撮影風景や対象はカラーで描き,写真作品はモノクロで紹介している。飢餓・貧困に喘ぐ人々を撮り続ける,この写真家自身の語りが素晴らしい。彼の息子と父親が,それぞれ偉大な父と誇るべき息子を語ったコメントが,この写真家の存在感をより鮮明にしてくれる。やがて,絶望から社会派カメラマンであることを捨て,彼は地球を被写体にして,動物や環境を撮り続ける道を選ぶ。この映画は,出過ぎず,付かず離れず,この写真家の心を最大限に引き出している。試写室内は,皆感激のあまり,固唾を飲み,咳やため息すら聞こえなかった。
■『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』 :音楽映画だが,監督は人気ロックバンドBelle and Sebastianのキーメンバーというから,てっきり過激なロック中心かと思ったが,好い意味で見事に裏切られた。ミュージシャンを目指す男1人,女2人のトリオが歌う曲は,アコースティックではないものの,ギター,ピアノ,ドラム等だけのシンプルなサウンドで,60年代ポップスを彷彿とさせる。スチュアート・マードックが書きため,2009年にリリースしたアルバムを元に,自ら脚本・監督を務め,映画化している。拒食症で精神病院に入院中の少女が主人公で,エミリー・ブラウニングが演じている。『エンジェル ウォーズ』(11)に続いて,またまた精神病院患者役だ。音楽重視の分,物語が少し弱いが,青春音楽映画としての水準はクリアしている。口パクでなく,全編で出演俳優に歌わせているが,もう少し歌唱力のある女優が欲しかったところだ。
■『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』  :こちらは天才ミュージシャンの伝記映画で,ビーチ・ボーイズのリーダー,ブライアン・ウィルソンの半生を描いている。無名時代からの成功譚ではなく,1960年代中盤の絶頂期に心を病んで行く過程と,1980年代後半,悪徳精神科医の管理下にある時代が交互に登場する。前者をポール・ダノ,後者をジョン・キューザックが演じるという2人1役の構成だ。数々のヒット曲に乗せて,浜辺で戯れる様,コンサート・ステージ上,レコーディング・スタジオ内等,懐かしい光景がそっくり再現されているのが嬉しい。その反面,60年代のP・ダノはまずまずだが,80年代のJ・キューザックが全く本人に似ていないのが残念だ。演技力を重視した分,再婚する妻メリンダとの出会いや,彼女の力で立ち直る物語は,上々のラブ・ストーリーに仕上がっている。エンドロールで流れる美しい表題曲は,21世紀に入ってからのライブ映像で,完全復活後の本人の姿が確認できる。
■『ベルファスト 71』 :たった一夜の出来事ながら,緊迫感溢れる見事なサバイバル劇だ。表題は,英国内の北アイルランドの首都ベルファストでの,1971年の出来事を意味している。初任務についた英国軍の新米兵士(ジャック・オコンネル)が主人公だが,純然たる戦争映画ではない。内戦による政情不安の街で,治安活動による軍務中に,過激な住民の暴動に巻き込まれ,1人敵地に取り残された兵士の脱出劇を描いている。実話ではなく,物語はフィクションだが,当時のプロテスタント系住民とカトリック系住民の対立や,IRA(アイルランド共和軍)の立場などがよく分かる。普通の街が戦場と化す恐ろしさ,孤立無援の悲愴感が生々しく伝わってくる。サスペンス劇の顛末は爽快かと思いきや,少し意外な結末で,これも一種の反戦メッセージだと感じた。
■『コンフェッション 友の告白』 :ブームが終わり,公開作品がめっきり減った韓流映画だが,なかなか見応えのある一作だった。幼なじみの同級生男子3人の友情ものだが,成人後,強盗を装った保険金詐欺事件に関わることになり,3人の人生の歯車が狂ってしまう様が描かれている。新鋭監督のイ・ドユンは,これが長編デビュー作だが,語り口がうまい。性格が異なる3人の描き分けも上々だ。正義感が強く,二枚目で清楚なヒョンテ(チソン)よりも,世渡りが巧みで,チョイ悪のインチョル(チュ・ジフン)に感情移入してしまう。人懐っこい,ダメ男のミンス(イ・グァンス)は,スキー・ジャンプの原田雅彦選手を思い出してしまった。少し粗削りなところもあるが,韓国製ノワールの新しい方向性を示していると感じた。
■『日本のいちばん長い日』 :半藤一利作のノンフィクションの映画化作品だが,既に1967年に岡本喜八監督,橋本忍脚本のモノクロ映画(東宝配給)として映画化されている。戦後70年記念で松竹が再映画化した本作は,原田眞人監督・脚本と聞いただけで,骨太の力作であることが予想できた。表題は昭和20年8月14日の御前会議から,同夜の陸軍青年将校たちのクーデター(宮城事件),翌日正午の玉音放送までを意味しているが,映画は同年4月のドイツの降伏,5月の東京大空襲辺りから語り始めている。若者にも知っておいて欲しい昭和史の1コマであるが,歴史を重く受け止めようと観たためか,ドラマ的感動はなかった。豪華キャストだが,阿南陸軍大臣役の役所広司は改めて名優だと感じる。本木雅弘が演じる昭和天皇は,歴代の天皇役でも出色だ。凛々しく,威厳のある演技であったが,最後の玉音放送だけは,本物の放送の方が良かったかと思う。
■『最後の1本 ~ペニス博物館の珍コレクション~』 :原題は『The Final Member』だが,これに『最後の1本』なる邦題をつけた担当者の洒落っ気に拍手したい。ただし,副題を付けて内容説明しているのが少し残念だ。アイスランドに実在する男性器だけを展示した博物館を巡るドキュメンタリー映画である。学術的な見地からのアーカイブではなく,単なる個人の収集癖が高じて,大はマッコウクジラから小はハムスターのペニスまで,約200種類を集めたという。年間1万人以上の入館者があるというから,集める方も変人だが,わざわざ見に行く方も物好きだ。シッズ館長の唯一の心残りは,まだ人間の一物を飾っていないことだという。そこで「我こそのモノを」と名乗りを挙げたのが,同国の著名な冒険家(90歳)と米国の巨根に自信をもつビジネスマンの2人である。いずれを選んで展示すべきか,虚々実々の駆け引きの舞台裏を,何と大真面目に5年もかけて追いかけた実録映画である。全編がギャグそのものだ。
■『ふたつの名前を持つ少年』 :双子の兄弟が演じ,ポーランド在住のユダヤ人少年の受難の物語というと,『悪童日記』(14年10月号)を思い出す。実態は少し違っていて,本作の主人公スルリックは1人で,状況に応じて,アンジェイ&カミル・トカチ兄弟が2人で演じ分けているだけだった。原作は児童文学の「走れ,走って逃げろ(Run Boy Run)」だが,この邦題は,スルリック少年が「ポーランド人孤児ユレク」を名乗って生き延びる様子と,2人1役の両方を掛けたものなのだろう。物語途中で少年は右腕をなくすが,特殊撮影とVFXで片腕状態を描いている。過酷なロードムービーで,『悪童日記』よりも本作の方がつらい。ユダヤ人作者が友人を取材した実話をドイツ人監督が映画化したものだ。ホロコーストものではないが,いわれなき迫害には胸がつまる。
■『あの日のように抱きしめて』 :『東ベルリンから来た女』(13年2月号)の監督,主演男女優のトリオが再結集しての新作だ。舞台はまたまたドイツだが,今度は第2次世界大戦直後の物語である。いきなり強制収容所から戻ったユダヤ人女性と支援者が登場し,またアウシュビッツものの暗い話かと嘆息しかけたが,ミステリー調の展開で,ノワールものの香りもした。収容所内の大怪我で顔面を大手術し,容貌が激変した女性が主人公で,彼女を識別できない夫が,詐欺の片棒かつぎを持ちかけて来る。あろうことか,かつての自分自身に化けて,親族の遺産を狙う作戦で,中盤以降の緊迫感は上々だった。例によって,だらしない男の描写は女性監督特有のもので,そんな男に惹かれる女の悲しさを巧みに描いている。それでも,オチはしっかりつけられていて,十分楽しませてくれる。
■『ナイトクローラー』  :当欄の性格上,メイン欄はCG大作中心となり,その反動で短評欄は単館系のシリアスドラマやドキュメンタリーが多くなる。そんな中で,本作のような,クールで,ぞくぞくするエンタメに出会うと嬉しくなる。表題は,夜間の事件・事故現場を撮影し,TV局に高く売りつけるパパラッチのことだ。主演のジェイク・ギレンホールが12kg減量し,卑しい狂気の青年を好演している。ヒロインは,ダン・ギルロイ監督夫人のレネ・ルッソで,ベテラン女優らしい妖艶な魅力を振りまく。この男女が,とても25歳違いには見えない。LAが舞台で,TV局の内幕もたっぷり見せてくれる「情報映画」だが,後半は息をつく間もない緊迫感で疾走する。さすが,脚本賞でオスカー候補になっただけのことはある。ラストがいい。予定調和ではないこの捻りに,現代社会の病根を見た気がする。
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