コンピュータイメージフロンティアIII
電脳映像空間の進化(番外編)

2度目のSIGGRAPH
〜Entertaining The Future


1. SIGGRAPH 98 Registration

 前人気は上々

 昨年初めてCGの祭典SIGGRAPH 97を見にロサンジェルス(LA)まで出かけた様子は,97年10月号(No.215)で述べた。初体験よろしく,その華やかさへの感動ぶりをつづったのだが,主催者側にとっても48,700人という入場者新記録はよほど嬉しかったらしい。SIGGRAPH 98の前宣伝にも,この数字が誇らしげに何度も登場していた。
 SIGGRAPH 98(7月19〜24日)は,4年ぶりにフロリダ州オーランドでの開催である。1年おきのLAでの開催に比べて,その狭間の他都市での開催年は集客力がかなり落ちる。それでも,今回はこの夏の祭典の25周年ということで,主催者側の意気込みが伝わってきた。
 オーランドは昨年3月も行ったことだし,今年は若手メンバーに譲ろうと思っていたのに,ついついこの熱気に誘われてしまった。ウォルトディズニーワールド(WDW)に新しいテーマパーク(アニマルキングダム)や,大型ゲームセンター(ディズニー・クウェスト)がオープンしたというのにも心が引かれる。今回は,研究所の成果をデモ展示するので,これに若手6人を派遣する。何かトラブルがあった時のため,付き添いの責任者が必要だろう,ということにして出かけることにしてしまった(昨年視察済みの。は,今回はお留守番である)。
 日本でのSIGGRAPH熱は高まる一方のようだ。聞いてみると,周りの関係者もぞろぞろ行くというではないか。孫会社の営業主任のT氏も,プログラム開発委託先のK氏も,西海岸へ留学中のO君も,夏期インターン生としてメディアラボから来ているAndyとCraig両君までが,皆7月下旬はオーランドだ,SIGGRAPH初参加だという。やれやれ,この分じゃ現地で何人の日本人と出くわすことやら。  果せるかな,アトランタ・ハートフィールド空港での乗り継ぎ時に,マルチメディア評論家の浜野保樹氏に出逢った。いつもながらの堂々たる体躯が短パン姿で,気分は早くもフロリダのようだ。 オーランドでのホテルは,WDW内のヒルトンにした。ここでは,早速イマジカの今間氏に出逢った。SIGGRAPH常連組の彼は,早々と現地入りして取材を済ませ,「ディズニー・クウェストは面白いですよ」と勧めてくれた。どうやら目のつけ所は同じだ。会場からは遠くても,Down-town Disney地区に歩いて行けるこのホテルを選んでいるのだ。

 開会前夜は長い列

 前日の7月18日(土)の6pmからレジストレーション開始というので,まず会場に出かけることにした。会場は,Orange County Convention Center(写真1)。何しろデカイ。Convention Centerとしては全米第3位だそうだ(ちなみに,No.1はシカゴ,No.2はラスベガスである)。リゾート地の宿泊施設を,ビジネス・イベントにも有効利用しようというのは連邦政府の政策で,こうしたホールが次々とできあがっているようだ。
 運営管理体制は抜群のSIGGRAPHだけに,レジストレーションもすぐ済むかと思ったのに,これが手間取ってしまった。昨年は待ち時間はほとんどゼロだったのに,長蛇の列ができている。何でもネットワークのトラブルで,端末のキーを押しても一向に応答してこないのだという。やれやれ,こんなところにもネットワーク社会の落とし穴があったのか。場内整理員は,明日からの本番で大勢詰めかけたら大混乱するぞと心配顔だが,窓口のオバアチャンは「今夜中に直るんじゃないの」とケロッとしている。そして,実際直ってしまった。パニック時には,人生経験豊かな老人の言うことを聞くものだ。
 展示会場へデモの準備状況を確かめに行く。論文発表でも商品展示でもなく,Emerging Tech-nologiesと分類されたインタラクティブ・デモのコーナーである。96年はDigital Bayou,97年はElectric Gardenと名付けられていたが,今年はDigital PavilionsとEnhanced Realitiesの2つに大別されている。後者の1つに,我々のAR2ホッケー(98年3月号参照)が採択されたのである。
 順調なら,2日前に現地入りした連中が,通関,荷物の引き取り,組立て,調整を終えて,今頃無事稼動させているはずである。トラブルがあると,今夜は徹夜になりかねない。初日午後5時のオープニングに向けて,午後1時までに正常動作させておくこと,というのが主催者側からの通達だからである。
 船便で送ったコンピュータも磁気センサも壊れずに作動しているし,現地手配したビデオモニターも届いている。プレイ用の台は,国際規格の卓球台にしてカリフォルニアのエージェントに購入してもらったが,これも大陸横断して到着していた。同じコーナー内でも,通関に手間取って物が着かない組もいたのだから,まずは一安心である。
 次なる問題は,初めて研究室外に持ち出してシステムが無事に動作するかである。カラーのマーカーを頼りに位置合わせするプログラムが,会場の派手なスポットライトのおかげで誤動作するという。これは,暗幕を張ったり,プログラムを書き換えたりしてしのいだようだ。この程度の対応で済むなら上出来だ。安心して引き上げるとしよう。

2. 熟年男性大型遊園地体験記

 名誉挽回の複合現実体験

 初日の午後からの2日半で,Tutorialが46コースも組まれているが,昨年の35コースと似たりよったりの内容だ。これならスキップしてもいいやと,テーマパーク巡りに出かけることにした。今回は。同伴でないので,筑波大学のO教授と熟年コンビでの見物だ。
 まずは,昨年行かなかったユニバーサル・スタジオ・フロリダである。以前,LAのユニバーサルへ行ったので,前回は同種のディズニーMGMスタジオの方を選んだのだが,これが失敗だった。問題はフロリダのユニバーサルにしかない『ターミネーター2:3-D』である。イメージ情報科学研究所のS先生からは,「あれぞMixed Reality。あのT2を見ずに,複合現実感の研究をしてるなんて…」と笑われてしまった。知らなかった。T2ファンでMRプロジェクトのディレクタで,テーマパーク巡りに精を出してきた私としたことが,何たること! この無念を1日も早く晴らすためにも,再びオーランドに来たのである。
 という訳で,9時開園とともに『T2:3-D』に直行した。例によって,一見何気ないエントランスの中は広々としていて,待ち時間の間にもストーリーは展開している。ターミネーターの頭脳,サイバーチップを生み出したサイバーダイン社を襲うという設定である。案内嬢による導入部が終わり,いよいよメインステージへの移動だ。
 アトラクションは,アニマトロニクス・ロボット,俳優のライブアクション,そして偏光メガネによる3-D映画(もちろん実写とCGの合成あり)の複合である。見せ場は,ステージの実在俳優がスクリーンの中に飛び込んでいって立体映像となり,逆にスクリーンから飛び出してきて演技する。この移動が実に見事である。うーん,確かにこれは複合現実だ。
 大型3面スクリーンによる180°近い広視野で,立体CG像の焦点位置も注意深く設計されている。立体音響,スモークや水滴,座席の上下動なども総動員した演出も素晴らしい。J. キャメロン監督が,A. シュワルツェネッガー,L. ハミルトン,E. ファーロング,R. パトリック等,映画と同じキャスティングで撮ったというのも嬉しい。総制作費6,000万ドルかけただけあって,この数年見たテーマパーク・アトラクションの中で文句なしにNo.1である。
 99年春にはLAにも登場するという。大阪に建設中のユニバーサル・スタジオにも設置されるのだろうか?

 まだまだ大きくするらしい

 他の呼び物の『バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド』と『E. T. アドベンチャー』は,LAで見たのでここでは省略しよう。アトラクション一覧をよく見たら,この2つ以外はLAとすべて違っている。そういえば,『ジュラシック・パーク・ザ・ライド』も『バック・ドラフト』も『ウォーター・ワールド』もない。その代わり,『Back Stage Tram Ride』の中で次々に登場した『ジョーズ』『大地震』『キングコング(Kongfronta-tion)』が独立したアトラクションになっていて,どれもオススメである。
 その反面,今夏登場した『ツイスター』は,並ぶわりにはつまらなかった。暴風も炎も,大体想像通りで,迫力はイマイチだ。これだけアチコチ廻っていると,多少のショックや中途半端なリアリティでは驚かなくなっている。
 『T2:3-D』をもう一度体験して,『Alfred Hitchcock:The Art of Making Movies』を楽しんだ後,屋外に出ると空は真っ暗で,もの凄い雷鳴が轟いていた。鮮かな稲妻にも,一瞬それが本物とは思わなかった。館内で,これでもかこれでもかとショックを体験させられると,感覚が麻痺してしまって,自然現象まで演出に思えてしまったのである。おーコワイ。
 毎年新しいアトラクションが1〜2作追加されているようだが,1999年には「アイランド・アドベンチャー」なる大型ゾーンがオープンするという。これはテーマパーク1つ分位の広さがある。WDWへの対抗意識もかなりあるみたいだ。さらなる拡張計画の図を見ると,いまの何倍もの敷地が確保されている。十分ビジネスとしての成算あってのことなのだろう。
 ここフロリダでのテーマパーク戦争は,LA地区にも飛び火する。そして,やがて日本にもやってくることだろう。

 動物王国よりも恐竜ツアー  

 翌日はライバルのWDWの4つめのテーマパーク「アニマルキングダム」へ出かけた。去る4月22日にオープンしたばかりである。放し飼いの動物が主役だけあって,ここは他より2時間早い朝7時の開園である。ホテルを巡回する朝一番のシャトル・バスで着いたが,もう随分人がいる。アメリカ人も遊ぶときは真剣だ。
 ここの最大の売りは,一番奥のアフリカ地区にある『キリマンジャロ・サファリ』である。入場するや否や,ここまで一気に進んで32人乗りのサファリ・トラックに乗る。これは,広々とした敷地に放し飼いの野生動物を眺めるツアーだ(写真2)。どこでもあるサファリよりも,トラックがいかにもそれらしいし,ガイドも悪くないし,動物の種類も少なくない。それで面白かったかと問われると,実は面白くない。広々とし過ぎていて,動物達までの距離までが遠い。これなら,自分の脚で歩いて,もっと近くで見られるシンガポール動物園の方がずっと充実している。
 その他にも,汽車に乗ったり,船に乗ったり,テーマパークらしい数々のアトラクションはあるし,家族連れならまあそこそこ楽しめるだろうが,初めてディズニーランドやEPCOTに行ったときの感激には程遠い。少なくとも熟年男性が2人で来るところではなさそうだ。
 テーマパークずれした我々にも,そこそこ評価できるアトラクションが2つあった。1つは,「ディノランドU. S. A. 」地区にある『Count-down to Extinction』なる恐竜ツアー・ライドである。エントランスを入ると大きなT-レックスの骨の全身像(もちろん本物ではない)があり,さらに進むと恐竜研究のラボがある。まるで,映画『ジュラシック・パーク』のビジター・センターに来た気分だ。少なくとも,ユニバーサル・スタジオLAの『ジュラシック・パーク・ザ・ライド』よりも映画に近い雰囲気だ。
 そしてメインは,12人乗りジープ型のカート(タイムマシン)に乗ってのツアー・ライドである。身長による入場制限で小さな子供が乗れないというので,これは揺れるなと覚悟していた。座席ベルトも,かなりキツ目にロックされてしまった。もう逃げ出せない。
 真暗闇の中をジェットコースターが進んで行く感覚で,かなり迫力がある。左右からアニマトロニクスの恐竜が出没する毎に悲鳴が上がる。レールの上を走るコースターの揺れに加えて,さらに左右の激しい揺れがプラスされる。カートに揺動装置が組み込まれているようだ。
 この揺れは,モーション・ベースを使ったシミュレーション・ライドほど不快ではなかった。大型CG映像のスクリーンを前に定位置のモーション・ベースだけが揺れるタイプだと,実際に走り廻るのではないので,不自然なGがかかって酔ってしまいがちである。本物の急降下,実物大模型の恐竜の出現は,恐怖心は増しても不快感は少ないのである。

 匂いも出てくるアトラクション  

 もう1つの目玉アトラクションは,この動物王国のシンボルである大きな(人工の)木の地下の3D映像シアターだ。これは1時間以上も並んだろうか。出し物は題して『It's tough to be a bug!(虫はつらいよ)』だ。コミカルな昆虫や目の前を飛び廻ったり,風・水滴・蒸気・座席の仕掛けで驚かす演出もほぼ予想通りだ。初体験は,CGのカメ虫が発する酸っぱい匂いだ。もちろん無害のスプレーだが,嗅覚まで取り入れた体感アトラクションは初めてである。
 次のディズニーのフルCGアニメ映画は『A Bug's Life』という。この3Dシアターの虫たちとは,キャラクタが共通なのかもしれない。ここも偏光メガネによる立体視だったが,画質は『T2:3-D』に比べてかなり悪かったのが残念である。
 「ディズニー・アニマルキングダム」の従業員は約2,500人だという。'99年オープンのアジア地区を残して,見切り発車でスタートした感が強く,まだまだ発展しそうだ。WDW全体だとどれだけの雇用を生み出しているのだろう? 4つのテーマパークに,各種リゾート,直営ホテル,ゴルフコースまで入れると,単純計算しても2万人以上になりそうだ。これはもう一大産業である。
 21世紀に向けて,エンターテインメント/アミューズメント産業は間違いなく高度成長期にあることが,肌で感じられる。

 中型規模の娯楽施設

 「アニマルキングダム」は早々に切り上げ,帰りに今間氏お勧めの「ディズニー・クウェスト」(Disney Quest;以下DQと略)に寄ることにした。Downtown Disney地区のウェストサイドと呼ばれる一角に,約1ヶ月前の6月19日にオープンしたばかりである。ヴァージン・レコードの隣に,ブルーグリーンの5階建てのビルが建っていた(写真3)。
 大型ゲームセンター,もしくは小型テーマパークといった位置づけだろうか。日本の地方都市のデパートくらいの大きさである。この種の娯楽施設を,最近LBE(Location Based Entertain-ment)と呼ぶらしい。DQとしては,このWDW内が第1号店で,来年シカゴに2号店,その後全米で30店舗開設予定という。
 入場料とゲーム料金がセットのプラスティック・カードを買って入る。90ポイントで$20だ。バーコード付きのカード(写真4)で,購入と同時にコンピュータ登録され,ID番号が振られる。誰がいつ,どれくらいの頻度でプレイしたのか,すべて記録され,管理できる仕組みだ。さしずめ,ゲーセン版POS(Point of Sales)といったところだろうか。
 館内は各フロア毎に,テーマ・ゾーンに分かれている。「エクスプロア・ゾーン」「スコア・ゾーン」「クリエイト・ゾーン」…といった調子で,ディズニーランドの「トゥモローランド」「アドベンチャーランド」のミニチュア版だと考えればよい。セガやナムコ製のどこにでもあるアーケードゲーム機も置いてあるが,大半はこのDQオリジナルのゲーム・アトラクションである。各々は16〜18ポイント取られる。1回500〜600円といったところだろうか。
 HMD装着ものが2種,液晶シャッタ・メガネ式の3Dチェイスや360°全周ディスプレイでのバトル,フォース・フィードバック付きのレース,カメラつきラジコン・カーによるアドベンチャーと,かなりのハイテク志向である。VR研究の成果が生きていると感じて,少し嬉しくなった。
 報道されて話題を呼んだのは,難易度やスピード,カーブやループを自分で選択・設計して楽しむモーション・ベース式のVRジェットコースター『サイバースペース・マウンテン』である。この種のライドが苦手な筆者は,少し易しく設計しすぎてしまった。
 個人的に関心があったのは,『アラジンの魔法のカーペット』だ。かつてSIGGRAPHで展示され,EPCOTのイノベンション館で試用されたという伝説のVRゲームである。ようやくここで本格運用されるようになったということだ。
 HMDを装着し,バイク状の座席について,ハンドルの上下でカーペットを操作するフライスルー型のレーシング・ゲームである。このHMDは,立体視ではなく,CRT式で画質は良い。待ち行列のうちに予めヘルメット内のシェルだけ頭に合わせておいて,あとでHMD本体にカチャと装着する。これは賢いやり方だ。HMD本体も天井からヒモで吊るしてあるので重く感じない。
 ゲームは,4人1組のレースで,その模様はモニターTVで他の観客も眺めることができる。見られていると意識して,視察だけのつもりがついついレースに熱中してしまった。自分で操作するフライスルーなのに,結構酔ってしまって気分が悪い。VR酔いは,立体視でなくても歩き回らなくても十分起こるようである。
 それで,このDQ体験は楽しかったかと問われると,これも答えに困る。SIGGRAPH参加の日本人の中でも,評価は二分された。「子供だましだ」という声と,「エンターテインメントの新しい方向性」という評価である。これは,LBEをミニテーマパークと考えるか,高級大型ゲーセンと考えるかの違いから来ているのだろうと思う。

3. SIGGRAPH 98 Exhibits Plus

 大きく見せるのは演出か

 だいぶ紙数を使ってしまったので,話題をSIG GRAPH 98に戻し,駆け足で一廻りしてみよう。
 まずは,大会3日目の火曜日から始まった商品見本市(Exhibition)の第一印象は,何しろ広い,大きいである。初参加者はその活気と規模に感心し,ベテラン組も広くなった展示も増えたと声を揃えた(写真5)。
 実際の出展社数は327。96年ニューオリンズの321社よりは多いが,97年LAの357社よりも減っている。実効展示面積も,182,600ft2から171,975ft2とやや減少しているのに,そう感じさせないだけの錯覚要因があった。
 展示ブース間の通路がたっぷり取ってあり,加えて会場が横長のため間口が広いのである。加えて,Hall BとHall Dの2会場の間に,アートギャラリーや我々のEnhanced Realities等のあるHall Cが(意図的に)配されていた。この間の仕切りがないため,全ての会場がつながってより大きく感じられるのである。
 大きく見せるという演出は,宗教集団の教堂がそうであるように,権威を増し,何やら陶酔した気分にさせてしまう。ディジタル映像分野が限りなく成長しているという印象を与えるのには成功したといえる。
 出典社の中で,最も大きなブースを構えているのは例年通りSGI社で,期間中そのシアターには常時長い列ができていた。Hall Cでのデモ展示も大方はSGIマシンに頼っている。SIGGRAPH会場を見る限り,同社が業績的に左前とはとても思えない。そう見せることも戦術の1つなのだろう。
 他では,Alias/Wavefront,Softimage,Viewpoint,E&S,Intergraph等がここの主役で,Adobe,Avid,Polhemus等がこれに続くのは例年と同じである。インテルやコンパックが大きな構え,マイクロソフトがやや大人しめなのも昨年と同じだ。ソニーを除く日本勢に昨年以上に精彩がなかったのは,この分野へのスタンスが定まらないのか,それとも国内の不景気感からの出展手控えなのだろうか。
 SIGGRAPH参加のベテラン組は,いつものように「特徴がなくなった。目新しいものが見当たらない」という。この番外編で繰り返し述べてきたように,規模が大きくなった商品見本市に絵に描いたように目立った傾向があるわけがない。「目新しいものがない」のではなく,よく見ないと「目立たないので見逃しやすい」のである。筆者にとっては,ソニーの150万画素のHMD(新グラストロン試作品)はすばらしくキレイだったし,VRex社の3Dビデオプロジェクタも印象的だった。
 一方,目立つ展示には解釈も分かれることだろう。サンマイクロのJava 3D展示には活気があったし,マイクロソフトはChromeffects(Win-dows98上でのインタラクティブ・メディア操作環境)に絞った展示をしていた。これらが業界標準となり得るかどうかは,多分に政治的なかけ引きが必要で,展示場の勢いだけでは判断できない。
 売り手も買い手も真剣勝負  筆者にとってカルチャーショックだったのは,ILMのブースである。カウンタを取り囲む人々が手にビデオカセットを持ち,何やらカードに記入している。Sony Imageworks のブースでは米国版『ゴジラ』の特大ポスターを,Pixarのブースではプロモーション・ビデオをもらってきたので,ここでも何か配っているのかと思ったら,その逆だった。クリエータ,CGアーティスト達が自分の作品を預け,連絡先のホテルと部屋番号を記入しているのである。即ち,ここは商品や試作品の展示ブースではなく,求人応募受付コーナーなのである。
 同様な光景は,PDI(DreamWorks傘下のディジタル・プロダクション),スクウェアUSA等のブースでも見られた。Sony Imageworksのブースでは,モデルのデッサン・アトリエを開いていた(写真6)。こうやってデッサン力,美的センスをその場で試しているのである。
 人を求める方も職を求める方も,SIGGRAPHウィークは真剣勝負の1週間なのである。これはこの2〜3年の傾向で,LA開催だともっとすごいらしい。もっとも,こうした形で採用されるのは,頭数の下層アーティスト達だけだという。

 伝説のアトラクションも復活

 日本の映像業界・ゲーム業界関係者の大半は,学会での論文発表やパネル討論は聞かず,商品展示とCGアニメーションのショーだけを見て帰ってしまう。これは,入選作の上映会Electronic Theater(以下,Eシアターと略)と,その選に漏れた佳作の発表会Animation Theatersに分かれている。
 Exhibits Plusというのは,学術系のコースや論文発表には参加せず,Exhibition の他いくつかのイベントだけに入場できるチケットである。事前登録$25,当日$50の入場料は,全イベント参加のFull Conference$480(会員,事前登録),$720(非会員,当日)に比べて格安ではあるが,他の見本市は大抵無料なので,結構高いともいえる。この中間で,Conference Select(事前$125,当日$175)というクラスもある。
 Eシアターは,このExhibits Plusに含まれておらず,$40の別料金が要る。CG映像の世界最高水準の発表会とはいえ,約2時間の上映で$40は,ロードショーと比べてもかなりの額だ。逆に言えば,非学術系の参加者の意図を読んで,SIGGRA PH実行委員会も稼げるところでしっかり稼いでいる。
 CG映像の上映に先立って,観客参加型のアトラクションがあった。観客の一人一人に,両面に赤と緑の光反射板が埋め込まれたスティック(写真7)が手渡されていて,各々が赤か緑の意思表示をする。それが実時間画像計測され,多数決処理されるのである。これは,91年と94年に行われたという話題のアトラクションの再現である。これも25周年記念の1つだろうか。
 盛り上がったところで,上映作品は今年は46本。うち日本から6作品というのは健闘だろう。ナムコが昨年の3作に続いて,今年も2作入選している。評価尺度は,もはや技術の枠を超え,映像作品としての芸術性そのものだろう。それだけに,好みによって評価が分かれるに違いない。
 個人的には,やはり特別招待作品の『Geri's Game』が光っていたと感じた。シナリオも,演出も,音楽もすばらしい。エスプリの利いた絶品である。実は,短編アニメ部門で本年度のアカデミー賞を受賞したことを知らなかったのだが,それだけのことはあると納得した。
 Pixar社は,かつて『Luxor Jr.』『Tin Toy』等の名作小品を作った実績がある。一時期業績不振で自主作品制作を控えていたが,ディズニー映画とパートナーを組んで以来,完全にかつての輝きを取り戻したようだ。
 別売りのEシアター・ビデオを買ってみたが,残念ながらこの作品は収録されていなかった。何とか入手できないかと思っていたら,Pixar社のブースで配っていたビデオがこれだった(写真8)。しめた!

 ビデオプロジェクタのオンパレード

 さて,我々のAR2ホッケーを含むHall Cのアクティビティである。前述のDigital Pavilion,Enhanced Realitiesの他,アートギャラリー,sigKIDS(CGの幼児教育応用)の展示が,Hall Cに集まっている。技術系・芸術系入り乱れて,CG/ディジタル技術の未来を予感させるデモ/作品群は,SIGGRAPHの大きなアピールの1つという位置づけである。Exhibits PlusのPlusたるところだ。
 この一角は,2つの見本市会場の真ん中に配置され,「ここだけは見ていって下さいよ」と全参加者に呼びかけているかのようだ。そんな主催者の意図が感じられるレイアウトであった。
 アートギャラリーは,Touchwareというサブタイトルが示すように,今年は触れて楽しむインスタレーション系の作品が中心であった(写真9)。このギャラリーでも,Enhanced Reali-tiesの展示でも,ビデオプロジェクタを利用した作品が目立っていた。年々性能向上がめざましいビデオプロジェクタは,コンピュータの映像出力を直接展示につなげる最も簡便なツールなのである。
 これに対して,取扱いが面倒なシースルー型HMDで臨んだ我々のチームは特異な存在であった。その分だけ,足を止めて順番待ちしてでも体験して行こうという熱心な見物客が多かったともいえるが…。
 Enhanced Realitiesコーナーには,全部で17のブースがあった。54件の投稿からの17件だから,今年はかなりハードルが高かった。うち8件が日本からの出典である。これは他の催しよりも,日本の比率が高い。英語力や,特別な人脈がなくても,見せりゃ分かる内容で勝負できるコーナーだけに,採択されやすいのかもしれない。

 千客万来の好位置でのデモ

 AR2(Augmented Reality AiR)ホッケーというのは,シースルー型HMDを用いた協調型複合現実感システムの応用として,エアホッケーゲームを題材としたものである。参加者は,HMD越しに対戦相手を視認しながら,物理的なマレットで仮想のパックを打ち合うという設定のゲームに仕立ててある(写真10)。
 長時間の使用で,システムがダウンしないか,自家製HMDが壊れるのではないかと心配した。予想に反して1,000組,2,000人以上のプレイに立派に耐えてくれた。楽屋裏を見せないように前面を暗幕で覆ったため,熱でマシンがダウンしたのが一度だけあったが,プログラムは落ちなかった。うちのメンバーも大したものである。
 もともと,ARの研究例は急増しているが,AR2ホッケーは実時間でしっかり動くロバストなARシステムとの評判を得ていた。それが世界の桧舞台で証明されたのである。AR研究で著名なRon Azuma氏(写真11)もやってきて,「日本から持ち込んできて,よくぞ動かしている」と誉めてくれた。UNC(ノースカロライナ大学)が,91年か92年にデモしようとした時には,国内であってもトラブル続出だったという。
 ゲーム・コンテントとしての評判も良かったようだ。何しろ最高のロケーションであったから,CGに関心をもつ色々な参加者が立ち寄って行く。主開発者O主任は,出発前から「本場SIGGRAPH で,参加者にクールと言わせたい」と言っていたが,この願いは見事に叶えられた。口々に‘Oh, Cool!’‘Pretty Cool!’の連発である。ワンパターン過ぎて,もうちょっと別の言い方もできないのかと思っていたら,たまに‘Neat!’という声もあった。
 海外のメディアが沢山注目してくれたことも,嬉しいことだ。特にフランスのTV局は,事前に嗅ぎつけて参考資料やビデオを求めてきた。ドイツや北欧の科学ジャーナリスト達も熱心だった。欧州はVR技術への関心が高い。
 出典者の負担は自分たちの機材の運搬費用だけで,このコーナーではブースの設営や飾り付けの作業も費用も,すべて主催者側の負担である。環境に注文をつければ,ただちにその要求に応じてくれる。観客の案内・誘導・整理には学生ボランティア2名をつけてくれた。至れり尽くせりの運営だ。このコーナーのcommitteeが,自らスポンサを募り,自主的に行動しているのだという。
 見るだけ,情報をもらうだけの参加者には,そこそこの対価を求めるSIGGRAPHであるが,contributorにはそれを還元するという精神が貫かれているようだ。 4. SIGGRAPH 98 Full Conference

 楽しい仕事は儲からない

 (Tutorial) Courses,Paper/Panel,Sketches等の全ての行事への参加資格をもつを含む参加登録をFull Conferenceという。その参加費が割安なことは以前にも書いた。今年から全46コースのTutorialの資料がCD-ROM化して添付されている。別売りで買うと$225もするから,ますますFull Conferenceのコストパフォーマンスはいい。
 Paper(技術論文)の採択件数を頑なに守っているのは相変わらずだが,別にSketchesというプログラムがある。従来,技術系と芸術系に大別されていたのが,今年は‘Technical’‘Application’‘Art, Design, and Multimedia’‘Animation’の4つの部門に分かれていた。初めの2つは,一般投稿のshort paperといった性格だが,最後の‘Animation’は映像制作業界の仲間うちの情報交換会といった趣きである。
 全部は出られなかったが,この‘Animation Sketches’は実に面白かった。VFX話題作のメイキングや問題点が惜しげもなく語られている。その他に,CoursesでもPanelでも,ディジタル映像プロダクションの実情がかなり紹介されていて,聴衆は少なくなかった。
 この一連の出し物で,主役はやはり『Titanic』だった。メイキング情報はかなり仕入れて読んだつもりでいたが,やはり直接の担当者の話は迫力が違う。モーションキャプチャの使い方,そのデータ管理の方法にも感心させられた。その他では,『Geri's Game』のNG集は笑わせたし,ディズニーのフルCGアニメ『Mulan』でのテクニックもさすがだと思わせた。
 改めて感じるのは,彼らクリエータ/アーティストの層の厚さと基礎学力の高さである。ほとんどが物理学の素養があり,筆者が大学で講義していた程度の画像処理をほぼ完全にマスターしている。その上にアーティスティックなセンスも身につけている。ここが日本のプロダクションとのベースの違いで,ちょいと専門学校でCGを学んだというレベルではない。SIGGRAPHのコースノートや,分厚い教科書を消化したエンジニアやアーティスト達が次々と増産されているのである。
 そんな華やかなディジタルFX業界は好景気かというと,経営的には苦しいという。著名作品を手がけたいがための過当競争・ダンピングが,業界の健全経営を損なっているらしい。「好きでやっている連中が沢山いて,仕事を取り合うようになっては儲かるはずはない」とのILMからのパネリストの言は核心をついていた。古今東西を通じての真理である。

 花形スターはIBR

 Paperセッションの花形は,「Image-Based Modeling & Rendering」(7月23日午前)と「Image-Based Rendering」(同日午後)の両セッションだった。特に前者では,約3,000席はあろうかという大会場の8〜9割が埋まっていた。これはすごい数である。
 同業者である我々から見て,内容はまあこんなものかなという研究水準だが,プレゼン力はさすがに一流である。1件20分の発表が,随分長く感じてしまう。それだけ綿密な準備された発表の密度は高く,そうさせるだけの権威がSIGGRAPHに備わっているということだ。
 論文内容そのものよりも,壇上4人の発表を2,500余の聴衆が真剣に聞いていたことの意味の方が大きいと思う。他に話題がないからとの声もあったが,それはその通りだろう。かつてのtexture mapping,ray tracing,radiosity,volume renderingに続く新しいCG技法としてimage-based renderingにかける期待が大きいようだ。
 先導的な研究はわずかでも,それに触発されて研究の間口を広げる層がテーマを探している。さらに,それを一早くハードウェア化したり,開発環境やツールの商品化を目論んでいる層が待ち受けていると解釈しなければならない。技術トレンドというのは,その必要性よりも,業界事情によって作られるものと考えた方がよい。
 Paperセッション11に対して,Panelセッションは18も組まれていて,そのすべてに英日の同時通訳がついている。
 「Interfaces for Human : Natural Interaction, Tangible Data and Beyond...」「The Sorcerer's Apprentice : Invoking Ubiquitous Computing for Computer Graphics」の両パネルは,SIGGR APHよりCHI向きの話題だった。各パネリストの話は散逸していてパネルとしてのまとまりもなかった。
 「Computer Vision in 3D Interactivity」は,CV側から見てもCG側から見てもかなりお粗末な内容だった。比較的簡単な画像認識をComputer Visionと呼んでいるに過ぎない。どうもピュアCG分野の論文には厳しく,CHI,CVなどの隣接分野にはとたんにガードが甘くなるのがSIGGRAPHの特徴のようだ。

 大真面目の娯楽施設談義

 最終日には,Exhibitionはなく,Eシアターもないので参加者はぐっと減ってしまう。何やらうらぶれた感じがするほどで,前日までの華やかさは嘘のようだ。
 最終日のパネルでは,「Location-Based Entertainment : The Next Generation」が面白かった。先にディズニー・クウェスト(DQ)で体験したLBEの世界が,パネル討論の形で取り上げられていた。
 場所が場所だけに話題の中心は,DQになる。Walt Disney Imagineering社からのパネリストが登場するのはもっともとしても,他のSony DevelopmentやGameWorksからのパネリストもWDI社のOBとのことだった。ちょうど,特撮業界におけるILM社のような人材供給源の役割を果しているようだ。話の大半は事業内容や計画の紹介だったが,学会ではめったに聞けない話題だった。
 DQのターゲットは,家族連れ中心のテーマパークよりも若者中心で,1回2〜3時間の時間消費,年1〜2回のリピートを想定しているという。なるほど,この点でもテーマパークとゲーセンの中間の位置づけである。4〜6人の仲間での来館をあてにしているらしく,DQ内のアトラクションは,カラオケボックス風の小部屋で楽しむものも少なくなかった。
 ソニーはDQより規模の大きいLBEを計画しているらしい。99年4月にサンフランシスコにオープンするMetreonは,4階建てだが50,000m2もある複合娯楽センターで,IMAX 3Dシアターや15の映画館,コンピュータ&AVショップも入るという。LBEとしての特徴は,絵本作家のM. Sendak,フランスの画家J. Giraud等のデザインしたアトラクションが登場するという。こちらは,ショッピングセンターにテーマパークを持ち込んだ形だ。このMetreonも,やがては全世界展開をめざすようだ。
 他の2件は,もっと小規模のゲーセン・レベルの話だった。日本では余り知られてないが,米国ではSEGA Centerの競争相手にHouston Space Center,Dave & Buster's,Virtual Worlds Entertainment(旧Battle Tech Center)等のチェーンがあって,いま高度成長の真只中のようだ。このパネルの司会はCMUの教授で,学会でこんなレベルの話が大真面目に語られるというのもSIG GRAPHならではである。
 VR研究の立場から言えば,DQやMetreonクラスのLBEが伸びることは,技術の応用の範囲がぐっと広がることだと期待できる。大人数をさばかなければならないテーマパークでは,本質的にインタラクティブなアトラクションは実現しにくい。3D映像や特殊効果でリアリティは演出できても,観客は受動型の体験しかできない。一方,インタラクティビティは保てても個人用のゲームはコスト上の制限がある。その間を埋めるエンターテインメント・ジャンルの成長は,技術提供側にとって朗報である。

 Entertaining the Future

 Yuko LBEという言葉は初耳ですが,ナムコのワンダーエッグやセガのジョイポリスとは,だいぶ違うんですか?
 Dr. SPIDER そうか,日本はゲーム先進国で,ゲーセンもどんどん大型化してましたね。そういうところに行ったことのないオジサンが初体験しただけかも知れません(笑)。
  でも,ディズニーやソニーが参入するとなると話題は盛り上がるでしょう。
  クオリティも上がりますね。成長分野であることは間違いのないところです。
  SIGGRAPH 98の最終入場者は3,210人とホームページに書いてありました。だいぶ減ったんですね。
  目標の3万人はクリアしたから,こんなものでしょう。
  1970年代,80年代のハードウェアの展示もあったようですが,他に25周年としては何か…?
  1/4世紀の短い歴史の年表や過去のポスター,Tシャツ,バッジ等々の展示もありました。この世界を築いた人物達の肖像写真や著名研究室の紹介パネルも展示してあり,こういう連中は昔を懐かしんでたんじゃないかと(笑)。
  でも,CG分野はここまで大きく成長したんだから,立派なものですね。
  それは言えます。AIやパターン認識は似たような歴史は書けても,芸術や産業とはこんなに結びついてませんからね。研究者やアーティスト達に,SIGGRAPHに採択されることを目標とさせるだけの権威を築いたし,ここに来れば未来が見えるし職もあると思わせている。Entertaining the future with CGとかwith digital technolo-gyという表現を好んで使っているようです。
 いま情報技術の分野では,学界と産業界の距離は開いていると感じるけど,このSIGGRAPHだけは別格です。「CGの創る未来の姿を求めて,研究者,芸術家,教育者,起業家,未来学者達が一同に会する」といった表現もあながち誇張じゃないと思いますね。
  来年も行きますか?
  SIGGRAPH 99は,盆休み中(8月8-13日)なんですよ。でも,情報密度の濃さとコストパフォーマンスの良さを考えたら,やっぱり行くでしょう(笑)。