■ロバート・リード(山岡洋一訳)『インターネット激動の1000日 上・下』(日経BP社,各本体1,500円,1997年)()  

『シリコンバレー・アドベンチャー』の書評(96年6月号参照)時にも書いたが,日経BP社はこの種のハイテク・ビジネス書を発掘してくるのがうまい。 インターネットにまつわる企業群の話題など,各種報道で耳にタコができるほど聞いていたつもりだったが,これだけのボリュームの取材は,やはり新たな視点を与えてくれる。少なくとも,日経本紙や日経BP社の各誌の表層的で刺激的なタイトルの記事よりはコクがある。米国の調査会社からの毎月のレポートに比べると,一歩引いた立場で各企業の成り立ちを眺め,これからの推移を考え直す余裕を与えてくれる。
 邦訳の副題は「WWWの地平を切り開くパイオニアたち」で,原書の表題は『Architects of the Web』(ウェブの建築家たち)である。 WWWの世界をリードするキーパーソン8人を選び,1人(1社)に1章ずつを割り当てたオムニバス形式のドキュメンタリーである。大抵の人は,「モザイク」を創ったM. アンドリーセンや,「ヤフー」のJ. ヤンの存在は知っていたが,「リアル・オーディオ」のロブ・グレーザー,「C/NET」のホールシ・マイナー,「ホットワイヤード」のアンドリュー・アンカーなど聞いたことなかっただろう。フィルタがかかって日本に伝わってくるシリコンバレー情報を,もう一度元に戻してくれるという意味で良いビジネス書である。 著者のR. リードは,元SGI社でネットスケープ社との提携責任者を努め,現在はベンチャー・キャピタル勤務だという。シリコンバレー現地情報の奥深くにまで入り込んでいる感じが行間からも伝わってくる。 各章の主人公の何人かには数十時間ものインタビューをしたというから凄い。 取材する方もされる方も,気力と体力がよく続くなと思う。
 第3章のキム・ポレーゼー(マリンバ)と第6章のJ. ヤン(ヤフー)がよく書けていて面白かった。VRML開発のボランティア,マーク・ペッシの章も,VRMLのこれからの動勢を読む上で役に立つ話だ。
 アメリカン・ビジネスならではと思わせるエピソードにも溢れている。Javaの開発チーム・メンバーではなく,マーケティング担当者だったK. ポレーゼーが,サンをスピンオフしたチームのまとめ役となり,やがて新会社マリンバのCEO(最高経営責任者)となる。研究開発と事業経営の人事の切り分けを納得して読んでいながら,それでもこのCEOが女性であったことに後で気づいて,やはりアメリカだなと感心してしまう。
 ヤフー社の設立,資金繰りをめぐるベンチャー・キャピタルとのやり取りにもリアリティがある。 フルタイムのCEOを探す間,つなぎのCEOを雇うという事実にも驚く。 派遣の女子社員並みにCEOがひょこひょこやって来るなんて,日本じゃとても考えられない。
 サンの創業者の1人,ビル・ジョイがJavaの前身の「ライブオーク」の開発に突如として関与を始めたり,VRMLの仕様をめぐるM. ペッシとマイクロソフトとのいざこざも生々しくて面白い。 こうした海の向こうの人間模様やビジネス・スタイルの違いを知らずに,日本企業がこの世界に飛び込んでも火傷するだけだろう(知っていても,何もできないだろうが…)。
 情報量は多く,興味深いドキュメンタリーであるが,一気に読み通すには退屈な部分も少なくない。起業家の物語と業界事情の現状分析が入り混じっていて,ストーリーテリングになっていないせいだろう。 50〜100ページもある各章の中で,何の見出しもなくダラダラ書かれているので,読む側もどこで一呼吸置けばいいのか分からなくなってくる。 ☆☆に留めたのはそのためである。
 巻末に(原書では序文として)J. ニール・ワインラント氏とやらの「背景解説」がついている。日本の文庫本の解説に比べると随分と長いが,この1000日の解釈としてはよくまとまっていて役に立つ。 その文末に「本書を2001年に読み返し,これらの企業がどうなったか,業界と技術がどうなったかを,現時点での見方と比較してみると,面白いにちがいない」とある。 まったく同感である。(